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異世界来ちゃったけど帰り道何処? 作者:こいし

第九章 勇者と桔音

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復讐劇に踊る勇者失格

 凪が斬られる一瞬前、桔音の凶刃が凪に届くほんの一瞬前だ。
 巫女、セシルは動き出していた。桔音に掛けられた契約の魔法を解除したのだ。凪の心境を察し、凪の心がこれ以上壊されてしまわない様に、桔音に仕掛けた魔法を、凪が斬られる一瞬前にその魔法を解除したのだ。
 そして凪は桔音によって、斬られた。
 反射で身体を後方に引いたために、その傷はかなり浅く済んだが、桔音に振り掛かる筈の呪いはその魔法を掛けた張本人である巫女、セシルによって解除された。故に、負傷した凪は目の前の桔音が死んでいない、呪いを掛けられていないという事実に、心の底から安堵した。

「おや、どうやら無事に解除されたみたいだねぇ」

 だが、目の前の桔音は、自分の手の甲に浮かんでいた契約の印が消えたことを確認して、軽い口調でそう言う。『無事に』解除された、ということは、桔音は元々このつもりでいたということだ。
 凪を精神的に追い詰めていたのは、桔音に掛けられた呪いが原因―――つまり、凪の事を心の底から支えようとしていたセシルは、凪の為に桔音に掛けられた呪いを解除するだろうと、桔音は考えていたのだ。

 そして、その思惑通り桔音に掛けられた呪いは解除された。

 薄ら笑いを浮かべた桔音は、解けた緊張感からか忘れていた様に大きく呼吸をする凪を見下ろし、近くに落ちた彼の剣を拾い上げた。彼自身が使う為じゃない、凪に返す為だ。

「はい、落ちたよ?」
「っ……あ、ああ……」

 桔音に剣を差し出され、凪は一瞬肩を震わせたが……大きく深呼吸した後、剣を受け取って立ち上がった。全身に嫌な汗がどっと出て来ているのは、一目瞭然。呼吸も乱れ、どれほど精神的に追い詰められていたのかが分かる。
 桔音に斬られた傷も、動くことに対して影響しない。自分を追い詰めていた呪いという重圧も、今はもうなくなった……大丈夫、もう大丈夫だ。凪は、自分にそう言い聞かせた。

「……貴方は、やはり危険ですね」
「やぁ腹黒巫女、お腹の中は洗浄してきたかな?」

 と、そこへセシルが近づいてきた。信じられない物を見る様な目で、桔音を見ている。そこに浮かんでいるのは、恐怖や怯えといった、桔音に対する怖いという気持ちだ。

「……私もナギ様も、貴方にはとても悪い事をしたと思っています。後ろにいる獣人の子や、妖精……そして貴方を傷付けた事は、貴方の言う通り道具としての私の判断でした……今の私は、その罪を悔いています。到底許されることではないと、そう思っています」
「まぁ、それは分かるよ。どうやら、自分を見つけたみたいだしね」

 セシルの言葉に、桔音は頷きながらそう言う。嘘は言っていないことは分かるし、彼女が道具としてではなく、そこで自分を見つけたんだろうということも理解出来る。だから、この言葉は彼女の本心なのだろうと、桔音は分かっている。
 セシルは桔音が頷いたのを見て、しかしと続けた。

「貴方の……人を壊す様な戦い方は、正直怖ろしい。魔王や魔族の恐ろしさとは違う……その人の心を破壊して勝つ様な、そんなやり方は……危険だと思います」
「それはそうかもしれないね、でもさ……誰だってそうだと思うよ?」

 セシルの言葉に、桔音は薄ら笑いを浮かべながら答える。凪も、肩で息をしながら桔音の言葉を聞く姿勢を見せていた。

「人が命を賭けて戦う、それは少なからず他人の大事なモノを踏み潰して行くってことだ。勝ったら得て、負けたら大事なモノを失う……それは命だったり、家族だったり、誇りだったり、チャンスだったり、色々だね……僕の場合、それが偶々『心』だっただけだよ」
「何を……」
「君もそうだろう? 僕と戦って、お面を奪った―――それはフィニアちゃんの命を僕から奪ったってことだ。僕と何の違いがあるの? 君は勇者気取りの為に、僕の大事なモノを奪い、僕は僕の復讐の為に勇者気取りの心を追い詰めた……何も変わらない、結局他人の何かを踏み躙っている事に変わりはない。君が僕のことを危険だと思っているのなら、それは僕の戦い方にその事実が顕著に出ているだけだ」

