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終章 転生王子と軍国の至宝


8/24三回目更新。

最終話まで投稿します。ご注意下さい。





 豊穣祭を終えて一週間が経った日のこと。王都から西へと続く街道から少し外れた小高い丘の上、複数の人影がそこにあった。


 うち二人は王国の王子。そして王子達の各々の筆頭達複数名。そして元密入国者である二人。


「晴れてよかった。気持ちのいい青空だね。旅立ち日和。」


 そうグレイシス王国末王子ハーシェリクは小高い丘の上で隣に立つ彼女、クレナイに笑顔で言った。


 ハーシェリクが小高い丘から視線を転じれば、馬車の側で兄王子とその筆頭執事と共に物の最終点検をしているクロ、我関せず木陰で読書をするシロ、オランとタツとアオの三人が話し込んでいた。オランの腕に巻かれた白い包帯が痛々しいが、特に生活には支障はないということだった。


 クレナイを連れ戻した日、魔法の効果が切れて目を覚ましたオランにクレナイは、ハーシェリクが切った髪を揺らしながら、頭を下げ続けた。オランも事情を理解したのか、謝罪を受け入れ二人の間に蟠りはなかった。


「王子、本当によかったのですか?」

「ん? 何が?」


 クレナイの問いにハーシェリクは首を傾げる。


「軍国を敵にまわしてしまって、よかったのですか?」


 ハーシェリクは二人を救った。だが同時に、東の軍国を敵にまわすこととなってしまった。それは王国の国益を損なうことだ。

 クレナイの言葉にハーシェリクは頬をかく。


「まあいいか悪いかで言えば、悪いかな。王国もいろいろあって盤石じゃないから。」

「なら……」

「だけど、軍国はすぐには王国に攻めることは出来ないよ。攻め込む理由がないから。」


 クレナイを指さしつつハーシェリクは言葉を続ける。


「表向き『軍国の至宝』は王国の法に則って処刑された。それに関して王国に落ち度はない。なら軍国は大国と戦を起こすのに、誰もが納得する理由が必要になる。」


 鶴の一声ならぬ王の一言で政を決定することが可能な王国や帝国と違い、軍国の政治は軍上層部や十家が支配しているが、民意も重要視される。周辺の中小国を侵略する戦いより、大陸一の大国と相手する戦は犠牲も多くなるだろう。多くの犠牲を出す戦をするには、国民が納得する理由が必要になってくる。


「さて、軍国は対等かそれ以上の国力を持つ王国相手に、どういう理由で戦を仕掛けようとするかな?」

「……なるほど。」


 ハーシェリクは面白そうに言い、クレナイは頷く。


 軍国が王国へと戦争を仕掛けるなら、出兵する為に国民達が納得する理由が必要だ。もし『軍国の至宝』を理由にするなら、なぜ『軍国の至宝』が王国へ向かったかと説明せねばならない。だが正直に『奴隷を解放しようとしたから抹殺しようとして失敗して、さらに生死問わず指名手配したのに王国に逃げられた』と説明しようものなら、奴隷達の反発を招きかねない。『実は軍師は裏切った』としてもそれまでの功績を考えれば、疑問を抱く者も出てくるだろう。そうやって人々の心には不信が生まれ、やがてそれは国内の不和となり、その不和は他国の付け入るスキとなる。スキを作ってまで、軍国は王国に侵攻するだろうか、とハーシェリクは考えた。


