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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第二章 -神騙り-
77/154

02-06-02 君にこの風の音が届きますように


アルトがエルバートに案内されてシェルランドの首都王城へとついた時、すでに戦いは始まっていた。

城の周囲を旋回する銀色の鳥と三階ほどの位置にある窓や壁をどんどん覆い尽くして行く闇。

「あれは……」

「たぶん、神楽崎だと思うっ。行こう、エルバートさん!!」

混乱した城内を目的地まで走る。突然の侵入者に城の衛兵たちは捕まえようとするが、混乱の中で統率する者もアルト達を拘束する事ができる実力者も居ない。アルトとエルバートが周囲にはなった風に近寄ることができず、国王たちが捕まった部屋へと向かう二人を止めることはできなかった。

「ヒイラお兄ちゃん! ここにいるの?!」

闇に包まれ、入口が見えなくなった部屋の前へアルト達はつくと、すぐにアルトは叫んだ。

しかし、中の様子は解らない。

「お兄ちゃん!」

やみくもに突入しようとするアルトを、エルバートが慌てて取り押さえる。

「ちょっと待って下さい! この闇に触れてなにが起こるか分からないんですから!」

「で、でも……ヒイラお兄ちゃんが……」

ヒイラは強い。それはスバルや白峰からいつもアルトは聞いていた。

しかし、それでも心配だった。

アルトはヒイラが戦うところを知らなかったから、どれ程強いのか知らなかったし、今の状況でヒイラがまだ生きているのかすら分からなかったから。

そんな中――微かに小さな声が聞こえてきた。

「アルト……」

「お兄ちゃんっ……そこから動かないで! 今から、助けるから!!」

声が聞こえてきたことで、ヒイラの居場所がある程度分かった。

おそらく、ヒイラの近くに閉じ込められた国王やグラントが居るはず、という前提をアルトは考えていた。そして。

「ちょ、アルトさん? な、何をするつもりですか!!」

「なにって、とりあえずこの闇をどうにかしようかと」

風を巻き起こす。

アルトの周囲に、暴風が巻き起こる。エルバートが思わず顔を庇うほどの風、それがアルトを中心に起こり、そして収束していく。そう、一点に。

エルバートは息を飲む。

魔術を一点に集中して攻撃力を高める、という技法は存在する。ただ、拡散する威力を一点に集めることは技術が必要だ。集中力、魔力操作、魔術の理解力、どれが欠けても成功はしない。それが高位の魔術であればあるだけ。

だというのに、この目の前の少女は――風術師ですら息を飲む暴風を簡単に手懐けてその手に持てるほどの大きさへと収束したのだ。

「吹き飛ばす!!」

一点に集中された風が、解き放たれた。部屋を覆っていた闇がちぎれ細切れに吹き飛ばされて行く。

「ヒイラお兄ちゃん!!」

エルバートが止める暇なく、崩壊して行く闇の魔術をなんとも思わずにアルトは駆けだした。

その先には数か月前に会ってから音沙汰のない兄が居る。

走り寄ろうとして。

「音川アルト、なぜお前が来た」

ぴたりと足を止めた。

アルトはヒイラの事が好きだった、と思う。なにしろ、ヒイラの事をアルトはほとんど知らないのだ。物心ついた時には江宮の祖母の所へ預けられ、流留歌の音川家へと戻ってからすぐにヒイラは居なくなってしまった。だから、一緒に遊んだ記憶はあまりない。

アルトのせいで家を出て行ったヒイラにどう接して良いのか、分からない。そんな戸惑いと恐れから、アルトは足を止める。

ヒイラがアルトに拒否をするような態度なのはアルトの事を神楽崎の様に憎んでいるからなのではないかという恐れがあった。

「神楽崎卓と、話に来たの」

「……自分の立場を理解しているのか? 音川家の当主であり封印の要である舞手。年明けには一度舞が奉納されるはずだ。それが控えていると言うのに、なぜこんな危険な場所に現れた」

