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12. 都市ネファレス

予定よりも大幅に間が空いてしまいました。

事前の連絡もせず申し訳ありません......

「はい!よろしくお願いします、チアキさん。」


 少女――ヘルガはそういうと、朗らかな笑顔を浮かべた。

 この子の笑顔には心を和らげる可愛らしさがある。


「このラッシュ・ボア―ってこのまま置いて行っていいの?」


 地面に横たわっている、ラッシュ・ボア―の巨体を指さす。

 体には深い裂傷がいくつも刻まれており、その分厚い皮膚の下から赤い筋肉がむき出しになっている。

 何より、首元にある大きな裂け目。

 そこから流れた大量の血はすでに地面に沁み込み、周囲には暗い色の乾いた跡だけが残っている。


「そう、ですね。本当なら、その場で解体して、必要な部位を切り分けて、運搬役に持って帰ってもらうか、もしくは、大きな丈夫な布で全体を包んで引きずって運ぶんです。でも今回は、どっちもできそうにないので……。」


 すると、そばにいたスライムがラッシュ・ボア―の傷口へ這い上がり、張り付いた。

 青白いその身体がじわじわと傷の形に合わせて広がる。

 触れられた赤い筋肉の繊維がゆっくりと変色し、やがて細かく泡立ちながら溶けていくのが見える。


「バウ"ッ」


 続いて狼もラッシュ・ボアーの死体に駆け寄り、傷口へ鼻先を寄せた。

 牙を肉に深く突き立てると、頭を引いて肉片を噛みちぎる。

 その後、顔をわずかに上げ、咀嚼してから飲み込んだ。


「......でも、ラッシュ・ボアーのあの牙、討伐証明部位なんですよね。結構な額になるので、持って帰りましょう。」


 ヘルガは懐から分厚い刃のナイフを取り出し、死体に近づくとしゃがんだ。

 頭部を手で押さえ、その巨大な下顎の牙の歯茎に刃先を何度も押し込む。


「くっ......このっ!」


 しかし、それでも根元は頑丈に顎骨に食い込んだまま。

 少女はナイフを置き、両手で牙をつかんで、首を足で踏み、強く引っ張る。


「ぐ、ぐぬっ!」


 牙はわずかにぐらつくものの、抜ける気配はない。

 脂と血で掌がすべり、力が上手く入っていないのが見て取れる。


「ちょっと貸して。」


 地面に置かれたナイフを手に取り、軽く腕でヘルガを制す。

 少女がわずかに身を引くと、僕は死んだラッシュ・ボアーの頭部の前にしゃがみ込む。


 血と脂がこびりついた牙の根元に目を凝らし、刃先を慎重に当てる。


「これって、根元を砕いちゃだめだよね?」


「そうですね......でも、結局引き抜けないよりは、砕いてでも取った方が良いですね。」


 僕の質問に、ヘルガは口もとにためらいの色を浮かべる。


 まあ、そうだよな。

 スラッシュで剝がすか。


 ラッシュ・ボアーと戦って気づいたことだが、武器強化系のスキルは単に武器に魔力を送るだけじゃなく、その送り方と纏わせ方が重要だ。

 今回のスラッシュだと、魔力を刃全体に行き渡らせるのではなく、刃のごくごく先の部分にだけ線に沿って流し込む。

 すると、刃全体に魔力を流すよりもずっと早く行きわたる。


《技能経験値が一定に達しました。『スラッシュLv5』がLv7にレベルアップしました。》


 練習を積めば、戦闘中の刹那にストライクとスラッシュを切り替えることもできるだろう。


 魔力を込めた刃先を、歯茎の部分にあてて押し込むと、その隙間をなぞるように深く入り込み、牙と顎をつなぐ組織が切り離される手応えがあった。


 最後の結合が切れたので、牙を掴んで引っ張ると、そのまますっと抜き取れた。


「おおー!すごいですね!」


 ヘルガは目をわずかに見開き、唇を小さく開け、音にならないほどの拍手をする。

 

 素直な反応というよりも、ちょっと僕に気を遣ってるな。

 この子、ジョンとかいうカス冒険者にも"さん"づけしてたし、そういう性分なんだろう。


「はい、これ。」


 血と油の付いた牙を手渡す。

 ヘルガはそれを受け取り、リュックから古びた布切れを取り出して丁寧に拭った。

 そしてもう一枚の布切れで牙を包み、再びリュックの中へ収める。

 

 横目で死骸を食べ続けている二匹を見る。

 狼が食っている首のあたりは噛み進められ、肉がえぐれて白い骨が露出している。

 一方、スライムが覆う傷口では肉が溶けてはいたが、減り方はわずか。


 ......こいつらを人里に連れて行ってもいいのか?

