近づく異世界の因縁
さて、僕がフィニアちゃん達に僕が此処に来た目的を話した後だ。
あれからあの状態のまま数時間が経ち、結局日が暮れるまでの時間ずっとフィニアちゃんと雑談しながら過ごした。色々聞いたよ、ルルちゃんが僕を護る為に強くなろうと無理していたこと、勇者が僕に対する勘違いに気が付いたこと、剣士と魔法使いに関しては勇者達と違って好意的だったことなど色々とね。
ああ、僕がステラちゃんのおかげで左眼を取り戻したことを教えたら、素直にステラちゃんにお礼を言っていたなぁ。それで魔眼まで手に入れた事を教えたら目を丸くして驚いてたけどね。
変化が訪れたのは、日が落ちて空も暗くなってきた頃だった。
ステラちゃんは『聖域』とかいう魔法陣の上で微動だにせず、あと少しで全回復すると教えてくれた。回復早いなぁ、僕なんてまだ身体を動かすのがしんどい上に、重いんだけど。
それで、何が起こったかと言えばルルちゃんの身体に異変が起こったんだ。いきなりルルちゃんの身体が光を放ち、眩しくて目が開けられない程の輝きが部屋を埋め尽くす。
そして―――ルルちゃんはベッドの上から姿を消した。
「あれ?」
いや、少し違うな。正確に言えば、見えなくなっただ。ベッドの掛け布団は盛り上がっていて、中に何か居ることを示している。
なんとなく予想が付いたけれど、僕は掛け布団を捲った。
「……すぅ……すぅ……」
するとそこには、僕と出会った頃のルルちゃんがいた。そう、あの幼いロリルルちゃんが再誕為されたのだ。成長して中学生位の容姿になったルルちゃんも癒しと言えば癒しだったけれど、更に幼くなったルルちゃんはその小動物さ加減を増して、僕の中の『癒し萌え』というジャンルの人気を向上させた。こうしてみるとやっぱり可愛いなぁ。
頭を撫でると、くすぐったそうに身体を丸めて微笑んだ。安心しきった様な表情に、僕もフィニアちゃんもにへらーっとだらしない笑顔を浮かべていた。
この変化は多分、獣人の肉体の性質によるものだと思う。獣人は基本的に、年齢を重ねて人間と同じ様に肉体も成長する種族ではあるけれど、それと同時に狩りを行ってレベルが上がれば、ソレに応じて肉体が急成長する種族でもある。ルルちゃんは後者の方法で急成長したタイプの獣人だ。
故に、僕が『初心渡り』でレベルを1に戻してしまったから、それに応じて肉体がレベルに応じて幼くなってしまったんだと思う。レベルを上げればまた成長するだろう。
「ん……ふぁ……?」
すると、ルルちゃんが目覚めた。昨日からずっと寝続けて、夜になってやっとだから、あの光の柱のダメージはかなり大きかったんだろう。ちゃんと護ってあげられなかったのは、少し悔やまれる。
ルルちゃんは小さい拳でぐしぐしと寝惚け眼を擦ると、きょろきょろと周囲を身渡す。そして、僕とフィニアちゃんを視界に収めた瞬間、ほっと安堵した様な表情を浮かべた。可愛い。
「きつね様……御無事で良かったです……あれ?」
子供特有の高い声でそう言ったルルちゃんは、自分の声の高さがいつもと違う事に気が付いたらしい。何度か、あーあー、と声を出した後、自分の小さくなった手や身体を確認して、ぷにぷにな丸く幼い顔をぺたぺたと触った。
すると、状況が分からないのかしばらく硬直した後、目を丸くする。
そして、思いっきり息を吸うと――
「―――ぇぇえええッッ!?」
大声で叫び声を上げた。
まぁそれもそうだろう。身体が大きくなった時はそれほど驚いていなかったけれど、それは獣人としての性質を知っていたから。その逆に幼くなるなんて場合は、全く考えていなかったんだろうね。
しかしまぁ、僕としては幼くとも幼くなくともどっちでも良いんだけどね。今の彼女はステータス的にもかなり弱い部類に入るんだし、分相応ってことで仕方ない。
とりあえず、狼狽しているルルちゃんの頭をぽんぽんと撫でながら落ちつかせる。大丈夫だよー落ちついてーと声を掛けていると、きょとんとした瞳で僕を見たルルちゃんは、ふにゃっと表情を綻ばせた。どうやら幼くなったルルちゃんは、成長した時と比べて、以前同様頭を撫でられることにほとほと弱くなってしまったらしい。
困惑してうろたえていたルルちゃんであるけれど、頭を撫でられると余計な事を考えて居られないほどリラックスしてしまうみたいだね。寧ろ手に頭を擦り付ける程夢中になっている。
「ふぁ~……」
「よーしよしよし、ルルちゃんは可愛いなぁ」
「うふへへへ……ルルちゃんは可愛いね~! ぎゅーっと抱き締めたくなる!」
僕が頭を撫でていると、フィニアちゃんもルルちゃんの可愛さにやられたようで、ルルちゃんのほっぺに頬ずりしていた。
やっぱりこの世界で唯一の清涼剤だよ、この子は。全く、癒し属性にも程があるぞ! この犬耳っ娘め! 撫でずには居られないじゃないか! もっと愛でてあげよう!
