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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
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02-08-02 混沌とした火水埜の一族


「お兄ちゃんは知ってたの?」

アルトは、流留歌の音川邸に帰っていた。

迎えたのは仕事を早めに切り上げてきたスバルだけ。父は役人で忙しく、いつも帰ってくるのは夜遅くだ。

「なにをだ?」

優しい声で、スバルはアルトに首をかしげる。

神楽崎の一件を話し終えたアルトは、どうしても聞きたい事があった。

「ヒイラお兄ちゃんが、私の為に家を出たって」

「……知らなかったよ」

ただ、なんとなくは気付いていた。小さな声で、スバルは言った。

「ヒイラにぃは、あんまりおしゃべりが上手じゃないし、結構恥ずかしがり屋だったから、言葉にできなかったんだろうなって思っていた」

それは、シルフにも言えることだ。

アルトが生まれてから数年して、母のシルフは突然アルトを祖母の初音に預けて姿をくらませた。アルトはそれを自分のせいだと思っていたようだが、きっと違う。

シルフは、いつだって遠いどこかを見ていた。

家族をないがしろにしていた訳じゃない。愛されていたとスバルは思っている。

でも、時を刻むごとに彼女はなにかを焦り、行動していた。おそらく、アルトが生まれて居なかったとしても、姿をくらませていただろう。

彼女は、いつも何も言ってはくれない。子どもを不安にさせたくないと。

アルトを星原に突然送ったり、むちゃくちゃなことを要求してくるくせに、本当に危険なことには絶対に子ども達を巻き込まない。

似たような親子だとスバルは思う。

ヒイラは妹の事が可愛くて仕方が無いのだ。そして、シルフも子ども達の事がかわいくて仕方が無い。でも、きっともう、アルトにはもう煩わしいだけだろう。

もう、小さくて孤独だった幼子ではないのだから。

アルトをシェルランドへ見送った時、スバルは思ったのだ。

「アルトは、ヒイラにぃのこと、嫌い?」

「嫌いじゃないよ」

よかった。スバルは微笑みながら、アルトの頭を撫でていた。

子ども扱いしないでとアルトが言う。

人の事を言えない。スバルもまた、アルトがかわいくて仕方が無いのだ。

音川家当主になったかもしれないが、それでもスバルにとってかわいい妹であることはなにもかわりはしない。

「僕も、嫌いじゃないよ」

そんな妹が、スバルが大好きだった兄の事を誤解したまま嫌いになっていたらと悩んでいた。それが杞憂だった事がスバルは嬉しかった。

ふと、アルトは壁の向こうを見る。

音川家と日野家は隣り合っている。

幼いころはそれなりに家同士で交流していたらしいのだが、最近は年に数回おこなわれる神事ぐらいでしか交流は無い。

子どもであったアルトと泉美の交流は絶えることは無かったが、ここ最近アルトが星原に行ってしまっていたために手紙で時々やりとりをする程度だった。そして、星原から当主就任の為に戻ってきてからも、一度も会っていなかった。

