第12話:影からの接触と、第二章の幕開け
1
「……ふう、生き返る〜〜!」
都内の一等地に新しく構えた、セキュリティ万全のタワーマンション最上階。
私、琴陵宥子は、フカフカのソファに深く体を沈めながら高級シャンパンを口に含んでいた。
総資産60億円超。
会社を辞めてからわずか数ヶ月で、私たち双子は「お金の心配」という概念から完全に解放された。
「お姉ちゃん、はい。今月の『心拍数インカム』のまとめ」
妹の容子が、iPadを片手に隣へ腰かけてくる。
「何もしなくても心臓が動くだけで毎日数百万円。ドバイとか台湾みたいな大型案件の緊張でバックバク動いた日は数億円。……もう数字が大きすぎて、ゲームのゴールドにしか見えなくなってきたよ」
「甘いわね容子。お金は単なる『選択肢の数』よ。でも……そろそろ次のステージを考えないといけないわ」
私はグラスをテーブルに置き、タブレットに表示されたとある『異常データ』を指し示した。
「……これ、見て」
「ん? クオリア・ロジスティクスの公式HPへのアクセスログ……?」
「ただのアクセスじゃないわ。IPアドレスを世界中のプロキシサーバーで無数に迂回させた、極めて高度な『サイバー偵察』の痕跡よ。しかも昨日だけで数百回。……確実に、どこかの『プロ』が私たちを探ってる」
「え……っ! 台湾の半導体輸送の件で、裏社会にバレちゃった!?」
「あるいは各国の情報機関、もしくは……」
私は不敵に目を細めた。
「私たちと同じように、『現代社会で特殊な能力を使って甘い汁を吸っている奴ら』か、ね」
2
その時だった。
チローン
リビングの超大型モニターに、見知らぬ暗号化回線からの着信通知がポップアップした。
「えっ!? ちょっとお姉ちゃん、セキュリティ破られてる!?」
「落ち着きなさい、容子。……出なさいってことね」
私がリモコンの決定ボタンを押すと、画面が暗転し、そこにボイスチェンジャーで加工された低い声が響いた。
『——初めまして、合同会社クオリア・ロジスティクス代表、琴陵宥子様。ならびに副代表の容子様』
画面には映像はなく、漆黒の背景に「黒いチェスの『ナイト』」のアイコンだけが浮かんでいる。
「誰? 営業ならお断りよ。うち、新規の飛び込み案件は受けてないの」
『ふふ、つれないですね。我々は貴女がたの「真の能力」に敬意を表して連絡いたしました。時間停止の無限ストレージ、そして短距離の空間跳躍……実に素晴らしいコンビネーションだ』
「……っ!」
容子が息をのむ。
私たちのスキルの具体的な正体を、ここまで正確に言い当てた人間は「Entity X」以外に存在しなかったはずだ。
『警戒なさらないでください。我々は『アーケディア』……世界中の「覚醒者」たちによって構成された、非公式の経済共同体です』
「覚醒者……? 私たち以外にも、スキルを持った人間がいるってこと?」
『もちろんです。株価を予知する者、人心を操作する者、物質の原子構造を書き換える者……現代社会の裏側で、我々は各々の「能力」を使って巨額の富と権力を動かしています。そして……貴女がたの「物流ハック」は、少々目立ちすぎました』
声のトーンが、わずかに低く重くなる。
『台湾の半導体素材、そして香港の金塊……あれらは元々、我々アーケディアの構成員が独占し、不当なプレミアム価格で暴利を貪っていた「領域」なのです。それを貴女がたが無断で、しかも圧倒的な低コストで横取りした』
「マーケットの自由競争よ。文句があるなら、私たちより早い物流システムを用意すればいいじゃない」
私が煽るように言い放つと、ボイスチェンジャー越しにクスクスという笑い声が聞こえた。
『威勢がいいですね。ですが、警告です。……現代の経済で無敵を誇る貴女がたにも、一つだけ弱点がある』
『——「妹が跳べない場所」へは、絶対に移動できないということだ』
「……なんですって?」
『容子様が一度も訪れたことがなく、視界にも入っていない「完全な未知の領域」……そこに閉じ込められた時、貴女がたの無敵のコンビネーションは破綻する。……近いうち、正式な「ご挨拶」をさせていただきますよ。クオリア・ロジスティクス』
プチッ。
通信が途絶え、リビングに静寂が戻った。
3
「お、お姉ちゃん……今の……!」
容子が私の腕をキュッと強く掴んできた。
その手は少し震えている。
「大丈夫よ、容子」
私は妹の頭を優しく撫でながら、ゆっくりと立ち上がった。
心臓が、トクトクと力強く、速く脈打ち始める。
恐れではない。全身の血が沸き立つような、圧倒的な「高揚感」だ。
(チャリン、チャリン、チャリン……!)
脳内で、心拍数増加によるボーナス金が猛烈な勢いで加算されていく。
「相手は私たちのスキルの仕組みを調べて、攻略法まで考えてきてる。……最高じゃない」
「えええ!? どこが最高なの!? 狙われてるんだよ!?」
「ビジネスにおいてね、容子。本当の『大儲け』ができるのはいつだと思う?」
私は窓の外、キラキラと輝く東京の夜景を見下ろした。
「それはね……独占企業を叩き潰して、その市場を丸ごと奪い取る時よ」
「お、お姉ちゃんの悪徳実業家スマイルが出た……!」
「アーケディア……世界の裏でスキルを使って暴利を貪る秘密結社、か。ちょうどいいわ。60億円程度の資金じゃ、世界をハックするにはまだ足りないと思ってたところよ」
私は容子に向き直り、ニヤリと笑った。
「容子! 明日から『新しい特訓』を始めるわよ!」
「特訓……!?」
「ええ。『行ったことがない場所』でも、視覚や情報をハックして強制的にテレポートできるように、君の【転移魔法】の仕様を極限まで検証・覚醒させるの! 私たちの『現代魔法ビジネス・第二章』は……世界中の裏スキル組織を倒して買収する『敵対的M&A(世界征服)』よ!」
「スケールが『物流』から『組織抗争』になっちゃったーーーっ!!」
世界中の覚醒者たちが蠢く、暗黒の経済裏社会。
ルール無用の現代ダンジョンへ、最凶の双子姉妹が今、再び足を踏み出すのだった。




