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第1部  第1話  「ご主人様、ようやく見つけました」

「またかよ。失敗係!いつになったらまともに仕事できるんだ。ハハハ」


会社で、年下の上司や部下からバカにされる。


これが俺の日常だった。


ある次元の世界のお話。俺はどこにでもいるごく普通のサラリーマン。


33歳。


自分で言うのもなんだが、もう完全におじさん街道まっしぐらだ。


恋人はいない。


家族もいない。


あるのは、安月給と、毎日の残業と、理不尽な侮辱、叱責だけ。


社畜——その言葉が、これほどしっくりくる人生もそうない。


今日も今日とて、年下のエリート上司である磯崎部長に意味不明な修正を命じられ、


「それなりに入社歴はあるんだからさあ、根性見せなよ。”失敗係”くん」


などと笑いながら言われた挙句、終電一本前でようやく帰宅した。


ワンルームの玄関で靴を脱ぎ、暗い部屋に一人きり。


俺は床に座り込み、天井を見上げる。


「・・・・何か、いいこと起きねえかな」


そんな、独り言にもならない言葉を吐いた、その瞬間だった。


——ご主人様。


耳元で、はっきりと声がした。


「・・・・は?」


思わず振り返る。


当然、誰もいない。


疲れすぎて、ついに幻聴か。


笑えないが、今の俺にはそれしか思いつかなかった。


——ご主人様。ようやく、見つけました。


今度は、はっきりと。


柔らかく、しかし確かな女性の声。


「・・・・やめてくれよ」


俺は頭を押さえ、床に座り込んだ。


「死ぬ間際に聞こえるという幻聴じゃないだろうな」


「せめてさ・・・・せめて、あの生意気な磯崎部長を、痛い目を見せてやりたかったな」


完全に夢のような言葉。


そんな能力もないのに。


誰に聞かせるつもりもない。


——承知いたしました。


即答だった。


——ただし、いまのわたくしにできることは限られております。それでも、ご主人様が二度と理不尽に踏みにじられぬよう、持てる力のすべてでお支えいたします。


「・・・・は?」


視界の端が、わずかに歪む。


空気がゆっくりと形を持ち始め、次の瞬間、そこに現れた。


メイド服を纏った、銀髪の女性。


俺は思わず、月の光かと錯覚したほどだ。


整った顔立ち。


穏やかな微笑み。


そして、清楚な雰囲気なのに思わず欲情するほどのプロポーション。


だが、その瞳の奥には、揺るぎない意志が宿っていた。


「・・・・夢、だよな?」


——いいえ。


彼女は静かに首を振った。


——わたくしは、ご主人様に仕える者。別次元より参りました。


胸に手を当て、深く一礼する。


——前の次元では、ご主人様は“グリーン”と呼ばれておりました。


「・・・・意味が分からない」


——困惑させるつもりはなかったのですが。


そう言って、少しだけ困ったように微笑む。


——ですが、ご主人様の魂は、確かにこの次元にありました。


——だからこそ、わたくしは探し続け、ようやく出会えたのです。


——わたくしは、ご主人様の望むことを叶えるために存在します。


「・・・・あんた、名前は?」


——エクレア、と申します。


彼女は胸に手を当て、静かに頭を下げた。


——かつてより、ご主人様に仕えていたメイドの一人でございます。


——いまは力も弱く不十分でございますが、もてる限りすべてを捧げご主人様をお支えする所存でございます。


そう言われても、まったく実感がわかなかった。


そんな俺にとって都合のいい存在が、本当にいるのか。


俺はのどをゴクリとしながら目の前にいる女性に触れようと、恐る恐る手を伸ばす。


だが、彼女の身体は、ふっと透けた。


・・・・かなり、いや、相当がっくりした。


——いまは、まだ実体をもっておりません。申し訳ございません。


悲しそうに、ぺこりと頭を下げる。


そうなのか。


俺の中で、身体が冷え込むのが分かる。


明日も早いし、今日はもう寝よう。


「なにができるか、また明日教えてくれ。今日はもう寝る」


——おやすみなさいませ。


エクレアと名乗った彼女は、静かに穏やかに微笑む。


その夜、俺は久しぶりに、眠れなかった。


——すべては、ご主人様の意思のままに。



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