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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
98/154

02-12-02 戦いの後で



カーリー・フィンドは苛立っていた。

「私は絶対に了承できませんからね!!」

そう言うと、さっさと返事を聞かずにその場所から歩いていく。

場所は隔絶世界。そう、アーヴェの頂点に立つシェランの住む場所であり、カーリーが啖呵を切った相手は、そのシェランであった。

隔絶世界から出ると、そこはアーヴェの本部に繋がっている。さらにそこから歩き、裁き司の者達が集まる部署を通り、さらに奥へ行き、ほぼ自室となっている部屋の扉を乱暴に開けた。中に入り、鍵を閉める。そして叫んだ。

「まったく、シェランは何を考えている!!」

アーリア皇国が失われ、彷徨っていたところをカーリーはシェランに拾われた。あの時から、彼女はアーヴェに忠誠を誓っている。彼女を守る事を至上とした。

だから、認められなかった。彼女がわざわざ危険を招く事を行おうとしている事を。

シェランは、紫の悪魔と会おうとしている。彼が会いたいと言ったからだ。

後処理に追われてそれどころではなかったが、少しばかり余裕が出てきた所でシェラン言いだしたのだ。それをカーリーは断固反対するつもりであった。三番目や他数人は賛成らしいが、ファントムや各組織のエース達も反対している。

フィーユとアスが動けないため、三番目とファントムがシェランと共に動かなくてはならないが、この二人はどちらも素顔を晒さず、三番目は正体不明、ファントムは元セレスティンの幹部であり完全には信用できない。そうなると、カーリーがしっかりしないといけない。そんな思いがあるため、どうしても危険な事を了承できなかった。

シェランはそんなカーリーの思いを知っているため、まだ紫の悪魔と会ってはいない。だが、それも時間の問題だろう。

「あの、カーリーさん?」

何時の間にいたのだろう。部屋の扉を叩く音に気付かなかった。

カーリーは扉の影に隠れつつも顔を出す青年を見て表情を緩めた。

「すまない。貴方か」

こわごわとのぞきこむのは、クリーディウスであった。そんなに警戒して恐がらずにいいものを、彼は他人の近くで隠れるように存在する事を好む。例えば、シヴァの横とか。

「なにかありました?」

「……一つ、報告を忘れていたので」

そう言って部屋に入ると、扉を閉めた。

「報告を、忘れた?」

彼はなんだかんだまじめな存在である。そんな彼が忘れたと言うのはそうしなければいけない時、ぐらいだ。

例えば、誰かに聞かれるとまずいことなどの。

「一体なにを……」

部屋にはカーリーとクリーしかいない。そして、カーリーが苛立ちながら部屋に入って行った事を知っている者達は、部屋になるべく近寄らず、彼女が落ち着くのを待っているはずだ。

だから、今だったのだろう。

「正直、言うべきか迷いましたが……紫の悪魔……霧原マコトは、私の名前を知り、正体を知っています」

「……え?」

それがどうしたのか、そう言おうとして止まる。

カーリーはクリーの事を知っている。だが、それは彼が自分の名を隠さず平然と名乗っているからだ。あまり知名度は無いとはいえ、知っている者はクリーの名を聞けばその存在に結びつけるはずだ。

「知っているのか、彼は」

「はい。彼は、私が、神であると知っています」

突然だが、クリーディウス・アーゼリウス・ランカ・グランテーゼは神である。

土地神のように守護する物は無く、時を司る三柱神のように有名でもなく、黒の女神のように邪なる神でもない。ただ、人に紛れ、人と共に生き、ひっそりと暮らす、ほとんど大した力を持たない神である。

知っているのはほんの数人。カーリーも自らの部下が神であることは知っていたが、本人から出来うる限り神としてあつかって欲しくないと頼まれているため、彼に対して少しばかり変な言葉遣いになりながらもなるべく普通に接している。