「まあ、攻め込んでくるとしても多少の時間はあるだろうし。」


 それまでに戦が起こらないよう手は打つから大丈夫、とハーシェリクはクレナイを安心させるように言う。

 問題ない、というハーシェリク。だが国単位で対策を考えていたハーシェリクにクレナイは驚愕する。そして別の疑問が思い浮かんだ。


「……王子は、どこから気が付いていたんですか?」


 ハーシェリクにクレナイは問いかける。

 まるでこうなることを昔から分っていたように言うハーシェリク。だがクレナイはもちろん、アオもギリギリまで自分たちの正体を明かしたりはしなかったはず。


「出会った日から、かな。確信を持てたのはクロの情報を聞いてからだけど。」


 クレナイの問いにハーシェリクは少し考えたあと答える。


「元々、最悪を想定して準備するのは癖だから。それに最悪じゃなかったし。」


 そう苦笑を漏らしながらハーシェリクは言う。


「王子の中での最悪は?」

「……聞きたい?」


 ハーシェリクが可愛らしく首を傾げて問うと、クレナイは頷く。


「貴女が自分の身分を明かして、王国を利用して軍国に攻め込むことを考えたら、かな。」


 それがハーシェリクの想定した、最悪の事態だった。


「あの時、成功率は三割と言ったけど、王国を利用すれば、もっと確率はあげられたんじゃない?」


 大陸一の大国である王国。その広大な国土を外敵から守るために、軍事力も諸国と比べれば巨大だ。もし彼女が身分を明かし、王国に軍国への侵攻を持ちかけられればどうなっていただろうか。彼女が軍国内部から内乱を起こさせ、それに呼応して王国が軍国に侵攻する。その策の成功は三割を大きく上回るだろう。

 だが一度開戦すれば、両国に多くの血が流れるのは確実だった。ハーシェリクは戦争を好まない。綺麗事だが敵味方関係なく、血を流して欲しくはない。


 もし彼女がその策を用いようとしたら、ハーシェリクは二人を助けることはできなかった。


 ハーシェリクは父の部屋で話を聞いた後、二つの覚悟を決めていた。一つはいかなる手段を用いても助ける覚悟。もう一つは、最悪の事態が起きた時、いかなる手段を用いても止める覚悟。それが命を奪うこととなったとしても。


後者の覚悟が、不要になって心から安堵している。


「……王子には、かないませんね。」


 その言葉は彼女がハーシェリクのいう策を考えていたということだ。


「クレナイさん。あ、アルテリゼさん?」

「王子、どうかクレナイと呼んでいただけませんか?」


 どう呼んだらいいか迷ったハーシェリクにクレナイが言う。クレナイにとって、彼が与えてくれた名前は既に仮の名前ではなくなっていた。それはアオもそうだった。なぜか王子に名前を呼ばれると、心地よく安心を得ることが出来た。


「わかった、クレナイ。」


 クレナイの言葉にハーシェリクは頷くと言葉を続ける。


「クレナイ、あなたはもう『軍国の至宝』と呼ばれていたアルテリゼ・ダンヴィルじゃない。アルテリゼ・ダンヴィルは、私が処刑した。」


 ハーシェリクの言葉にクレナイははっとし息を飲む。


「貴女は一度死んで、アルテリゼ・ディ・ロートになったんだよ。」


 己の失敗に苦しみ、祖国である軍国を憎悪し、己を呪ったアルテリゼはもうこの世にはいない。


「忘れろとは言わない。だけど貴女を守った彼らの願い通り、貴女は生きて幸せになって欲しい。これは私の心からの願いだよ。」


 いくら自分が言葉を重ねようと、彼女の苦しみが無くなることはないと解っていた。そしてハーシェリクは己の言葉が詭弁だと解っていた。だがそれでも言葉を重ねる。それはクレナイの苦しむ姿を、大切な者を失った己と重なったからかもしれない。


 だからハーシェリクはクレナイをその呪縛から、解放してあげたかった。


「貴女の苦しみは、私が全部貰っていく。だからどうか、自由に生きて。」

「王子……」


 ハーシェリクが微笑む。それは七歳の子供がしたとは思えないほど、大人びた微笑みだった。その微笑みにクレナイの心臓が大きく鼓動する。


 思い返せば、初めてこの王子に会った時から、軍師の仮面の維持が難しかった。軍国で軍師として生きた十年。何があっても微笑みを絶やさなかった。どんなに苦境に立たされようとも、周囲から侮蔑も嘲笑も受けようとも、微笑みを崩すことはなかった。あの炎の中絶望に落された時を除いて。

