02-08-01 混沌とした火水埜の一族
懐かしい夢を見た。
白い雪が、真っ赤に染まっていた。
一年に一度のお祭り。
逃げ惑う人々。
泣き叫ぶ声。
逃げようと手を引いて走っても、あいつらはどこまでも追って来た。
私達を逃がそうと、精霊達が道を閉ざした。
兄は大丈夫だよと笑って残った。
走って走って、転んで、気付くと囲まれていた。
このこだけはまもらないと
わたしはおねえちゃんだから
わたしがみつけてたすけた、さいしょのともだちだから
結局、私は守れなかった。
阿鼻叫喚と化した都に連れ戻され、そして、気付けば彼は……兄に剣を向けていた。
「セイレン、さん?」
ぱちりと目を開くと、なぜか心配そうに人間の少女が顔を覗き込んでいた。
思わず彼女から離れる。
そして、頬を伝うものに気づいて慌てて拭った。
夜神清蓮、彼女はセレスティンに軟禁されている日野出流の部屋に来ていた。
どうやらそこで、居眠りをしてしまったらしい。
ここ数日忙しく、上司が居なくなったとかで仕事がたまりにたまって寝る間もなかったせいだ。
しかし、まさか人間の前で涙を流すという醜態をさらすなんてと、彼女はいつもの不機嫌そうな顔になる。
「うなされていたけど、大丈夫?」
「あなたには関係ないことよ」
つんけんとしたものいいだが、少しだけ力が弱い。弱みを見せてしまったことに動揺していたのかもしれない。
「そうかもしれないけど……」
嫌悪を隠さない清蓮だが、出流はいつも話しかけて来る。
最初は出流のほうが世話をする役目の清蓮を避けていたが、それが逆転していた。
出流には、どうしても清蓮が悪い人には見えなかったのだ。
「最近、忙しいの?」
「あなたには関係ない」
正直に言えば、かなり忙しいのだが、そんなことを清蓮は伝えるつもりはない。
なにやらプルートがいろいろと準備をしているようで、その手伝いに清蓮は連日連夜かりだされているのだ。
出流の世話役と言う事でその時間だけその手伝いから解放される。今は、そんなちょっとした休憩も兼ねた昼食のさなかだった。
プルートが何をしているか分からないが、不必要な物を処分したり、よく解らない魔術の準備を取り行っている。さらに、今までも行っていた任務もある。出流の目から見ても清蓮は疲れていた。
「なら、せめて自分の部屋で寝ればいいのに……」
自室ならもっと休まるだろうと思っての出流の言葉だったが、清蓮は嫌そうに顔をしかめる。
「自室なんてあってない様なものよ。あんな場所で気が休まる筈が無いわ」
百鬼夜行のようなセレスティンの者達の自室が近くにある場所よりも、近づくことさえ制限がかかっているこの人質の少女のいる部屋のほうがよほど安全だと清蓮は苦笑する。
十四、五くらいにしか見えないまだ幼さの残る容貌の清蓮はあまりセレスティンの者達を信頼していない。
「なら、大っ嫌いなニンゲンのいるこの部屋で休んでいるのはどうなの……?」
「人間は嫌い。でも、貴女は簡単に殺せるでしょう?」
「なにを?」
「私が、貴女を、すぐに殺せる。だから別になにも思わない」
「……」
あまりのものいいに思わず出流は言葉を失う。
すぐに殺せる相手だから、気にならないのだと笑った清蓮に、少しだけ憐れみを覚えながら。
「どうして、そんな顔をするのよ」
出流の憐れむ様子を見て、清蓮は眉をひそめ嫌悪を隠さずに言う。
「……だって……あなたには誰もいないのでしょう?」
清蓮には、信頼できるひとも守ってくれるひとも、守りたいひとも、誰もいない。そんな、独りの清蓮が、少しだけ哀しくて、出流は顔を伏せた。
「あなた達、ニンゲンが全部奪ってったからね」
こともなげにそういうと、清蓮は綺麗になっている皿をカートに乗せて部屋を出る準備を始める。しまったといった顔をしている出流をそのままにして。
清蓮はセレスティンの者なのだ。
人々に害され、居場所を奪われ、差別された者達の復讐の為の組織。
彼女には、もう大切な人はいない。
人間が奪ってしまった。
