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第八章 裏切りと天才と復讐 その二




 アオ……ゲイルが後に『軍国の至宝』と呼ばれることとなる天才軍師と出会ったのは、彼女が十四の時だった。


「初めまして、皆さん。今日からこの部隊を指揮しますアルテリゼ・ダンヴィルです。よろしくお願いします。」


 そう深紅の髪と闇色の瞳を持つ少女が微笑み、自分より年齢も体格も倍以上はある者達にお辞儀をした。そこは戦闘奴隷部隊の宿舎……建物というのも烏滸がましいボロの平屋にたった一人で訪れた少女は、殺気を放つ戦闘奴隷達の敵意をものともせず、微笑んだまま言ってのけた。


「今日からあなた達の命は、私が預かります。」


 元々奴隷達は隷属の紋により、命を握られている。戦えと命令されれば戦い、死ねといわれれば死ぬしかない。隷属の紋を胸に刻まれ時、獣人族の誇りは失われた。


 幼い軍師と、その軍師を取り囲み敵意を向ける仲間達の様子を離れた位置からゲイルは見ていた。


(あれが、次の指揮官か。)


 前の指揮官は、先の戦いの失態で更迭された。その戦で仲間を大勢失い、けが人も多く出た。自棄を起こしていた前指揮官は、自分の失態は奴隷達のせいだといい、次にくる指揮官について、喜々として語っていった。


 本来なら八年で卒業する学園をその半分の年月で卒業した、実戦経験のない、没落したダンヴィル家の令嬢。


 ダンヴィル家は過去優秀な軍師を排出する名門だった。しかし没落する前の当主は、大きな戦で失態を犯し軍を敗北させ、そして己は戦死した。跡継ぎのないダンヴィル家はそのまま取り潰された。


 その没落した元名門の令嬢で、若いどころか年端もいかぬ、厄介事でしかない子供を軍本部は、自分達に押し付けたのだとゲイルは理解した。しかしそこに期待も落胆もない。


(どうせ、なにも変わらない。)


 自分達は死ぬまで戦う物でしかないのだから。


 だがゲイルの予想は裏切れられた。


 彼女が発した命令は二つ。自分の命令は絶対に従うこと。そして生きる事。

 彼女の策は、最初から定められていたかのように、ありとあらゆる戦場で勝利をもたらした。しかも今までの指揮官とは比べる事が馬鹿馬鹿しくなるほど、戦死者を出さずに。


 半年も経てば、部隊の中で彼女を馬鹿にする者も敵意を見せる者もいなくなった。そして代わりに、得体のしれない者を見るような視線を彼女に送るようになった。


「では今回の作戦ですが……」


 彼女は現在の戦況から敵軍の位置の数、さらにどう動くかを予測し、それを元に作戦を話す。毎回数的に劣勢な戦場で、彼女は奇襲や罠など奇策ともとれる作戦を展開し、数の劣勢を覆し勝利してきた。


「ここで伏せていた分隊は、合図と同時に敵軍の背後を攻めて下さい。質問は?」


 そう彼女はいつも通り微笑み問う。誰もが顔を見合わせ、そして視線は部隊の隊長に集まった。彼らに視線に促され、ゲイルは重い口を開く。


「……なぜ毎回、こんな回りくどい事を?」

「なぜとは?」


 ゲイルの問いに微笑みを崩さぬまま、アルテリゼは首を傾げる。


「今までの奴らは、俺達を敵前に送るだけだった。」


 説明もなしに戦場に放りこまれ、目の前の敵を屠るだけだった。おかげで少ない敵軍の数も解らず。ただひたすらに生きる為に戦うのみだった。しかし今は事前情報があり、作戦通り小隊が連携をとることが出来る為、無駄な死者も重傷者も出さずに済んでいる。


