今までのツケ
200話達成!!!!!
「あらあら……凄い凄い、とても強いのねぇ……魔王様が気に掛けるのも頷ける強さだわ」
ワイバーンを倒した桔音達の姿を、空高く空中から見下ろしていた影がいた。
見た目は人間と変わらない。深い藍色の髪と妖艶な唇が特徴的な女で、組んだ腕の上に豊満な胸が乗っかっている。弧を描いた口から、その妖艶な唇を濡らす赤い舌が覗いていた。
但し、彼女の瞳だけは人間と違っている。紫色の光彩は凶悪に煌めき、本来白目であるところが黒く染まっている。そして、彼女は魔王様と口にした。
ソレが意味する事は、彼女が魔族であることを示している。空中に浮かび、見下ろした桔音達を鑑定するような視線を切る。
「レイラ・ヴァーミリオン……人間を愛した魔族、ね……素敵じゃない、私結構好きよ? 種族を超えた禁断の愛―――素敵過ぎて反吐が出ちゃう」
瞳を閉じてそう言った彼女は、空を見上げた。その紫の瞳は、普通の人間とは違ってその青い空をどのように見ているのだろうか。
だが、同じ魔族であるレイラ・ヴァーミリオンを知っている。彼女の現在を知っている。そしておそらく……昔のレイラ―――『赤い夜』のことも知っている。その変化はきっと、同じ魔族である彼女には眩しく見えつつ、そして気味の悪い生き方に見えただろう。
「まぁいいわぁ、今は―――あの妖精ね」
再度視線を下に向ける。彼女が見たのは、桔音と桔音の肩に座るフィニア。妖艶な唇が、つぅっと弧を描き、くつくつと喉を鳴らす様な笑みを漏らす。
狙った獲物を、壊す快楽を思い描いていた。どうやって壊すか、どうやって引き裂くか、どうやって絆と呼ばれるソレを崩壊させるか、楽しみ過ぎて仕方がない。そんな感情が見え隠れしている狂気に満ちた笑みだった。
そして、彼女の瞳がギョロリと見開かれ、桔音とフィニアを見る視界に『何かの力』を発動した。
彼女は何かを見ている。桔音とフィニアの、何かを見ている。覗いて覗いて、破壊の為の下準備をしている。この漆黒に浮かぶ紫の瞳は、一体何を映しているのだろうか。
すると、しばらく桔音とフィニアを見ていた彼女は、面白い物を見つけたとばかりに声を漏らした。
「アハッ……! 良いわぁ、甘酸っぱい日々を送ってたのねぇ……うんうん、『きつねさん』……格好良いじゃない、惚れちゃいそうね―――気持ち悪い」
くすくすと一頻り笑って、彼女は桔音にそう唾棄する。
「でも、良いじゃない。そんなに会いたいなら逢わせてあげる……えーと、『しおりちゃん』だっけ?」
アハハ、と彼女は笑って、楽しそうにそう言った。この世界にはいない、誰も知らない筈の少女の名前を口にして。
一体、彼女には何が見えていたのだろうか―――?
