02-13-01 神と嘯き騙る者
『君は本当にバカだね』
そう、言った、人がいた。
馬鹿な事をしていると、分かっている。自覚している。それでも、しなければならなかった。
これは、自分の為の復讐だ。
誰かに命令された訳じゃない、誰かに強要された訳じゃない、嘆願された訳でもない。
これは、自分で決めて、自分で考えて、自分で実行した事だ。
行動の結果の責任は、ぜんぶ自分に在る。
罪は罪で、償わなくてはいけないだろう。
だが、今は……今だけは、この復讐を完遂させて欲しいと願った。
これは、自分の為の……自分が納得する為の復讐だから。
彼は殺されたのに、彼女が生きているのは許せなかった。
それと、もう一つ……きっと、彼は涙を流して喜びそうで、とても悔しいから言わないけれど……もう一つだけ。
――こんどこそ、守ってみたかった。
カツン
彼は、その音で目が覚めた。誰かの足音のようだった。
相変わらず右手の感覚がおかしく、いつものように動かす事は出来ない。だが、他の個所は問題なく動くようになっていた。
目覚めた場所は、いつもと変わらない。
暗く湿った地下だ。
床も壁も石で出来ているが、扉のみ鉄のようだった。
窓は無い。扉にある小さな隙間から光が漏れるくらいで、周囲は薄暗い。
部屋の四方に強力な魔術封じの陣が敷かれているが、彼には関係ない事だ。
だって、彼は魔術を使えない。
服などに隠してあった魔術具も回収されてしまい、今持っている物は自身の服と、薄い毛布が一枚くらいだ。回収されるかもしれないと思っていた手袋は無事で、今も両手にある。
霧原マコト……いや紫の悪魔は、扉を見た。
足音は近くを通り、そして通り過ぎて遠ざかっていく。
それに、息をつく。
意識を失い捕らえられ、そして意識が回復した後、何度かセレスティンについて裁き司の者たちから尋問を受けていた。別に隠す事もないので、聞かれた事はほとんど話してしまっている。どうせ、意味は無いのだからと躊躇いもない。
セレスティンは裏切り者に厳しい。だというのに、平然と情報をしゃべる彼に、さすが裏切り者、コウモリのようなやつだと嘲笑をしながら裁き司の者達は嘲笑っていた。
別に、そんなことはどうでもよかった。
裏切るとか、卑怯者だとか、言いたいやつに言わせておけばいい。別に笑われてもこちらにはなんの影響もない。彼は、べつになにも感じていない。
問題なのは、シェランと会えるかどうか。
別に、会えなかったとしても問題はないが、会えた方が健全的だ。
シェランにはセレスティンについての情報を伝えたいので会いたいと伝え、先日、シェランが彼と会うとの連絡が来た。
条件としてジョーカーと他数人の監視の下行われるとのことだが、それは仕方ない事だろうと了承した。
さらにあと数日まって欲しいと言われたが、それから音沙汰ない。
約束した事は守るだろうが、まだだろうかと待っていた。
そして――九日の昼過ぎ、彼は呼びだされた。
「あー、みなさん、ちょっと世界を救ってみませんか?」
「は?」
普段、礼儀正しいテイルがなに言ってんだこの人は、といった返事を返すほどには胡散臭いことこの上ない事を言いながら、アルト達の前にファントムは現れた。
終わらせても終わらせても山のようにやってくる書類の整理や雑用に目を回していたティアラは救世主を見るような目だが、他の者達はまたこの人か……と行った視線だ。
なにしろ、ファントムは突然現れてはアーヴェに強制送還したり、セレスティンの襲撃部隊に事前連絡無く呼びだしたり、とにかくいろいろとアルト達に関わってくる。元セレスティンの幹部で現在四番目のジョーカー、素顔不詳でおそらくファントムという名前は偽名である正体不明の彼に振り回されている。
「質問でーす! どうやって世界を救うんですか?!」
両手をあげて質問をするティアラに、彼は苦笑しながら言った。
「とりあえず、たぶんもうすぐいろいろと厄介な事が起こるので、それを止めるのを手伝ってもらいたいんですよ~」
「あの、うちらは星原所属の一般人なんですが、四番目のジョーカーさんみたいな人でも手に余るような事件に首をつっこむのは……」
そろそろと手をあげて出流が発言する。
それに、アイリ、テイルが頷いた。
