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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十章 亡霊と不気味な屋敷
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桔音の為に手に入れた力

 幽霊と桔音の共闘、それはおそらく誰も……それこそ桔音本人ですら予想し得なかった事態だろう。


 それもそうだ。桔音と幽霊は、リーシェ達を奪い、助けようとしている関係であり、はっきり言えば敵対関係なのだ。にも拘らず、天使という存在の登場によって、その2つの関係が繋がった。敵の敵は味方、とは良く言うが、敵の敵を倒す為に、敵と手を組むなどそうそうありはしないだろう。何せ、敵の敵は自分の敵ではないのだから。

 故に、今回の共闘は幽霊の気まぐれ……もしくは桔音との戦いを邪魔されたという意志もあるのかもしれないが、漠然とした感覚で成り立っていた。


 尤も、それで天使に勝てるのかと問われれば微妙な所だ。如何にSランクの実力を持っている者同士の戦いとはいえ、戦いには相性というモノがある。天使の使う正体不明の力も理解出来ていない上に、幽霊の力も不明……共闘するにしても、敵対するにしても、相手の事を良く知らないのだ。

 桔音にとっては、戦力が増えたことを喜ぶよりも、不明な事が増えた事に若干の不満を抱く方が強かった。


 更に―――桔音の想像以上に、天使が強かった事がやはり1番の問題だろう。


「あははっ! すっごいわ! 本当に頑丈なのね!」

「っ……そりゃどうも!」


 桔音を最も苦しめているのは、天使が『飛行能力』を持っている点だ。

 今は同じく空を飛べる幽霊が援護してくれているから良いものの、やはり制空権を取れるというのは大きい。しかも、(はや)い。

 あの真っ白い少女――使徒ステラには『神殺しの稲妻(ブリューナク)』から放たれる『彗星の一撃』があった。Sランクのレイラですら、今の桔音ですら、スキルを使わない以上目視は不可能な速度の一撃。天使メアリーの速度は、それと同等と言っても良い程に迅かった。


 『先見の魔眼』と『直感』を使って今はなんとかやり過ごしているが、気が付けば目の前にいるというのは、何度も対応出来る訳ではない。しかも、段々と先見と現実のタイムラグが短くなってきている……先見した次の瞬間、その未来が追い付いてくるのだ。

 つまり、速度が尻上がりに上昇してるのだ。その翼から放たれる純白の光が、軌跡を描いて屋敷内を飛び回る。


「―――っらぁ!」

「また止めた!」


 肉薄するメアリーの踵落としを、桔音は先見しその拳で迎え撃つ。威力では押し負けるものの、耐性値はその攻撃をどうにか防ぐことが出来ている。結果は五分五分、桔音の腕は大きく痺れたが、メアリーの足も軽い痛みがあったのだろう、表情がほんの一瞬歪んだ。

 

 だが、その一合が五分五分であったとしても、戦況が拮抗している訳ではない。


「っ……!」

「あははっ!」


 またも接近してきたメアリーがその手を振り下ろすのに合わせて、桔音は大きくバックステップした。瞬間、屋敷の脆い床がスパッと斬れた。刃物はない、寧ろ武器も無い。にも拘らず、崩壊寸前とはいえ床をその下の地面諸共切り裂くなど、常識の範囲から外れてしまっている。

 桔音は先程から、この攻撃を受けることをかたくなに避けていた。先見で拳や蹴りではなく、手刀であることを見た瞬間、全力で身体を回避に動かしているのだ。


 武器も無く、どんな力でこの現象を引き起こしているのか……ソレは未だ不明ではあるけれど、桔音は精一杯その正体を探っていた。


『うーん……この子、魔法とかスキルとかで引き起こした超常的な攻撃が効かないなー? ふひひっ♪ 厄介厄介、ひえー怖いなぁもう……ふひひひっ』


 どういう訳か背後霊の様にぴったりくっついてくる幽霊の言葉に、桔音は幽霊の青い焔での攻撃を思い出す。あの攻撃を受けた天使は、驚愕の表情を浮かべたものの、大して傷を負っていなかった。火傷の痕もなければ、高速で回復したという感じでもない。

 正真正銘、青い焔による一撃が効かなかったのだ。物理攻撃は効く様だが、それは瘴気による攻撃も効果が薄いということだ。あの白く柔らかい子供特有のもち肌に、スキルである瘴気の攻撃は一切通用しないだろう。