なにしろ、戻る前にあった事件が大きすぎたのだ。そして、当主交代に神楽崎の一件で時間も無かった。


『それよりも、本家に居る日野の姉を……見るべきだ』


兄スバルにシェルランドでの一件の顛末を語りおえて、ほっと一息をついたことで思い出したその言葉。

縁側から音川と日野を隔てる塀が見える。以前はそこを飛び越えて泉美の元へと遊びに行ったものだが、もうそんな事は出来ない。もう、何も知らなかった子どもではないのだ。

「ちょっと、泉美に会ってくるね」

そう言って立ち上がると、スバルはあっと声をあげた。

「泉美なら、一昨日伊鈴さんと一緒に出かけて帰ってきてないと思ったけど……?」

「そうなの? 珍しいね」

あまり二人で出掛けないのだが、なにかあったのだろうか。

もうすぐ年越しだと言うのに、二人ともどこに出かけたのか。

気になったアルトは、日野家の屋敷へと赴いた。

音川家は特にお手伝いなどを雇っていないが、日野家にはいつもお手伝いの人が居るのだ。

泉美達が居なくとも、もしやお手伝いさんがいるのではと門をたたいた。

しばらくなにも聞こえず、やはり留守なのかと肩を落として帰ろうとした時だった。

「はい、どなたでしょう?」

少しだけ門の横の戸を開けて、女性が顔を出した。

アルトが流留歌に帰って来た時からいるお手伝いの人だ。彼女とは何度か顔を合わせているが、まったく話したことがない。アルトが近寄っても、いつも遠ざかっていくのだ。

彼女はアルトの顔をみとめると、眉一つ動かさずに言った。

「泉美お嬢様なら、一昨日から帰っておりませんが……」

「あの、泉美はどこに出かけたんですか?」

「知りません。伊鈴様となにやら慌てて出かけて行きましたが、どこに行ったかまでは」

「いつ頃戻るとかは?」

「いつ戻れるか分からないと。……個人として、一週間以上連絡が来ない時は自警団のほうへ連絡したいと思っていますが」

「そうですか……」

ありがとうございます、と礼を言ってアルトは歩きだした。

白峰の元に行く予定だったが、その前に少し歩きたかった。

近くを歩いていた町人が、アルトの姿を見ると「あれ、音川の姫様だ」と、久しぶりに見る少女に驚いたり喜んで声をかけてきたりする。事あるごとにシルフに振り回されている町人達は、音川家に対して実はかなり好意的だ。なんだかんだいいつつ、シルフは流留歌の為になにかしら問題を起こしているためだ。少々やり方が乱暴だったり誰にも言わないでやるので何事が起きてるのかまったく分からず困ることも多いのだが、みななにかしら感謝をしている。そのせいか、アルトに対してもみな好意的だ。

以前はまったく町人と交流の無かったアルトだが、玻璃と初めて出逢い千種への後悔と悲しみを乗り越えたあと、彼女が積極的に交流して来たことも理由に在るだろう。

少しばかり世間話をしたりしながらアルトは歩いて行く。


出流は、泉美の従姉である。姉と妹と言う関係だとみなには知らせているが、本当は違うのだ。

だが、泉美は出流のことを本当の妹の様に大事にしていた。その母であり、出流の義母だった伊鈴も同じだ。

出流が誘拐された時、すぐに二人に連絡がいったとラピスからアルトは聞かされていた。あの二人が、出流が無事に保護されるまで不用意に場所も知らせずにいなくなるなんてこと、ありうるのか。