清蓮がいなくなった部屋で、出流は考える。
清蓮はもしかしたらあったかもしれない自分の姿なのかもしれないと。
「でも、それは……間違ってると思うんだけど……」
出流だって、大切な人達を奪われた。同じ、人間に。
だからと言って人間を怨む訳じゃない。
いや、清蓮と出流は立場が違うから、そんなことが言えるのかもしれないけれど、それでも。
「だからって、何も関係ない人を恨んだ所で、どうにもならないと思うんだけどな……」
扉の外で、清蓮はその言葉を聞いていた。
顔を伏せて、壁に寄りかかり。
そして、両手で顔を隠すように覆う。
「知ってるよ。それくらい」
それでも、納得は出来ないのだ。
いや、人間を憎まなければ、為らないのだ。
だって、人間を憎まなければ、そうしなければ……。
「くだらない」
思い出す事を拒み、吐き捨てるように清蓮は言う。
そして、足音を立ててその場から離れた。
すぐにでも出発しなければならない。居眠りで時間が大幅に遅れている。
はやく、シエラル王国へ行かなくては……。
だが、清蓮の足はまた、止まる。
「たすけてよ、空夜……」
小さな言葉が、誰にも届かず消えていく。
星原本部、アヴィアの庭。
連日連夜明かりが煌々とついている部屋がある。
いつ眠っているのかとみな心配になるほどその部屋の主は休むことが無い。
ラピス・カリオン。星原のクイーンの称号を持つ彼女は、星原のエースにかわりほとんどの業務を行っている。だからと言って、ここまで身を削ることも無いはずなのだが、彼女はそれを望み、自ら行っていた。
そして、今日も彼女は深夜になってもなお眠る様子無くとある手紙を前に考え事をしていた。
聖フィンドルベーテアルフォンソ神国からの手紙である。正式の物では無く、個人の物だが、相手は王族であるため、取り扱いには注意しなければならない。
その国ではなんと、信仰されている神の片割れであるリーテ神が殺されたのだと言う。しかも、それを為したのは神殺しの一族の末裔……そんな噂が聞こえ、さらにはスワーグ支部のアマーリエから聖フィンドルベーテアルフォンソ神国に向かったカリスとテイルに連絡が取れなくなったと言う報告も上がっていたところ。まさか……などと最悪な考えが思い浮かんでいた。
こわごわと開き、一文を読む。明らかにほっとした様子になると、ラピスはさらに続きを読んだ。
「よかった……」
どうやら、カリスとテイルは神殺しの事件に巻き込まれてしまってはいたが、犯人にされそうになったところを脱出していたらしい。そして、フィンドル側もカリス、テイルではなくセレスティンが関わっているを特定しているようだ。セレスティンがなぜ神殺しを行ったのか現在調査中であり、さらに他の国へも警告を行っている、という連絡だった。
とりあえず、カリスとテイルは大丈夫そうなことに一息つく。
だが、問題は山積みのままだ。
「ラピスさん、今いいですか」
突如、扉の外から声が響いた。
「守? こんな時間にどうしたの」
「失礼します」
部屋に入ってきた守は、少し困った様子で応えた。
「それが、裁き司のほうからシヴァさんとクリーディウスさんが火急の用で今から来るとの連絡がきたのですが……」
「シヴァたちから? いったい……」
裁き司とは、アーヴェの下位組織の中で少し毛色の違う組織だ。月剣は国、語部は宗教、四葉は異種族などを専門する者があるが、裁き司はそのなかで、アーヴェの組織の中の不正などを調べることを主とし、同時にアーヴェの本部のアーヴェ・ルゥ・シェランの守護を行っている組織である。その中でもシヴァとクリーは裁き司の中でも比較的星原に好意的で、ありたびたび星原にやってくるのでみな知っている顔見知りだ。
彼等がこの深夜に一体何の様なのか。正直、今の状況では裁き司がどんな理由でやってきてもしょうがない。マコトは裏切り、どれ程の情報をセレスティンに流していたのか分からないし、カリスとテイルは無罪であるとはいえフィンドルの神殺しに関わっていたようだし、アイリは自己判断で大精霊の呪いの解呪を行おうとしていた。一体何の案件なのか、考えるだけで頭痛がする。