少しばかり一般人と呼べないと自覚しているカリスは明後日の方向を向いて知らないふりをした。
一応、彼等は星原所属の一般職員である。称号もないしこれといった功績なども特にない。
アーヴェ本部、そして下位組織月剣、語部、星原、四葉、そして裁き司の中でも特別な地位に立つ四人しかいないジョーカーの一人であるファントムとは立場が違う。
「さすがに、危険だと思うんですけど……」
出流の言葉に、これ以上厄介事に巻き込まれるのはごめんだとアイリとテイルは激しく頷いている。
「その辺は大丈夫ですよ、なんてったって、貴方達十分一般人の枠超えてるので」
「なにを言うか。善良な一般人を戦いに巻き込むのか」
「アーヴェの中でも五本の指に入る呪詛返しの達人がなに言ってるんですか」
指摘されたアイリはそれ以降無言になる。
ちなみに、呪詛をかける事に関してなら、アイリはアーヴェの中で頂点に立っている。
「でも、私も出流も、強くないですよ?」
戦う訓練など、特に受けていないテイルは同じく特に受けておらず、ここ最近になってちょっと武術を習い始めたばかりの出流を見ながら言う。
「といいつつ君、なんだかんだいって神殺し狩りから逃げ延びているし」
「ちょっとその話題止めてくれます? それに、セレスティンの幹部に全然敵いませんけど?!」
確かに一般人はゴーレムを召喚して使役したりはしないけれど、さすがにセレスティンの幹部並みの戦闘力をもつ相手にはなにもできませんから! と必死に言い募るテイルを無視して、じりじりとなるべくファントムから離れようとしている出流を彼は見る。
「で、出流さんって未来視で大抵の戦闘を始まる前に回避してるでしょ」
戦闘など、あまり参加しない出流だが、実は弱い訳ではない。体術などはまったく習っていないが、炎術が得意で、未来視で見とおす事もできる。が、戦うのは苦手なので戦いにはほとんど参加はしない。というか、戦いを事前にさっちするとさっさと逃げている。
「……ある程度です」
「普通は無理です」
口をつぐむ出流に、ファントムはニヤリとする。
そして、アルト、カリス、ティアラを見た。
カリスは、自分はともかくとして、使役する十二神将に関しては一般からかけ離れている自覚があるので明後日の方向を向いて絶対に目を会わせない。
「で、アルトさんは風の愛し児だし、ティアラさんは」
「このヘヤから、ショルイから逃げ出せるのなら、たとえ火の中水の中……」
「魔槍使いですし本人納得してるし完璧ですね!」
「ティアラー!!」
「ん、どうしたのカリス?」
「お前はもっと周りを見て!」
「うん?」
わいわいと言い争うティアラ達の様子を見つつ、ファントムは時計を確認する。そろそろ移動しなければここ一番の時を見逃してしまう。
彼らの反応で遊ぶのはやめて、そろそろ本題に入ることにする。
「まあ、なんだかんだ言っても、もう決定事項ですけどね。だって、皆さん知りたいでしょう? 霧原誠がなぜ裏切ったのか」
最後の言葉に、面白い様に彼等は顔をこわばらせ、反応した。
世界にはどこかにこの世界の象徴であり母である世界樹があるという。
一番よく聞くのは、世界の中心の神の聖域にあるという噂だが、世界の中心とは一体どこなのか誰も知らない。
たまたま迷い込んでしまった者によれば、そこは天国かと見まがうほど美しいのだと言う。
浅い泉が広がるその中心に天を突くほど巨大な世界を生みだしたという世界樹がそびえ立つ。周囲には精霊達が舞い踊り、自然に溢れた人の手が全く入っていない異世界のような場所だとか。
そんな、世界樹の神域を模して造られた世界がある。
アーヴェの支配者、アーヴェ・ルゥ・シェランの住まう、隔絶世界である。
かつて、黒の女神スフィラが閉じ込められていた場所でもある。
生き物こそいないが、そこは確かに美しい世界だった。だが、みなここが厳重に管理され、シェランに許された一部の者達しか入れないことを知っている。
虫も小鳥も、精霊すらもこの世界には入り込めない。
季節問わず花が咲き乱れる空虚な世界……そこに、彼が足を踏み入れるのは二度目のことだった。
一度目は、隔絶世界にいる限り、潜入する術を見つけない限り、不可能と言われたシェランの暗殺の為に。そして、今回……。
「久しぶりだな、紫の悪魔」