「はふ~……ハッ……違います! な、なんで私小さくなってるんですか!?」
「んー、僕がルルちゃんのレベルを1に戻したから?」
「え!?」
僕の回答に、ルルちゃんはまた愕然とした。まぁステータスが弱かった頃に戻ったのに、身体まで戻るなんてショック極まりないだろう。
「大丈夫、レベルを上げればまた元に戻るよ」
「むぅ……それならいいですけど…………折角成長したのに……胸とか」
「え? なんて言った?」
「なんでもないです……」
ぼそっと言ってて良く聞こえなかった。けれど、ルルちゃん的には幼くなってしまったのはとても残念なことらしい。がっくり肩を落として、大きく溜め息を吐いていた。
まぁ幼い容姿でそんなことされても可愛いだけだけどね、落ち込んでても子供の姿だとあまり深刻さを感じない。ルルちゃんの場合、見た目が良いからそれがかなり顕著に出る。
とはいえ、幼くなった事は別にしても、ステータスは最初に出会った時と比べて向上しているから、その代償とでも思えばあまり気にすることでもないだろう。レベルを上げれば戻るしね。
「それよりきつね様、お怪我はないですか? あの後どうなって……使徒……!?」
「ああ大丈夫大丈夫、もう危険はないよ。それに、筋肉痛で動き辛い程度で怪我もないし」
「っ……そう、ですか」
ルルちゃんは心配性だなぁ。ステラちゃんと僕の間にいそいそと移動するもんだから、子供が強気に振る舞おうとしている様な感じがして、とても微笑ましい気分になる。
小剣はテーブルに置いてるからルルちゃんの手にはないし、どうやってステラちゃんを相手に僕を護るつもりなんだろう? もしかして素手でいくのかな? ……ああ、ステラちゃんに頭を押さえられて子供扱いされる様が目に浮かぶ。
「とにかく、大丈夫だから」
「ふにゃ……頭撫でないでくだしゃい……」
ステラちゃんに喰って掛かりそうなルルちゃんを抱きよせて、よしよしと頭を撫でてやる。すると、ルルちゃんはへにゃーっと身体の力が抜けて、僕に身体を預けて来た。なまじ身体が成長して精神も大人に近づいた分、精神はそのままに身体が幼くなってしまった今、子供の様に頭を撫でられるのにちょっと羞恥心を感じてるんだろう。
その証拠に、表情は緩んでいるけど、困った様に眉がハの字を描いていた。さっきからフィニアちゃんが萌えのツボを貫かれまくって悶えている。
「うひょああああ……!! 可愛いぃぃ……!! 死ぬっ、死ぬぅぅ……!!」
ベッドの上でびくんびくんと、地面に打ち上げられた魚の様に悶えている。顔を紅潮させて、とても幸せそうだ。悶え死にという状態だ。可愛過ぎて辛いというアレだね。
「ふぁぁあ……」
「んにぃ~~~……!!!」
でも、こうして2人が幸せそうにしている光景は、ほんの一時でも面倒な現実を忘れることが出来た。
◇ ◇ ◇
その後、ルルちゃんにもフィニアちゃんに話したことと同じことを説明し、今はとりあえず体調の回復を図っていると言った。幽霊ちゃんとの約束の期間は1ヵ月、その内此処までの移動に約3日……そして色んないざこざで2日、計5日は経ってる。帰りは馬車を使うとしても、約1週間は掛かるし、僕に残された時間は少なくてもあと2週間と少し……まぁ十分かな? フィニアちゃん達をこっちに着いて早々に取り戻せたのが良かったね。
「そうですか……リーシェ様と、レイラ、様が……」
「レイラちゃんに様付けるかどうか迷ったね?」
「きつね様とフィニア様程、私はあの方を知らないので……えへへ」
誤魔化すように苦笑したルルちゃん。そんな可愛い苦笑で誤魔化されると思うなよ? 全く、仕方ないなぁ、ルルちゃんは。知らないなら仕方ないよね。