 だがこの王子の前では、いともたやすく軍師の仮面が外れてしまう。


 それに助けられてから王子は何も言わなかった。あの時は己の臣下だといったのに、王城に戻ってから今日まで、ハーシェリクは二人に何も言わず、強いることもなかった。


 そして今も、なにもなかったのかのように、笑顔で多くのことは言わず見送ろうとする王子に、クレナイは切ない気持ちが込み上げてくる。


「あ、そろそろ出発の時間かな。」


 胸中を言葉に表すことが出来ず黙ってしまうクレナイから、ハーシェリクは視線を転じる。視線の先は外套を羽織り、翼を隠したアオが近づいて来るところだった。


「アオ、体調は大丈夫?」


 側まできた彼にハーシェリクは問う。その問いにアオは、胸の中央を撫でながら口を開いた。


「ああ、問題ない。」


 かつてアオの胸の中央にあった奴隷の刻印である、隷属の紋は既にない。ハーシェリクの筆頭魔法士であるシロが、解除したからだ。


「まさか、隷属の紋を解除するとは。」


 アオの驚きももっともなことだった。

 隷属の紋は全世界共通ではなく各国、組織で独自の魔法式を用いている。紋の解除も個別の魔法式が必要だ。もし第三者が紋を解除するなら、多くの知識と時間を要する。しかし筆頭魔法士ヴァイスは、ハーシェリクがその隷属の紋を知った後すぐ彼から相談を受け、隷属の紋の解除の為に、豊穣祭の準備の側研究をしていたのだ。


「うちの魔法士はチートだから……」


 豊穣祭の魔法といい、隷属の紋の解除といい、さらには空を飛ぶ魔法を編み出すことといい……ハーシェリクは遠い目をする。そしてその視線の先では、木陰で読書をする魔法チートである。


「ちーと?」


 聞きなれない言葉にアオが首を傾げたのだった。


 アオの言葉にハーシェリクは曖昧に笑い、シロを呼びに行く。小さな背中を見送りながら、アオはクレナイの隣に立った。


「……アルテ、いいのか?」

「ゲイル?」

「王子とこのまま別れて、いいのか?」


 己の心を見透かした言葉に、クレナイは戸惑いの表情を浮かべる。

 そんなクレナイの頭にアオは手を置き、言葉を続ける。


「もう本心を隠さなくていい。俺も、決めた。」


『私も、貴方のように、あの方にお仕えしたかった。』


 あの時、最後になると思いつい零れてしまった言葉。その時の思いは、今も己の中に生きていた。


 クレナイは瞳を閉じる。


 軍国への恨みで染まっていたアルテリゼ・ダンヴィルはもうこの世にはいない。もちろん憎悪の感情はまだ己の中にある。だがハーシェリクのおかげで、負の感情に支配されることはもうないだろう。なら己はこの後、何をすべきか……否、何をしたいか。


 クレナイは未来の己を思い浮かべる。このまま連邦へと逃げ、アオと共に慎ましく幸せに生きる。軍師としての己を捨て、女の幸せを掴む未来。


(いいえ、そうではない。)


