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そんなある日の事


『質問と戸惑い』


その時、男は毛皮をなめして裁断しようとしていた。


「オズヌー赤ちゃんはどうやってできるの?」


ズバッァアア


男は横合いからの言葉に腕が動いた。


・・・しまった。


毛皮は無惨にも真二つになった。


ウーカは男が無言でたっぷり5分自分を見た後、二つになってしまった毛皮にため息を漏らすのを見て首を傾げた。

なんかおかしいな事でも言ったのだろうか。まぁそれは結構あるけど。

じー・・と男を見ても頑なにこっちを見ようとしないのを見ると答える気がないのを知る。

ウーカは首を傾げたまま、手紙の続きを書き始めた。


両親と兄へである。


男の元に戻ったウーカだったが家族との交流を絶ったわけではない。

一年の内、母親の体調が最も良い秋口の折りには一月ほど滞在しているし、月に一度は手紙を出す事にしている。

こうなるまでにちょっとした騒ぎがあったが今は概ねお互い満足している。


「・・・・に城にいきます。ウールルカより。っと」


ウーカは書き上げた手紙を丁寧に四つ折りにすると薄い黄色の封筒に入れた。

母が用意したウーカ専用の封書である。


「お昼ご飯にする?」


ウーカが男を振り返って訪ねると男はちらっとウーカを見て頷いた。

ウーカは川に水を汲みに走る。

もう先程の質問を忘れていた。


男・・・オズヌは密かに頭を抱えた。

子供は今は忘れているだろうがふとした拍子に思いだし、疑問が片付いても片付かなくても話題に出すだろう。

その時どれ程平気な顔が出来ているだろうか。


(・・・ただでさえ危ういというのに)


オズヌは自然と引き付けられる箇所からそっと視線を外した。

男の葛藤を知らずふるんと揺れている。

オズヌと子供・・・ウーカが出会って五年。ウーカは十七になっていた。


「髪、洗ったんだ?」


ウーカは男が普段は編み込んでいる髪がほどかれているのを見て言った。男が僅かに頷く。

狩りに邪魔だろうか、何時もは肩まである髪を上で纏めている。

ウーカは焚き火に照らされ、今は金に輝く男の髪に見惚れた。普段とは違う横顔に胸がとくとく鳴る。

男が自分を見て訝しそうに見るのをにっこり笑って見返す。

男がそっと眼を伏せるのをウーカが今度は首を傾げた。


「あの・・あたし、なんかした?」


ウーカはテントの端と端に敷かれた毛布を見て呟いた。

最近は毎夜このスタイルだ。

寝相か寝言か。それとも寝ながら歩き回ったり食い物を漁ったかしたのだろうか。

男は首を振るだけに済ますとさっさと横になる。

ウーカはちょっと首を傾げると、ずらされた毛布を引き摺って男の隣にくっ付けた。すかさず潜り込んで向けられた背中に体を押し付けた。ぴったりと。

男の体が強ばったのを感じた瞬感、視界が廻る。

気付くと右手を男に押さえつけられていた。男の上半身が自分の上に覆い被さっている。

顔の横には男が腕を付いていてなんだか閉じ込められているようだ。

男が大きく何度も息を吸う。焦茶の眼が深くなってほとんど黒い。


どうしたんだろう?・・・・なんだか苦しそう?