静かにヒイラは淡々と言う。アルトはそれをだまって聞いているだけだった。

そんなアルトの様子を見て、ヒイラはいらいらと感情を表す。

「お前は、自分の立場が分かっているのか! なぜ、私達の元に来たっ。神楽崎と話す? お前には関係ないだろう!」

「関係……あるでしょう? 神楽崎は私を憎んでいる、殺したいと思っている」

「あぁ、そうだ! だから流留歌に帰れ。お前はここにいるな。音川家当主が万が一命を落とすようなことがあれば、どんなことになるのか分かっているのだろう?」

「おい、ヒイラ。さすがに言いすぎでは……」

言葉を失いうなだれるように下を向いているアルトの様子にグラントは思わずヒイラに言う。

「貴方には関係ないことだ」

確かに、アルトは音川家の当主としての責務を考えてはいなかった。漠然と、死ぬことなどないと心のどこかで思っていたから。

ヒイラの言う事は正論だ。だが、アルトだって引く事は出来ない。

「それでも、私は神楽崎と話さないといけない。なにより――」

アルトの言葉を遮り、青年の声が響いた。

「はっ、なにが話すだ。まあいい。お前が来るなんて好都合だ、音川風破」

姿は無く、ヒイラやグラントが周りを見渡しても見つからない。

「オレと話したいって言うなら、こっちに来いよ。近くの森で待っている。一対一で聞こうじゃないか」

「分かった」

「待て! 一対一とはどういうことだっ。アルトだけで行かせる訳が無いだろう。そもそもオレ達との決着が」

ヒイラが叫ぶが、神楽崎は応えない。いや、そもそももはや言う事は無いとばかりにそれ以上発言する事は無かった。

「くそっ、とにかく、お前を一人で行かせる訳にはいかない」

アルトの腕を掴むと、ヒイラは何度も繰り返す。

アルトがヒイラに向かって顔をあげた。

その目に、思わずヒイラは言葉を止める。

怯えているのかと、それとも怒っているのかと、そんな事を考えていたというのに、アルトは冷静そのものだった。

「お兄ちゃん、私一人で行かせて。ちゃんと、友達を連れて行くから」

「……何を言っている」

少しだけ以前とは違うアルトに気付きつつも、ヒイラは首を縦に振らない。

どれ程アルトが成長しようとも――ヒイラはアルトを小さな妹としか見られない。

だが、アルトだって引けない理由がある。

「友達は友達だよ。それに、隠してても怪我をしているのは分かってるんだからね。グラントさんも」

そう言うと、アルトは腕を掴んだままのヒイラの脇腹をつつく。

と、声こそ出さないが、そのままヒイラは崩れ落ちた。額にはうっすらと汗をかき、顔色も悪い。それはグラントも一緒だ。

「ばれていましたか」

先ほどの神楽崎の攻撃で、グラントもヒイラも体中に傷を負っていた。ゼルシアに傷をつけては大変と結界を張り続けていたせいもある。

「二人の治療をお願いします。私は、神楽崎に会ってきます」