 クレナイは否定する。確かにそんな未来は幸せだろう。だがそれはクレナイが求めた未来ではない。


 クレナイは瞳を開くと、そこに迷いはなかった。そして一歩を踏み出し、アオも続く。向かう先は、シロを引っ張り、馬車へと向かったハーシェリクの元だ。


「二人とも、そろそろ出発……」


 振り返ったハーシェリクは、言葉を飲み込む。目の前には、クレナイとアオが、片膝を付き、頭を深く下げた。それは臣下が主へする礼だった。


「クレナイ? アオ?」

「王子……いえ、我が君。」


 疑問を浮かべるハーシェリクに、クレナイが頭を下げたまま、言葉を紡ぐ。


「我が君、白状いたします。私は初めて会った時、貴方を軽んじ、王国を利用しようと考えていました。」


 軍国を潰す為なら、全てを利用としようと考えていた。


「しかし我が君と共に過ごし、国の為に、人々の為に、当然のように身を削り、それを厭わぬ姿を目の当たりにして……利用しようという考えは、なくなりました。」


 子供らしく笑う王子


 大人びた表情をする王子


 そして王族としての矜持を持つ王子


 そんな不思議な王子から、目が離せなくなった。いつしか、ハーシェリクのような人物が己の主君だったらと心の奥底で願うようになった。


 クレナイに続き、アオも言葉を紡ぐ。


「俺はこの世界で、アルテと仲間達以外、信じようと思わなかった。」


 虐げられるのが当たり前だった。耐えるのが当たり前だと思っていた。信じられるのは同族とアルテリゼだけだった。


「だけどあなたは、見た目や種族なんて気にも留めず、俺と俺の願いを守ってくれた。」


 ハーシェリクは見返りを何も求めず、ただ助ける為に手を差し伸べてくれた。そのことにどれほど喜びを覚えたことか。


「この恩を、俺はどうかえせばいいのか、わからない。」


 頭を垂れたまま言葉を紡ぐ二人にハーシェリクは戸惑う。


「二人とも、私は、私のやりたいことをしただけだから、二人がそこまで恩義を感じることはないよ?」


 ハーシェリクからしたら、己の我が儘を通しただけにすぎない。しかもハーシェリクは二人に負い目があった。


「それに二人を臣下にしたのも、建前というか嘘も方便だからね。私は、二人を縛りつけたいわけじゃない。」


 あの時はそうするしか他に術がなかったといえ、二人を臣下にしたことは、彼らを王国へ強制的に縛り付けるようなものだった。奥の手だったとはいえ、二人の自由を形式上でも奪ってしまったことをハーシェリクは申し訳なく思っていた。


 そんなハーシェリクに、クレナイは顔を上げて、真っ直ぐとハーシェリクを見て言った。


「なら私達が望めば叶えてくれますか?」


 アルテは右手を胸に当て、言葉を紡ぐ。


「我が知略は御身の理想の為、我が意思は御身の栄光の為、我が命は御身の覇道の為。」


 それは十四の時、軍国の軍師となった時に宣誓した言葉だった。だがその時は個人ではなく、祖国への言葉であり、今ほど感情は籠ってはいなかった。


「我が名はアルテリゼ・ディ・ロート、どうか、我が君の臣下の末席に加えて頂きたく。」


 ハーシェリクから賜った新しい名を言い、クレナイは頭を再度垂れる。クレナイに続きアオも口を開いた。


「我、真名ゲイル・ファル・キルヴィ・ブラウは主ハーシェリクに、全てを捧げる。」


 アオも再度頭を垂れる。


 獣人族は呼び名の他に真名を持つ。その真名を明かすのは、生涯の伴侶かもしくは忠誠を誓う者だけだ。さらにアオはその真名の最後に、ハーシェリクから貰った青の意味をなす『ブラウ』を付けた。それはハーシェリクを生涯の主君と定めた事を示す。


「我が身は御身の敵を切り裂く剣であり、御身の凶刃から守る盾であり、御身を支える杖。」


「我が君、どうか我らに許しを。」


 クレナイが誓約の言葉を紡ぎ、アオも許しを請う。


 ハーシェリクが頭を下げたまま動かない二人を見つめ、周囲の皆は事の成り行きを見守った。


 一陣の風が吹いた。風がハーシェリクの頬を撫で、淡い色の金髪を揺らす。時間にしたら一分にも満たない、だが永遠にも感じた時を流れ。


 ハーシェリクは深く息を吸い、そして吐き出す。


「……わかった。降参!」


 そう苦笑を漏らす。だがその顔は喜びに満ちていた。そして、膝を付く二人に視線を合わせるように、ハーシェリクも膝をついた。


「二人とも、顔を上げて。」


 視線を上げた二人に、ハーシェリクは春の陽射しのような暖かな微笑みを向ける。


「アルテリゼ・ディ・ロート、ゲイル・ファル・キルヴィ・ブラウ。二人とも許します。私と一緒に、行こう。」


 ハーシェリクは両手を差し出す。それを二人は手を取る。


「我が君の、お心のままに。」


 二人の声が重なった。

 