「・・・オズヌ?」


ウーカは空いた手で男の頬をそっと包んだ。びくっと男が震えた。触れた頬は熱い。


「熱があるよ?」


「ない」


ウーカが心配そうに眉を寄せると男は天を仰ぐようにして仰反り、大きく息を付いた。

男はウーカを離して座ると端を指して


「離れて寝ろ」

「どうして?」

「離れて、寝ろ」

「なんでだめなの?」


男が唸る。


「どうして?あたしオズヌと寝たい」

「誘っているのか?」

「誘う?何を?」


ウーカは首を傾げた。何かをするにはもう遅い時間だ。男がため息を吐く。


「・・・もういい」


男はそう言うと毛布を掴んで外へと出て行ってしまった。

ウーカも続こうとするが


「来るな」


と声がして止まる。声が低い。機嫌が悪い兆しだ。やめた方がよさそうだ


「どうして?」


ウーカは妙にすかすかする胸を抱え、呟いた。






『原因』


「あいつに余計な事を吹き込むな」


男は荷を卸しに来た村で長に詰め寄った。


「何の事じゃ」


長が心外といった表情で男を見返す。


「気を付けろ。俺は虫の居所が悪い」

「だから、何のこ」


ドカッ


長の顔、真横に斧が突き刺さる。

長は刺さった斧をちらりと見るとあっさり抜き、男に投げ返しながら言った。


「本気でわからん。一体どうした」


男は受け取りながら溜め息をこぼした。


「・・・赤子はどうやってできるのか聞かれた」

「ブフッ!」


途端に長が吹き出し、男は斧を握り直す。


「ブハッ!・・いやいや待て、まっ ブフッ!・・待てというに」


長は暫く体を震わせていたが、男が踵を返すのを見ると慌てて止めた。


「ワシはそんな事言っとらん。多分あれじゃよ」


長に連れられ指差された先には赤毛の娘がいた。ウーカもいる。


「デクタに子が出来た。ウーカは友達に起こった事が不思議でならんのだろ」


ウーカは娘の腹を興味深げに見て、矢次ぎ早に何事か捲し立てている。娘の困った顔を見るに例の質問だろう。

長は男が難しげに唸るのを笑いを隠して見つめた。

男とウーカの付き合いもあっという間に経って五年になる。最初に感じた通り、この二人は些かの不穏もなく村に馴染んだ。長の村は少し変わっている。所謂 隠れ里と言うもので村人は皆、かつては闇に生きる者達であった。


「闇に生きる者達は早くに年を取る。末は誰にも知られずに死ぬか裏切り続けて死ぬか。・・・消耗品なんじゃよ、ワシ等はな」


長が男に自嘲気味に語った事だ。

安らげる場所が欲しかった。村の実現は困難っを極めたが、彼らはやり遂げた。血を吐く思いで居場所を作り上げた。

やがて闇の底を流れるような噂を聞き付けて少しづつ人が集まり始めた。時に望まぬ客が訪れる事もあったが丁重にお帰り頂いた。再度の訪問はない。

男とウーカを受け入れたのも似たような理由だ。深い考えはなく、ただウーカぐらいなら守れるし、男などは助けなど邪魔に感じるほどだろう。

最初は様子を窺っていた村の者達もウーカの抜けた明るさと男の静かな佇まいに次第に馴れていった。

また二人は気晴らしももたらした。

穏やかな生活は何物にも変えがたいものだが、久し振りにかつての技巧を使い、王座を巡る椅子取りやウーカを取り戻した男とノルド公の間に立ったりして皆、大いに楽しんだようだ。


勿論、長もその一人である。

何度もノルド公の相手をしたせいか今では丁々発しとやり合う仲だ。

そして今。長の関心事はもっぱら男とウーカの新しい関係である。


「明日まで預かってくれ」

「どうした」


男は黄色い封書を平付かせる。ウーカの定期便のようだ。


「ウーカの事、どうする心算だ?」


男は長が言うのを聞いてない振りで背を向ける。


「時間は待ってくれんぞ?今に抗えんくなる」


(そんな事とっくにわかってる!)


