♯31 どちらにしてもわざとらしい
ガーデンパーティーがスタートすると同時に、控えていた楽団が演奏を始めた。
昼間のパーティーらしく爽やかで明るい音楽が庭園に流れて行く。
同時に参加者達も動き始めた。
メアリー王妃に挨拶へ向かう者。
その順番を待つ間に他の参加者と歓談を始める者。
美味しそうな料理に手を伸ばす者。
その中で唯一、何も動けずに顔色を悪くしている者達がいた。
カルプフェン家の者達だ。
周囲が賑やかに歓談をしている中、彼らの元へ向かう者はいない。
唯一、ヨルダンの婚約者であるアガーテが向かったくらいだろうか。
その状況にカルプフェン家の当主の顔色はすこぶる悪くなっていた。
一応、そういう仕込みではある。
しかしこれはなかなか効くなぁとマルタは心の中で呟いた。
多少同情はするが――それだけの事を彼らは周囲にしてきたのだ。むしろこれだけで済んで良かったのかもしれない。
そんな事を思いながらマルタは、カルプフェン家から視線を横にずらした。
そこには相変わらずの笑顔を浮かべたギブソン・ローレルの姿がある。
堂々としたものだ。
「………、ああ」
ふと彼の口元が動いた。そのタイミングでマルタは彼と目が合う。
ギブソンは思案するように指を顎にあてた。それからヨルダン達に何かを話しかけ、顔をこちらに向ける。そのまま、真っ直ぐに向かって来た。
「意外と早く動いたな」
「そうですねぇ」
ダグの言葉にマルタも同意して頷く。
その間、マルタ達の視線はギブソンへ向けたままだ。
警戒していますよ、という意味合いが敢えて伝わるように、無防備な様子は見せない。
カイの件で『そちらの情報は知っている』というのを、ギブソンに伝えてあるからだ。
だからマルタ達がそうした方が、わざとらしくない。
そうして視線を向けていても、ギブソンはおかまいなしに目の前までやって来た。
「やあ、どうも、こんにちは、初めまして。私はギブソン・ローレルと申します。リブロ辺境伯ご夫妻……でよろしかったでしょうか?」
ギブソンは胸に手を当ててにこりと笑い、そう尋ねて来る。
お互いに誰なのかは知っているが、初対面ではあるのだ。出会った最初の一言としては無難だろう。
「ええ。ダグ・リブロと申します」
「マルタ・リブロです。初めまして、ギブソンさん」
ダグとマルタはにこりと微笑み、そう返す。挨拶の間、ラズがそっと、数歩後ろに下がる。それを見てギブソンの口元が僅かに上がった。
打合せ通りという奴だろうか。ふむふむ、と思いながらマルタはギブソンの様子を観察する。
「ああ、お会い出来て光栄です! しかし、昼のガーデンパーティーにリブロ辺境伯がいらっしゃるとは思いませんでした」
「王妃様からぜひと言っていただきましたので。しっかりと服を着込んでおけば、問題ありませんでしたよ」
「それはそれは……」
やや芝居じみた手振りで、笑顔を崩さずギブソンは話す。
何を考えているかが読めていると、こういう行動は白々しく見えるものだ。マルタは何とか顔に笑顔を貼り付けているものの、そう思った。
「実は私、以前からリブロ辺境伯ご夫妻とお話がしたいと思っていたのです」
「おや、そうなんですか?」
「ええ! カイさんにいつもお世話になっておりまして」
詐欺まがいの投資をお世話にと称するならば、まぁ、確かにそれはそうだろう。彼にとっての資金調達のお世話をしていたのだ。
それにしても堂々とカイの名前を出す辺り、なかなか度胸が据わっている。
(まぁ、そうではなければ、ああいう事は出来ないでしょうけれどねぇ)
そう思っていると、ピリ、とマルタの天恵がギブソンに反応して、うっ、と気持ち悪さがこみ上げて来る。
今回はギブソンの身体全体から、嫌な気配が感じられた。
メアリー王妃主催のガーデンパーティーは、服装や所持品は厳重にチェックされる。だから武器や危険物の類の持ち込みは出来ない。
何かするなら身一つで、だ。つまりやりそうな事は『接触してダグの仮面を外そうとする』だろう。
そしてマルタの天恵が『今』反応したのならば、仕掛けて来るタイミングはそろそろだ。
実害がある時に、マルタの天恵は効果を発揮する。
吐き気に歪みかけた顔に必死で笑顔を貼り付けて、マルタはそっとダグの腕に触れる。