少し困惑げのエルバートにグラントとヒイラの事を頼むと、アルトは窓を開いた。

冷たい空気が部屋に入ってくる。そして、そのまま飛び降りる。

そしてそのまま落下――などと風術師として恥ずかしいことにはならず、ふわりとその身を浮かばせた。

「……ご健闘をお祈りします」

「うん」

「ま、まて! アルト!」

それでも止めようとする兄を振り返る。

にこりと笑うと、アルトはそのまま飛び去った。



神楽崎に呼び出された森。それは城からすぐの場所にあるのだが、かなり広い森だった。

アルトにはどこに神楽崎が居るのか分からない。しょうがないので分かりやすいように風で周囲の雪を撒き散らしながら派手に森の中心へと降りる。

地上に降りると、一気に辺りが暗くなる。冬になっても枯れない針葉樹の葉が光を遮っていた。

「来たよ、神楽崎」

静かで穏やかな森の中、アルトは声をあげた。

雪の中に吸い込まれるようにその声は消える。

「待っていたぜ、オトカワカザハ」

雪を踏みしめる音がした。

木々の影から神楽崎が現れ、思わずアルトは息を飲んだ。

ついこの前神楽崎と会ったときよりも、彼の顔色は悪く、さらに憎悪を深めながら鋭い視線でアルトを睨みつけていた。

恐い。怖い。けれど――

「アルト、大丈夫だよ」

肩に小さな少女が現れて座りこむ。

旗袍に身を包んだ小さな雷の精霊雷華。小さくとも、その存在は大きな心の支えとなる。

一人とは言われたが、精霊については何も言われていない。 

「うん」

今度こそ、神楽崎と向き合おう。もうあの日の自分とは違う。大事な人を失わないために、そして神楽崎に――気付いてもらうために。

アルトは神楽崎を見た。真っすぐに。怖くても、目はそむけない。

音川家とメイザース家の因縁に巻き込まれた彼に、知らない間にのうのうと生きていたアルトは何も言えないけれど、せめて届けたい声がある。

神楽崎のすぐ後ろで、必死になって叫ぶ少女が居る。けれど、彼女の事を神楽崎は気付かない。憎しみはその目を曇らせて、小さな亡霊すら写さない。

神楽崎兄妹がメイザース家に振り回されていた時、何も知らなかったアルトは、今からでも二人を救おうと動いた。

周囲の影からのびる闇の触手を風で切り裂く。

「神楽崎に話したい事がある」

「あぁ、オレもだ。なぁ、死んでくれよ!!」

黒い風の刃が正面からアルトを襲った。

それに対してアルトは風の盾を展開する――が、止めきれない。

「えっ、嘘でしょ?!」

雷華が驚いて声をあげた。

黒い刃が徐々に風の盾を食い破る。そして、少しばかり時間はかかったが刃がアルトの元へ届く。

風の愛し児とは風の精霊に最も愛され、加護を、守護を、最も多く受ける存在である。その風の愛し児であるアルトが、風の魔術で傷つくなどほぼありえないのだ。ありえるとしたら、風の愛し児と言ってもまだまだ未熟なアルトよりも卓越した力を持つ魔術師か、そもそもその魔術が風術ではないか、だ。