◇ ◇ ◇
さて、ワイバーンを倒した僕達のパーティは、早々にワイバーンの討伐証明部位を狩り取ってギルドへと戻ってきた。受付嬢の子は、さっき出たばかりの僕達がもう帰ってきたという事実に驚いたのか、少しばかり対応が遅れていたけれど、そこは流石アリシアちゃんの国というべきか、体勢を立て直すのが上手かったね。
ともかく、僕達はさくっと依頼完了手続きを終えて、報酬である金貨15枚を手に入れることが出来た。7枚はリーシェちゃんの物として、後は僕が2枚、ドランさんが2枚、レイラちゃんが2枚、そしてフィニアちゃんとルルちゃんで1枚ずつと分けた。まぁ働いた分の報酬だよね。分けなくてもお金自体は共有している様なものなんだけどさ。
まぁそれはさておき、依頼完了手続きを終えた僕達は、僕とフィニアちゃんを残して宿に帰って貰っている。というのも、僕のFランクへの昇格試験があるからだ。流石にコレに付き合わせるのは忍びないからね。終わったらすぐに宿に帰るつもりだから、先に帰って貰っていた方が良いと思ったんだよね。
「お前が例の『きつね』か、話は聞いてるぜ」
「どんな話かはさておき、さっさと試験を始めようぜ」
「ッハハハ、噂通りってか。まぁ良い、多分お前なら一発で合格するだろうしな……まぁ一応形式に則って試験させて貰うぞ……俺に、Fランク以上である実力を見せつけてくれれば良い」
実力を見せつける、それがどんな意味を持っているのかは分からないけれど、彼はどうやら僕を『きつね』という噂で認識しているらしい。試験官にしては、噂に左右されることもあるらしい。とはいえ、僕が戦うとなればやる事はたった1つだ。
そう思い、僕は『不気味体質』を発動させた。
「う……ぉ………ッッ!?」
「じゃ……始めようか」
くるり、と黒い棒を回して試験官に近づく。
「ん?」
すると、不意に気が付いた。試験官の様子がおかしい……蒼白に染まった表情と、とめどなく溢れるじっとりとした大量の汗、ガタガタと震える身体に、歯がガチガチと音を立てていた。見れば股がじんわりと濡れ始めている。漏らしてしまったようだ。口の端からはぶくぶくと白い泡が零れてきている。
おかしいな、今までこんなことはなかったのに。『不気味体質』を発動して相手がこんなことになった事はなかったんだけど……あれ? これって『不気味体質』に対してかなり恐怖心抱いちゃったパターン?
「あー……ごめんね」
とりあえず『不気味体質』を解除した。試験官の震えは、段々と収まっていき、そして止まった。
「ッハァ……!! はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!!!」
「大丈夫?」
「ヒッ……!? あ……ぁ……合格だ、合格だから……それ以上近づくなぁ!!」
尻もちを付いた試験官に手を差し伸べようと近づいたら、彼は両手を振って僕を拒絶した。最早僕という存在がトラウマになってしまったらしい。そんなに怖かったのかな? アレ以上やってたらショックで死んでたかもしれないと考えれば、まぁ仕方ないのかもしれないけれど。
僕は屈みかけた上体を戻し、踵を返した。Fランク試験を通過したんだし、これ以上彼の精神を追い詰める意味もないしね。
でも、ちょっと残念だったかな。この世界に来て、此処まで怯えられるとは思わなかったよ。
「…………なんだよアレ……まるで、死神……!」
ギルドの裏手の訓練場、裏口からギルド内へと入る直前……小さくか細いそんな言葉が響いたけれど、僕は足を止めることなくその場から姿を消した。
「お疲れ様、きつねさんっ」
「うん」
ギルドの中に入ると、中で待っていたフィニアちゃんが僕の方へと近づいてきた。合格は確信していたらしく、笑顔でそう言ってくれる。さっき試験官に滅茶苦茶怯えられてちょっとナイーブになっていた心が、元気付けられる笑顔だ。
肩にとすっと腰を下ろしたフィニアちゃんを連れて、受付嬢の下へとやってくる。
「Fランク合格って言われたんだけど」
「ああ、やっぱりですか……はい、それではギルドカードの提出をお願いします」
「はい」
受付嬢の子にギルドカードを渡すと、ちょっとした手続きの後カードが戻ってきた。すると、ランクの所がHからFへと変化している。これで僕も1人で討伐依頼を受けられるようになった訳だ。
「きつね様」
「え? なに?」
「Fランクに昇格した所で、きつね様宛にギルドから書類が溜まっております」
書類? 何それ、面倒な手続きとか止めてよ? フィニアちゃんやルルちゃんの時そんなの無かったじゃん。なんで僕の時だけそんな意地悪するの? 止めてよ、僕そういう陰湿な奴嫌いなんだぞ!