「とにかく、すぐに用意を」
「はい」
すぐに守は部屋を出て客室の準備を始める。
ラピスも、机いっぱいに広げていた書類を片付けてしまうと部屋から出ようとした。
なにかのはじける音がして、灯りがふっとかき消えた。
暗闇に包まれるが、ラピスは慌てずに部屋を出ようとする。おそらく、光源の灯りが壊れたのだ。廊下にでれば様子が分かるはず。突然の暗闇に足元がおぼつかない中、ゆっくりと歩きだしたラピスの背に、なにかが当てられた。
バチバチと激しい音がする。おそらく……雷。何らかの魔法だろう。
「動くな」
低い声だった。
さらに、体を拘束される。
「日野出流はどこにいる」
暗闇にようやく慣れたラピスは、今の状況を確認する。
扉まであと数歩ほど、ラピスよりも大柄な男によって拘束されている。
口は自由だが、へんなことをしないようにと背に魔法を押し付けられたままだ。
そんなことをしても意味は無いのに。
ラピスのことを彼は知らないのだろう。
それはともかくとして、おそらく彼は日野家に雇われた者だろう。
どうこの事態を収めるか、状況を見極めながらラピスは冷静に考えていた。
「出流は、ここにはいないわ」
日野出流がセレスティンに誘拐されたこと、それを知る者は少ない。
アーヴェの本部や各組織の上層にしか知らされていないのだ。おそらく彼は、この前の星原本部襲撃事件で日野出流が星原にいることをどこかで情報がもれて知ったのだろう。だが、誘拐されたことは掴めなかったようだ。
「星原の本部にいたことは分かっているんだ。彼女は今どこにいる」
「知らない」
ナイフを強く当てられるが、ラピスの回答は変わらない。むしろ、かたくなだ。
「貴様ッ!!」
「それに、星原のクイーンを見くびらないでもらえるかしら?」
魔法が放たれることを気にせず、ラピスは男に向かって振り向いた。
衝撃。
雷撃が放たれるが、ラピスはまるで何もなかったかのように振る舞う。
素早く男は剣を抜くとラピスに向ける。が、それもラピスは動じない。むしろ、自ら剣へと向かう。
一閃。
剣がラピスを切り裂く――前に、ひしゃげた。
まるで、粘土細工のように、ラピスにあたる前に剣が変形したのだ。
さすがにそれには驚きを隠せなかった男は、ラピスから距離を取ろうとする。が、ラピスはそれを許さない。
「まさか、女の部屋に無断で入って、はいさようなら、なんて虫のいい考えしてるわけ無いわよね?」
そう言いながら、男を抑え込むとその剣を取り上げた。
女のラピスが男を抑えられる訳が無い。のだが、男の気付かぬ間にかけられた肉体強化の術が不可能を可能にしている。
動けないようにそこらにあった布で男を動けないように拘束すると、ラピスはひしゃげた剣を見た。
床に放り投げた男のことなど忘れて、ラピスは剣を掴むとその刃を見る。
どうみても、普通の剣。なのに、不自然極まりない形に変形している。
「……あなたも災難ね」
前情報も無いままラピスと対峙してしまった男も、この剣も。
彼女の不本意な二つ名はクイーン・オブ・クイーン。星原ができた当初からの古参メンバー。その容姿は当時からまったく変わらず、決して死ぬことができない。
「きさま、いったい何者なんだ」
「それは私のほうがあなたに聞きたい言葉ね。あなた、一体何者なの」
ようやく男の顔を見たラピスはふと首をかしげる。そういえばこの男、見たことがあるのだ。
机の上を見れば少し乱れたそこの中に、人相書きの描かれた紙がある。そのうちの一つと似ているのだ。が、その時、ラピスは思い出せなかった。
「ラピスさん!」
「無事かっ!?」
ばたばたと騒がしい音がして、扉が開かれた。
廊下の明かりで明るくなる部屋。さらに、守が明かりを探して火を灯す。
部屋が先ほどの様に明るくなると、事態がようやく分かってきた。
ラピスを襲ったのは、黒装束の男。
そして、すばやくラピスを守る様に彼から遮るように少女が立ちふさがった。