男は天を仰ぎ大きく息を付いた。


『父、母、兄とその妹』


その時、ブラギ・ノルド公は大小ある中庭の中でも特にお気に入りの一つを歩いていた。

傍らには執事長のが控えめに共をしており、話題は今度視察予定の地についてだ。


ヒューン


「・・何か聞こえないか」

「・・弓矢の音に似てますな」


ドスッ

ビィィイインン


矢は丁度ノルド公の足元ぎりぎりに刺さっている。結構深く綺麗な芝生に刺さってる。

その矢羽の部分に黄色い封書が括り付けられ、揺れている。公は丁寧に封書を外すと辺りを見渡す。が、城は何時もと同じ穏やかさに包まれている。

「何時もながらに素晴らしい腕前だ」


「左様に御座いますね」

「、奥さんにお茶に向かう事を告げてくれ。ヴァーラスも呼ぶように」

「畏まりましてに御座います」


ノルド公は踵を返して私室に向かい、

執事は庭師を呼んで芝生に開いた穴を片付けさせた。


「まぁ、ウールルカが予定より早く遊びに来てくれるのですって。嬉しいわねぇ」


ノルド公の愛妻イブギ・ノルドは年を感じさせない若やいだ声で喜んだ。


「父上、準備を早めねばなりませんね」

「ああ。今度こそあの男より旨い物を見つけてウールルカを取り戻してくれる」

「及ばずながらこのヴァーラス、生命を賭して大魚を釣り上げて参ります」

「頼んだぞヴァーラス。私は蜂蜜採取に全力を尽くす」

「御武運を」


何に生命を賭けようとしているのかわかっているのか。そして蜂蜜採取に武運とはなんだ。あれか、キラービーか。そしてこの二人大マジである。

ウーカが男の元に戻ってからそのまま。とは勿論なりはしなかった。ノルド公と兄ヴァーラスは私兵を挙げて・・・としたかったが、未だ政情不安な昨今、余計な騒ぎを避けるために少人数で取り返しに向かった。が、敵はあのラヴァハである。直接戦闘はなかったのだが何時も逃げられ、かわされ、何度地団駄っを踏んだことだろう。


終いには只者ではないだろう、ある村長に「ウールルカ様は男の作る食事に心を奪われていらっしゃます」と助言 (・・間違ってはいないが・・)を貰い、ありとあらゆる努力をしたのだが、毎回成果は芳しくない。

とうとう、


「ウールルカが幸せなら宜しいではないですか。あの子のあの笑顔、些かの曇りもありませんでしょ?」


というイブギの一声で今の状態に落ち着いたのだ。それに全く気に入らないがあの男には借りがありまくる。

だが、この会話にも見えるように決して諦めたわけではない。

ちなみにこの二人、宰相補佐官第一位と次期軍団長である。

ちなみのちなみにノルド公は力ずくでウーカを取り戻そうとした事があったのだが、ヴァーラスに


「やめた方が宜しいかと。無駄死になるだけです」

「お前がそこまで言うほどなのか。確かにあの男は強いが」

「はい。対峙した瞬間死ぬなって思いましたね。斧で背骨を叩き折られ、仰け反ったところを短刀で首をバッサリ裂かれる幻像まで見えました」


と真剣に言われ諦めた経緯がある。


「あらまぁ・・・ウールルカったら」


イブギが大変といった風に声をあげた 。


「どうしたんだい?」

「ウールルカに何かあったのですか?」


ウーカからの定期便はイブギから読むことが決まっているため、まだ二人は読んでいない。力関係が窺える一コマである。


「ふふふ・・・"赤ちゃんはどうやって出来るの?赤ちゃんの種を飲むの?だからお腹が大きくなるの?今度教えてね!"ですって」


ウーカに抜かりはないようだ。そして男には敵が多すぎる。


ガシャン


夫と息子は揃ってカップを落とした。確かそれは由緒正しい物であったはずだが。

無情にもメイド達がチリとして拾い上げる。


「ねぇ貴方」

「・・・・・何だい奥さん」

「孫が出来るのももうすぐかもしれませんねぇ。楽しみだわ」


あんぐりと口を開けてイブギを凝視した二人であったが、ヴァーラスも伯父様になるのねぇと続けてトドメを刺され、その日のお茶会は荒れに荒れた。




ウーカが城に到着すると微妙な空気が、特に父と兄から漂っている。

ウーカは首を傾げた。正直、例の質問を忘れている。


「父?どうかしたの?」

「ウールルカ・・・」


父が自分をじっと見つめたかと思うと、見る間に涙が貯まって行く。


「ち、父?どっか痛いの?」

「何でもないんだよウールルカ。父様は・・・父様は・・・くぅううう!」


とうとう腕で顔を覆い号泣し始めた。

??