神楽崎の攻撃を完全には避けきれずにアルトの頬に一筋、赤い切れ込みが入る。

「っ?!」

じわり、となにかが体に入りこむような意和感。 頬の傷がひりひりと痛む。

普通の怪我ではない。今の神楽崎の魔術は、普通ではない。そう直感的に悟ったアルトはさらなる攻撃をかわしながら木々の影に転がり込んだ。

様子を見ながら、頬を触る。血が――止まらない。

「アルト、どうしたの?」

「神楽崎の魔術が、おかしいの。前に戦った時より……おかしくなってる。なんて言えばいいのか分からないけど、とにかく、あれは普通の風術じゃない」

「たぶん、闇術も使ってるからじゃない? 闇ならあたしの雷で照らして上げるわ!」

「うん……でも、なんか違う」

あれは、どちらかと言うと呪いのたぐいだ。だが、風術を得意とするはずの神楽崎がこんな術を使っているのかがわからない。

それに、周囲の精霊達が神楽崎から離れて行くのをアルトは感じていた。まるで神楽崎を恐れるように。雷華がなぜ平気そうにいるのかが分からないが。

「ねぇ、雷華は大丈夫なの?」

「なにが?」

「他の精霊さんたちが逃げてる」

神楽崎の様子をうかがいながら思わず聞いてみたアルトだが、雷華の反応は鈍い。たっぷり数秒首を傾げて、突如声を上げる。

「……あぁっ!! そういうことね!!」

「えっ? なに?」

神楽崎はゆっくりとこちらに向かっている。あまり時間は無いのだが、アルトはおろおろしながらも雷華の言葉を待った。

「分かったのよ! 神楽崎と言うガキ、黒のめが--」

雷華が分かったことをアルトに言う事は出来なかった。

地面の影から突然生えてきた漆黒の腕が小さな雷華を掴みそのまま影へと呑み込んでしまったのだ。

「ら、雷華っ?!」

「一人でこいって言ったから、人じゃなくて精霊と一緒にってか?」

すぐ近くから神楽崎の声がする。

慌ててアルトは逃げようとする、が、雷華を捕まえた黒い腕と同じ物がアルトの足を掴みかかる。掴まれた足に戸惑いびしゃんと転げてしまう。

風で吹き飛ばそうとするが、まるできかないとばかりにその腕は微動だにしない。

「はっ、一人じゃなにもできないガキがっ」

「あっ」

さらに影から大小様々な腕がアルトの体を絡め取っていく。逃げようにもそもそも立ちあがれない。

「お前は影の中には取り込まないでやるよ。オレ自身がお前を殺すために、な? 苦しめよ。せいぜい苦しんで死ね!」

風で神楽崎を近づかせまいと牽制するが彼の足は止まらない。

「傷つけるのが怖いのか? そんな風じゃオレを倒す事なんてできないぜ?」

「っ!!」

確かに、アルトは誰かに魔術で攻撃する事に慣れていない。今だって、神楽崎をどうやって傷つけないようにするかと考えている。でも、それではダメなのだ。

ただし、それは倒そうと思っている、ならに限る。

「わたしは、あなたと話すために来たの。あなたに、気付いてもらうために……その為にここに来た!!」

だから、傷つける必要はないっ。

神楽崎の周囲の風が変わる。牽制、などではなく神楽崎を捕まえるために。暴風が神楽崎の身を狙う。

――が。

「…………はっ、なんだ、この風は」

神楽崎が腕を振る。と、その風が霧散した。

文字通り、跡かたも無く。

「え……?」

一体どういうことなのか分からず、アルトは呆然と神楽崎を見た。

彼は、平然とアルトの前に立つ。見降ろす。見下す。

影のある顔が、暗い瞳がアルトを捕らえた。

アルトだけを。

すぐ近くで泣いている風音のことなど知らず。


その時、影の間から突如激しい雷鳴が轟いた。


「ちょおーっと! あたしのアルトになにするのー!!」

激しい雷が周囲を照らし、影から顔と手を出すと無理やり体を引っこ抜くように雷華が姿を現す。

「なっ、貴様っどうやって」

「ふっふーん。この雷の精霊雷華さまをあなどってもらっちゃぁ困るわね! ほら、アルト! 立ちあがって! このあんぽんたんにガツンと一言、言ってやるんでしょ!」

「……!! うん!」

いつの間にか――いや、雷華の放つ雷が黒い腕を全て消して行く。激しい雷は神楽崎の行く道を阻もうとするが、やはり効かない。

