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第七章 豊穣祭と御前試合と宴 その三



 綺麗に盛り付けされた食事を手に戻ったクロに甲斐甲斐しく世話されつつ、宴の晩餐を楽しむハーシェリク。筆頭達が『光の英雄』に群がろうとする輩を牽制してくれている為、ハーシェリクは快適な空間で食事をすることが出来た。


しかしそんな筆頭達をものともしない者もいる。


「殿下、ご機嫌麗しく。」

「オルディス侯爵。」


 クロが持ってきてくれた肉料理やサラダ、パンやケーキを満足そうに食べるハーシェリクに、オランの父でありオルディス侯爵家の当主であるローランドが話しかけた。


 燃えるような赤髪に将軍職を辞しても尚着飾った服装から解る逞しい体躯のローランド・オルディスが右手を胸の前におき、略式だが臣下の礼をする。すぐ側には妻であるアンヌが淑女の礼をし、さらに横にはオランの妹のリリアーヌも母に倣った。


 妻のアンヌは実った稲穂を連想させる金髪を後頭部で一つにまとめた髪型と華美ではないが上質な布であつらえたドレスを纏っていた。貴族の婦人の鏡のように、上品な微笑を湛えている。妹リリアーヌは父親と同じ赤毛だがまっすぐ癖がなく、背中の中ほどまで伸ばしている。ドレスも同世代の娘が着るには少々地味に見えるが、それでも質は上等なものであろう。小ぶりな装飾品と相まって、年齢よりも大人びた印象を与えた。


 ちなみにオランには上に二人兄がいる。兄達は騎士であり、本日は職務に当たっているため、宴には参加していなかった。


 ハーシェリクは椅子から立ち上がると、ローランドに礼を返した。


「本日はお越しいただきありがとうございます。侯爵夫人もリリアーヌさんもありがとうございます。いつもオラン……オクタヴィアンには助けられています。」

「愚息が役に立っているようなら幸いです。これは騎士の他に使いようがないですからな。」

「父上……」


 じと目で睨む息子をローランドは無視する。そのやり取りが微笑ましく、ハーシェリクがつい噴出してしまうと、オランの視線がこちらに向いた。彼の非難の矛先がこちらに向きそうだったので、ハーシェリクは話題を変えることとする。


「オルディス侯爵、孤児院のほうはいかがですか?」

「特に問題はありません。予定通り来年には間に合うでしょう。」


 ローランドの言葉にハーシェリクは満足そうに頷いた。


 王都城下町にあるアルミン孤児院。もとはアルミン男爵が運営をしていたが、教会の陰謀に巻き込まれ彼が身罷った後、ハーシェリクの依頼によりオルディス侯爵家が庇護し、運営をしていた。


 その孤児院で暮らす者は身寄りがないか、もしくはわけあって親と暮らせないものがほとんどだ。だが孤児院は一定の年齢に達すると出なければいけない。しかし身よりも学もない子供が、世間に放り出されても、その先に待つのは人並み以上の苦労だ。孤児だからと足元を見られ、生活は苦しくなるのは必然だった。その生活に耐えられなくなった者は、犯罪に走ることとなる。


 そこでハーシェリクはローランドに依頼し、孤児院の子供達の教育を頼んだ。文字の読み書きや算数や一般常識、彼らが希望すれば礼儀作法や剣術など武術、より高度な勉学を。元々孤児達は同世代の子供達よりも、自分の置かれた状況を理解している。その為、生きるためには何をしたらいいのか、どうすればいいのかをよく考え、努力と協力が必要だということも理解していた。彼らの勉強に対する意欲も吸収も高く、ローランドも妻のアンヌも彼らが望むまま、出し惜しみはしなかった。


 そしてハーシェリクは、ローランドに相談を持ちかけられた。子供達にもっと勉学に励む場を与えてやりたい、と。


 そこでハーシェリクは、孤児院で希望する者には国立の学院の受験をさせてみてはと持ちかけた。元々奨学制度のある学院だ。成績優秀者には将来役人となることを条件に学費が免除されるケースもある。役人にならずとも学院の卒業生となれば、就職先は数多となり、学費の返済も問題ない。


 だが貴族以外の者が受験するにはまず試験に受かる学力の他に爵位を持つ者の推薦状を必要とした。また学院内で身分は平等という建前だが、学院内には身分差が存在する。受験に合格し晴れて生徒となったものは、孤児でなくとも苦労する。