「それは、愚の骨頂ですね。」


 ゲイルの言葉にアルテリゼは微笑みのまま、ばっさりと言葉の刃で斬り捨てる。


「あなた方は戦闘奴隷です。」


 はっきりと言った言葉に、奴隷達の鳴りを潜めていた敵意が膨らむ。だがその敵意を向けられながらも、アルテリゼは微笑みのまま、言葉を続けた。


「もう一度いいます。あなた方は戦闘奴隷……戦いにおいて、これほど頼りになる人はいないのですよ。」

「頼りだと?」


 誰かがその言葉に反応した。アルテリゼは頷く。


「ええ。あなた達の部隊は、一小隊でも正規軍の一中隊に匹敵すると私は思っています。」


 元々獣人族は人間よりも身体能力が長けている。それに魔法も長けた者も多い。

 ただ人間に比べれば、短所長所の差が大きいのが欠点だ。だが策さえ間違わなければ、正規軍など赤子と同じだ、とアルテリゼは微笑みを絶やさず言った。


 そして微笑みを一転させ、鋭い目つきになった彼女は言う。


「私はこの国でやるべきことがあります。その為にどうしても実績が欲しいのです。だからあなた達を利用します。」


 だがその目つきは一瞬のことだった。目の錯覚だったかのように、にっこりと微笑みを作った彼女は、黙ってしまった周囲を見まわし、そして真っ直ぐとゲイルを見て言った。


「貴重な戦力を、この程度の戦で減らすなんてありえません。」


 決して彼女は戦を軽んじているわけではない。だが彼女にとって目の前の戦など「この程度」と言わせるだけの戦なのだ。


「では、他に質問は?」


 そう再度首を傾げて質問を促すが返事はない。アルテリゼは頷き、机に広げた書類を片付けながら、指示を出す。


「ないようでしたら出撃の準備を。ああ、この時期の戦場は雨が酷いといいます。必ず防寒具を用意するように。」


 だが皆から色よい返事が届かず、アルテリゼは首を傾げつつ問うと、物資は十分には用意されないと奴隷達は言った。


「申請しても届かない、ですか。他の備品も……わかりました。おまかせ下さい。」


 アルテリゼは少しだけ考えるとそう言い、その場を後にした。それから数日後には、部隊に十分な防寒具だけでなく、薬などの医療用品から備品が届けられる。


「部隊を万全な状態に整えるのが私の役目です。お気にせずに。」


 ゲイルが何かしたのかと問えば、アルテリゼはいつものように微笑んでそう答えただけだった。






 それからさらに時が過ぎた。アルテリゼが指揮をとるようになってから三年が経ち、奴隷部隊はあれかも一戦も敗北することなく功績を重ねていた。奴隷部隊の存在も彼らの指揮官であるアルテリゼの存在も、軍内では有名になってきた。


「この成り上がりがッ」


 その怒鳴り声にゲイルは足を止める。建物の陰から覗けば、軍服をきた男二人がアルテリゼの行く手を阻み、建物の壁へと追い込んでいた。


「少しばかり武功を上げたくらいでいい気になりやがって……女のくせにッ」


 男の振り上げた手が彼女の持っていた本を奪い地面に叩きつける。だが彼女は怯えた様子もせず、慌てることもせず、淡々の本を拾い上げると男達に微笑むだけだった。


「お話はそれだけですか?」


 いつもなら人好きする穏やかな微笑みも、今は相手にとって挑発行為に等しい。男がカッとなり手を振り上げる。


「この女ッ!」


 だがその手は、別の長身の男の胸板を固い胸板を叩き、己の手を痛めるだけだった。アルテリゼが殴られると頭を過った瞬間、ゲイルは後先を考えず、彼女と男の間に割って入ったのだ。


「ゲイルさん!?」

「……この奴隷がッ!!」


 アルテリゼと男の声が同時に発せられ、腰に佩いていた剣を鞘のままゲイルの肩を打ち据える。容赦のない一撃にゲイルは眉を顰めたが、声を漏らすことはなかった。


 アルテリゼを背後に庇ったまま、男の暴力に耐える。


 飽きれば終わる。それが奴隷である彼に残されている唯一の選択だった。しかしその唯一の選択は、庇われたアルテリゼが壊した。


「やめて下さいッ これ以上彼に手を出すなら、監査官へ訴えます!」


 ゲイルの背後から飛び出したアルテリゼは、いつもの微笑みを捨て、真正面から男達を見据える。奴隷とはいってもゲイルは自分の部隊の部下である。直属の上司でもない彼らが、意味もなく他部隊の隊員に手をだしたとなれば、監査官も無実とはできない。


 男達はアルテリゼの言葉に舌打ちすると、その場を後にした。彼らがいなくなったことを確認したアルテリゼは、殴られた後が残るゲイルの頬に手を当てる。


「……なぜ、割って入ったのですか、ゲイルさん。」

「わからない。」


 今にも泣きそうな顔をする彼女に、ゲイルは思ったままのことを口にする。アルテリゼが殴られると思った瞬間、身体が勝手に動いていた。そして自分の頬に添える彼女の細い手を掴み、問い返した。