黒い影が神楽崎の手元に集まると、剣のようなものを創りだす。

伸び縮み自在のそれが、アルトを襲う。さらに、周囲の影からは先ほどアルトを捕まえた影が狙っている。

少し離れているというのに、神楽崎が剣を振るった。

「えっ?!」

その瞬間、剣が伸びる。

避けきれないアルトの元に、突如銀の閃光が走った。

バシンッと重い音と共に影の剣が弾かれた。

「くそっ、なんだ!!」

悪態をつく神楽崎が見たのは、銀色の鳥――否、精霊。

雪の中で光を反射してきらめく鳥の姿をした風の精霊だった。

アルトの周囲を旋回すると、その肩にふわりと止まる。まるで重さを感じない鳥に、どこか懐かしい気配を感じて、アルトは不思議そうに聞いた。

「もしかして……お兄ちゃん?」

「……いいえ。私はヒイラと契約した精霊。ヒイラに頼まれて来たの。伝言よ、風の愛し児としての実力を、出し惜しみするなと」

「……」

無言となるアルトに、銀色の鳥は顔を覗き込んだ。

心配そうに、小鳥は飛び上がる。

「私達の愛しい子、あなたには傷ついて欲しくは無い。出来うる限り幸せに、笑っていて欲しいの。それはあの失われてしまった子にも言える事」

小鳥の視線の先には神楽崎のすぐそばで神楽崎に呼びかけ続ける亡霊が居る。うっすらと漂う少女――風音。

もうこんなことはやめて欲しい、復讐なんてしないで欲しい、なんども叫び周囲に助けを求める幽霊は、涙を流しながらアルト達を見る。

『おねがい、たすけて』

「……うん。止めてみせるよ……神楽崎を」

少女の言葉に、アルトは頷く。

そして、神楽崎を見た。

出し惜しみをしていたつもりはない。ただ、無意識のうちに癖で力を押さえてしまっているのはある。今度こそ、誰かを殺してしまうのではと。

「私の名は風破」

一呼吸。ためらい、しかし次の瞬間覚悟を決めて顔を上げる。

神楽崎を、その暗く沈んだ目を、見た。


「私は、雷鳴轟かせる嵐、全てを破壊する風! ……貴方を、止める」


宣言をしたアルトの周囲に風が舞う。

「はっ、やれるものならやってみろ!!」

影から飛び出した闇色の手がアルトを襲う。それをふわりと飛び上がると全て回避してそのまま空中に浮かびあがる。

風が渦巻くたびに不思議な音と閃光がたびたび起きた。

ピリピリとした空気が漂う。

凄まじい速さで風と風がぶつかりあうたびに、雷が発生していた。魔力によってか蒼い雷が風と共にアルトの周囲に発現する。

「神楽崎を、拘束して!!」

手を振り上げると周囲に待機していた風が一斉に神楽崎の元へと吹き荒れる。まさに嵐。いや、それ以上の風だ。

周囲の木々が耐えきれずに折れ曲がり、引き倒され、砂塵が舞う。

「くっ。だが、オレにはこの力がある!」

ずりずりと強風にあおられ後ろに下がっていく神楽崎だが、またしても風を消す。消す。消す。しかし、何度消してもそれ以上の風が神楽崎の元へと殺到する。圧倒的な質量に神楽崎は魔術を消しきれなかった。

「むだです」

一陣の閃光が走る。神楽崎の頬を掠めたのは銀の風だ。

「なめるなぁあああああ!!!」

神楽崎の周囲に黒い魔力に染まった風が吹き荒れる。

アルトの風を押し返そうとする。アルトが黒い風に驚き風が弱まるが、一瞬のことだった。

一瞬の隙をついて押し返したかのように見えた黒い風だが、その一瞬だけで、瞬時に押し返されていく。

「あんたさ、黒の女神から力をもらったんでしょ」

風に乗って次に現れたのは雷の精霊雷華だった。憐れむような蔑むような目で神楽崎を見る。

「愛し児が精霊達を安心させる存在なら、その力は精霊達にとって忌むモノ。そんな力を得意げに振るう魔術師に精霊はひとかけらだって力を貸しちゃくれないわ」

だから、あなたは弱い。そう言い切った雷華に神楽崎は顔をゆがませる。

「黙れ!! なにが弱いだ。現にさっきまで追い詰めていたのはオレだろう! あの女神はオレに復讐の為の力をくれた。だから、メイザースの奴等を皆殺しにできたんだ。オレは、強くなった! あの頃とは違う……風音を守れなかったオレとは違う!!」