 桔音はそう言った。
 何も変わらない。あらゆる戦いにおいて、相手の何かを踏み越えていく以上、相手の得ようとした何かを奪って行く事には何も変わりはない。桔音は凪の心を踏み躙っただけで、そこは何も変わらないのだ。
 巫女も、凪も、やっている事は同じ。桔音の命を、大事な物を踏み躙ったからこそ、こうして復讐の対象になっている。

 それこそ、棚上げという奴だ。

「……そうですか」
「それで? 2人掛かりでくるかい? 僕としてはそれでもいいけれど、やるなら全力で来ると良い……その上で叩き潰してあげる」

 桔音は両手に瘴気のナイフを生み出して、ジャグリングの様にひょいひょいと投げて弄ぶ。だがこれは本当に投げている訳ではない……これは、投げている様に見えるだけで、そう操作してるのは桔音なのだ。
 つまり、レイラが見れば直ぐに分かっただろう。桔音の瘴気コントロール能力が凄まじいことが。
 桔音はレイラ程の大規模な瘴気攻撃は出来ないが、レイラ以上の精密な操作が出来る。オリジナルはレイラだが、瘴気の扱いで言えばレイラと桔音は同等の操作能力を持っているだろう。

 今は『希望の光』のせいで瘴気の物質形成くらいしか出来ないけれど、桔音にとってはそれで十分。ステータスの差もあるのだから、負けはない。

「……これ以上、ナギ様を貴方の言葉に揺れさせる訳にはいきません」
「つまり?」
「私が貴方の怒りを全て受け止めます……だから、ナギ様にはもう何もしないでください」
「セシルッ……!?」

 セシルは、凪の前に出て、桔音に己が身を差し出した。凪はその事に反対しようと桔音の方へと歩いて行くセシルに手を伸ばす―――だがしかし……

 ――足が前に動いてくれなかった。

「ッ!?」

 ガクンと膝が折れ、身体が前に倒れる。何故足が動かない? そう思った凪だったが、その答えは簡単だ。凪の心は、凪が思っている以上に桔音に怯えているのだ。故に、凪の意思とは裏腹に、桔音に近づく恐怖が足を動かしてくれなかった。
 伸ばした手は、セシルの服にすら触れられずに地に落ちる。視線だけがセシルを追い、凪は見ていることしか出来なかった。

 そして、桔音の目の前にやってきた巫女は、両手を軽く広げ、桔音の眼をじっと見た。

「さぁ、私を煮るなり焼くなり、好きにして下さい……」

 覚悟は決まった。奴隷の様に虐げられようと、娼婦の様に扱われようと、人として扱われなかろうと、構わない。それで凪をこの死神(きつね)の手から護れるというのなら、本望だ。そう思っての行動だった。
 セシルは、少しだけ涙を浮かべながら、倒れる凪に振り返る。そして全てを諦めたような笑顔を浮かべながら、あたかも死に際の言葉の様に言う。

「――ありがとうございます、ナギ様。貴方に会えて、幸せでした」

 凪は、その言葉にセシルが遠くに行ってしまった感覚を得た。もう2度と会えない様な、そんな感覚を覚えた。それは、桔音に対するモノとは違う―――全く別の恐怖。
 立ち上がろうとする凪だが、桔音に近づくことを身体が恐怖している。寧ろ、この場から逃げようとすると、身体は自分が動かそうとするよりも速く動き出そうとする。ソレが凪にはとても、悔しい。

「畜生! 動けっ……動けよ……! セシルッ!!」

 凪は、這いずってでもセシルに近づこうとする。如何に復讐とはいえ、自分が償うべき罪とはいえ、こんなの認められる筈もない。ふざけるな、そんなの許せる筈が無い!