 ハーシェリクは身分制度を全て否定する気はない。だがそれに拘り、身分が低いというだけで、優秀な人材を失うことは国家的損害だと考える。


 来年は平民の血を引くハーシェリクが入学する。それは契機になりえると考えた。自分という特異な存在を利用し、子供の世代から意識改革を図る。


 その為には孤児院の誰かが進んで学院へ入学する必要があった。そこでオルディス侯爵家が孤児の後見人となり、希望者に受験の為の勉学を教えている。そしてそれが来年、間に合いそうだという話だった。


「希望者は?」


 ハーシェリクの言葉にローランドが名前を上げる。そして複数上げられた中に、知った名前があって目を見張った。


「ヴィオ……彼女が?」


『私、守られるのはなく、ハーシェリク様も守れるようになってきます!』


 そう彼女が令嬢という地位を捨てた時に言った言葉。だがその地位を捨てたとしても彼女は大罪を犯したヴォルフ・バルバッセの娘であることに変わりはない。世間の風当たりは、ハーシェリクが想像するよりも辛いものとなることは、解りきっていた。その先に待つのが茨の道だったとしても、彼女は言葉を違えず、その道を進む為に努力をしている。


 ハーシェリクが黙るとローランドは目を細めたが、それ以上は何も言わず家族をつれてその場を辞した。


 ハーシェリクはその後会場の雰囲気を眺めつつ食事をし終え、クロの入れた紅茶を楽しむ。そんな彼に一人の男が近づいてきた。その姿を認め、ハーシェリクがちらりと背後に控えるクロを見ると、彼が頷くのを確認し、ハーシェリクは席から立ち上がる。


「初めまして、ご足労ありがとうございます。」


 そうハーシェリクが言うとその者は恭しく頭を垂れる。


「いえ、光の英雄殿とお話ができるとは光栄の極みでございます。」


 日に焼けた肌のおかげで海の男という言葉がいやというほど似合うその男は、にやりと笑って答えた。










 夜が更け空に星が瞬く時間。一人の男は酒で酔って上気した頬を冷やすべく、広間から繋がる庭園へと出た。


 男は共も付けずふらりと庭園の道を歩く。彼の名はトーマス・ローゼホーム。フェルボルグ軍国で力を持つ十家の一つ、ローゼホーム家の次男である。名家出身であり、士官学校を次席で卒業し、そのまま軍への入隊。軍人として出世街道を進む彼は、この度大国の内情を探るべく、国を代表し大国へと訪れた。


(酔ったか……)


 男は少々鈍く痛む頭をかかえ、眉間を揉みつつも足を進める。元々酒は強くないのは承知していたが、王族であり、今回この場に招待してくれた第六王子の勧めで極上の果実酒を煽ったのが原因だと自覚していた。あの王子は酒を進めるのが上手く、また飲みやすい果実酒は度数が高く、思った以上に酒がまわった。一度頭を冷やしたほうがいいと思い、一人庭園へと出た。


 淡い外灯に照らされた白い石を敷き詰められた小道を進み、適当なベンチに腰をおろしため息を漏らす。


 そのため息は頭痛に悩まされて出たため息だけではなかった。


(……しかしさすがは大国といったところか。少しは揺らぐかと思えば、さほどその様子を外に見せない。腐っていたといっても大国、ということか)


 諸国から憂いの大国と呼ばれていた王国は過去の物となっていた。裏か国政を支配していた大臣はいなくなり、政は王家の手に戻った。そして王家は無能ではなかった。


 初日の武闘大会の前座の行われた魔法実技、武闘大会での兵の質、そして一週間祭りを続けても揺らがない財力に、結束力する王家とそれに従う臣下。たとえそれが対外的で一時的なものだったとしても、それを実行を可能とする時点で大国は大国たるということとトーマスは考える。


(下手に手を出せばこちらが痛い目を見る。)


 トーマスの目的は大国の内情を探ることだった。そしているなら王国内の反乱分子と繋ぎをつくり、大国を内部から腐らせようと画策することだった。しかしその画策は祭りの最終日となった今日でも実行することはかなわなかった。


(このままでは私は……)


 トーマスはギリと音がなるほど奥歯を噛みしめる。なんの成果もなく祖国に戻る事こととなるのは避けたかった。この訪問は昇進のチャンスだったのだ。


 そんな男の思考を遮るかのように、風が吹いていないのに、葉の擦れる音が響く。視線を向ければ、木の陰で誰かが動いた。


「……誰だ?」


 反射的に服の中に隠したナイフを握る。本来武器の所持は認められないのだが、招待された賓客の所持品調査はされない。剣など目立つものは持てずとも、服の中に隠す程度の物なら持ち込むことは出来た。