本人が堂々と神だと自ら名乗った事はアーヴェでは無いが、書を調べれば名前や神としての生まれが記載されている。

「でも、彼はそれをセレスティンには告げなかった。私が第一部隊に居ると知っていながら、神殺しの剣なども持ち出してこなかった……」

だからどうという話ではない。たまたまだったのかもしれない。

だが、本当にマコトは裏切ったのか。裏切っているのか。クリーは疑問を感じていた。

「すみません、へんなことを言って」

反応のないカーリーに、クリーはそそくさと頭を下げて部屋を出ていく。

それを見送りながら、カーリーは無言で席を立った。

幾つも不可解な事がありすぎる。その中で解決できることを解決するために問い詰めないといけない者たちがいる。

「三番目と四番目……か……」






アーヴェ本部、その廊下の片隅でのことだった。

「あれ、三番目の先輩じゃないですかー」

白々しくばったり出会ってしまったかのような、四番目のジョーカーファントムの声が響いた。

ちょうど部屋から出てきた三番目は仮面の奥で少しばかり嫌そうに顔をしかめた。

仮面越しにそれは分からなかっただろうが、ファントムは三番目が嫌がっているだろうと見当をつける。

「さっき、書類整理担当の子たちが血眼で探してましたよ?」

三番目は、セレスティンに潜入していたことを生かしてアーヴェが押収した書類整理や捕縛した者達の過去の罪状を調べている。どこも人が足りないが、特にその二つの所は三番目が居なくなって地獄の様な様相で仕事をしていた。

「今、戻る」

「ところで、その部屋って押収物の保管している部屋でしたよね? なにか探しものでも?」

「調べたい物があった」

「そうですか」

「それで、星原の子ども達を連れ出して、お前は何をしたかった」

一方的な質問に答えていた三番目が、初めて自分から質問した。

「え。やだなー、なにもしたいことなんてありませんよ」

藪蛇だったかとそそくさと逃げ出すように離れようとするファントムだったが、突如手首を捕まえられる。

えっ、と見れば、そこにはカーリー・フィンドがいた。

「あれ、どうしたんですか、カーリーさん?」

「少し、聞きたい事があってな」

「はぁ」

そうですかと仕方なく立ち止まる。

その様子に、三番目はさっさと戻ろうとしたが、カーリーはなぜか三番目の腕も取った。

「貴方もだ」

そうして、三番目と四番目のジョーカーは、カーリーによって連行されるかのように近くの空き部屋に連れて行かれるのであった。


荷物が所狭しと乱雑に置かれ、片付けが間にあっていない部屋。そのなかで、どうにか三人ほどが座れる場所を作ると、カーリーは躊躇いも無く座りこんだ。

「それで、聞きたい事ってなんですか?」

にこにこと問いかけて来るファントムに、カーリーは首を振る。

「まずは三番目に聞きたい」

「なんだ」

「調査のためセレスティンに所属していた貴方から見て、紫の悪魔とはどんな立場でどんな役割を持った幹部だったのか、教えてもらいたい」

三番目は、カーリーを見定めるように見た。たっぷりと考える時間を持った後、答える。

「……裏切り者の処刑者。雑用のように様々な任務についていた。幹部と言う幹部らしくは無かったが、重要な地位にいるのは確からしく優遇されていた」

「重要な地位……それは、オベロン計画が関係して……?」

「それについては聞いた事が無い」

オベロン計画の言葉に、ファントムは眉をひそめた。

カーリー達には伝わっていない、はずだったがどこからかその情報を手に入れたのだろう。

そんなファントムの様子を見て、カーリーはすぐ反応する。

「それで、なぜオベロン計画なるものについてなにも報告しなかった」

三番目、ではない。ファントムにカーリーは詰め寄る。

「なんのことですか?」

「とぼけるのもたいがいにしていただきたい。星原のティアラ・サリッサから報告は受けている。セレスティンのタツヤからもある程度の情報は聞き出し済みだ」

「えー……これ、もしかして疑われています?」

「情報の共有をしていない事に対して抗議している」

「うーん……なんて言ったらいいんでしょうね。簡単に説明すると、あまり、大々的にしたくなかったんですよ。アーヴェにオベロン計画を伝えることで、計画の内容が変わる事が怖かったので」