ふと、一つの可能性を思いつき、アルトは風を呼ぼうとした。その時、ひらりとアルトの元に白い鳥が飛んできた。

手元に降りると、するすると姿を変えて、文となる。

「これ……」

間違いない、カリスがアルト達に渡した式文だ。中の字には見覚えがある。

それはティアラからの文だった。

それをざっと読んだアルトは、今度こそ風を呼ぶ。

目指すは、白峰の山。そこにいるはずの、白峰の神の元だ。


人里離れた山奥に、場違いな一軒家がある。

そこはアルトが生まれるずっと前からあるのだというが、そこまで古くは見えない。

小さな畑に囲まれたその家に住むのは、この山と一帯の土地を守護する土地神白峰だ。

畑の見える縁側でのんびりと友人と共にお茶を飲んでいた白峰は、おやと顔をあげた。

空から何かが降ってくる。

かなり高い位置から落ちてきたにもかかわらず、それはふわりと地面に降り立った。

「アルト、どうしたんですか?」

いつもの癖でアルトと呼んでしまった白峰だが、それに気付かず彼は突然の訪問者に首を傾げた。

先日音川家当主となり、メイザース家を滅ぼそうとする神楽崎を探してシェルランドへと向かったアルト。彼女が流留歌に戻ってきていたのは気付いていた。

メイザース家と神楽崎と、他にもいろいろとどうなったのだろうと気になってはいたのだが、どうやら彼女はその事よりも知りたい事があるらしい。

「ただいま、白ちゃん! 泉美と伊鈴さんがどこに行ったか知ってる?」

「お帰りなさい、アルト。いきなりどうしたんですか? 泉美も伊鈴も……」

屋敷にいるはずといいかけて、言葉を失う。

白峰はこの土地を守護する土地神だ。土地にいるモノ達の事なら何でも分かる。

泉美も伊鈴も屋敷にいる。はずだというのに、詳しく二人の様子を知ろうとすると、違和感とまるで魔術で妨害されている様な力を感じるのだ。

「おい、どうしたんだよ」

訪ねて来ていた古いなじみの青年の姿をした潤が首を傾げた。白峰は反応しない。

白峰の元にたびたび来る彼は、アルトや泉美にとってもなじみの存在だ。

(うる)にい!」

思わず、久しぶりに会った彼にアルトは声をかける。

「ひっさしぶりだなー、アルト! っと、今は音川の当主の風破さんってよんだ方がいいか?」

白峰の知り合いということで、人ではない。詳しい事は聞いたことが無いが、アルトはなんどか彼の本性を見たことがあった。

「わたしとしては、どっちでも」

「そっかよ。まあ、どっちにしてもお前であることは変わらないしな。んで、どうしたんだ、白峰」

アルトと潤の横でまだ動かない白峰を、潤はこづついた。

「……泉美も伊鈴も、流留歌の地からいなくなっている。ご丁寧に、感知できないように細工までして」

長い沈黙の後、白峰は言った。どうやら、二人のことに気付かなかったらしい。

「……出かける場所ができました。アルト、すみませんが話はそれだけですか?」

「あっ、いや、なにもないよ」

慌ててアルトはごまかす。

「分かりました。また、帰ってきたらお茶でもしましょう」

そう言うと、白峰は屋敷に引っこみ、ばたばたと出かける用意をすると、すぐにその姿をくらましてしまう。

後に残ったのは、ぽかんと口を開けたままの潤と、考え込むアルトだけだった。

「どうしたんだ、あいつ」

「……」

「アルト、一体なにがあったんだ」

「もしかしたら、なにかに巻き込まれたのかも、しれない」

白峰の慌てようから言って、なにかあったのは確実だ。

マコトにも泉美達のほうを気にしたほうがいいと言われたばかり。

「なにかって?」

「セレスティンに関わる、なにか、だと思う」

そして……出流が誘拐され、さらに泉美と伊鈴も居なくなったことで、年明けにある神事をすることができる日野家の人物が居なくなってしまったことに気付く。

白峰の山に封印されているのは、セレスティンを支配するスフィラだ。

「まさか、そんなっ。泉美も伊鈴も……いや、おそらくセレスティンは関わっていると思うが……」

「?」

「いや、それでアルトはなんの用だったんだ」

「それは……」

言い淀むアルトに、潤は目を細めた。

「白峰じゃないといけないことなのか?」

「……」

「緊急の事なら、オレが白峰を呼びもどしてやるぞ?」

「そういうことじゃないの! ちょっと、シエラル王国に行くか迷っていて……」

そう言うと、アルトはつい先ほど届いた白い鳥――式文を懐から出した。

そこには、アイリが無事に見つかった事、そしてティアラとアイリでシエラル王国に行く事が書かれていた。ここまではカリスとテイルの元に届いた文とほとんど同じだった。

アルトにはさらに、テイルとカリスがとある国で事件に巻き込まれて行方不明になった事、そして今回のシエラル王国での依頼の手伝いをお願いしたいという一文が書かれていたのだ。

「泉美と伊鈴が行方不明、セレスティンになにかされたかもしれない。そんななか、シエラルに行くのは……ってところか」

「……うん」

泉美が心配なのだ。

この文が来た時は行きたいと思っていたが、白峰の様子があまりにもおかしかったことから泉美と伊鈴が出かけていった事の重要性が重い事が分かった。

「だからって、アルトが今出来る事は無いと思うぞ」

「……でも」

「白峰が直接動いているんだ。そう悪いことにはならねぇよ」

「……」

こくりと、アルトは頷いた。たしかに、アルトができる事は無いのだ。


そもそも、アルトは日野家の複雑な事情を知らない。


「で、シエラルまではどうやっていくつもりだ? まさか、魔術で飛んで行こうなんて考えて……」

「え、風で……」

「って、馬鹿か!! 大和とシェルランドとの距離の倍以上あるぞ! つか、あそこに行くまでに物騒な地帯がたくさんあるからそんな無謀なことは絶対止めろ!!」

「えっ、で、でもそれじゃあ」

真剣に怒る潤に、アルトは思わず後ずさりする。

行けと言ったり止めろと言ったり、潤は忙しい。

「ったく、そんなことするくらいなら、オレが送ってやるから」

「ほんとっ?!」

「ほら、用意して来い!」

「う、うん」

まだ、少し不安そうな顔をしながらアルトは頷くと、風術で麓へと降りて行く。

それを、潤は見送って、ため息をついた。

「セレスティンもスフィラも、何を考えてんだか……」

そう言って、先ほど白峰からの誘いを思い出す。

「世界を壊す手伝い……ね」

なによりもこの地が大切な白峰から、まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。

この世界がずいぶん前から歪んでいた事は分かっていたのに、今さら。いや、今だからこそかもしれない。

白峰から誘われてお茶に来たと思ったら、まさか勧誘だとは思わず、潤はアルトが来るまで少しばかり困惑していた。しかもそれがまったく考えていなかったことがらならなおさらのことだ。

「ルカなら、なんて言っただろうな」

シエラル王国を守護する神、リア。彼女の双子であるルカ。

彼が消滅して何千もの年月が立った。彼ならばどうしていたのかとおもいつつ、潤は白峰の誘いを保留にしようと決める。

今はまだ、アルト達の選択を見守ろう、と。

そして

「世界を壊した所でなんにも変わらねぇよ。救われねぇ。ほんと、人間って何考えてるのか分からねぇ……だから、愛おしいのだろうけれど……それでも、救われなさすぎる」


一番の理由は、世界を壊せる確実性も、壊せた所で救いもないからだけれども。





シヴァとクリーディウスの好きなコンビがようやく登場。

中身も外見も大人になりたいシヴァとシヴァよりもはるかに長い年月を生きていると言うのにシヴァに依存し甘やかすクリーのデコボココンビです。

そして潤さん。最初の頃のプロットでは初めに出てきたキャラですが、話しが削られたり変わったりしたのでようやく登場。実は妹だか姉だかいるそうです。


次回は、星原組が大集合したりいろんな人の過去が分かったりする予定。


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