復讐を遂げる異世界の死神
「あははっ!」
思い通りになってくれた。この勇者失格、本当に頭が悪い……馬鹿正直も良い所だ。
この状況は、僕にとって概ね思い通りの展開だ。巫女と勇者、この2人の心を突き崩すのはそれほど難しくない。片方を貶めれば片方が激昂してくれるからだ。この2人はお互いが互いの弱点と言える関係、巫女を殺せば勇者は性懲りもなく怒り狂うだろうし、勇者を殺せば巫女はショックのあまり心を閉ざすだろう。
だから、正直言ってこの2人は僕の敵としてはちょろい相手だ。
勇者と巫女、この2人は僕を相手にするには随分と危険な綱渡りの状態でいるのだから。
まず僕に勘違いで色々とやってくれて、ソレを勘違いだと気付いた時点で、勇者自身もう僕に手を出す事は出来ない。巫女はそれを帳消しにしようと動いたとしても、僕達が無傷で生き残った時点でその行動全てが勇者を追い詰める要素になる。
とどのつまり、こうして僕達が無傷で対峙した瞬間―――僕達は圧倒的優位に立っていた。ステータス云々の前に、精神的に僕達は最初から勝っていたんだ。
そして今、僕という天敵とも言える相手を前に、巫女か勇者のどちらかが互いの為にその身を差し出すという可能性を、僕は事前に読んでいた。それは巫女でも勇者でもどちらでも良い。ソレが結局2人を一網打尽にする最高の展開なのだから。
だから、巫女がその身を差し出してきた時……内心高笑いが止まらなかったね。勇者だったら動けなくした後に巫女を叩きのめしたけど……巫女だったからそのまま攻撃した。瘴気で手を覆い、ちょっとした爪みたいにしてその身体を貫いた。心臓を破った感覚があったから、正直放っておけば死ぬだろう。
まぁ、怒りに狂った勇者が僕に襲い掛かってきた時、巫女の身体は『初心渡り』で戻しておいた。意識はないけれど、身体は無傷だ。簡単には死なせないさ。
此処で大事なのは、勇者が『殺意』に囚われてしまったこと。これが、僕の復讐に大きく関わって来る。
大事な人が死ぬ、というのは強い想いを生み出すファクターになりやすい。そして強い想いは、後天的に『固有スキル』を生み出す切っ掛けだ。無論、才能が無い者には発現しないが……彼は勇者だ。当然、その殺意に呼応して『固有スキル』が発現するのは、あり得ない話じゃない。
僕としては、殺意に呼応した『固有スキル』が発現すれば万々歳、だから特に発現しなくても良かったんだけど……今回は上手い事『固有スキル』が発現したらしい。
この時点で、僕の復讐は遂げられたも同然だ。
何故なら、怒りに身を任せ、人を殺す覚悟を決めた訳ではなく、人を殺したいという意思を持って戦っている事実が、我に返った勇者を追い詰めるからだ。殺したい、という殺意を持った人間を、ああいうタイプの人間は最も嫌悪する。
じゃあそんな一面を自分が持っていると自覚したら……勇者は一気に追い詰められるよね?
「フー! フー!」
「そう気張るなよ、ちょっと腹黒巫女を殺しただけだろ?」
本当は死んでないけどさ。
「ナギ!! 落ち付け!!」
遠くで勇者に呼び掛けているのは、フィニアちゃんの言ってた剣士だろう。魔法使いもいるけれど、彼女はどうやら巫女に回復魔法を掛けようとしているらしい。となれば、気付いたかな? 巫女が無傷な事に。
まぁ今更関係無いか……勇者はもう取り返しの付かない所まで―――堕ちているからね。
「はぁぁあああ!!」
「ふっ―――!」
「ぐっ……ぶ………!?」
大きく剣を振り上げた勇者の腹に、蹴りを入れた。すると、肺から息が押し出された様に口を開き、そのまま地面を跳ねる様に吹き飛んでいった。