 故に桔音は物理的な攻撃をするしか、メアリーを打倒することができない。しかし、彼女には物理において圧倒的な斬撃を齎す力がある。

 それを掻い潜って攻撃を当てるのは、戦闘技術的にも能力差的にも至難の業だ。


「っ……!」


 一応、この状況を打破する方法はある。

 『鬼神(リスク)』を使った能力の大幅向上……そして本能的な戦闘技術向上を行うことで、力づくにあの小さな身体へ『渾身の一撃(フォートレスブロウ)』を叩きこむこと。

 別の方法を挙げるとすれば、メアリーが見えない幽霊を有効活用して戦い、どうにか攻撃を加えること。気配も姿も匂いも存在も消して、一切気付かれる事の無い彼女ならば、悠々とメアリーに攻撃を加えることが出来るだろう。


 しかし、前者はソレで打倒出来なかった場合のリスクが高すぎるし、後者は幽霊に物理攻撃の手段があるかどうかが分からない。


 どうするか―――と、桔音が考えていた時だ。


「―――『空から妖精の贈り物(メテオストライク)』」


 吹き荒れる炎の竜巻が、メアリーの背後から迫ってきた。


「ッと……?」


 そして、それはメアリーの背中に直撃し……そして消える。中から現れたのは、思想種の妖精フィニア。先程の魔法は、桔音と行動を共にしていた頃から使っていた、貫通性に優れた火魔法。しかし、魔法である以上メアリーには通用しなかった。

 だが、少なくともメアリーの意識の中にフィニアが入った。この戦いは、桔音と幽霊だけが相手じゃないんだぞ、と言っているかの様に亜麻色の髪を揺らしている。


「そういえば貴女も居たわね……思想種の妖精、貴女の事も聞いてるよ」

「そっか、それじゃ自己紹介は省いて……きつねさんに手は出させない!」

「へぇ……それは――……ッ!?」

「……防がれましたか、その翼……意外に堅いのですね」


 メアリーがフィニアに気を取られていると、更に背後からルルが小剣で斬り付けた。しかし、その斬撃はメアリーの翼によって止められる。小剣の刃は、メアリーの羽を1枚も斬り落とせずに止められている。

 フィニアは気が付いていたが、魔力を流して強化することによって、硬質化させている。恐らくは『魔力操作』のスキルを保有しているのだろう。


 魔力量も操作能力も一級品……防御面でも高い技術を持っている。


「……あははっ! 貴女のことも聞いてるよー、獣人の少女……話に聞いてた以上に幼いけど、剣の技術は中々!」

「きつね様を護る為に、身に付けた技術ですので―――存分に振るわせていただきます」


 メアリーの意識に、ルルも飛び込んでくる。桔音も、少し驚いた表情でルルとフィニアを見ていた。これで事実上4対1……物理攻撃ならルルという最適な人材が加わったのだ。戦術の幅は、これ以上なく広がった。

 桔音も、改めて思い直す。フィニアもルルも、もう素直に護られてくれるほど弱くはないのだと。自分と共に肩を並べて戦ってくれる存在になっている事を、再認識する。


「おっけー……ルルちゃん、フィニアちゃん……ちょっと力を貸して貰うよ」

「もっちろん!」

「その為に私は此処にいます」


 桔音が前に出ると、ルルとフィニアが桔音の両隣へと移動した。背後に幽霊を取り憑かせ、桔音は薄ら笑いを浮かべた。


 ―――『鬼神(リスク)』? 使うまでもない。


「メアリーちゃん、悪い事した子供にはどんなお仕置きが待ってると思う?」

「はぁ? それって私の事を言っているの? 私は悪い事なんてしてないわよ」

「ソレは君の主観でしかない。ソレを判断するのは、他人だよ」

「あははっ! 客観的に見ても同じよ。きつねくんは私にとってお砂場の砂山と一緒……綺麗な砂山を作った後、踏み潰して壊しちゃうでしょ? それと同じ、これは私の私による私の為の私だけの『お遊び』なんだから!」


 桔音の言葉に、メアリーは自分の行動の悪性の無さを説く。

 悪意も無い。悪気も無い。皮肉も無い。嫌味も無い。あるのは純粋で無邪気な、子供がお砂場で遊んでいる様な感覚。

 手で押し固めて、簡単には崩れない様な砂のお山を作った後、お家に帰る際に踏み潰して砂山を壊してしまう。そんな感覚で桔音という玩具を楽しんでいるのだ。


 だから、メアリーには桔音が―――人間である前に、異世界人である前に、自分を楽しませてくれる玩具にしか見えていない。そこにルルやフィニアが加わっても同じこと。楽しませてくれる玩具がちょっと増えただけにしか思っていないのだ。


 故に、メアリーのメアリーによるメアリーの為のメアリーだけの『お遊び』。


 お人形で遊ぶように、人間(おにんぎょう)で遊ぶ。


 ラジコンを動かすように、人間(ラジコン)を動かす。


 砂山を壊すように、人間(すなやま)を壊す。


 メアリーの1人遊び。玩具を使った1人遊び。

 子供が無邪気に遊ぶことに、なんの悪意がある。なんの罪がある。なんの悪行がある。


 つまりはそういうこと。


 メアリーの感覚では、遊んでいるだけで悪い事なんてなにもしていないのだ。だから悪い事をした子供と評された所で、意味が理解出来ない。玩具で遊ぶことが悪い事だなんて、子供であれば思うはずもないのだから。


