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Call my name  作者: 小林
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第四章 迫る影

 結局光一はよく眠れなかった。三つ子の魂百までとはいうが、人間はそんなに簡単には変わらない。ましてや元々の気質として刻み込まれた性格は。ともかく、今はゲームに集中することにしよう。身支度を整えて、光一はパソコンのスイッチを入れる。10時になり、彼女からのメールに目を通す。

「おはよう。あんまり眠れなかったみたいね。でも二日目の開始よ。

A欄 あお B欄 ロックバンド 」

 光一の作戦は、二日目も昨日と変わらない。なるべく早くターンを進めていって、出来るだけ短期で勝負を決めるというものだ。まさかこんなに大変なことに巻き込まれるとは思っていなかった。最初はほんの暇つぶし、空のカップに紅茶を注ぐくらいの気持ちだったのに。今の光一には、長期戦も辞さない覚悟が芽生えている。何日続こうが、とにかくやるしかない。幸いにも母の様子に今のところ変化はない。「勝つまで何もしない」というのは本当のようだ。さすがルールの鬼だけのことはある。ただ、負けるわけにはいかない。きっとただでは済まないから。

 しかし、この光一の決心を見抜き、嘲笑うがごとく、勝負は案外あっさりと決せられる。それも彼女の望む形で。それは14時ごろ、光一の31ターン目、「A欄 安室奈美恵 B欄 トラバーユ」と入れた。トラバーユとはフランス語で仕事のことだ。なぜフランス語まで借り出して必死になっているかと言えば、もちろん光一が何となく最初に思いついたのがこれだったからである。そう、なんとなく。そして、この安易な偶然こそ、彼女が待ちわびていたものだった。偶然と、彼女の創った綿密な必然が混じり合う。すぐに返信が返ってくる。

「A欄 エンジニア B欄 ゆうれい」

 光一の頭を、最初に合意したルールが一気に駆け巡り、飛び跳ねる。ルール② A欄またはB欄の最後に‘ん’がつけば負け。ルール⑤ A欄で使用できる言葉は、一つ前のB欄のカテゴリーに属するもののみ。ルール⑦ 固有名詞は使用できるが、数字は不可。

 狙っていやがったんだ。俺に名前を呼ばすと言ったときから。いや、もしかしたら最初から。ルールを作ったそのときから。奴には光の道が見えていた。闇の住人のくせに。光一は感心してしまっていた。光一は、改めて自分のこのゲームに対する認識を確認する。このゲームに勝つためには、相手が自分の考えたB欄に属する言葉を思いつかないか、思いついたとしても時間が間に合わないという状況を作らなければならないと考えていた。でも、もう一つあったんだ。

 光一はすぐに自分の置かれた状況を悟り、潔く彼女にメールをする。

「俺の負けだ。」

 彼女の返信。

「ダメよ、まだゲームは終わっていないわ。まだあなたの負けは決まってない。さあ、あなたの答えを聞かせて。」

 うれしそうで不気味な笑い声が聞こえる。実際に聞く必要なんて無いくらいに。光一は悔しさと賞賛を込めて、最後のメールをする。

「A欄 あん B欄 いいつたえ」

 光一がB欄をしっかりと答えたのは、せめてもの意地だった。

こうして杏はゲームに勝ち、勝負にも勝つことになった。

 本当に問題なのはこれからだ、と光一は考える。杏のメールがそのことを教えてくれている。光一の最後の回答の後、杏はこんなメールをよこした。

「ふふ、やっと名前を呼んでくれたわね。最初からそうすれば良いのに。それに私の勝ち。約束通り会いに行くわ。楽しみに待っててね。」

 さて、光一はどうするか。名前の件は仕方が無い。それよりも、杏は本当に来るのか。光一は不安の牢屋に閉じ込められたがごとく、そわそわと何も手につかない。ずっとその状態のまま、結局夜になった。時刻は23時30分。見えない影にいつまでも怯えていても仕方が無いし、今回の騒動で光一は疲れていた。そこで、床について眠ってしまうことにした。カーテンを閉め、電気を消して体を布団に横たえる。しかし、そこに睡魔なんていやしない。しばらくそうしていると、スーッとベランダから風が入ってきて、カーテンの下方を踊らせる。窓を閉め忘れていたようだ。梅雨の湿気で少し蒸すが、まだ窓を開けなくても十分に涼しかった。光一は暗闇の中起き上がり、窓を閉めようとカーテンを少し開け、窓ガラスをスライドさせようと手をかける。ふとベランダを見る。少し強い風が、微動だにしない細身の女性を煽り、着る者の存在をも否定するかのような白い服をを翻していた。考える必要はなかった。光一は全てを置き去りにするつもりで部屋を出て、階段を転がり、靴なんてどうだってよく、家の外へと駆け、勢い余って向かいのマンションの植え込みに激突する。幸い緑のクッションが光一を守ってくれたため、けがはない。しかし、もう光一を守ってくれるものは何もない。白い影はゆっくりと玄関を出て、開いたままの門を優雅に通り、まっすぐ光一に歩みを寄せる。そして、追い詰めた獲物にこう告げる。

「ごめんごめん、びっくりした? けがはない?」


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