それは、カーリーにとってすでにティアラに聞いていたことだった。

「計画を成功させるためにか?」

まさか。とファントムは首を振る。

「その計画を、止めるために。と、言ったとして貴女は納得しますか?」

「納得はできない」

「ですが、もうそこは信用してもらうしかありませんね。私だって、出来ればこそこそしたくは無かったんですよ。でも、アーヴェに予想以上にあの人達は深くかかわり、こちらの動きを監視していたので」

信じてもらうしかない。ティアラにも言ったことだが、そうとしか言えずお手上げとばかりに手をあげた。

「それは、つまりアーヴェにまだ裏切り者がいる、と言うことか」

「裏切り者……と言って良いのか分かりませんが。まあ、そうですね。居ますね」

「……それは、誰だ」

「居るのは知っていますが……」

誰かまでは知らない、とでも言うように彼は言い淀む。

それを、カーリーは酷く冷めた目で見ていた。

「申し訳ないとは思いましたが、私もいろいろ事情がありまして。今回のセレスティン襲撃が失敗するのは避けたかったんですよ」

しばらく、カーリーは何も言わずにファントムのいい訳に似た話を聞いていた。

そして。

「……はぁ」

心の底から大きなため息をついた。

「どうして、こうも足並みがそろわないのだ……」

「え?」

予想していた言葉とは違う言葉に、ファントムは首を傾げた。

もっと責められるかと思っていたのだが、違うらしい。

それどころか、少し疲れた様な声色で、気落ちした様子もあった。

「星原のティアラや音川の姫たちからも貴方の話は聞いている。貴方は、きっと本当に味方なのだろうな……ごまかす所はごまかしているが、先ほどの会話で嘘も言っていなかった」

「すみませんね。全部話せるほど私も貴方達を信頼できないので」

「……そうか。お前達二人は、だからなにも言わないのか」

二人は、とカーリーは言った。ちらりと、彼女は三番目を見る。

「貴方も、嘘は言っていないが全てを言っていないだろう。できれば……協力出来なくとも、せめて少しぐらいは妥協して欲しいが……今の貴方達は、誰も信頼できないのだろうな」

時間を取らせてすまなかったと謝ると、カーリーは静かに部屋を出ていく。

残されたファントムは三番目を見ていた。だが、三番目は去っていたカーリーを見送っている。

「……もう少し、協力しろってことですよね。分かってはいるんですけど、ね……」

そう言って、ファントムも部屋を出る。

外に出たファントムは、きょろきょろとあたりを見渡すと、カーリーの後ろ姿を見つけてそれを追いかける。続いて出てきた三番目は、それを無言で見送っていた。


「ちょっと、待って下さいよ」

追いついたファントムは、そう言ってカーリーを引きとめた。

「ん? なにか私に用だったか?」

先ほど落ち込んで居た様子はまったく見せず、カーリーは普段のようにふるまう。

「んー、ちょっといろいろと。いろいろ考えて、まあこういうのもありかと思いまして」

「うん。何を言っているのか分からないぞ」

「貴女が紫の悪魔とシェラン嬢の面会を拒んでいると聞いたのですが」

「魔術を使えず武器も全て押収し、いくらセレスティンの情報を提話すと言っているとはいえ、……霊使いである彼をシェランと会わすのは危険だからな」

「そうでしょうね」

だが、ファントムは賛成派である。それを知っているカーリーは眉をひそめた。

「簡単に言いますが、彼、おそらくその時になにかやらかしますよ。私が賛成しているのは、シェラン嬢と彼が会えなかった時、彼がどんな行動を起こすのかが分からないからです」

「なにを彼がおこなおうとしているのか知っているのか?」

「いえ。なにかをやらかして戦いになるだろう、とだけ。ですが、このままでは彼がどの時期にどこで、なにを行うのかさらに分からなくなる。だから、賛成なんです」

「シェランに危機が迫っても?」

「でも、あのアーヴェ・ルゥ・シェランですよ? それこそ、自分の身は自分で守れるでしょう」

「……」

カーリーは、はっとして目を見開く。つい先日、カーリーも似た様な事を言ったばかりだ。

クリーにシヴァは守らなくても強いと。

知らず知らずのうちに自分も同じことをしていたのだと反省をする。少しばかり事情が違うためだからと言ってシェランと紫の悪魔の面会を許せはしないが。

「……耳が痛いな。確かにそうだが、どうしてそれを私に、今さら?」

「貴女に先ほど怒られたので、少しばかりは協力と言うか、歩み寄らなければと思いましてね。……私、裁き司というかアーヴェ全体に対してあまりいい感情を抱いては無いんですが……貴女の様な人もいるのならと」