「何処の誰が見た評価かは知らないけれど、君がやってる事は世間一般じゃ犯罪っていうんだぜ?」

「何処の世間一般? 私の遊びは私がルールを作るの。世間一般は私の遊びに入れた覚えはないわよ?」


 ああ言えばこう言う。堂々巡りの会話に、桔音もメアリーも不敵な笑みを浮かべる。まず、この2人じゃ根本的な価値観が違い過ぎている。話した所で結論は出ない。

 どちらもお互いにとっては正論で、お互いにとっては暴論なのだ。お互いの価値観が理解出来ない以上、後はもう潰し合いだ。


 散々遊ばれ尽くして壊れるか。


 我儘のお仕置きにお尻を叩かれるか。


 潰し合って、お互いの価値観を否定すればいい。相容れない以上、ソレが必然であり当然の展開なのだから。


「出来れば早々と壊れないでね?」

「お尻を叩いて泣かせてあげるよ」


 そう言って、またも光の軌跡と共にメアリーが桔音に肉薄し、桔音は魔眼でそれを見切って受け止める。衝突で生み出される衝撃が床に深い罅を入れ、転がっている破片が吹き飛ぶ程の強風を生み出す。

 桔音はメアリーが離れる前に、彼女の細い手首を掴む。筋力的には負けているのは歴然だが、桔音に掴まれた事でメアリーは一瞬空中で動きを止めた。


 止まったのは一瞬、されど一瞬。それは隙となり、ルル達の攻撃が入るだけの時間を生む。


「はぁッ!!」

「あははっ! さっきより威力が上がってるわね――でも、また温いよ!」

「ッ……!」


 ルルが回転を加えた横薙ぎでメアリーを攻撃するも、やはり翼の防御は堅い。ルルの小剣は、ギキキッ、と嫌な金属音と共にその勢いを失ってしまった。

 翼が羽ばたき、ルルがその勢いに後方へと飛ばされるも、獣人の平衡感覚は凄まじいらしく、空中で体勢を立て直して音も無く着地していた。

 同時に桔音の手を振り払って屋敷の天井へと舞いあがるメアリー。数が増えたからだろう、先程とは違ってその手に白い魔力の塊を生み出していた。


「あはは、近接戦じゃ五分五分の様だけど―――魔法戦ならどうかな?」



 ―――『極彩色の雨(Vivid Rain)



 メアリーがそう唱えると同時、本当に雨の様に細かい光が無数に桔音達へと降り注いできた。

 桔音は咄嗟に瘴気の障壁を張るも―――その雨はまるで豆腐を針で貫くかのように瘴気の壁を貫く。驚愕に目を見開いた桔音だが、躱す方法がない状況で、命の危機を感じた。


 しかし、そこに別の声が響く。


「『至天聖楯(リコールフェアリー)』!」


 桔音達を護る様に現れたのは、水晶の様に透き通った太陽の様な障壁。その障壁は、メアリーの降らせた光の雨を軽々と弾いて行く。一切通さないとばかりの防御力だ。

 それを発動させたのは、桔音の隣にいたフィニアだ。桔音のいない内に会得したスキル『障壁魔法』が此処に来て桔音を護った。見れば、離れていたルルも同様に綺麗な障壁で護られている。


 一応、この雨の効果範囲内にリーシェ達はいなかった様で、この雨の被害には遭わなかった様だ。取り敢えずほっとする桔音。


 だが同時に、ルルもフィニアも心強いと思った。自分が離れている内に、此処まで成長したのかと内心嬉しく思う。天使の隙を的確に衝いて見せたルルに、天使の魔法を完全に防ぎ切ったフィニア。

 剣と魔法、どちらにおいても凄まじい実力を身に付けた2人が今、自分の為に力を振るってくれるという事実が、たまらなく嬉しかった。


「ありがとう――フィニアちゃん、ルルちゃん」


 自分の為に此処まで強くなってくれたことに対して、1つ礼を言って、桔音は薄ら笑いを浮かべた。


「ちょっと厄介だけど……手を貸してくれる? 幽霊ちゃん」

『ふひひっ♪ 私と遊んでくれるならね』

「勿論、こっくりさんでもなんでも付き合ってあげるよ」

『それじゃあまずはそのこっくりさんって奴だね、楽しみ! ふひひひっ……!』


 そうして雨が止むと同時、桔音は幽霊と共に前へ出た。


ルルとフィニアの成長。剣術的ならルル、魔法的ならフィニア……桔音の為に手に入れた力が、ようやく桔音の為に振るわれる―――!


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