「書類って何?」
「えーと……『『赤い夜』の情報提供』『ミニエラの騎士団長とのいざこざ』『勇者との不正な決闘』『グランディール王国でのギルド倒壊騒動』『使徒と呼ばれる存在との交戦』『オルバ公爵の不正発覚』『Sランク犯罪者レイスとの交戦』『Cランク魔族討伐』『時計塔の崩壊及び修復』『そして推定Sランクの実力を持つと認定された使徒との交戦』等々、様々な場所からきつね様の功績報告が寄せられています。そして、昨日アリシア・ルークスハイド第3王女、オリヴィア・ルークスハイド第1王女、アイリス・ルークスハイド第2王女の御三方より、功績報告と感謝状が寄せられています」
「何それ怖い」
え、おかしいよ。なにそれ、誰から来たんだよその功績報告って奴。それって、借金の返済的な金銭問題発生したりする奴? 僕そんなお金ないんだけど……オリヴィアちゃんに貰った白金貨もあるけれど、それで足りる気がしない量じゃない?
「……それで、結局僕はその功績報告に対して何をすればいいの?」
「それに見合った報酬を受け取って頂きます。今まではHランクでしたので、過剰報酬となってしまうとギルドの方でFランク昇格を待っていたのですが、中々昇格されないので功績報告が溜まるばかりでした」
ジトっとした目で見られた。それ僕悪くないじゃん、ランクを上げるのは人の自由じゃん。タイミングは人それぞれじゃん。
そういえば、ミニエラでミアちゃんがFランク昇格を勧めて来た時があったなぁ……あれはこれがあったからだったのかもしれない。悪いことしちゃったかな?
「で、その報酬って?」
僕は続きを促す。報酬が貰えるのなら貰っておかないとね。
すると、受付嬢の子がつらつらと凄まじい量の報酬を並べ立ててきた。
「まず、グランディール王国王家から勇者の不正な決闘を受けさせたことの謝罪として、賠償金が支払われています。総額白金貨100枚ですね」
「え?」
「次に、グランディールギルドが倒壊してしまいましたが使徒を退けたということで、更に報酬として白金貨30枚」
「は?」
「オルバ公爵の不正を発覚させたということで、グランディール王国の王家と会見する権限」
「ん?」
「オルバ公爵が不正に釈放させたSランク犯罪者レイスの逮捕援助として、グランディール王国騎士団長からレイスの懸賞金として白金貨70枚」
「へ?」
「記念遺産であったけれど崩壊してしまった時計塔の修復に対する感謝により、その街の人々から様々な物資が寄せられています。最も価値があるものを挙げれば、魔獣の素材などがありますね」
「ほ?」
「ジグヴェリア共和国にて、Sランクの脅威である使徒との交戦、退けたことでジグヴェリア共和国から全職人に対する国からの紹介状」
「ぽ?」
「最後に、ルークスハイド王国より王家と会見する権限及び城内への立ち入り許可証、さらに城内にある書籍の閲覧権限が贈られています」
凄まじい量の報酬が贈られている! というかグランディール王国の王家は駄目だなとか思ってたけどちゃんと謝罪と賠償金を払っていたんだね……ごめんね、僕がランク上げなかったから。
纏めると、『報酬金が白金貨200枚』『グランディール王国、ルークスハイド王国の王家と会見する権限』『ジグヴェリア共和国の優秀な職人達に武器を作って貰える紹介状』『大量の魔獣の素材などの物資』ってところかな? ヤバいな僕、ステラちゃんが僕のお金になっているのはちょっとアレだけど、まぁいいとしよう。得したと思っておく。
溜め息を付きながら、それを受け取る為の書類にサインをした。日本語の漢字だけど、いいよね。
「じゃ、受け取ったということで」
そう言って、去ろうとした。しかし、まだ話は終わって無かった。
「そして、これらの功績に伴い―――きつね様をSランク冒険者序列12位に認定致します」
―――……はい?
さて、桔音君が今まで戦ってきた脅威の数々が実を結ぶ時がやってきたようです。超出世!