Вода камень точит
金属の激しくぶつかり合う音が響く。
火花が飛び散り、その閃光が両者の貌を照らす。
一方的に続くレンの攻勢。
ただひたすら防御の姿勢を貫き続けたリジーであったが、その内には若干の余裕が生まれていた。
全てを置き去りにする圧倒的な速度を以ってしても、決して対応できぬ訳ではない。
躱し、受け流す事を主とし、時折大きく振るわれた攻撃には斧を盾として防御に転じる。
続くレンとの戦闘の最中でリジーには直感したことがあった。
それは、”こいつは戦闘経験が少ないのではないか”と言う疑念。
装備する事で人間の身体能力を遥かに逸脱した加速を得ることの出来る機械。
彼女の装着したそれは装着者の技量を補助する物であって、戦闘面におけるセンスは全て本体に委ねられている。
少女の太刀筋には、確かに目を見張る物がある。
大振りの得物を手足のように自在に使いこなし、その刃は執拗な蛇の毒牙にも、獰猛な獅子の爪にも劣る事は無いだろう。
だが、そんな彼女の攻撃には全て意思が感じられた。
感じ取る事が出来てしまった。
少女の瞳に映る視線、得物を振るう手足の動き、心に内包された確かな殺意。
年相応の少女の抱く無邪気な悪戯心にも似たトリッキーな身のこなしでそれらを隠しつつも、そんな――
そんな小さな癖の数々が。
手練れともなればそんな癖の数々を隠す事も利用する事も容易であろうが、レンはそのどちらに対する努力も行なっていない。
戦闘における経験値によりそれらは払拭されつつある物であるが、事実として───
規則性という道標と共に、リジーへその軌跡を示していた。
(見える。確かにこいつの攻撃は先が読める。あたしの身体のどこを狙ってやがるのか………)
(だけど問題は……)
己の直感と自信を確認するように、リジーは心の内で呟く。
されど、暗闇の中に見えた一筋の光にも、その表情に浮かぶ焦りが消える事はない。
たった一つの問題。
彼女の攻撃に耐えうる事ができるという確信が生まれたとしても、逆に己の刃が届く確信が無い。
この戦闘の最中、決してチャンスが無かった訳では無い。
少女の攻撃の僅かな隙を突き、リジーが反撃に転じる機会はあった。
だが、そんな反逆を許す事なく。
レンはするりとその機会を過去の物にする。
この戦闘において一番厄介なのはそれだった。
攻撃が超速であれば、回避も同等だ。
閃光の如きヒットアンドアウェイは最強の矛にも、最強の盾にもなり得るのだ。
あの機械から得られる優位性として、真価を発揮するのは後者であろう。
一般的に考えられる高速を以って攻撃したとして、あのクソガキはそれを視認し、意識した上で回避を十分に行う事ができるのだ。
そんな状況で活路を見出す手段は限られている。
同等かそれ以上の速度で対応するか、予め相手の速度に合わせて対応するか──だ。
そして、後者を前提とし、それを成す為の隙を作り上げる事。
このクソガキの心臓に刃を突き立てるにはそれしか方法が無い事を、リジーは理解した。
「おいクソガキ。テメェらの目的はなんだ?なんであいつを狙ってやがる?」
「・・・?」
リジーへの攻撃の後、彼女からの反撃を避けるため僅かに距離を取ったレン。
そのタイミングを見据えてリジーは口を開いた。
この期にして初めて得られた彼女からの対話に、レンは一瞬立ち止まる。
「おねえちゃんやっとレンとお話しする気になった!?」
「テメェがさせる気が無かったの間違いだろ」
「えへ、確かにそうかも」
「でもレン、おねえちゃんを殺すように命令されてるから仕方ないんだよー。おねえちゃんがここまで頑張るとは思わなかったし!」
「ハッ、光栄なこった。でもこの様子だとあたしら全員テメェのボスに客をあてがわれてるみてぇだな」
「うーん、レン隠し事って苦手だしミラに口止めされてるんだよねー」
リジーの言葉にくるくると持て余すように得物を弄るレン。
ようやく訪れた対話の機会であったが、レン自身の望みとは別に、命令として背負う責務の重荷に言葉を選んでいるようであった。
「まあいっか!どうせ・・・」
「どうせおねえちゃんもおねえちゃんのお友達も、もう会う事は出来ないんだしね!」
「・・・」
時折見せる、少女の邪悪な側面。
イかれている程に過度な自信であるが、そんな対比が彼女がこのレギオンを生きる戦闘者の一員であることを再認識させる。
「おねえちゃんはさ、なんであの子のために命を賭けて戦ってるの?」
「今も今までも。ついこの前までは知りもしなかった子なんでしょ。あの子を守るのは命令のため?それともかわいそうに思えちゃったとか?」