怒りに我を忘れて、戦闘技術もあったもんじゃないね。バルドゥルと同じように我を失っても戦闘技術はそのままという訳にはいかないらしい。黄金色の瞳は、未だに獣の様な瞳で僕を見ていた。
「同じ素人なら、ステータス差がそのまま実力差になる」
僕の復讐はもう終わってる。後はもう、この勇者をサンドバックにしてどう痛めつけるかだけだ。殺しはしないよ、この戦いが終わった後の苦悩が彼への復讐なんだから。精々自分の中の殺意に追い詰められると良い、君は人を殺したいと思える人間になったんだから。その証拠が、君に発現した固有スキルだ。
「ナギ!!」
「放せぇぇッッ!! アイツ、ぶっ殺してやる!!」
すると、剣士の男が勇者を羽交い締めにした。僕に向かって来ようとする勇者だけれど、剣士に抑えられて動けずにいた。いや、でも直ぐに振り払ってくるだろう。
だから僕は、隙ありとばかりに『瘴気の弾丸』で勇者を撃った。羽交い締めにされてるから的としては楽だね。
「ごふっ……ぁああ゛あ゛!?」
「ナギっ!? テメェ! 卑怯だぞ!」
「卑怯? あはは、君が勝手に隙を作ってくれたんだろう? じゃあ撃つでしょ」
「狂ってやがる……!」
狂ってるとは失礼な。羽交い締めにされてる勇者なんて的以外の何者でもないじゃないか。そりゃ撃つでしょ。そう、それは身体が痒かったら掻くくらい当然のことで、常識だ。
それに、隙を見せた方が悪い。これは戦いなんだから、少しの隙でも見せたらどんな理由であっても自己責任だ。撃たれたって文句は言えないさ。
という訳で、僕は『瘴気の黒刃』を作り出す。どうやら『希望の光』は解除されたようで、僕の全スキルの制限が解かれた。『不気味体質』と『威圧』が火を噴くぜ。
「んなっ……この威圧感……!? 本気で人間かよ……!」
「そうだねぇ、死神と言われた事ならあるよ」
「言い得て妙だな……ナギっ、大丈夫か?」
「ぐっ……ごほっ……だ、いじょうぶ……だ……! きつね、を……殺す……!!」
足と脇腹、ああ肩も撃ち抜いたから、多分もう動けないだろう。脇腹の方は、肺があるからね……呼吸するのも難しいんじゃないかな? 良い気味だ。
「さて……満身創痍じゃないか勇者失格君」
僕はそう言って、勇者に近づいて行く。剣士は初めて体験する『不気味体質』にかなり圧倒されているようだ。僕が1歩近づく度に、何かに押し潰されるように膝を付いた。呼吸が乱れ、嫌な汗が流れ出している。顔も蒼白になり、身体がガタガタと震えているのが見て分かる。
そして、目の前まで踏み込むと……明らかに怯えた瞳で僕を見上げていた。まぁ、彼には何の恨みもないから良いとして……今は勇者だ。
動けない剣士を放って、僕は勇者の髪を掴んで顔を上げさせた。満身創痍ながらも、黄金の瞳がまだ僕を睨みつけていた。そこに先程まで会った怯えの色はない。どういうことかは知らないけれど、僕の『不気味体質』や『威圧』が効いていないらしい。我を忘れた結果か、それとも固有スキルの効果か……まぁそれは良いとしよう。
今はこの勇者の始末が優先だ。
「ぐっ……!」
「さて、君が僕にやったことの落とし前だ。結局、こうして何も出来ずにやられたわけだ」
「ッ……こ、ろす……お前だけは……絶対許さない……!」
「いやいや、許さねーのはこっちの台詞だよ。そういうのなんて言うか知ってる? 逆恨みっていうんだ、覚えとけ」
血が滲む程唇を噛み、悔しさで頭がおかしくなってるのが見て分かる。さしずめ、『セシルを殺したコイツだけは、絶対に許すわけにはいかない!』って所かな? でもその気持ちがフィニアちゃん達を奪った君に対する、ルルちゃんを殺そうとした巫女に対する、僕の気持ちだってことに気が付いていないのかな?
