挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界来ちゃったけど帰り道何処? 作者:こいし

第九章 勇者と桔音

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

165/361

争う異世界の因縁

「……」
「えと……」

 同じ異世界人である薙刀桔音と、芹沢凪は、ベッドを挟んで向かい合い、座っていた。
 桔音の表情は薄ら笑いを潜めた、感情や思考を感じさせない程の無表情。大して、何を考えているのか分からない無機質で色の違う両眼に見つめられた凪は、挙動不審に視線を彷徨わせ、何を言おうか、何を言えば良いのかと、言葉を探している。

 憎悪を売った男と、売られた男の対峙。

 桔音の瞳は暗く、あの別れからずっと……薄ら笑いの奥に秘めて来た怒りだけが渦巻いている。煮え滾る様に熱く、現実世界に出すことが出来れば一瞬で世界をこの熱の下に埋め尽くす事が出来そうだった。それに……勘違いと分かったからといって、桔音は凪を許す事はないだろう。やってしまった事の取り返しは付かない。
 借りていた消しゴムを使った後に返したといっても……使った分の消しゴムはどうあっても取り返しが付かない。それと同じ事……桔音やルル、フィニアが、引き離されたことで負った心の傷は、怒りは、悲しみは、寂しさは、辛さは、取り返しは付かないのだ。

 それだけのことを凪はやったし、それだけのことを許すだけの器量は桔音にはない。

「何か用があって来たんだよね? いつまで此処にいるつもりだ?」
「あっ……その、今日はきつね先輩に謝りたくて来たんです」
「へぇ、まぁ謝罪したいんだったら僕は謝罪を受けるけど、許すかどうかは別だよ?」
「っ……!」

 凪の言葉に、桔音は睨み付ける様な瞳でそう返す。
 許すかどうかは別、謝罪とはその人が謝ることで許して貰おうとする行為……それを許すかどうかは謝罪を受けた人間次第。そして今回の場合、桔音は全く許す気などないのだ。
 無機質で何処までも非情且つ冷徹な瞳は、凪の心の奥底を見透かす様だった。

「僕は別に、贖罪が欲しい訳じゃない。謝罪も要らないし、何かお詫びの品を寄越せって訳でもないし、賠償金も、女や名誉も、別に要らない」
「なら……どうすれば許してくれるんだ……!?」
「そこだよ」
「ッ!?」

 桔音は、右眼を閉じ、左の赤い瞳だけで凪を見ながら、人差し指で凪を指差す。赤い瞳は、レイラと同じモノ……つまりは魔族の瞳だ。人間とは違って、鋭い眼光を放つのだ。それこそ、勇者としてそこそこ場数を踏んできた凪であっても、息を飲んでしまう程の眼光。
 ステータスが下がり、『不気味体質』も『威圧』発動出来ない今、桔音は自身を大きく見せる威圧感や恐怖を煽ることは出来ない。

 しかし、凪は桔音を恐れた。恐怖ではない、威圧感でもない、かといってトラウマのせいでもない。ただ単に、桔音の視線に気圧されたのだ。自分の中の何かが、桔音の視線に耐えられず、凪はその視線から逃げるように目を逸らしてしまった。

「『許してくれるんだ』、なんて……随分と虫の良い話じゃないか。確かに、君は僕にしたこと、フィニアちゃん達にしたこと、全部理解した上で罪の意識を感じているんだろうけれど……許して貰おうとしていることには腹が立つ」
「そんな―――ッ!?」

 桔音は立ち上がり、ベッドの上を乗り越えて凪の胸ぐらを掴み寄せた。急に引き寄せられたことで、少しだけ息苦しくなった凪は、そのまま目の前にやってきた桔音の顔を見る。

「許すわけねーだろ、これだけのことをしておいて……都合の良い事考えてんじゃねーよ」
「……都合の、良い……」
「許して貰えないこと位分かってたんだろう? ならお前は僕に対して誠意を見せなくちゃいけない。言葉だけの上っ面な謝罪なんて要らないんだよ」
「誠意……」

 桔音の言葉に、凪は少し考える。誠意を見せろ、誠意とはなんだ? 何をすれば良い? 何をした所で許してはくれない……その上で、桔音が気持ちに区切りを付けられるように誠意を見せる。どうすればいい?
 凪には、桔音やフィニア達の受けた悲しみに釣り合うだけの誠意とは何か、全く思い付かなかった。

 故に、ふと桔音の眼を見てしまう。

 すると、どうやら桔音は凪がどうすればいいのか迷っているのを察したんだろう。此処に来て初めて、いつもの薄ら笑いを浮かべた。無表情ではなく、不気味に笑っている桔音は、先程までの桔音よりも恐ろしく見えた。
 そして、桔音は告げる。どうすればいいのか、桔音が凪に求める誠意とは何かを。