話が出来ない時に天恵の反応を伝えるため、事前に打ち合わせしていた事だ。
マルタが合図をすればダグの指先が返事をするように僅かに動いた。
「カイさんは、色々な投資にご興味を持って下さっておりまして。先日、ご紹介させていただいた分が、上手く行きそうなのですよ」
「へぇ、叔父の投資で成功しそうなものがあったとは驚きですよ」
「そうですか?」
「ええ。いつも借金だらけでしたからね。ご存じでしょう?」
そう言ってダグは肩をすくめてみせた。
マルタはその辺りの事はダグ達から聞いた分しか知らないが、彼らの様子を見る限り、あまり投資方面の才能はないのだろうとは察せられる。
(上手く行きそうとは、それこそ上手く言ったもんです)
エトナの薬の件もそうだが、断定しない事で彼は逃げ道を確保している。手慣れているなとマルタは思った。
「ハハハ、手厳しい。ですが、投資とはそういうものです。一度ですべてをプラスに出来るくらい、夢のあるものですよ」
「なるほど、夢ですか」
「ええ、夢です。マルタさんもそう思いませんか?」
マルタが二人のやり取りを聞いていると、不意に話を振られた。
目を瞬いて、マルタは僅かに首を傾げる。
「それはいわゆる一攫千金というお話ですか?」
「ええ、そうですとも」
「うーん。人によっては、それは確かに夢でしょうけれど。あいにくと私は興味がないんですよね」
「ほんの少しも?」
「ありませんね。貯金箱みたいに、こつこつ積み重ねて行く方が好みですから」
にこりと笑ってマルタは返す。
するとギブソンは「貯金箱……」と、僅かに頬を引き攣らせて呟いた。
あれ、とマルタは思った。今、そんなにおかしな返答をしたつもりはなかったのだけれど。
どうしてそういう反応になるんだろうなとダグを見上げれば、彼はくすくすと笑っていた。
「ダグ?」
「いやぁ、ほんと、マルタらしいなって」
「そうですか?」
「うん、かわいい」
「そこでどうしてそう繋がるので!?」
マルタがぎょっと目を剥くが、ダグは相変わらず楽しげだ。
照れつつも、解せぬ、と思っていると、
「……失礼しました。貯金箱、という言葉を貴族からはあまり聞かないもので」
とギブソンはそう言った。
まぁ、それはそうだろう。貯金箱でお金を貯めるような貴族は、そんなにいないとマルタも思う。
ちなみにマルタを始めとしたエスタンテ家の家族は皆、それぞれ使っていたりする。
「そうですね。ですが、なかなか良いものですよ?」
「ふむ、そうでしょうか?」
「はい。積み重ねて、いっぱいになった貯金箱を見るのは楽しいですし、達成感もありますよ」
「達成感……なるほど、それなら少し分かりますね」
最後だけは共感したのかギブソンは軽く頷いた。もっとも、ただ話を合わせるためだったかもしれないが。
それから彼は話題を変えるように、
「……ああ、ところで。ダグさんとマルタさんは、もう、あちらのジュースは飲まれましたか?」
とテーブルを指した。そこには白色の、シュワシュワと泡が揺れる飲み物が置かれていた。
白ブドウのジュースのようだ。
うっかりアルコールの入った飲料を飲まないように、とのメアリー王妃の配慮で、テーブルが別にされているため分かりやすい。
「あちら、メイナード領で新しく流通し始めたものなのですよ」
「へぇ、そうなんですか。いえ、俺はまだですね。マルタはどう?」
「私も飲んだ事がありませんねぇ」
「なら、ぜひ! 取ってきますから、少しお待ちを」
マルタとダグがそれぞれ答えれば、ギブソンはそう言って、ジュースの置かれたテーブルへ向かって行った。
(まぁ、仕掛けるのはここかしら)
その背中を見ながらマルタはそう考える。
ちょうど良いものがあって、軽い事故で済ませられる動作が出来るもの。
それがアレだ。
(よくドレスにワインやジュースをかけられて……ってお話は本の中にはありますけれど、実際にする人を見た事はありませんねぇ)
そんな事を思っていると、ギブソンはジュースの入ったグラスを二つ取り、こちらへ戻って来る。
にこにこと笑顔を顔に張り付けて、やや足早に。
なるほど、助走も十分だ。冷静にそう考えていると、
「お待たせしました、ダグさん、マルタさん。こちら――――あっ」
あまりにも想像通りに、そして自然に、ギブソンはマルタ達のすぐ目の前で躓いた。