 一応、ステータスでは従魔認定されているが、仲間にしたばっかで制御する自信ない。

 この感じだと人里で好き勝手に暴れまわって、その責任を僕が取らされることになりそうだな。


 置いていくのは正直ありだ。

 調教術をLv10まで上げたとき、スキルポイント表に『呼笛』なるスキルが追加されていた。

------

『呼笛』

【指笛を吹く際に、音に自身の魔力の波長を重ねるスキル。

通常の指笛以上に遠くまで響き、周囲に自分の存在と位置を伝える。】

------

 人里での規制や罰則が厳しいようなら、今後狩りとかで必要なときだけ呼び出した方が良い。

 食費とか面倒だし、森なら勝手に自給自足してくれるだろ。

 とりあえず、ヘルガに聞いてみるか。


「ヘルガ、僕たちが今から戻るところって、従魔連れ込んでもいいの?」


「......チアキさんが冒険者で従魔の許可証を持っていれば、それを提示するだけで問題なく通れます。でも、それがなければ特別な入市税が結構重くて......大銀貨が何枚か課せられるはずですね。」


 尋ねると、ヘルガは少し視線を下げ、指先で袖をいじりながら答えた。

 おそらく、僕が素性を隠しているのを感じ取り、深入りしないでくれているのだろう。

 だが言葉には曖昧さがなく、要点を押さえて理路整然としており、要領の良さが自然と伝わってくる。


 入市税ね。結構重く、か。

 今リュックに入ってるのは金貨が8枚、銀貨が9枚。

 金貨はいずれも一円玉ほどに小さく、銀貨は五百円玉ほどのものが5枚、1円玉ほどのものが4枚。

------

『オルフェス小金貨』

【南方のアウリス大共和国が鋳造する小金貨。

共和国周辺では一般的に流通しているが、辺境や発展途上の諸王国では珍しい。】


『マリャル小銀貨』

【ガラン王国の鋳造所で発行される小銀貨。

市場や宿屋、日用品の取引に欠かせない存在。】


『グリヴナ大銀貨』

【ガラン王国における高額の銀貨。

小銀貨に比べて重量もあり、まとまった価値を一枚で表すため、資産を持つ市民層にとって重宝される。】

------

 この説明では価値を正確に理解はできないが、初期資金としては悪くないだろう。

 あと、多分今いるここは"ガラン王国"だろう。

 ニードル・スネークの説明にもこの王国名があった。

------

『ガラン王国』

【大陸北西部に位置する王国。

濃密な森林に覆われ、寒冷な気候を特徴とする。また、西方諸国に共通するように魔力濃度は薄い。

かつては西大陸随一の領土を誇ったが、現在では諸侯がそれぞれに独立し、王権の実効は著しく衰退している。】

------

 転移と同時に勝手についてきた特性の『ヘルプ』だが、これマジで万能だな。

 敵のステータスが分かるだけでも十分有利になるのに、いろんな語彙の解説まで、簡潔ではあるが教えてくれる。

 ラッシュ・ボアーと戦ったときだって、『突進』だけを警戒すればいいと分かっていたから、あのぎりぎりの接近戦に集中することができた。

 人里に着いて落ち着いたら、『ヘルプ』で世界のことをゆっくり調べてみるのもいいかも。


 ……話を戻して、まあ、こいつらは置いていくか。

 必要になったらまた連れて戻ればいいし。

 でも、もしまた呼んでも来なかったら......探すことはしないでおこう。

 こいつらの生活をそこまで束縛する意味はない。


 置かれていたリュックを拾い上げ、背中に背負う。


「色々丁寧に教えてくれてありがとう。……もう分かってるかもしれないけど、実はこの辺のこと僕詳しくないんだよね。道中、色々教えてくれる?」


「はい、もちろんです!」


 僕がそう言うと、ヘルガも自分の荷を抱え、笑顔で首を小さく傾けながら答えてくれた。


ーーーーーーーーーーーーー


 歩いていくと、視界の先に森の木立の切れ目――道が現れた。


 といっても、それは石で舗装されたものではなく、人と馬車が幾度も往来するうちに土が踏み固めらてできたような粗い大地の一部にすぎない。

 しかしそれでも、森の中のでこぼこ道と比べれば随分歩きやすく、足取りが軽くなるにつれてヘルガとの会話も自然と弾んでいった。


 ヘルガは、このあたりの魔獣の生態や植生に特に詳しかった。

 魔獣の部位、薬草や毒草の利用法、見分けにくい植物の特徴など、ヘルガは土地に根ざした知識を豊富に持っていて、話していて楽しかった。

 はじめは遠慮がちに話していたが、そのうち早口になり、僕が尋ねてない知識も話すようになった。

 元々好きな分野なんだろう。


 街道を歩いていると、向かいから来る人たち――肩に槍や弓を担ぐその風貌と、そのステータスから冒険者――とぽつぽつとすれ違い、こちらに気づいた何人かがヘルガに声をかけた。

 ヘルガが笑顔で「こんにちは」と挨拶すれば、向こうも微笑んで応じた。

 もちろん、それにならって僕も挨拶をした。

 彼らのレベルは10弱から20弱まで様々だった。


ーーーーーーーーーーーーー


 そのうち、木々の背丈が少し低くなり、切り株や若木が目立ちはじめる。

 人の手が入った跡が増え、森は明らかに浅くなっていった。

 