 人影がゆらりと揺れ、彼に近づく。外灯がその人物をぼんやりと照らした。


「……おまえはッ」


 トーマスがその人物を見て目を見開く。


 その人物は、人差し指を口元に持っていくと唇にあて、トーマスに沈黙を促し、にこりと微笑んだ。








 宴を抜け出したタツは、人の気配のない暗い廊下を歩く。彼の主であるテッセリより、今日は休んでいいと言われたからだ。最初は主君を置いて休むわけはいかぬと言い張った彼も、時間が経つにつれ会場内に充満していく酒気に当てられ、下戸の彼はどんどん顔色を悪くした。そんな彼を見かねたテッセリは、彼を追い立てるように休むよう命令したのである。


 ただタツは主のことはさほど心配はしていなかった。ここは他国ではなく主の祖国、しかも王城。頭のついている人間なら、テッセリを害そう考えることは皆無だ。

 それにテッセリは人のあしらい方がうまい。どんなに気難しい人間でも、彼の朗らかな容姿と話術で、手玉にとられ、気分よく秘密な話を漏らしてしまう。気が付いたときは既に後の祭りなのである。


(しかし、世界とは広いものだ。)


 捨てた祖国と比較しタツは苦笑を浮かべる。祖国ではあんなに大人数が一堂に集まり、王と直接会話したりなどなかった。それに主君からに直接言葉を頂けるなど、各家の当主でも滅多にないことだった。


(それに世界には強者も多い。あの若者も。)


 思い浮かべるのは親善試合で手合せした黄昏色の髪を持つ青年。若く実戦経験も乏しいと聞いていたが、数多の戦場を経験し死線を乗り越えてきたタツに本気を出させるほどの実力者だった。


「出来たらまた手合せを……いえ、手ほどきをお願いします。」


 試合後に頭を下げる、才能だけでなく努力も厭わない彼にタツは好感を覚えた。その後、何度か鍛錬を共にしたが、かの青年は驚くべき速さで技術を吸収していった。


(これは将来が楽しみよ。)


 強者と戦うことは武人としての華。しかし己の技術を誰かに残すことも、武人としては重要だ。あの青年がこのまま鍛錬に励み、経験を積み、どこまで強くなるのか興味がわいた。


 自然と口角が上がるタツ。ふと前方に気配を感じ視線を向けると、黒髪の青年がいた。主へ運ぶのであろう持った盆には、水の入った瓶とグラスが置かれている。


(あれはたしか、主の弟君の……)


 金髪で愛らしい表情をしつつ、底の知れない得体のなさを感じる主の弟王子。そしてその弟王子の配下もまた、戦った青年を含め一般人とは一線を画す人物達だった。


 特に目の前の黒髪の青年は目を引いた。この大陸で純粋な黒い髪というのは珍しいからだ。


「む、そなたは……」


 そう声をかけると黒髪の青年……クロが視線を向ける。タツはその視線の先、暗い紅玉のような瞳を見て、彼の正体を理解した。


「……月の者か。瞳を見ればわかる。」


 祖国の言葉で話しかける。するとクロから表情が消えた。人形のように無表情のまま、手にはいつのまにかナイフを持たれ、音を立てずタツとの間合いを詰める。


 背後でガラスでできた瓶が砕け散り、グラスが割れる音が響いた。

 だがクロは意に反さず、無表情のままナイフでタツの顔面を突く。しかしタツはそれを紙一重で躱すと、突き出された手を掴み、クロを宥めるように言った。


「拙者も彼の国より逃れてきた落ち武者。既に彼の国との繋がりはない。我が刀と魂に賭けて誓おう。」


 陽国の言葉で話しかけると、クロは吟味するかのように沈黙した後力を抜く。それを確認しタツはクロを解放した。


「だが気を付けられよ……そなたの主はあの童であろう?」


 タツの言葉にビクリとクロの肩が揺れる。その様子にタツは言葉を続けた。


「その瞳は稀有。その瞳を奴らが易々と手放すとも考えられない。奴らは己の目的の為なら手段を選ばない。」


 例え子供の命だろうと、他国の王族だろうと関係ない。


「それに……」


 タツはそのままクロの耳元に口を寄せる。タツの言葉を聞いた瞬間、クロの瞳が大きく見開かれた。


「では御免。」


 立ち尽くすクロを置いたまま、タツはその場を後にした。





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