「―――即決で死刑だ、その首此処で落とせ」
「ッ……それはっ……!」

 死刑宣告。桔音にとって、凪に取れる誠意ある行動とは―――死刑だった。死んで詫びろ、許しはしないが、この先僕の目の前に現れる可能性を消すことで、多少は気が晴れる。そういうことだった。
 その言葉に、凪はそれだけはという表情で桔音を見た。例えそれが桔音への誠意なのだとしても、凪にはそれだけは出来なかった。

 何故なら、自分は勇者であり、勇者として救わなければならない人々が、魔王から護らなければならない人々が、数多く存在しているから。今ここで死ぬことだけは―――出来ない。

「駄目、だ……それだけは出来ない……!」
「ふーん……なんで?」
「俺は、勇者だ……きつね先輩や、使徒が、如何に俺を勇者ではないと否定した所で……俺は勇者として在らなきゃならない……! それがこの世界に喚ばれた俺の、役目だから……!!」

 凪がそう言うと、桔音は途端に冷めた瞳を浮かべた。
 それは、凪の言葉は全て桔音に響かなかったことを暗に示していた。勇者、勇者だから、勇者として、役割、使命、色々な言い方をしたとしても、凪の言葉には全く重みがなかったのだ。少なくとも、桔音にとってはまるで紙の様に薄っぺらく聞こえた。

 以前も言った通りだ。まるで成長していない、勇者がどんな存在なのかを理解していない。どんな存在であるべきなのかを、全く分かっていない。
 勇者とはただ最前線に立って戦い、そして勝利すれば良いというだけの存在じゃない。強いだけの存在じゃない。力があれば勇者になれるというのなら、Sランクの冒険者の頂点……序列第1位の冒険者を勇者にすれば良いだけの話だ。
 なのに何故わざわざ異世界から……それこそ、今回の様に神官を1人犠牲にしてまで異世界から勇者を召喚しようとするのか? しかも、序盤はその召喚した勇者を鍛えなければならないという面倒な手順を踏むというのに。

「前も言ったよね―――お前の何処が勇者なんだ」
「くっ……!」

 桔音は桔音なりに、こう考える。
 何故異世界から勇者を呼ぶのか。しかも、初代勇者も今代の勇者も同じ『日本人』。それはきっと、地球という争いのある世界の、比較的争いを嫌う日本という国で生まれた人間だからこそ持っているモノ……別に他の国が『ソレ』を全く持っていないという訳ではない。ただ、日本人は多くの人間がそれを持っている。

 そう、『謙虚な心』や『人を思いやる心』、そしてなにより『争いを嫌う意志』だ。

 恐らく、初めて勇者を召喚した者達はたまたま日本人の勇者を召喚した。そして、勇者の居た国について聞いたのだ。約300年前、日本も同じく300年前なのだとしたら、日本は江戸時代...…しかし、聞けば召喚された勇者は名字と名前を持っていた。
 名字が生まれたのは江戸時代の頃で、公式に庶民が名字を持つようになったのは明治時代からだ。つまり、初代勇者は明治時代以降の人間だということになる。

 桔音の予想では、世界大戦が終幕を迎えた後の人間……日本が戦争をしないと誓約した後の人間だ。つまり、日本が平和の国になろうと決めた後の人間ということになる。このことからおそらく、地球とこの世界の時間の流れは違うだろう。
 まぁそれは一旦置いておいても、初代勇者が大戦を経験した後の人間なのだとしたら、『争いを嫌う』という意識は現在の日本人よりも高かったはずだ。戦争の悲惨さを知った人間なのだから。
 そうでなくとも、日本人であるその初代勇者の在り方から、『勇者様の居た国は争いを嫌う国、きっと平和な国なのだろう』という認識は多くの人間に広がっただろう。

 仮に、だ。調べてみて、過去の勇者が全員『日本人』だったら――確定だ。


 ―――この世界の人間は『故意に』日本人を選択し、召喚している。


 理由は簡単だ。『争いを嫌う』、それはつまり、争いの元凶を消そうとする思想を持っているということ。これほど勇者として扱いやすい思想はないだろう。今代の勇者、凪もそういう理由で召喚されている可能性が高い。
 まぁ、これは全部桔音による推測であるが。調べればきっと綻びは見つかるだろう。

 とはいえ、桔音が今言いたいのはそういうことじゃない。
 恐らく、それに気が付いた勇者は過去にいた。それでもなお、歴史上勇者達は結果的に魔王を倒している。この世界の考えに気付いた勇者は、それでも争いを無くそうとしたということだ。

 何故か?