 二人の手をとり立ち上がらせたハーシェリク。その小さな、しかし嬉しそうな弟にテッセリはこっそりとため息を漏らす。


「ほら、やっぱりそうなった。」


 なんだかんだで、ハーシェリクが二人とこれっきりになることを寂しがっていた事は、テッセリを含む家族も、筆頭達もわかっていた。だがハーシェリクは、彼らを縛りたくないと決して口にはしなかった。


「テッセリ兄様。」

「ということで、我が弟よ。用意しておいたぞ。」


 照れ隠しに恨みがましい視線を向ける弟にニヤリを笑いかけつつ、テッセリは丸められた書状を差し出す。


「……ありがとうございます、テッセリ兄様。」


 その書状を、礼を言いながら受け取ると、ハーシェリクは二人に向き直り、二人に差し出す。


「二人とも、これを。」

「これは……」


 クレナイがその書状を受け取り広げて息を飲む。そこにはグレイシス王国国王ソルイエ直筆の任命書……第七王子の幕僚への加入承認及び、ルスティア連邦への正式な使者へと任命する内容だった。


「まだ王国はアオを……獣人族を受け入れる準備が整っていない。」


 いくらハーシェリクの臣下となったとはいえ、アオは獣人族。王国ではまだ大手を振って生活することは出来ない。だから獣人族を受け入れが整うまで、アオは国外にいる必要があった。そして獣人族が安全に暮らせる国は、この大陸でルスティア連邦が筆頭だった。


「だから二人には本物の王国の使者として連邦にいってもらう。事情や今後については道中テッセリ兄様から聞いて欲しい。」

「……王国が変わるのですね?」


 すぐに理解したクレナイにハーシェリクは頷く。


 他種族の入国を禁じていた王国が、変わろうとしていた。その第一歩として連邦との国交を結ぶことは、絶対の条件だった。だが単に王国の使者が行っても、警戒され入国できるか怪しい。そこで王国の使者として、アオとクレナイが出向き、国交を結ぶための下準備をしてもらうのだ。さらに国の為だけでなく、二人の安全も確保される一石二鳥の手である。


「さすがクレナイ。でも想像以上に大変だと思うよ?」


 裏事情は兎も角、表向きは断交していたのだ。そう易々と国交が復活するとは思えない。それに人間が獣人族を差別したように、獣人族の国で少数の人間がどういう扱いされているのか、想像は悪い方へと膨らむ。