二年前とまったく変わらず、午後のお茶を片手に座るシェランは、両手を拘束された紫の悪魔に問いかけた。
彼をすぐそばで見張るのは裁き司のカーリーだ。そして、その横に三番目のジョーカーが相変わらず白い無表情の仮面をかぶって待機している。本当は四番目のファントムもいる予定だったのだが、遅刻していてまだ来ていない。
さらに、休んで居ろと命令されているはずの一番目のジョーカー、フィーユが病み上がりにもかかわらず参加している。二番目はさすがにまだ体の修復が間にあわず居ない。
結局、紫の悪魔がなにをたくらんでいるのかカーリーは付き止めきれず、魔力を持たない彼に大きな事ができるとも思われず、シェランとの面会が許可されてしまった。
三番と一番のジョーカー、さらに裁き司の代表的立場のカーリーが揃っているので、彼が一人でシェランを傷つけることは出来ないだろう。
それでも怒気を孕んだ気配を隠しもせず、カーリーは殺気を紫の悪魔に叩きつけていた。
これ以上、ほんの少しでもシェランに近づいたら殺す、とでも言いたげだった。
「……いや、その前に聞くべきだったか。君は、今、誰の意志で、どうしてここに来た」
シェランは、どこか意味ありげに彼に問いかける。
妙な言い回しに、カーリーとフィーユは眉をひそめた。
「これは、自分の復讐だ。自分の為の、神への復讐。……現在を司る女神、アーヴェ・ルゥ・シェラン。僕は、許せないんだ」
「そう……そう、私の正体を知っているんだね。いや、知っているからこそ、ここにきたのか……」
ざわめくカーリーやフィーユ達をよそに、シェランは彼の答えにどこか嬉しそうに笑った。
アーヴェ・ルゥ・シェランは自らが支配する組織にいくつも隠している事がある。
たとえば、自分が神であることとか。
かつて自らの娘を……黒の女神スフィラを封印するために自らのほとんどの力を使いきってしまった事とか。
そして、アーヴェ本部の地下に在る監獄、そのさらに奥、メトセトラが守護するモノの事とか。
ジョーカーや一部の上層部にしか伝えていない。
本来、彼が知っているはずがない事だ。だが、誰がその秘密を彼に教えたのか、すぐに気付いていた。
「スフィラに、聞いたのね」
「……」
「私の娘……袂を別れてしまった、世界の敵に」
世界を壊そうとしたスフィラは、邪神と呼ばれ、世界の敵となった。
その恨みは、きっと母神である自分に一番向けられているのだろう。そう、シェランは自覚していた。
なんてったって、スフィラをこの世界に閉じ込めたのは自分だ。彼女があそこまで歪んでしまったのは自分のせいだ。世界の敵となったスフィラの封印を手伝ったのもある。
恨み、憎まれているだろう。
「……彼女は、貴女に会いたがっていた」
紫の悪魔は、おもむろに両手の手袋をはずそうとした。
手錠がかけられているためうまくいかないが、そのうち上手い事外れる。
右手にさらに包帯が巻かれていた。それを、はずしていく。
一体何をするのかとカーリーが止めるか否か迷いつつも様子を見る。すぐになにかあってもいい様に両手に剣を持ち、すぐに彼を斬り捨てられるようにそれを彼に向けながら。
物騒この上ないカーリーの行動に紫の悪魔は時に反応せず包帯を外して行く。
はずして行くごとに、瘴気が溢れていく事にフィーユは気付き、彼の行動を止めようとした時には遅かった。
その下から現れた右手に、カーリーは息を飲んだ。
腕には、黒い蔦が巻きつくようなあざが幾つもあった。そして、右手の甲に瘴気を生みだす元がある。肌は黒く染まり、中心からは血がにじみ出ている。
呪い。すぐにみな気付いた。
彼が呪われていると言う事は捕縛され身体検査された時に分かっていた事だが、彼等が直接見たのは初めてだった。
手袋と包帯は強力な瘴気封じであるため捕まった後も付ける事を許されていたが、それを自分ではずしたのだ。
「なつかしい呪い……それは、スフィラに私が掛けた呪いのなれはてね」
いや、なれの果てと言うにはあまりにも異端を孕んでいる。
かつて、現在を司る女神が自らの娘を殺す事を厭い、呪いをかけて封印した。その時の残りかすの様な眠りの呪いだが、それは最初と異なり異様な呪いとなっていた。
