第5話
数日が過ぎ、俺の体調は回復した。
早乙女さんからのラインは毎日続いていた。
朝の「おはようございます。今日も無理しないでくださいね」、夜の「お疲れ様でした。ちゃんとご飯食べましたか?」というメッセージ。
最初は戸惑ったが、それが心地よく感じている自分もいる。
返事をするのも、楽しみになっていた。
会社では、少しずつ変化が起き始めていた。
エクレアの「嘘を見破る」力が、俺の小さな盾になっていた。
ある朝、田所がまたニヤニヤしながら近づいてきた。
「おはよう、失敗係!昨日頼んだデータまとめ、終わった?俺、部長に『失敗係がやるって言ってた』って言っちゃったよ」
——ご主人様。あの人は、また嘘をおっしゃっていますわ。実際は、自分でやる約束をしていたのに、忘れてご主人様に押し付けようとしております。
エクレアの声が、静かに響く。
俺はデスクに座ったまま、ゆっくりと顔を上げた。
「・・・・田所くん。昨日、君が『俺がやるよ』って部長に言ってたよね?俺、隣で聞いてたよ」
田所の笑顔が、凍りつく。
「え?いや、そんな・・・・」
「部長も『田所なら早く終わるだろ』って言ってたし。忘れたの?」
もちろん、俺はそんな会話を聞いていない。
ただ、エクレアの教えてくれた嘘を、逆手に取っただけだ。
田所は慌てて資料を引っ張り出し、「あ、思い出した!俺がやるわ!」と逃げるように自分のデスクに戻った。
周りの視線が、わずかに変わった。
くすくす笑いが、田所に向いた気がした。
次は加藤さんだ。
昼休み、俺のデスクに書類をどさっと置いてくる。
「失敗係、これお前のミスだろ。クライアントからまたクレーム来てるぞ。直せよ」
——嘘ですわ、ご主人様。あのクレームは、加藤様ご自身の指示ミスが原因です。
俺は書類をめくりながら、静かに言った。
「加藤さん、これ・・・・先月、加藤さんが『この数字でいけ』って言ったやつですよね?俺、メールで確認取ってるんですけど」
加藤さんの顔が、赤くなる。
「・・・・まあ、細かいことはいいから直せ」
「了解です。でも、部長にはちゃんと説明した方がいいですよ。俺の名前で報告されると、また失敗係って言われちゃうんで」
加藤さんは舌打ちして、書類を引っ張って去っていった。
午後、磯崎部長が会議室から叫ぶ。
「失敗係!次のプレゼン資料、今日中と言われているんだ、頼むぞ!」
——また嘘ですわ。期限は明後日までです。本当はご自分が急ぎたいだけ。
俺は立ち上がり、部長の部屋に向かった。
「部長、プレゼン資料ですね。明後日締め切りで大丈夫でしたよね?今日中に仕上げますけど、他の仕事が詰まってるんで、優先順位を教えてください」
部長が一瞬、目を逸らす。
「・・・・ああ、明後日でいいよ。まあ、今日できたらラッキーだけどな」
いつもの高圧的な声が、少し弱まった。
俺は小さく息を吐いて、デスクに戻った。
——ご主人様。どんどんお強くなられていますわ。
エクレアの声が、甘く優しく褒める。
胸の奥の火が、少しずつ大きくなっていく。
これまではただ耐えるだけだったのに、今は、少しずつ、やり返せている。
まだ小さなことばかり。でも、それで十分だった。
早乙女さんからのラインが、ポンと鳴る。
〈今日もお疲れ様です。がんばりすぎないでくださいね〉
俺は微笑んで、返事を打った。
〈ありがとう。今日は、少しいい日だったよ〉