「さらっと裏切り者と思われても仕方ない様な自分が不利になる事を言っているがいいのか」

「本当の事ですから」

本当に、さらりとファントムは話しを流そうとするが、内心やはりアーヴェに対してはそこまでいい思いは無い。

ただ、カーリーはこの組織の事を憂いている。仲間を疑う汚れ役を担う彼女が、本当にアーヴェの事を思っているのはすぐに気付いた。

もしも、彼女がもっと早く裁き司に入っていたのなら、未来は変わっていたのかもしれない。そう、ファントムは心の隅で思いつつ、話しを続けた。

「さて、この話には先がありましてね、それがもう面倒この上ない話なんですが……実は、オベロン計画を失敗させようとしている第三者がいます」

「貴方か?」

「いえ。むしろそうだったらもっと簡単な話というか、むしろそうだったらよかったです」

「うん?」

少し、目が遠い場所を見始めているファントムに、カーリーは首を傾げた。

「その第三者もまた、紫の悪魔がシェラン嬢と会えばその時行動に移すつもりっぽいんですが、会わなかったら会わなかったで勝手にいろいろやらかすつもりです。なら、もういっそのことほんと面倒だしシェラン嬢に会ってもらって、現実世界にあまり影響のない隔絶世界で第三者ともども戦ってもらった方がほんと楽じゃないですか?! ほんと、ここまでくるのにどれだけ胃が痛かったことか……オベロン計画に計画を知らないセレスティンのその他大勢、アーヴェに居る裏切り者に、なかなか尻尾を掴ませない第三者……なんでこう話がこじれているのかもうほんとつらい」

「……」

最後のほうはほぼ愚痴になっているファントムは、両手で顔を隠して泣いている。ふりだか本当なのか分からないが。

「えっと、つまり私に、紫の悪魔とシェランが会うのを賛成して欲しい、ということか?」

「そうですね。あと、たぶんその時に起こるだろういろいろなことに対しての心づもりができるように」

「……」

「これが、私が今協力できることですかね。あ、これはシェラン嬢には伝えてありますよ。一番と二番の先輩達には言ってませんが。三番の先輩は最近会えないので伝えてません」

「……それは、厳密に協力とは言えないと思うが」

「あれ、そうですか? ……貴方達を信頼していないわけではない、と伝わればいいのですが。さてと、では私はこれで。いろいろやらないといけない事もあるので」

怒涛のように話していたファントムは、すっきりしたとばかりににこやかにそう言うと、さっさと歩いて行ってしまう。

話の内容を思い出し、カーリーはしばらくそこから動けなかった。

しばらくしてから、彼女はそういえばまだ話を聞かなければならないヒトがいるのだと思いだす。のろのろと彼女は、地下へ向かった。


相変わらず暗い地下にいくと、カーリーは迷わず奥へと進んでいく。

アーヴェの本部の中でも厳重な警戒態勢が敷かれ、普通の手段では地下にくることはできない。メトセトラやカテン、テアニン姉妹に扉を開けてもらわないとここには来れないのだ。シェランのいる隔絶世界と似ている。