 そう思って、凪は地面をその手で掴んだ。這い這いの姿勢のまま、その身体を腕の力だけで前に動かそうとした―――しかし、その動きはたった一言で止められる。


「は? 何勝手に話進めてんの? 妙なラブストーリーなら余所でやれよ」


 空気が、固まった気がした。時間も、止まった気がした。
 凪は、目の前の光景に茫然と動きを止めた。桔音の言葉も、目の前の光景も、何もかも信じられない。

 ――なんだ? なんでだ? なんで視界が赤く染まってる? この色は何処から出てきたんだ?

 セシル越しで見えなかった筈の桔音の手が、見えた。赤く染まった桔音の手が見えた。なんで赤く染まってる? 桔音の新しいスキル? いや違う、スキルは凪自身が封じた。じゃあなんだ? 何が桔音の手を赤く染め上げている?

 血だ。

 誰の血だ?

「―――ごふっ……!?」

 セシルがその口から血を吐いた。なんでだ?

「煮るなり焼くなり好きにしろって? 馬鹿言うなよ、そんな労力使う方が勿体ないじゃないか」

 凪はその言葉を聞いて、ようやく現状を理解する。桔音の手が、セシルの身体からずるりと抜き取られた。何が起こったか、言葉にすれば簡単だ……桔音の手がセシルの胸を貫き、背中から飛び出ていたのだ。

 真っ赤なのは、セシルの血が噴き出していたからだ。

 セシルが倒れて行くのは、桔音に胸を貫かれたからだ。

 桔音の顔が薄ら笑いを浮かべているのは、何故だ?

 ―――人を殺したのに、なんで嗤っていられるんだ?


「ッッァぁぁぁ゛ァァア゛ァああァぁぁアああアアあああ゛あ゛!!!!」


 叫んだ。
 そこから先は覚えていない。ただ地面を蹴り、桔音に渡された剣を血が滲む程握り締め、斬りかかったのだろう。怒りに狂い、涙を流しながら、目の前の光景が信じられず、セシルを壊して尚嗤う死神を殺してやりたいと思ったのだろう。

 心を埋め尽くしたのは、どす黒い殺意と憤怒。
 人を殺す覚悟が無かった凪は、今初めて人を殺してやりたいと思った。後ろから、ジーク達の声が聞こえたけれど、凪は止まらない。完全に我を忘れて、目を剥き、視界に佇む桔音を殺すことだけを考えて、怒りの雄叫びをあげた。

 その時、心臓が一際大きく鼓動した。凪の怒りに、殺意に呼応する様に、大きく熱く鼓動した。

 そして瞬間身体に湧き上がってきた、とてつもなく大きな力を感じた。湧き上がる全能感、これならば桔音を殺せる、内心でその力の発現に歓喜した。人を殺せる力に、歓喜した。
 普段の凪なら、そんなことはなかっただろう。寧ろ嫌悪した筈の力に歓喜したのだ。その事実が――


 ―――桔音の思い通りだという事も知らずに。


 凪は桔音の目の前まで凄まじい速度で近づくと、怒りの形相で桔音にその剣を振るう。その速度は、ジークやシルフィ達には見えなかった。完全に、今までの凪の実力を大きく逸脱した速度。

「ぁぁあああぁぁあ゛ア゛アああアアぁぁ゛あああああ゛あ゛!!!」
「あははっ……!」

 振り下ろされた剣を、桔音は危なげなく受け止める。そこで初めて、セシルが地面に倒れきった。ドクドクと血が流れていくのを見て、凪の怒りが更に湧き上がる。
 呼吸はもう乱れに乱れ、その身を包んでいた白い光が消えている。代わりに、凪の瞳が金色に輝いていた。瞳孔が獣の様に縦線になっており、怒りに我を忘れているのは明白だった。

 思い浮かぶのは、Cランク魔族のバルドゥルだ。奴は、野性の力で己の自我と引き換えに凄まじい能力の向上を行った。今の凪は、その時のバルドゥルに似ている。

「殺してやるッッ!! 絶対に、ぶっ殺してやるァ゛ァ゛!! きつねぇぇぇぇ!!」
「それで良い、掛かって来いよ勇者"失格"……僕の復讐劇で無様に踊っていくといい」

 殺意に我を忘れた凪に、桔音は薄ら笑いを浮かべながらそう言った。
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