ああそうだ、ルルちゃんに色々説明している間に、ステラちゃんの回復が終わったらしい。白い魔法陣は姿を消し、すっくと立ち上がっている。ずっと正座してたのに足痺れてないんだなぁ……奴の脚の耐久力は化け物か。
ちなみに今は部屋の中にある椅子に腰掛けて、僕達の方をじっと眺めている。ちょっと怖い。無表情止めて下さいませんか、割と本気で。
そういえば、ステラちゃんのドレスは動きやすいようにデザインされているからか、片脚は足首まで隠れているけれど、もう片方の脚は太ももから露出してるんだよね。白いニーハイにガーターベルドが色っぽい。一言で言うなら美脚だね、その筋の人には人気がありそうだ。主に脚フェチ、もしくは踏まれたい人とか。
ああもっと言えば、ドレスの肩の部分はレースが付いた様な肩ヒモのタイプだから、肩と脇、鎖骨は露出されている。そっち方面の人にも人気出そう。ああ勇者に刺されて破れた場所はそのまんまだけど、大して目立たないね。
まぁ動きやすさを優先したんだろうけど、エロくないのに色っぽい露出になっちゃってるよ。腰まである白髪に隠れてるけど、多分背中も多少露出されてるだろう。使徒って称号とは裏腹に、エロいと感じさせない妖艶さがある。
ある意味凄いよね、妖艶さはあるけど純粋清楚って印象を与えるんだから。
「話は終わったけど……ステラちゃんはどうするの? 回復したんでしょ?」
「はい、場所を貸していただきありがとうございます。少年」
「お礼を言うなら、そろそろ名前で呼んでくれると嬉しいかな」
「そうすることで謝礼となるのならそうしましょう」
ステラちゃんがそう言って、ぺこりと頭を下げた。敵じゃないとやっぱり良い子だよね、この子。
「無事に回復したので、私はこの国を発ちます」
「ふーん、そっか」
どうやら、ステラちゃんとはここでお別れらしい。まぁ仲間になった訳でもないし、そこそこ交流は深めたけれど、やっぱり僕と彼女では目的が違い過ぎる。一緒に居る意味が無い。
僕はルークスハイド王国へ戻らなければならないし、ステラちゃんはステラちゃんで行くべきところがあるんだ、こうなることは必然だね。
すると、そう言ったステラちゃんは部屋の扉に近づき、ドアノブに手を掛けながら一旦僕達の方へ身体を向けた。
「それでは」
「運んでくれてありがとう、またね」
「はい。また会う事があれば、また。さようなら……きつね」
ステラちゃんは頭をぺこりと下げた後、扉を開けて去って行った。名前で呼んでくれたけど、珍しく躊躇いがちだったなぁ……人の名前を呼ぶのに慣れていないのかもしれない。どう呼ぶか迷って、結局なんの敬称も付けない形に収まったって所かな?
それにしても凄まじい子だったなぁ……初めて会った時からあの子は危険人物として記憶されていたけれど、今回話してみてほんのちょっとだけ評価が上向きに修正されたね。まぁ約束はしたけど、彼女の目的が異世界絡みである以上、その約束が守られない可能性もあるしね。
「……?」
「どうしたの? きつねさん?」
そんなことを考えていると、階段を上って来る音が聞こえた。ステラちゃんが降りる音じゃないね……そう思って、瘴気の空間把握を展開しようとして……発動しない。そういえば『鬼神』の副作用で固有スキルは発動しないんだった。いつもの癖でついね。
とはいえ、スキル頼りの気配察知を使わずとも、なんとなく素の気配察知能力だけでも分かる。この部屋に、誰かが近づいてきていることが。
そして―――
扉がノックされた。
『……あ、あの……御免下さい、きつね先輩はいますか?』
―――聞こえて来たのは、フィニアちゃん達とは別の意味で懐かしい……因縁の勇者の声だった。