幾つもの独房を通り過ぎ、ついに最奥に辿り着く。

厳重に鍵が幾つもかけられた分厚い扉を押すと、簡単に開いた。

「いるか、メトセトラ」

中の電気がぱっと付く。仲は、人が一人住んでいる様な部屋だ。その奥に、もう一つ扉がありその奥で二番目のジョーカーアスが眠っているはずだった。

なにかが起動する音がして、カーリーの前にメトセトラの姿が映し出される。

「囚人たちの様子なら、変わった様子は無いですが、なにかありましたか?」

「いや、今日は彼らの事ではない……」

裏切り者を調査する裁き司であるカーリーは、必然と彼女の下によく通っている。

メトセトラはアーヴェ本部の中をよく知っているからだ。侵入者を察知することも得意で、誰かがその人になりきって本部に潜入してきてもかなりの精度で看破する。

だから、カーリーは聞かなければならなかった。

「紫の悪魔の件だ、メトセトラ」

「……」

彼女は、何も言わなかった。表情も変えない。

「紫の悪魔は、かつて隔絶世界にいるシェランの下に現れ、暗殺しようとして失敗した、そうだな」

「……」

確認だが、その言葉に有無は言わせない響があった。

「なら、貴女は紫の悪魔を知っていたはずだ」

「……」

「隔絶世界を仕切っているのも貴女だからな。なら、なぜ……」

初めて、メトセトラは顔を曇らせた。

「なぜ、アーヴェ本部に何度も訪れている霧原誠と紫の悪魔が同一人物だと、気付いていてなにも言わなかった?」

「……」

「私は、貴女を信頼している。貴女も私を信頼していると思っていたが、アーヴェを大切に思い、全力でここを守っていると思っていたが……それは、嘘だったのか?」

「……違いません。私は、貴女を信頼している。この場所を、壊したくはない」

震える声で、彼女は応えた。

「……なら、同一人物だと、気付いていなかったのか?」

「……」

無言。

違うのならば先ほどのように声に出せばいい。だが、彼女は何も言わない。

気付いていて、彼女はなにも言わなかったのだ。

「なぜ――」

「カーリー、それ以上メトセトラをいじめないでくれ」

どこから出てきたのか、突如その声と共に現れた女性は、ティーカップを片手に近くのソファに座りこむ。

ここに居るはずのない人物に、カーリーは息を飲んだ。

「シェランっ?! なんで、ここに」

金色の髪に蒼の瞳のアーヴェ・ルゥ・シェラン。そう、このアーヴェを作り上げた、創設者にして支配者だ。

「ここは、隠れるのにちょうどいいのよ。疲れた時におじゃましているの」

こともなげに彼女は言うと、三人分の紅茶を淹れ始める。

「メトセトラに、霧原マコトのことを言わないようにと命令したの。だから、それ以上責めないであげて」

「ど、どうして……」

そういえば、とカーリーは思い出す。

紫の悪魔にシェランが襲われた時、彼女は紫の悪魔の正体に繋がる事をなにも言わなかった。外見も分からず、目的も分からず、結局紫の悪魔を当時捕まえる事が出来なかったのだ。

もしや、霧原マコトとして彼が星原に入った時、すでに彼が紫の悪魔であると気付いていたのではないかと嫌な予想を立ててしまう。

「まさか、知っていたのですか?」

「知っていましたよ。知っていましたが……元々、彼に『なにか困った事があったら、アーヴェにおいで』と言っていたので、なにか困った事があって傘下の星原にやってきたのかと思っていました」

「元凶は貴方ですか!! 敵相手にそんなことして、どうぞ諜報でもなんでもしてくださいとでも言っているのか?! まさか、まったく疑わないでいたのか?! 少しぐらいこちらに情報を回していただけたら、もう少しはどうにかできたのではないのですかっ」

彼の裏切りで、かなりの情報が流れてしまった。もしも彼が元暗殺者である事を知っていたら、そんな失態をすることなど無かったのに。詰め寄るカーリーに、シェランはずいっとティーカップを渡す。

「少しは後悔しています。申し訳なかったと」

「あぁ……もう……」

ファントムを勝手に四番目にした事もだが、過去にもいろいろとやらかしているシェランだ。しょうがないし、もしかしたらという思いもあったが、正真正銘彼女から説明を受けてカーリーは崩れ落ちた。