「母?父どうしちゃったの?泣いてるよ」

「あらそうねぇ。ほほほほ」


母は何時もと変わらず優雅に微笑んでいる。心の底から楽しそうに。

母が普通にしているので大した事ではないのかもしれない。ウーカはそう父を片付けた。

母に挨拶をして(父はもう少しそっとしておく)次に兄に向き直ったウーカは固まった。


「・・・兄?」


兄は両手両膝を付き床をドンドンと叩いて何か呟いている。


「・・・私がもっと強かったら!ぐぉおおお!力のなさが!憎い!神よ!私は!何故こんなにも#$%◎!!!」

最後はよく聞き取れなかった。

???「母?兄もどうしたの?」

「だらしないわねぇ。何時かはこうなるとわかっていたのに。うふふふ」


母は今度は典雅に扇を広げ扇いだ。物凄く楽しそうだ。


「えっと・・・まっいいか」


そしてウーカはウーカであった。


父と兄の様子がおかしい事を除けば夕食は何時もと変わりなくつつがなく終了した。


「ウールルカいらっしゃい。髪を解きましょう」

「はーい」


ウーカは鏡台の椅子に座って母に背を向けた。鏡には自分とよく似た容姿の母が微笑んで銀の櫛を手にしている。


「オズヌ様はお元気?」

「うん元気だよ。この前、狼を八匹殺した」

「・・・相変わらずお強い御方ねぇ」


母は呆れ半分に溜め息を吐いた。


「最近変わった事はなかったかしら?特にオズヌ様に」


ウーカはそう聞かれてちくちくと心にあるものを口にする。


「オズヌねぇ・・・何だか遠いの」

「遠い?」

「うーん・・・あのね、一緒に寝てくれなくなった」

「・・あらまぁ」


母は一瞬、櫛梳る手を止めたが促すように再び動き始める。

ウーカは優しい母の動きに話始める。

15になったある日、急に馬を一頭用意され乗るように言われた事。

体を拭う時、うっかり裸を見せてしまい物凄く怒られた事。(初めての剣幕にビックリした。が、男の方はビックリの比ではなかったと思われる)

眼を合わせてくれなくなった事。

今までウーカが笑えば男も僅かながらに笑い返してくれたのに・・・


「急、に、怖い顔・・になっ・・て。向こうに、行っちゃうの」


最後は涙で言葉が途切れ途切れになった。

ウーカの城への訪問が早まったのも男の態度の変化にあった。

それは何時も不意にでてきてウーカを不安にさせる。どうしていいかわからず、まごまごしているうちに男はウーカから眼を背けるのだった。


「それは・・・結構重症ね」

「オズヌ病気なの?」


ウーカは鼻水を拭って母を振り仰いだ。ある意味病気といえばそうだし、重症といえば重症だろう。

母はウーカに微笑むと涙に濡れた頬を優しく拭いた。


「ウールルカ・・・オズヌ様の事・・・愛してる?」

「アイシテル?」


ウーカは首を傾げた。そのあどけない仕草に愛おしさが込み上げる。くれてやるには惜しすぎる。夫と息子を笑えない。結構自分も子離れができていない。

母は苦笑してウーカにわかりやすく教えてやる。その涙のわけを。


「ねぇウールルカ。もしもオズヌ様とずうっと離れる事になったらどう思う?」


男は湖面に映し出された月に向かって小石を投げた。ど真ん中に落ちる。ゆらゆらと月が姿を崩した。









あったから


あと、退屈してるだろうかな?皆さんの暇潰しになればいいかなーなんて

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[良い点] ちょっと疲れた心が、最新話を読んでぽかぽかとした気持ちになりました。 ウーカ可愛い。周囲の人たちのあたたかさにも癒されます。 [一言] ありがとうございます。更新嬉しいです。 続きを楽しみ…
[良い点] 嬉しい。更新ありがとうございます。 [一言] みんなが元気そうでよかったです。
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