「ここまでだ、アッサド・ベイルン」
少女が男に告げる。それで、ようやくラピスは思い出した。
男の顔を知っているのは当然だ。大陸中に広まる指名手配犯のうちのひとりなのだから。
先日も更新された指名手配犯達の似顔絵が届けられたばかりだ。
それに、その名はラピスにとって忘れられないものでもあった。
「ラピスどの、無事か?」
少女――裁き司所属、シヴァルーヴァ・ヴィンターに問われ、ラピスはぎこちなくほほ笑みながら頷いた。
彼女は子どもっぽい容姿だが、陸夜と同い年だという。
布で拘束されていた男を、さらに魔術や魔法を使えないように魔力抑制魔術のかけられた手錠で拘束するのは、彼女の相棒であるクリーディウスだ。
本名が長いため、皆覚えられず、とりあえずクリーディウスと呼ばれている彼は、年下のシヴァを荒事になるべく巻き込みたくないと進んで前線に立つ。シヴァは幼いころから裁き司に所属していた身、その実力はおりがみつきなのだが、それでもクリーディウスは甘やかしている。そんなコンビだった。
「シヴァっ、クリーディウスさん……早かったわね」
守がさきほど訪れて、シヴァたちが来ることを連絡してからあまり時間は立っていない。だというのに、二人はすでに星原に来ていたのだ。
ラピスは少し驚きながら挨拶をする。
「こんな時間に申し訳ないな。柳楽誉……彼を襲った暗殺者が、星原を次の標的としたとある筋から情報を得てな」
そう応えたのはシヴァだ。
そして、柳楽誉という名に、ラピスは苦々しそうに顔をしかめた。
「まさか、あの事件の?」
「そうだ。日野出流がいなくて本当に、良かった……」
出流とシヴァはまだ面識はないはずだ。が、シヴァはほっと一息をつきながら拘束された男を見下す。
「柳楽誉の……日野出流の兄弟子であった六人の弟子を殺害した暗殺者と対峙する事にならなくてな」
ラピスも、それには深く頷いた。
ラピスが彼の名前を覚えていたのには理由がある。
それは、一年ほど前にあった事件のせいだ。
柳楽誉は、大和国の中でも高名な占術師であった。
彼には七人の弟子が居た。
そのうちの六人は、とある理由からアッサドに殺された。
柳楽誉をアッサドから守る為に。
そもそもなんで六人もの弟子が殺されたかと言うと、一番下の弟子であった少女が預言してしまったからだ。柳楽誉が暗殺者によって殺されると。
六人の弟子はその未来を覆すために戦い、結果柳楽誉は命を失わなかったが、彼等はその代償とでもいうかのように命を失った。
その預言をしたのが、何を隠そう……日野出流であった。
暗殺者が殺しに来たのは本来柳楽誉では無かった。それは、柳楽誉の死の預言をした本人である日野出流であった。
そもそもの問題、出流は自分を殺しに来た暗殺者が出流を庇った柳楽を殺す瞬間を預言したのだ。
「でも、なんで、そんな人が……」
拘束されたアッサドを見降ろし、ラピスは考え込む。
「いや、当然……? まさか、皇の館襲撃事件のことが外部に漏れていたの?」
日野出流の所在は日野泉美とその母留美しか知らないはずなのだ。
それを聞いて、申し訳なさそうにクリーディウスが頭を下げる。
「本部のほうから情報が漏れたそうです。襲撃事件で誘拐されたことまでは伝わっていませんが、星原に居たことは確実に知られています。……日野家に」
「……」
同じ一族だと言うのに、彼らに命を狙われるとはどういうことなのか。
ラピスは苦々しげに唇を噛む。
血のつながった者達が争うことほど辛い事は無い。ラピスはそうだったから。
「ある意味、不幸中の幸いでしたね」
複雑そうにクリーディウスは言う。
もしも出流が星原に居たら、アッサドに殺されていたかもしれない。
出流の居場所が分からずラピスの元に来たが、出流が誘拐されていなかった場合すぐに居場所がばれていただろう。
最悪の予想に、ラピスは背筋が冷たくなった。
「出流……」
セレスティンで、彼女は無事だろうか。生死さえ分からないなかで、不安だけが募っていた。