「質問に質問で答えんなよバーカ」
「誰のためでもねぇ、あたしが好きで世話焼いてんだ。あたしはお節介なんだよ」
「…テメェに似たやつを知ってる」
「自信に溺れて、自分でなんでもできると思い込んで。とっくの昔にテメェの故郷が死んでる事も知らず、人もいない雪山でバカみてぇに戦い続けてた大馬鹿をさ」
「全てを凍らせる不毛の地獄に比べればここはとんでもなく愉快だ。自分が楽しければ命を賭ける理由なんてそれで十分だろ」
「それって───
「テメェも同じだろ。今が楽しくて仕方ない。仲間が愉しくて仕方ない」
「でもお前は……テメェの血が、命が凍って行く感覚をしらねぇ」
「いつかその首元喰い千切られんぞ」
レンの言葉を遮り、最後に邪悪な笑みを浮かべてリジーは告げた。
誰の事かも知らぬお伽話。
語るリジーの瞳はどこか遠くを写しているようであったが、レンはその最中に行動を起こすことができなかった。
説教にも似た戒め。
他人の事でありながら。
なぜか、どこか心に引っかかる現実味に。
レンは聞き入るようにその話を見届けた。
そんな言葉の魔術が、自身にとって最悪の起点になるとも知らずに。
「…つってな、いつかってのが今日じゃねぇとは言ってないぜ」
その言葉に、レンの意識が戻る。
ほんの僅かだった。
日常生活で言えば些細な時間。
でもそれは命を摘み合う戦闘の最中ではない場合の話だ。
リジーには十分だった。
僅か数秒、十秒に満たぬ間でも──
レンの意識を逸らすには十分すぎる時間だ。
「メイ!!今だ!!!そいつの脳みそぶち撒けてやれ!!!!」
油断と、感じる事の無かった気配。
突然の声量に、レンは振り返るしかなかった。
それが騙討である事も知らず。
リジーは駆け出した。
己の発揮できる全身全霊を以ってその間合いを詰めるために。
鋼鉄の其れを持つ左腕を高く振り上げ、目前に硬直する少女の身体目掛けて振り下ろす。
そこで、レンはそれがフェイクであることに気がつく。
話に集中させ、仲間の存在を餌にした狡猾な罠であることを理解する。
戻した視界に映る斧。
自身の身体に触れんとするそれを認識し、焦りを胸に身体を仰け反らせて回避の姿勢をとる。
だが、混乱と動揺を浮かべる彼女の意識に、それもまた偽りであるという認識は微塵も無かった。
思えば正常な状況であればこんなにも判別し易い罠も無かったであろう。
先に比べ、斧を振りかざしつつも明らかに反対の方向へ傾く重心。
目前の敵を両断する勢いで振りかざす筈の得物にしては明らかに力の込もっていない左腕。
それが意識を阻害し、注意を引くための行為であった事を理解したのは、己の左足が切り裂かれた後のことであった。
異物が己の内へ侵入する感覚。
着衣を超え、皮膚を超え、肉を超え。
熱さにも似た鋭利な圧力は少女の肌に血を滲ませ、力任せに切り開かれた裂け目から少女の内側を覗かせる。
軌道に沿うように飛散する液体と、床を、壁を濡らす赤。
レンの右側から懐に入り込んだリジーは得物をその左脚部に突き立てていた。
カランビットの持つ特異な形状はレンの膕を捉え、掻き出すようにその内部を抉りながら横断し、膝上と太腿の一部を切り開きながら力任せに引き抜かれた。
レンは苦痛に大きく表情を歪ませた。
歯を食いしばり、その痛みに涙を浮かべながら怒りと恨みを孕ませる。
そこでようやく追いついた時間。
加速の反動に床に血痕を残しながら後ろへ大きく距離を取る。
「痛い痛い痛い!!!!!許さない!!ぜったい殺してやる!!!!!」
ボロボロと大粒の涙をこぼし、悲痛にその脚部の傷口を押さえながらレンは叫んだ。
リジーを睨みつける。
先に比べ大きすぎる程の殺意を込めて怨みを暴露していた。
「はーーーすげぇなそれ。普通ならぜってぇ脚逝ってんのに」
対するリジーは感心する様子でレンの機械を褒めていた。
レンの負った傷口の大きさから、左足はもう使い物にならないであろうことをリジーは確信していた。
だが、そんな期待とは裏腹に件の機械はその傷をも補い、固定具の役割を担っているようだ。
仕組みと構造を考えれば当然の事であろうが、改めてリジーはその汎用性と利便性の高さに感心していたのだ。
レンはダメージを負った。
その事実は決して拭いようが無く、機動力とは別に姿勢を変える為にも加速の調整の為にもその関節を曲げる事は必須だ。
機動力を削ぐ事に直結した結果は、レンの武器である速度を喪失させる事に等しい。
たった一度功を成した攻撃であったが、この戦闘の結末を予測するリジーは余裕を浮かべずにはいられなかった。
「あんま吠えるなよСобака」
「あいつらがテメェらに負ける筈ねぇし、ハッタリってのはこうやんだよ」