良く分かっただろう? 君がやった事の罪深さが。逆恨みでキレられても何も響かない。寧ろ、不愉快なだけだ。
だからそろそろ、この勇者をどん底に叩き落とすとしよう。
睨みつけてくる勇者の顔面を殴って、こっちの話を聞けるように意識に空白を与える。
「うぐっ……!?」
「良い事教えてあげるよ、あの巫女は死んでない」
「ッ……な、に……!?」
「死に掛けたけど、僕のスキルで治した。だから死ぬどころか無傷な訳だよ」
僕の言葉を聞いた勇者が、段々と落ちついて行くのが分かる。黄金に輝いていた瞳が、だんだんと色を失い、元の黒い瞳に戻っていく。荒かった息も落ちついて行き、先程までの殺意は身を潜め、逆に茫然とした表情になっていく。
そして、今までの自分を思い出したんだろう。人を殺したいと思っていた自分と、人を殺す為の力に歓喜していた自分を、思い出したんだろう。顔が青褪めていく、自分で自分が怖くなったんだろう。ソレが僕の狙いだ……存分に苦しめ、人を殺したいと思った自分に……見つけてしまった自分の殺意に、頭を抱えて苦しめ勇者気取り。
「ああ……ああああ……あああああああああ!!!!?」
「ナギッ!?」
「お疲れ勇者―――いや、殺人未遂犯君?」
僕はそう言って、半狂乱で叫びを上げた勇者の胸にナイフを突き刺した。血が噴き出し、勇者を赤く染め上げる。僕はそれを『初心渡り』で治し、また別の場所を突き刺した。
「がぁぁあああ!!?」
「止めろっ!!」
「邪魔だよ」
「あぐっ!?」
止めようと掴みかかってきた剣士の腕を掴んで、投げ飛ばした。これも一種のカウンター、ならばその時の力は『城塞殺し』で強化される。片手で赤子の手を捻る様に、大男が遠くへと投げ飛ばされた。
残された勇者を、もう1度『初心渡り』で治して突き刺す。噴き出す血液が、勇者の身体をまた真っ赤に染めていく。怪我は消えても、痛みは残る……勇者は自分への恐怖と痛みで既に瞳が死んでいた。完膚なきまでに、心が圧し折られたようだ。
「うぐ……ぁあ……っ……!?」
突き刺しては治しを繰り返し、数十回が過ぎた辺りで止めた。ずるりと首に突き刺さっていたナイフを抜いて、死ぬ前に治す。彼の身体は噴き出した血液に塗れ、死んだ瞳と相まって、もう死んでいるのではないかと思う有様だ。
さて、この勇者を利用しよう。首根っこを掴んで、ずるずると引き摺って行く。連れて来た先には、倒れた巫女と傍に居る魔法使い。彼女も剣士同様、僕の『不気味体質』と『威圧』の威圧感に恐怖しているらしい。ボロボロと涙を流しながら、失禁していた。ガタガタと震える身体を抑えられず、あまりの恐怖に最早失神してしまいそうな勢いだ。
でも、邪魔だな。
「どうしたの? そんなに怯えた顔して、何か怖いことでもあった?」
「ヒッ……ぁぁ……! ぁぁ……っ……!?」
顔を近づけてそう言うと、彼女は遂に耐え切れなくなって白目を剥いて失神した。どさっと倒れ、そのまま動かなくなる。遠くで剣士が喚いているけれど、どうでも良い。
僕は巫女の顔を殴って起こす。無傷なのだから、起こせば直ぐにでも目覚める筈だ。
「んギッ……!? んぅ……?」
「やぁ、起きた?」
「ッッ!!!」
ぼんやりと眼を覚ました巫女に、ハローと笑顔で言うと、彼女は一気に意識が覚醒したらしく勢いよく後ずさった。そして直ぐに僕に対して敵意の籠った瞳で睨みつけてくる。
でも、全く怖くないね。胸を貫いたから、巫女服の襟がかなり緩んでいる。だからその豊満な胸が結構露出しちゃってる訳だ。指差して教えてあげると、顔を真っ赤にして隠した。その辺は純情なんだね、腹立たしい。
まぁいいや。
そう思い、僕は巫女の前に勇者を投げ捨てた。巫女は一見死んだ様に見える勇者を見て、目を見開いて唖然とする。一瞬思考が追い付かなかったらしい。だから、一拍置いたあと―――
「いやぁぁぁあああああああああああああ!!!!」
―――この世の絶望を見た様な表情で、絶叫した。
「ナギ様ぁ!! なぎっ……ナギ様ぁぁあ!! いやぁぁ! こんなのっ、こんなのって……ナギ様ぁぁぁぁ!!」
勇者に近づき、仕切りに名前を呼び続ける彼女。涙を流しながら、髪を振り乱し、狂乱した様子で勇者の身体を揺さぶり続ける。その姿だけで、僕の復讐心が満たされる。
女の子が泣くのは正直嫌なんだけど、嫌いな相手だとこんなにもすっきりするんだね。
うん、満足満足。至極愉快だ。
僕は巫女の泣き声を背に、その場を去る。これ以上ここに居るのも意味ないし、十分復讐出来たから満足だ。
後方でずっと待っててくれたルルちゃんとフィニアちゃんの所までやってくると、フィニアちゃんがにぱっと笑い掛けてくれた。
「お疲れ様! きつねさん! えげつないやり方でちょっと引いた!」
「でもすっきりしたから良いじゃん」
「きつね様……怖かったです……」
「え、ルルちゃんちょっと待ってよ。君殺されかけたじゃん」
どうやらルルちゃん達も僕の復讐にちょっと引いたらしい。ロリルルちゃんに怖がられると凄い傷付くんだけど……これはアレだな、『お兄ちゃんなんて大嫌い!』って言われたシスコンのお兄ちゃんの気分だ。
うーん……ちょっとは自重しようかな?
「ルルちゃんに嫌われたくはないしね……」
そう呟き、僕は2人を連れてジグヴェリア共和国の宿へと帰って行った。明日はこの国を出るし、さっさと寝よう。早くレイラちゃん達を助けに行かないとね。