神が創りだした呪いを、他の第三者が手を入れたのだろう、最初の呪いは永遠の眠りを与えるものだったが、もはやどんな呪いなのかシェランには判断できない。あまりにも変容し、他の者はシェランの創った呪いのなれはてだと気付かなかっただろう。
ただ、彼は言の葉を揺らす。
呪われたその右手を空に向けて。
泣きだしそうな顔で微笑んで。
「『御出で』黒の女神スフィラ」
紡がれた言葉は世界に響く。
この世界と隔絶した世界に、波紋を広げ――ヒビを入れた。
「嗚呼、応じよう。其処に行こう」
呼応、というものを知っているだろうか。
その名を呼び、相手が応じる事。
名前とは一番身近で一番なじみが深く、一番簡単で強力な言霊である。
最も強い縁の繋がり。
例え、世界を隔てていたとしても、心からの叫びは必ず届く。
届いたと言う事は、繋がったと言う事。
世界と世界が繋がった縁は、ソレを呼びよせる。
プルートは各所に封印されたスフィラの力の場所を知るシェランが隔絶世界に閉じこもり決して出てこない事を知ると、そこに行くために幾つもの案を考えた。
幾度も隔絶世界を壊す方法を考え、実行し、失敗し、そして知った。
そこに自分が辿り着く事は出来ないと。
ならば、他の者に行かせよう。
外からの攻撃にどれほど強固な世界だったとしても、うちからの魔術には弱い。
かつて、閉じ込められていたスフィラがその世界から逃亡したのはそれが理由である。
だから、考えた。
そこに、手のうちの者を潜入させ、この世界を壊そうと。
だが、それはきっと誰もが考えることだ。内からの破壊に弱いのならば、それ相応の対策をしているだろう。そもそも、隔絶世界を壊すほどの力の主を平然と世界に招き入れないだろう。
どうすればいいのか。
なら、世界を破壊するほどの力を持たぬ者を送りこもう。
だが、それでは世界を壊せない。
なら、その者に呼びよせさせよう、世界を壊せるほどの力の主を。
外から中の者を召喚する事は出来ないが、内から呼べば、召喚する事は容易いはずだ。
もちろん、うちから呼ぶ者と呼ばれる者との間には切っても切れないほど強い縁でもなければ呼べないだろう。
そして、彼は実験した。
いくつも、いくつも、人を壊していった。
途中、スフィラが母神であるシェランに会いたいと言った。
なら、そうしよう。
隔絶世界に呼ばれるのは世界を壊せる者でなければならない。スフィラならば適任だ。
スフィラとの強い縁を持つ者を作りだそうとした。
スフィラが弄ぶかつてスフィラを縛っていた呪いに目を付け、呪いを壊しつくし変質した物を人に与えた。
だが、唯人にその呪いは強すぎた。
元が現在を司る女神が創った呪いであるがゆえに、呪いに耐えられる者がいなかったのだ。
何人も何人も殺し、人にも耐えられるようにと調整して行き、何人も殺し、そして神の血を引く者ならば少しばかりその呪いに耐性がある事を付きとめ、殺し、殺し、殺して、それでも、神の血を引く者達でも耐えきれず、殺され、多大な犠牲を強い、ようやく出来上がった呪い。
それが出来上がったら、呪いと呪いの縁を結んだ者を、どうやってシェランの下に送りだせるかだけだった。
シェランと会えるほどの理由。
幾通りもの道筋を立て、そしてオベロン計画は為った。
「嗚呼、お母様。アナタに、逢いたかっタ」
誰もが、呆然としていた。
声の主を、怖ろしいモノのように見ていた。
その言葉を言ったのは、紫の悪魔と呼ばれた少年である。
だと言うのに。先ほどまで、力を持たない唯の少年であったはずなのに。
「スフィラ、なの?」
シェランの声が震える。
紫の悪魔がなにかをしようとしているのは知っていた。だが、まさかここにスフィラを呼びよせるなんて事をするとは思っても見なかったのだ。
そもそも、彼は魔力を持たない。言霊使いだとしても条件がそろわなければそう大きな言霊は紡げない。だから、大抵の事は止められるだろうと皆、そう思ってスフィラと会う事を了承したのだ。
「えぇ、お母様。さすがに実体を持ってこの世界に来る事が難しかったノで、このような形となりましたガ」
そう言って、両手を広げる。手首を拘束していた手錠は簡単に壊れた。
黒く呪われた右腕は禍々しく、薄紫だった瞳は、紫紺へ……黒く闇色に染まっていく。
スフィラは彼の体を依り代として、隔絶世界に降臨していた。




