はじまり
自己肯定感低めの女性を中心に話が進みます。ざまぁですっきりではなく、心理描写強め
の胸くそ展開です。毒親が出てきます。
私は特別可愛いわけではない。
それでも年頃になったら、それなりに花開くだろうと思った。「花も十八」という言葉の意味はわからないけれど、娘盛りになれば、誰でも魅力的になるということでしょう?
平凡な人なら、こんな私とでも結婚してくれるだろうと……そんなふうに考えていた。
本を読むのが好きな私は、同い年の子どもに比べて精神年齢が上だった。十歳前後の子どもがこんなふうに客観的に大人を眺めていたら、確かに気持ち悪いだろう。
それを敏感に察した母は私を「頭が良いのか悪いのかわからない」と貶した。欠陥品だと見下すことで、「自分の娘を愛せない」という葛藤に折り合いをつけようとしたのだろう。
また、同い年の友達ができないことが、母の不安に拍車をかけたようだ。
家族には好かれなくても、夫になる人には愛されるかもしれない。
そんな夢は、十一歳の時に粉々に砕かれた。
その、踏みにじった本人が十年後に「好きだったから、素直になれなかっただけ」と言ってきても、質の悪い冗談としか思えないでしょう?
子どもの頃から、よく落ち着いていると言われた。女の子たちとはしゃげないだけだが、大人っぽいと褒められているようで嬉しかった。
そんな性格になった原因の一つが、騎士の家系に生まれ、男ではないことに気が引けていたということがある。それは母や大人たちの会話に織り込まれていた。子どもだから何を言ってもわからないと思っていたようだ。
女に生まれたことが、いけなかったらしい。それなら、役に立たなければと子ども心に誓った。いや、焦燥に近かった。
母は謙虚を旨としていたが、度が過ぎて周りをドン引きさせることがある。貶す対象として、私はよく引き合いに出された。
「うどの大木」「鬼も十八番茶も出花」「たで食う虫も好き好き」そんな東洋のことわざを普通に使うので、私はそれが悪口だと大人になるまで気付かなかった。
弟が生まれたときに大人たちの喜びようを見て、自分は本当に要らない子なのだと、うつむいたことを覚えている。
我が家は貴族ではない。けれど一代限りの騎士爵をもらう人が多く、平民とも少し違う立ち位置だった。積極的に武芸大会に参加して、実力で騎士爵を取るのが当たり前の家風。兄も弟も大会に向けて励んでいる。
私は大会に参加できないので、当然のように手伝うこととされた。学校で同じクラスの子に「あなた、武芸に詳しそうだから一緒に観に行かない? 技とか教えてよ」と誘われたが、断るしかなかった。お友達ができる絶好の機会だったと思うのだけれど。
その大会は女の子でも強い子は参加できた。単に私が弱いのだ。練習しても強くなれないことで、また自信を失った――
大会では散らかされるゴミを拾ったり、小道具を運んだりした。他にも騎士爵の子たちが働いていた。親に言われて嫌々来ているお姉さんたちは、お手伝いよりも誰がかっこいいとかそんな話に花を咲かせていた。
それを同じく手伝いをしていた母が、「色気づいて」と嫌悪していたので、はしたないことだと心に刻んだ。
誘ってくれた同級生たちを見かけた。詳しくないなりに楽しんでいる。
ちょっと違うことを言っていたので、話しかけて訂正するか迷った。けれど、突然話しかけたら驚かせてしまうかもしれない。
それに、彼女たちの可愛い格好に比べたら、私は作業着で……ちょっと恥ずかしかった。
本部のテントに戻り、水分補給して一息ついているときだった。
顔見知りの少年に声をかけられた。
「あんたに告白したいという子がいるから、ついてきて」と。
どきどきしながら、ついていった。誰だろう? 何を言われるのかな?
こんな私でも見ていてくれたんだ。お手伝いをする良い子だと思ったとか?
そんなことを考えて、ドキドキしながら……。
荷物が積まれている、奥まった場所だった。少年たちが五、六人いた。
後で考えれば、告白と言いながら大勢いるのがおかしかった。それだけで警戒するべきだったと思う。
「ほら、そう言ったら来ると思ったんだよ」
大きな箱に座っていた少年が、私を指差した。
顔が赤くなる。騙されたんだ。
こんなことをされるほど嫌われていたの? そんなに親しくないのに、いつのまに憎まれていたんだろう。
思い上がった自分が恥ずかしい。いつか……人生で一人くらいは好きになってくれる人ができるんじゃないかと思い上がっているのを見透かされていた。
母にも「だから身の程をわきまえなさいと言ったでしょ」とため息を吐かれるかもしれない。そんな妄想がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
私は何も言えずに、その場から逃げた。