 不安を隠しきれないハーシェリクに、クレナイはにっこりと微笑んでみせる。


「一国を潰すよりは、容易いことです。」


 自信に満ちた表情で、攻撃的なことをいうクレナイ。かつて『軍国の至宝』と呼ばれた天才軍師の顔だった。その表情を頼もしく思いつつもハーシェリクは苦笑を浮かべる。


「なかなか言うねぇ……アオも大変だろうけどよろしくね。」

「大丈夫だ。」


 アオが首を縦に振る。ハーシェリクは新しく出来た仲間二人を頼もしく思うのだった。


 そして一時の別れの時がやってきた。


「では行ってまいります。我が君。」


 クレナイが深く頭を下げ、アオも頷く。そんな彼らにハーシェリクは思い出したように言った。


「あ、二人には大事な任務がもう一つあるよ。」

「任務?」


 クレナイが首を傾げ、アオも訝しむ。周りの筆頭達も、テッセリも同じような表情だ。ハーシェリクは飛び切りの笑顔で言った。


「二人とも幸せになること! 私、二人の子供が早く見たいな!」


 まさに空気が凍るとはこのことだろう。ハーシェリクが発言した瞬間、奇妙な沈黙が辺りを支配する。黙ってしまった周りに、ハーシェリクは首を傾げる。


「え、なんで黙るの? だって二人とも恋人同士でしょう?」


 将来は結婚するんでしょ、意味がわからない、と頭を捻るハーシェリク。


 視線を転じれば、いついかなる時も微笑を湛える天才軍師が、己の髪のように顔を真っ赤に染め、俯いていた。アオは片手で己の顔を覆い隠しているが、耳まで赤く染めていた。


 疑問符を浮かべるハーシェリク。そんな彼にテッセリは無言で近づくと、スパーンと弟の後頭部を叩く。


「……痛い。」


 涙目になって後頭部を押さえつつ、兄を見上げるハーシェリク。そこには引きつった笑みを浮かべた兄がいた。


「ハーシェ、君はちょっとお節介がすぎるよ?」


 その言葉に後頭部を押さえたまま疑問符を浮かべるハーシェリクだった。











 かつて軍国には『軍国の至宝』と呼ばれた軍師がいた。僅か十四歳で軍へ入隊し、以後十年、幾多の戦場でその策で勝利を掴んだ天才軍師。

 しかし彼女は国内の内乱で敗北し王国へ逃亡、そして処刑され二十四年でその生涯に幕を閉じた。


 しかし同時期、光の英雄ハーシェリク・グレイシスの元に、深紅の髪を持つ軍師が参じる。


 軍師の名はアルテリゼ・ディ・ロート。


 『軍国の至宝』と偶然同名の彼女の知略は、まるで神の采配の如く戦場を支配し、主ハーシェリクに常に勝利を捧げた。


 そんな如何なる戦場、戦況でも微笑みを絶やさない彼女の事を人々は『微笑びしょう紅軍師くれないぐんし』と呼んだ。


 人々は言う。『光の英雄』の側に『微笑の紅軍師』有り。かの軍師がいるかぎり『光の英雄』の勝利は約束されたのだと。




 また紅軍師は、『青き疾風』と呼ばれる、ハーシェリクの配下の一人獣人族鳥人の青年と一人の子を残す。


 紫紺の髪と闇色の瞳を持つ風魔法を得意とする子は、母の意志を継ぎ王国を守護し、その子孫も国を守護し続け、『微笑の紅軍師』の血を継ぐ者は代々王国の安寧を守り続けた。


 やがてロート家はグレイシス王国の軍師の名門として英名を轟かせ、かつて『軍国の至宝』と呼ばれた天才軍師は歴史に埋まり人々から忘れ去れた。





 転生王子と軍国の至宝 完








 転生王子と軍国の至宝これにて終幕です。

 お付き合いありがとうございました。またお気に入り登録、評価についても重ね重ねありがとうございました。


 大臣を倒してめでたしめでたし、で終わらなかったその先の物語です。

 主人公にはこれから多くの人々と出会います。そして多くの困難とも遭遇するでしょう。

 しかしそれでも主人公は一歩一歩、進み続けてくれることを信じ、応援していただければと思います。


 クロの過去や陽国との関係、波乱を予感させる学園生活、連邦へ旅立った二人、そしてハーシェリクの願い……今回も次につながる部分を多く残してます。

 次回作も楽しんで書こうと思います。あと書ききれなかった短編も!(笑


 次回作はいつお披露目できるかわかりませんが、マイペースに書いていきます。準備が整い次第、活動報告で報告させていただきます。


過去作品の修正・加筆は随時やっていく予定です。誤字については生暖かくスルーしといてください。


 また完結に伴い感想を解禁いたします。感想を書いて頂ける方は、まずマイページのお願いを一読お願いします。


 それではまた続編にてお会いできますことを願いつつ、

 ここまで応援してくださった皆様、楽しんでくださった皆様、本当にありがとうございました。


2015/8/24 楠 のびる


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― 新着の感想 ―
面白い。本当に面白いです。 夢中になれる作品をありがとうございます。、
[良い点] サクサク読めて面白い作品 [気になる点] 「私、二人の子供が早く見たいな!」 ってこの一言、涼子時代に結婚云々で散々辟易した人間の言葉とは思えないですね。 獣人の子どもができにくいなら尚更…
[良い点] アオが飛べてよかった!絶対ハーシェは気に入ると思ったのにまさかダメだったとは。 二人の結末に大満足です。 クロが大好きなので、過去に辛い思いをしていないことを願います。まだまだこの先が気に…
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