あまりにも疲れて、そして今日一日でいろいろと衝撃的な事実が明かされ続けて、しばらく休暇が欲しかった。

とりあえずシェランに渡された紅茶を一口飲む。カーリーの好みの甘さ控えめのソレは、ちょうど飲みやすくて少しだけ心を慰めてくれた。





アーヴェ本部は年越し後もばたばたと酷く忙しい。

そんな中、放っておかれた人達がいた。

あまりにも忙しすぎるため、彼等ができる範囲の仕事をとりあえず山のように渡して、後はとりあえず本部から出ないようにと言い含められ、部屋に閉じ込められた者たちだ。


「あーーーおわらねええええっ!!」

何度目か分からないカリスの涙混じりの叫びが響いた。

淡々と処理を続ける隣の席のテイルがまたかと苦笑いをする。そして、時計を確認した。昼食から二時間経ち、そろそろ三時だ。

テイルたち、星原の面々……カリス、ティアラ、アイリ、出流達はセレスティン襲撃以前とおなじようにアーヴェ本部から出られていなかった。まだセレスティン関連でごたごたしているためだ。その代わり、いろいろと仕事を押し付けられている。

「そろそろ、休憩にしますか?」

「よし、そうしよう。むしろそうしよう。ほら、みんな席立って。あ、ちょっとオレ、散歩して来るから」

そう言ってカリスは部屋から走って出ていく。

それをテイルは見送りながら、人数分のお茶を入れるために席を立った。

疲れただとか終わらないだとか、いろいろ言って作業を中断させるカリスだが、実は時間を見て定期的にみなを休憩させるために言っているだろうことにテイルはすぐ気付いていた。散歩といいつつ、おそらく他の場所でいまどんな状態かいろいろと聞き込みして来るつもりだろう。

「ま、まってー、ティアラも、ティアラも行かせて……ほんと、だめ……腰が、う……」

「ティアラ……ちょっと横になった方がいいんじゃない?」

「ありがとう、出流……でも私、動いてないと死んじゃうの。このままだと、死んじゃう……」

よたよたと老人のようにティアラがカリスの後を追って出ていく。

ティアラは座って何かをするのが苦手なのだ。面白い事があれば文字通り飛んで行ってしまうような彼女なのでみな知っていた。

それをはらはらとした様子で出流が見送る。

そう、日野出流だ。

つい先日までセレスティンに誘拐されていた彼女だが、保護されて病院で一通り検査を受けて健康だと診断されてからはテイル達のところに来て同じように事務仕事をしていた。

ちなみに、アルトは当主として年越しと新年の儀式をしなくてはならないため流留歌に帰っている。短い間に何度か文が来たが元気らしい。

なんやかんやで、陸夜やラピス、星原の友人たちが気軽に来て新年のあいさつをしたり、クリーやシヴァ、ファントムが時々様子を見に来る。

アーヴェ本部から出られはしないが、それでもそこそこ平和だった。

「それにしても、私達はいつになったらここから出られるのだろうな」

どこか遠い目でアイリが呟く。たしかに、と頷くことしかテイルはできなかった。

「一番目と二番目のジョーカーさん達が倒れて音沙汰ないし、本部の中がひっちゃかめっちゃかだし、しばらくは無理なんじゃないかなぁ……」

ここ数カ月とあまり変わらない生活の出流も少し疲れたように言う。

ずっと閉じ込められていたのでそろそろ外に出たいところだ。

「うわっ、おい、聞いたか!! セツナさんとフィーユさんが目覚めたって!!」

ばたばたと先ほど出て行ったばかりのカリスが、慌てて走って戻ってきた。

扉が壊れそうなほど大きな音を立てて開けたので、アイリがたしなめながらも顔を明るくさせる。そして、カリスが先ほどまで持っていなかった大きな風呂敷包みを見つけて首を傾げた。

「カリス、それはなんだ?」

「あ、そうそう、ほら早く来いよ!」

そう言うと、後ろを振り返る。どうやら、走ってきたので誰かを置いて来てしまったらしい。

「ちょっと待ってよ! はぁ……。あ、みんな、久しぶり!」

息を切らせながら来たのは、大きな荷物を背負った音川アルトだった。

正月いっぱい流留歌にいると聞いていたのだが、予定が早まったのか。そういえば、テイル達はほとんど部屋に缶詰で曜日感覚も今何日なのかも曖昧になっている。テイルが暦をみると、おそらく睦月の四の日だった。