 それはきっと、かつての勇者達が本当の意味で、『勇者』だったからだ。
 しかし、それは魔王を倒したからではない。彼女らのその在り方が、『勇者』と呼ばれるモノだったのだ。

「勇者が何か分かってる? どういう存在なのか、理解してるのかな?」
「勇者……とは……」

 桔音は問う。お前は勇者をどういう存在だと思っているのかと。

「強い奴が勇者って訳じゃない。魔王を倒した奴が勇者って訳でもない。人を救おうとするのが勇者って訳でもないし、かといって何もしない奴は論外だ」
「……じゃあ、何なんだよ……勇者って一体、なんなんだよ!」
「っと……」

 桔音の言葉に追い詰められた凪は、胸ぐらを掴む桔音の腕を振り払って声を荒げた。筋力的に劣っている桔音は、簡単に振り払われ、少しだけ距離が離れた。凪の座っていた椅子が、音を立てて倒れた。
 フィニアとルルが、そんな凪に少しだけ警戒する。おかしな真似をしたら、容赦はしないという体勢を整えていた。

 それでも、凪は構わず声を荒げて言う。

「どうしろって言うんだ! 俺だって自分の意思で勇者になった訳じゃない! でも、でもだ! 俺は召喚されて! この世界の平和を脅かす魔王が居て! 多くの人々が困ってるって聞かされて! それを護るだけの力が俺にあるのなら、それを救いたいって思ったんだ! 勇者になろうって思ったんだ!!」
「……」

 凪の叫びとも取れるその言葉に、桔音は黙ってそれを聞いていた。

「そりゃ最初は面白いって思った事も否定出来ない! 勇者とか魔王とか、ゲームみたいだと思ったことだってあるし、鍛えれば鍛えただけ強くなっていく感覚に陶酔してしまいそうになった! 俺は勇者なんだ、特別なんだって思ったことだってある! でも、きつね先輩に会って……俺は勇者が何か分からなくなった……! 人を救いたいって思う俺は、その為に戦う俺は、勇者じゃないのか!?」

 大きく身ぶり手ぶり、泣きそうな表情で桔音に叫ぶ凪。どうして俺が勇者じゃないんだ、だったら何が勇者で、どうすれば勇者と認めてくれるんだ、そう言う。

「違うね、今の君はどこまでいっても―――勇者『気取り』だ」

 だが、桔音はそれを薄ら笑いで一蹴した。凪は、桔音のそんな言葉と態度に更に苛立ちを募らせた。

「ッ……! じゃあ何が勇者なんだ!? アンタは、俺がアンタと! その家族の絆を引き裂いたから! だから俺を勇者と認めたくないだけだろうが!! この世界に平和を取り戻して、多くの人を救いたいっていう俺の意志は―――勇者と言わないでなんて言う!?」

 凪は遂に、涙を流してそう言った。感情がボロボロと溢れ、言葉も感情のままに吐き出されている。恐らくは自分でも何を言っているのか分かっていないだろう。しかし、自分が何故間違っていると言われなければならないのか、それを桔音に言及している。
 自分の意志を、勇者としての意志を、同じ異世界人の桔音にだけは……否定されたくなかったのだ。例え、それが自分を憎んでいるとしても。

「だから……ソレが勇者気取りだって言ってるんだよ! この勇者気取りがッッ!!」
「ッ―――!?」

 しかし、珍しく声を大きくした桔音の言葉に、凪は再度息を呑んだ。言葉に詰まり、桔音の虹彩異色の瞳に何も言えなくなる。

「あのね、勇者になろうとしてる奴が勇者になれる訳ねーだろ」
「なん……」
「まず根本から間違ってるんだよ。君の言う勇者らしい行動っていうのはさ……言ってしまえば誰にでも出来るぜ? それこそ、この世界には騎士や冒険者っていう、勇者でなくとも『人の為に戦う人種』が腐るほど居るけど……君の理屈で言えば、彼らも『勇者』ってことになるじゃないか」

 それはーー。そう口にして、反論出来ない。確かにそうだと思ったからだ。自分の言う勇者らしさ、『人の為に戦う』、『魔王を倒して平和を取り戻す』、『人々を救おうとする』、中には難しい物もあるけれど、けして勇者でないと出来ないことじゃない。

 ならば勇者とは何か? 桔音はそれを口にする。

「勇者は、その名の通り"勇気ある者"なんだよ」
「勇気……それなら、俺だって……」
「違う、そういうことじゃない。僕が言っているのは、戦う勇気じゃない」

 そして、桔音は言う。

 ―――人を救いたいという意志を、貫く勇気。

 ―――立ち塞がる難敵に、立ち向かう勇気。

 ―――折れそうになっても、諦めない勇気。

 ―――例え死んだとしても、けして屈しない勇気。

 勇者は、そういった勇気を持った者なのだと。そしてなにより、そういった姿を……背中を見せることで、絶望した人々に同じ勇気を与える事が出来る存在なのだと。

「弱くても良い。戦う力が無くても良い。人々に希望を、勇気を、立ち上がる切っ掛けを、その行動で与える事が出来るのなら、例え醜くても、汚くても、小さな子供であっても―――それが勇者だ」

 ―――だから、勇者になろうとしているだけのお前は……けして勇者じゃない。

「そん、な……!」
「人を救いたいなら、ボランティアでもしてな。この勇者気取りが」

 桔音はそう言って、『勇者気取り』である凪の……『勇者としての(じぶん)』を完膚なきまでに破壊した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