「さっきみたいにさっさとかかってこいよ雑魚。ぶっ殺されんのはテメェの方だろうが」
ここぞとばかりにレンをおちょくるリジー。
余裕の笑みで手招くリジーの姿は火にガソリンをぶち込む勢いであったが、冷静さを欠き憎悪を業火の如く燃え上がらせるレンの様子を見るに、この戦いの終焉もそう遠くないだろう。
「ああああぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!」
レンは叫ぶ。
語彙を失くし、怒りに駆られた獣のように。
そして再度、彼女の時は加速した。
◇
轟音が響き渡る。
空気が灼け、焦げ付いた臭いが周囲を漂い、塵と成った破片が降り注ぐ。
階段の手すりを背に、踊り場で座り込むメイは横目で階段下へ目をやった。
地面にぽっかりと空いた穴。
つい先程まで確かにそこに在った筈の床の一部は見るも無惨に消え失せていた。
「やっぱり。あいつは熱と動きを感知しているだけみたいね」
メイは呟いた。
己の予想が当たり、わずかに喜びを見せるように。
そっと、メイは自身の持つ小銃へ視線を落とした。
マグキャッチを押し、弾倉を僅かに引き抜いて残弾を確認する。
心残りがあった。
仲間やシャルの状況がわからないこと。
エミリアと離れ、彼女の安否もまた不明であること。
そして、
自身が最後の一人であるのかも知れないという不安。
今も尚、断続的に遠くから銃声が聞こえる時がある。
5.56mmの小銃の奏でるそれと思しき物と、聴いたことの無いものまで。
それらを誰が奏で、誰が誰と戦っているのか予測する事はできない。
彼女とて仲間の事を信じていない訳ではなく、彼女たちがそう簡単に命を落とすとは思えない。
それでも……それでも脳裏には最悪の可能性が光景として浮かんでしまう。
「しっかりしなさいメイ。みんななら、シャルなら大丈夫よ。あなたはあなたがやるべきことに集中するの」
メイは自身に言い聞かせるように呟いた。
昔からだった。
拭うことのできない性。
孤独や不安を感じると悪い方向に考えてしまう。
この数年間、集団で行動する事が多かったのも、それに拍車をかける原因となっているのかもしれない。
メイは目を瞑る。
悪い考えを拭い、自身の起こすべき行動を再確認するために。
遠く、僅かに小さく音が聴こえる。
地面の小石や、小さな凹凸に躓きながらも動く駆動音。
シュルシュルと高く細い音を奏でながら回るモーターや、風を切る羽の音。
その時、メイは囲まれていた。
シャルやリジーとは違う離れた棟に逃げ込むことを余儀なくされ、その命は常に複数の目から追われ続けている。
センサーを通し、物言わずに標的を捜索し抹殺せんと建物中を闊歩し続ける殺人兵器たちによって。
最初に遭遇したのはドローンだった。
空を舞い、そのボディに短機関銃を巻き付けられた蝿のようなポンコツ。
視認しただけでも3~4台は居るようであった。
そして、忌まわしき床を這う鼠共。
拳サイズの大きさの薄い金属製の体に、左右に伸びた数本の足から成るボットだ。
現状、特性として把握できている事は少ない。
1, 奴らは自動で索敵を行い、自身を標的としてこのフロア中でローラー作戦を決行している事
2, 動体と熱源を検知して標的を見定めている事
3, ドローンは残弾を消費し尽くすと自爆特攻を行い、鼠型のボットは標的の付近1~2m程の距離で自爆する事
メイはすっくと立ち上がる。
右手に握る得物、左手に握るオイルライターを確認し、自身の任務を遂行する為に。
メイは察知していた。
時折、奴らの行動は不規則性を露わにする。
プログラムされた制御の範疇を超え、さながらそれは、その内に魂を宿すように。
その多くはメイを発見し、その攻撃が届きかける時であった。
それらが持つ刃の向きを調整するように、たしかにそこに人の手が入ったかのような感覚を覚える時があったのだ。
「監視人を叩くしか生き残る方法は無いわメイ。画面越しにほくそ笑むクソ野郎をぶち殺してやるのよ」
「私のため、あの子や皆のため。シャルのために」
姿はおろか、居場所もわからぬ監視人。
本体となるそいつを殺し、制御を止め無い限りこの無数の殺人ロボットの魔の手から逃れるのは難しい。
だが同時に、機械に詳しいであろうそいつを殺すことは、もう一つの希望に繋がる。
恐らく傍受・妨害されているであろう無線の原因を作っている者がいるとすれば、そいつである可能性が高い。
失われた統制を取り戻し、仲間たちを救う。
それは自身に課せられた使命だと、メイは信じていた。
「待ってて、シャル」