「アルトっ?! 戻ってきたの?」

「うん。一応三が日おわったからあとはどうにもなるし行っておいでってしろちゃ……白峰様が」

「そうだったの。あ、ほら早く入って」

「うん。おじゃましまーす」

もう、ほとんどテイル達の部屋となりつつある事務所にアルトは入った。

ふう、と一息ついて荷物を部屋の休憩用の机におく。カリスが持って来た風呂敷も一緒だ。

「あれ、ティアラも散歩か? ちょっと探して来るわ」

ティアラも散歩に行ったのを知らなかったらしいカリスは、そういうとさっさとティアラを探しに行く。

残った面々は、アルトの持って来た物に興味津々だ。

「あのさ、この大荷物はどうしたの?」

「スバルお兄ちゃんが、みんなにって。今年はヒイラお兄ちゃんもちょっと戻ってきてくれたからってすっごい量のおせち作っちゃって……残りもので申し訳ないけど、みんなで食べてって」

そう言うと、風呂敷からどんどん重箱を出して行く。

「うわあっ、もしかしてスバルさんとおじさんの手作りの? 小さい頃よく食べたなぁ……」

お隣さんである出流は本当に小さい頃何度も音川家に来ておせち料理をごちそうになっていた。家でもおせちは出るのだが、ヒイラとアルトの父が作るほうがおいしいといつも泉美と話していたのを思い出す。

開けば、どう見てもあまりものではないような豪勢なおせちにカリスは手を合わせてありがたやありがたやなんて言っている。

他にも蜜柑やお餅、お雑煮がすぐに作れるように野菜やお肉、鍋まで一揃えまである。

「これは、すごいですね……」

「う、うむ」

「あ、少し遅かったけど、みんなあけましておめでとう」

しばらくしてカリスが探しに行ったティアラが戻ってくると、時間が時間なので果物や羊羹など甘味をおやつに歓談をすることとなった。



夜に、なった。

暗い廊下で、出流は椅子に座ってぼんやりと窓の外を見ていた。

すでにティアラとアイリは寝ているが、まだ寝つけなかった。男子達が寝ている部屋にはさすがにいかない。ずいぶん長い事ぼうっとしていると、部屋からひょこりとアルトが現れた。

「どうしたの、眠れないの?」

自分の事は棚にあげて、出流はアルトに聞く。

「出流に話さないといけない事があって……」

「ん、なに?」

「泉美と出流のお母さんの事なんだけど……」

言いにくそうに言うアルトに、出流はその事かと少し動揺する。

日野泉美と日野留美が失踪した事は出流が救出された後、話しを聞いた。それがセレスティンによるものの可能性もあるとアーヴェのほうでも調査してくれているが、結局よい知らせは来ていない。

隣にアルトは座ると、申し訳なさそうに言い始める。

「……ごめんね、しろちゃんも調べてるけど、まだなにも分かってないって」

「うん」

たぶん、そうだろうと思っていた。

出流は、頷く。そして、両手を握りしめた。

「……くやしいな」

おそらく、出流はしばらくここから出る事は出来ないだろう。

日野の歌姫、正当なる後継者であるから。

出流は自分の価値を、分かっている。

音川家はちゃんと後継を育てた。そして、もし彼女がいなくなっても大丈夫なように、対策をしている。まだ、アルトの祖母の音川初音もいるのでしばらくは彼女がもう一度当主になり、そして音川家の分家から後継者を選出する事だろう。だが、日野家はそれができない。

正当なる後継者は、日野出流しかいないし、日野家の後継者を育てることができる者も出流しかいない。

出流では、泉美たちを探す事は出来ない。だから、人づてに聞くことしか出来ない。

「お義母(かあ)さん、おねえちゃん……」

アルトが、何も言わずに出流の頭を優しく叩く。

アルトは何も知らない。なにかあることは知っているだろうが、出流が話すのを待つようになにも聞いてはこない。

それに甘え、出流は無言でとなりに座るアルトに寄り掛かった。


こうして、日々は過ぎていく。







そして――紫の悪魔がシェランと会うのは、年が明けてから九日目のことだった。



ようやく次の話で神騙り編クライマックスとなります。

ずっと次の話を書くのを楽しみにしていました。

マコトはこの世界を壊せるのか、アルト達はそれを止めるのか。

一つの復讐を終わらせられたらと思います。


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