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Call my name  作者: 小林
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第三章 進むゲーム

 光一の8ターン目。この遊びが始まって、2時間半が経過していた。最初は面倒だと感じたこのゲームだったが、どうもただ面倒というだけではないことが光一には分かってきた。もう8回も厳しいルールにぴったりの言葉選びを繰り返しやってきて、だんだん疲労を感じ始めていたのだ。別に体や頭が疲れたというわけではないが、一種の飽きが光一にそう感じさせているのかもしれない。慣れてくれば、この少し特殊なルールの下であっても、普通のしりとりとなんら変わるところはない。あいつも飽きたり疲れたりするんだろうか。などと考えつつ、光一の中ではここにきてルール③が存在感を示し始める。なるほど、1時間以内での返信というのは、この言葉の螺旋が永遠に続くことのないよう定められた、極めて合理的なルールに他ならないわけだ。もしかして、奴は以前にも似たようなゲームをやったことがあるんじゃないか? その経験を踏まえた上でこんなルールを作ったんじゃないか? などと、当てるつもりもなく想像してみる。きっと、ゲームが進めば進むほどに、この決まりがじわりじわりと蛇のように自分を締めつけるだろう。光一は自分の行く末を冷静に予測していた。

 それから光一は、30分ほど考えて回答を送信する。これに対する返信は、次のようなものだった。

「だんだん疲れてきたのかしら。それとも飽きてきた? そういう時が一番危ないのよ。ダメよ、まだ。もっと楽しみましょう。

A欄 すずめ B欄 りょうり」

 光一は思う。なるほど、少なくとも口ぶりからすると、あいつはまだまだ余裕らしい。

 ただ、一つ言えるのは、回答にかかった時間だけを余裕を計るための天秤に乗せようとするのなら、彼女も意外に追い詰められているという点だ。彼女は2回に1回は40分以上返信にかかっていた。一度は制限時間ギリギリの55分で回答するというターンもあった。ただ、しりとりの回答以外の文面を送ってくるところをみると、まだまだ余力を残しているのか。それとも強がっているだけか。ちなみに、回答以外を送ってきたのはこれが最初だった。光一は20分ほど考えた後、彼女の気遣いには応えることなく、事務的に自らの回答のみを送信した。

 ゲームは進んでいく。光一の15ターン目。光一にも最初から分かっていたことだが、このゲームはプレイヤー次第でかなり休憩ができる。というのは、例えば5分で回答を考えついたとしたら、すぐに送信せず残りの55分はボーっとすることもできるのだ。ただ、これでは負けないための時間を作ることはできても、勝つための道を切り開くことができない。ゲームを早く進めていき、使える言葉をどんどん減らしていく。これが光一の当初の作戦だった。しかし、この作戦は短期決着を目的とした諸刃の剣。当然自分もそれだけ苦しくなる。それに、今度は本当に疲労が容赦なく光一にまとわりつく。そこで、光一はこんな提案をしてみた。

「なあ、これ今日は何時まで、とか時間を決めてやらないか?」

 しばらくして返信。

「そうね、じゃあ今日は19時で終わりにしましょう。明日は10時からスタートで、終了は17時。それ以降も続くなら、10時スタートで17時で終わりという風にしましょう。」

 誰かの勤務時間みたいなことを言う。こういうルール的な部分はきちんとしているんだよな、と光一は思う。幽霊とか得体の知れないもののくせに、決して超自然的・超人間的な無理難題はふっかけてこない。性質の悪い悪霊なら、問答無用で地獄に引きずり込まれてもおかしくはない。光一はこのような点には感心していた。

 その後も問題無くゲームは続いた。相変わらず、彼女の回答は早かったり遅かったりと安定しない。明日は彼女の20ターン目からということで初日は終了した。翌日の初回のターンのプレーヤーは、ゲーム終了時刻から次の日の開始時刻までの長い間に言葉を考える猶予が与えられるわけだが、これは仕方ないということになった。

 光一は夕食を終え、一息ついてから、今日の彼女のメールを思い返す。8ターン目に初めてしりとりの回答以外のメッセージを送ってきて以来、実は彼女は何度も光一に語りかけてきていた。

10ターン目「良い感じに盛り上がってきたわね。あなたもそう思うでしょ?」

12ターン目「あなたのことは光一って呼んでもいいかしら」

13ターン目「無視するなんてひどいじゃない。本当にシャイなんだから。」

17ターン目「杏って呼んでって言ったのに一度も呼んでくれないのね。ねえ、ちゃんと名前で呼んでよ。」

19ターン目「まったくしょうがないわね。素直になればいいのに。いいわ、ぜったいにあなたに名前を呼んでもらうんだから。」

 とまあこのような具合だ。これらの熱烈な問いかけに対し、光一は事務的な連絡以外は無駄なおしゃべりをしなかった。今の光一がそのような心持ちのはずはない。そして、これらのメッセージは確実に光一を精神的に追い詰めていた。

 久々に疲れた1日を終え、光一は布団に入る。彼女のメッセージが頭の中を踊る。そして考える。本当に生の鼓動を止めた者にその続きがあるのか、あいつは今も自分を見ているのか。彼女が発する、ますます気味が悪く、ぐいぐいと光一を締めつける言葉の蛇。蜘蛛の糸のようでもある。獲物を逃しはしまいと執拗に絡みついてくる。じきに蜘蛛本体がやってきて、その毒牙をもって犠牲者をいたぶるのか。闇の楽園での日常風景が、光一の頭をゆっくりと、重々しく這いずり回っていた。


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