01-01-07 それは、少女の非日常で
あれから、どれだけの時がたったのだろう。
少女は独り、物思いにふける。
誰もいない監獄。
そこで鎖で拘束されていたのは十四、五にも満たない幼い少女だった。
ここ数カ月、そこに人間は足を踏み入れていない。
つまりは、何も与えられていなかった訳で……。しかし、少女は生きていた。同時に、死んでいた。
心が死んでいた。
だから、目の前に血まみれの青年が現れても、微動だにせずただ宙を見ていた。
壊れてしまっていたから。
幸せの記憶にすがり、何も見ないことに、気づかないことにして、耳を塞いでいたから。
「見つけた」
青年は、真っ赤に染まったその姿で少女に近づく。
「君を迎えに来た」
「……私を?」
少しの間を置いて、少女は小さく聞き返す。
「君を、救いに来た」
「……スクイ?」
初めて、少女の瞳に光が宿る。
「そうだよ」
彼は嗤って言う。
「この世界に復讐しよう」
「フクシュウ……?」
「この世界は狂ってる。君はそれに気づいているんだろう?」
「……」
「復讐しよう。君の全てを奪ったこの世界に」
「……どうして」
「どうして?」
「どうして、こんな化け物に手を差し伸べるの?」
彼は、にやりと嗤った。
「君が化物だと言うのなら、人間どもはどうなんだろうね」
「……」
大切なモノを奪われた。
何度も何度も奪われた。
なら、奪った者達に復讐ぐらいしても……いいよね?
「私は……」
溢れだした絶望は止まらない。
手に入れた幸福は全て塵になって消えてしまったから。
「私は……あいつらを殺す」
家族を殺して、全てを奪って、全部壊したあいつらを……許しはしない。
青年は、にこりと笑う。
「プルート」
「……?」
「名前だよ。君は?」
「……私は、清蓮。夜神、清蓮」
あれから、どれだけの時間がったのだろう。
もう、戻れない日常。
その優しい思い出を胸に抱き、この非日常のなか、少女は復讐を誓う。
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「へー、それで、あの子がアレなわけか」
どこにでもいそうな男。大した特徴もなく、ただ平凡過ぎてすぐに忘れてしまうほど普通すぎる男が、プルートに向かって笑いながら言った。
「そろそろ頃会いかと思って。あそこから、回収してきた」
辺りにいた者たちはプルートと彼を注目しはじめる。
「回収……星原で動きがあったってことか」
男の近くで槍を手入れしていた男が、話に入る。
プルートはうなずきながら部屋の中を見回した。
部屋にはプルートを含め六人。話に入って来た男二人に、端で独り座り込んでいる青年、目元を隠す仮面をした不審な男、軍人らしき男。
「花が無いと言うか、暑苦しいな。ここ」
「それは私も思います。が、人形遣いに失礼ですよー、それ」
それを聞いた仮面をした男はからから笑う。
「嗚呼、そうか。すみません、人形遣い」
「べつに、きにしてねーよ」
人形遣いと呼ばれた特徴の無い男は、カラカラ笑って沈黙する。
「さてと、一人足りないけど、『彼女』には何も言わなくて大丈夫か。……まあ、報告です。音川アルトが、星原に行った」
その言葉に、離れた場所で孤立していた青年が反応した。
「あいつがっ」
不吉な音がして、辺りに在った使った形跡のないただ置いてあっただけの家具が破壊される。
「ははっ。神楽崎の坊主は血気盛んであるな」
野太い声は、どこかの軍人のような服装の男だった。
昼間から酒を飲みながら、赤い顔で神楽崎を見て笑っていた。
「黙れ、ミザール」
神楽崎の言葉と共に、ミザールの手首から血が飛び散る。
見れば、手首に鋭利な刃物で切り裂かれたような傷が出来ていた。
「おいおい、身内同士で何やってんだよ。てか、神楽崎、家具を壊すな。結構高いんだぞ、それ」
槍を手入れしていた青年がそう言いながら包帯をミザールに向かって放る。
「おっと、すまないな、タツヤ殿」
「いや、気にすんな。神楽崎もやめろよ」
飄々としたタツヤの様子に神楽崎はいら立ちを増したようで、舌打ちをしながらタツヤを睨みつけた。
「うっせぇよ。死ね、タツヤ」
「人間、いつか死ぬもんだ。それが早いか遅いかの違いだけ」
悟ったようなその言葉に、神楽崎は目の色を変えた。
「やめろ、神楽崎!!」
プルートの声が響く。
タツヤの首筋に、いつの間に抜いたのか、神楽崎のナイフがあてられていた。
ほんの一瞬の出来事。
しかし、神楽崎の首筋にはミザールの大剣と、仮面の男の細いレイピアがあてられている。
両者、動く事も出来ず、睨み合う。
「そこまで。そろそろ本題に入るぞ」
ぎすぎすとした空気の中、プルートは別段変わりなく話を再開した。
それを合図に、神楽崎やミザールは剣を納めて各々の位置に戻る。
神楽崎のみタツヤを数秒睨んでいたが、何も言わずにやはり部屋の隅に戻って行った。
「音川アルトが星原に行ったんですよね? つまり、音川シルフからの警告ですかね」
口元に笑みを浮かべ、一連の出来事を興味深げに眺めていた仮面の男は、楽しそうに言った。
それに、プルートは小さく頷く。
「娘に手を出すなら、容赦はしない。ファントム、そう言う意味か?」
タツヤが仮面の男に問う。
「そうでしょう。しかし、逆もまたしかり」
「は?」
「我々に、挑発している。と言うのも考えられますよ」
「どういう意味だ」
「流留歌という安全な場所からわざわざお前たちの狙っている星原に移動してやったんだ。欲しいのならくれてやる。まあ、手に入れられるのなら。みたいな感じでしょうか? だからこそ、あんなことをさせたんでしょう?」
あんなこと。つい先日の、特別でも何でもない場所を呪ってきたことを彼は言っていた。
「そんなこと意味あったのか?」
「さあ? そんなこと、プルートさんに聞いてください」
「意味はありますよ。少なくとも、あいつらは気づいたはずだ」
『あいつら』が誰なのか分からず、数人は不可解な様子でプルートを見ていた。
それに対し、プルートは意に介さずに薄く笑っていた。
「して、何時、星原に行くのだ?」
口を出さずに黙って聞いていたミザールは、ふとプルートに問う。
「それは神殺しが見つかり次第……いや――」
我らの女神のお気の向くままさ
今回、登場人物が無駄に多いので。
プルート
タツヤ→槍使い
人形使い
ミザール→将軍
神楽崎→風術師
ファントム→仮面
『彼女』→?
我らの女神→?