「なぜ、そうまでして、俺達を庇う?」


 今日だけではない。彼女はことある事に奴隷部隊の扱いの改善を軍に求めていた。戦に勝って出た報奨金も自分のことは最低限にし、残りは全て部隊宿舎の環境改善の費用や戦死者の遺族への生活費に充てていた。おかげで自分達の暮らしは大分まともになった。


 ゲイルの真っ直ぐな視線をアルテリゼは逃れるように視線を逸らす。


「……部下を守るのは上司の務めです。」


 そう彼女は言う。だがどこか説得力の欠ける言葉だった。


「俺達は奴隷だ。軍師もそう言っただろう。」

「……ごめん、なさい。」


 ゲイルの言葉にアルテリゼははっとし彼を見た後、俯き、弱々しく言った。






 それからも時を重ねることに勝利も重ね、気がつけばアルテリゼは二十歳となっていた。十四歳の頃から戦場に立ち、一度も敗戦をしない彼女を軍内では『軍国の至宝』と言われるようになっていた。またその頃には部隊では彼女を軽視する者は存在せず、種族は違えど仲間であり、戦友であり、そして勝利をもたらす軍師として受け入れられていた。


 とある戦の野営の時、誰かが彼女がいないことに気が付いた。口々に心配する皆だが、その視線は自ずと自分集まることをゲイルは知っている。彼らに視線で追い立てられ、ゲイルは野営地を後にし彼女を探した。


 彼女は一人小高い丘に登り、星空を見上げていた。初めて会った当初は十四歳の少女だったのに、歳月は少女を大人の女性へと変えた。


 ゲイルは自分の上着を脱ぐと、音を立てずにアルテリゼに近づくと、彼女の肩に服をかけた。


「ゲイルさん。」


 振り返ったアルテリゼはふわりと微笑んだ。垂れた瞳が女性特有の色気を増加させる。

 ここ最近、彼女に見合い話がきていることは、部隊の誰もが知っていた。若くして才能ある彼女を、軍国の中でも力を持つ十家は手中に納めたがっている。しかし彼女は決して首を縦に振ることはなく、それをゲイルはなぜか安堵を覚えていた。


「……風邪を引く。」


 短くそう伝えると、彼女は嬉しそうに表情を綻ばせる。それが自分にだけに向ける微笑みかどうか判断できず、ゲイルはもやもやとした気分となったが、そんな彼の心情を知りもしないアルテリゼは、ゲイルの上着を抱きしめるように寄せてお礼を言った。


「ありがとうございます……ゲイルさん、私、決めました。」


 それは決意を込めた言葉だった。空を見上げ星に誓うように言葉を続ける。


「この国を変えます。」


 そうはっきりと口にする。


「最初はみなさんを利用して、出世するのが目的でした。」


 嫌なやつですよね、と苦笑しつつアルテリゼは続ける。


「だけど今はそんなことよりも、みなさんと一緒に居たいです。私はみなさんが大好きです。家族を亡くした私に出来た、新しい家族です。だから、皆さんが奴隷のまま虐げられるのをただ見ていることはできません。」


 そう言ってアルテリゼは視線を空からゲイルに戻す。


「だからこの国に貴方たちを認めさせます。必ず。」


 そう彼女は柔らかい微笑みからは想像つかないほど、固い決意を胸に抱いた。


 そんな彼女がゲイルのことをさん付けせずに呼ぶようになるのと、ゲイルが軍師ではなく名を呼ぶようになるのに、時間はかからなかった。そして彼女は軍内部だけでなく、軍国内で『軍国の至宝』と呼ばるようになるのも、時間はさほどかからなかった。


「アルテは戦い勝ち続けた。彼女が軍に入って十年、アルテは一度も負けず、その功績と実力から『軍国の至宝』とまで呼ばれる軍師になった。同時に彼女は軍上層部からの命令も押しのけて、俺達の戦闘奴隷部隊に残った。」


 軍上層部も薄々と彼女がなにをしようとしているのか、わかったのだろう。そしてそれは国を根本から揺るがす事態になることも予測できたのであろう。そうなる前に軍上層部はアルテリゼを奴隷部隊から引き離すよう画策したが、彼女は全てを撥ね退けた。


 ゲイルは一度口を閉じ言い淀む。だが意を決し言葉を続けた。


「俺達の部隊も、軍内での地位を上げ無視できない存在となっていった。そして次の内乱の平定で功績を残せば、俺達は奴隷から解放され、国民として軍国に受け入れられるはずだった。あの事が起らなければ。」






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