 やがて視界が大きく開け、草原に出た。

 丈の不揃いな草が風に揺れ、ところどころに食べ残された硬い茎が立っている。

 少し遠くには羊や牛の群れと、それを率いる一人の男性が見えた。


 街道の先には、低い建物が群れをなして並ぶ――街の姿が見えた。

 建物は地球のものより背が低く、屋根が地面に這うように続いている。

 その奥には、街の中心部を囲む高い石の壁がそびえていた。


 森から流れ出した川が街のそばを抜けており、それが都市の生命線となっているのが直感的に理解できた。


ーーーーーーーーーーー


 街に近づくごとに、人々の活気が濃くなる。

 駄獣の鈴を鳴らす行商人、背に空の荷袋を背負った冒険者。

 人声と車輪の軋みが重なり合い、街道は次第に賑やかになっていく。


 街に入ると、木造の建物が並び出す。

 屋根には藁がふかれており、白灰で塗られた壁は陽に照らされて白く際立っている。

 酒場や宿屋の看板が門前に向かって掲げられ、一方からは鍛冶の槌音や染料を煮る匂いも漂ってくる。


 往来の人々は、旅装束の冒険者や商人ばかりでなく、荷を背負った農夫や、子を連れた女たちも混じる。

 街道の先には木製の大きな門が見え、その周囲には人や荷が集まっていた。

 おそらく中心街は市壁で囲まれているのだろう。


「......本当に、すごいな。」


「へへ、そうですよね!ここ、ネファレスは、この辺りで一番大きな都市で、百年前にレスヴァルド大開拓の拠点として建設された経緯があるんです。今ではたくさんの冒険者で賑わってて、都市の自治も豊かで、本当にのびのびとしたいい街なんです!」


 ヘルガは頬をわずかに紅潮させ、目を輝かせながら楽しげに語っていた。


 ここに来るまで、ヘルガは疲れを見せずにずっと話し続けていた。

 よっぽど楽しいのだろう。興奮で交感神経が高ぶっているのが伝わってくる。

 ここまで楽しそうに語ってくれると、こっちも聞いていて楽しくなる。

 実際内容も本当に興味深いし、ヘルガのおかげでこの社会の仕組みの基本は理解できた気がする。


 それにしても、ここは"都市"とも呼ばれていたが、印象としては"街"に近い。

 建物は密集しているものの規模はさほど大きくなく、広さだけならむしろ現代日本の村のほうが勝っているかもしれない。

 まあ、現代のと単純に比べるのは少し違うか。


「チアキさん、これからどうされる予定ですか?もしよかったら街を案内しますよ!私の泊まってる宿屋、ちょっと値は張りますが本当にいいところで、もし懐に余裕があるようでしたらチアキさんにも紹介したいです!」


 ヘルガは笑みを浮かべ、落ち着きなく歩調を弾ませるように進みながら、身振りを交えて楽しそうに話していた。


「そうだね。お願いするよ。......あと、実は僕、冒険者になろうと思ってるんだ。冒険者ギルドにも案内してくれるかな?」


「え、あ、もちろんです!......そうなんですね!」


 ヘルガは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに口元をほころばせて笑顔で答えた。

 

 道中にヘルガの話によれば、身寄りのない人が街で日銭を稼ぐには、きつい日雇い労働に就くか、危険な森で採集や魔獣討伐、あるいは警護や警備を行う冒険者になるしかないらしい。

 他にも手工業のギルドに住み込みで下働きする道はあるが、それもかなり過酷らしい。

 せっかく神から能力をもらって、戦う力もあるんだ。

 冒険者として旅の資金を稼ぎつつ、今後の旅の計画をこの街で情報を集めながら立てていこう。


「でも、きっとチアキさんすごく向いてると思います!強いラッシュ・ボア―にあの立ち回りをして、それに従魔まで連れられていて......きっと、すぐに貴族様から騎士契約の誘いが来るはずです。」


 ん?

 貴族様?騎士契約?

 道中は植生や魔獣、あとこの地域の人達の生活様式くらいしか聞いてなかった。

 ......そういえば、ヘルガや他の人には称号に『平民階級』『ガラン王国カルデン公爵領臣民』が全員にあった。

------

『平民階級』

【被支配階級の一つ。

上位の支配階級からあらゆる制約を受ける。】


『ガラン王国カルデン公爵領臣民』

【ガラン王国カルデン公爵領の被支配民。

この領土の正当な支配者からあらゆる制約を受ける。】

------

 階級、臣民ねぇ......

 『貴族』、『騎士契約』で念じてみても、一向にテキストウィンドウは出てこない。

 詳しく聞いたほうが良さそうだ。


「騎士契約ってな......」


「ヘ、ヘルガ......!?」


 その時、細かい鋲がびっしり打たれた、濃い藍色の鎧を着た大柄な青年――ヘルガの脚を斧で傷つけ、ラッシュ・ボア―のもとに置き去りにした男、ジョン――が驚いたように目を見開き、道の傍らから声をかけてきた。

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