黒い剣で雷華を切り裂こうとするが雷が邪魔をする。

「ぐっ!!」

もろに雷を受けた神楽崎は雷華から慌てて離れるが黒い風が霧散する。そして、衝撃からふらふらと近くにあった樹にもたれかかった。

その瞬間、樹と共に風に拘束された。その身を渦巻く風が襲い、服が破れ、幾つも傷をつける。

「くそっ」

拘束から逃れようと魔術を発動させようとするが、できない。

そんな神楽崎を見て、アルトが近づいてこようとしていた。

一歩、足を踏み出すごとに強風が巻き起こる。周囲の木々の枝が折れ、四方に散っていく。

戦場は最初にアルトが降り立った時より変貌を遂げていた。あまりの強風に周囲の物が耐えきれないのだ。さらに、雷が起こるたびに小さな小火まで起こる。

さらにアルトは神楽崎の元へと歩く。そのたびに、地震かと見まごうばかりの振動が周囲に発生していた。

雷華は心配そうにアルトを見る。雷華はアルトが風の愛し児としての力を片鱗しか見たことが無かった。雷華と出逢う前に、アルトはすでに力の制御を身につけて居たからだ。

幼いころのアルトは力を制御できずに周囲の人々を風で傷つけ、それこそ一歩間違えれば殺してしまうほどの重傷を負わせてしまったのだという。それが故に、アルトは家族のもとを離れて祖母の初音の元で育った。風の愛し児であり、風術師の名家音川の当主であった初音によって力を抑えるために。

そんなアルトの風の愛し児としての力をまじかで見て、神楽崎はようやく気付く。音川アルトを殺す事など自分ではできないと。

アルトの背後には、先ほどまで周囲から逃げるように姿を消して行った精霊達が居た。この森に元々いた精霊達よりも数が多くなっている。

雷華や銀の風の様に意思をはっきり持った精霊はまれだ。ふわふわと漂っているだけの極小の精霊や大きな力は持たない小さな妖精たちばかりだが数十、いや数百……さらに精霊達は膨れ上がり、アルトの周囲を浮遊している。

「くそ、なんなんだよ、これは」

「これが、愛し児だよ。精霊達に無条件に愛される存在、私達の大事な宝物」

雷華が誇らしげに言う。

小さいころから見守ってきた子どもがかわいくて仕方ないとばかりに。

アルトは神楽崎の前に立った。そして、そのすぐ横にいる風音を視る。

きっと、最初にアルトが何を言っても神楽崎には通じない、無駄だっただろう。だが、こうして拘束した後にしか話せないと言うのは辛かった。しかし、仕方が無いと割り切る。

「風音さん」

手を差し伸べると、風音は不思議そうにアルトを見た。

「神楽崎を止めた。だから、今度はあなたが神楽崎を止める番」

『でも、私の姿は……卓お兄ちゃんに見えない……』

事実、神楽崎に風音の姿は見えていない。アルトの奇行を神楽崎は不機嫌に見ている。

「大丈夫だよ」

そう言って、風音の手を取った。

風音の周囲に光が灯る。温かい風が舞い、風音は自分にアルトの魔力が流れ込んでいくのが分かった。


アルトと雷華、エルバートたちが神楽崎との対決前に話し合った。神楽崎が元々見鬼の才があるのかが問題になったのだ。神楽崎が見鬼の才があるのに風音の姿を視られないのか、それとも見鬼の才能を持っていないために風音の姿を視られないのか。見鬼の才が無いのなら、カリスや陰陽師が使う術に唯人にも霊を視えるようにする術があったはずなのでどうにかできるはず。だが、見鬼の才を持っているのに視えなくなってしまっているのならば……。

そこで、彼等は考えた。とりあえず、実体化をして貰えばいいのではないかと。

霊と言う不確かな存在であるがゆえに視えないのだ。見鬼の才が持っていようがいまいが、確かに存在しているのならば憎しみに目がどれほど曇っていようとも絶対に見ることができるはずだと。

神楽崎はもう動けない。アルトは風音にありったけの魔力を渡して行く。

魔力は全ての力の源。

よく怪談などで出て来る亡霊たちは魔力を多く持つ者たちだ。彼等は見鬼の才を持っていなかったとしてもその魔力で実体化して姿を現す。

風音は霊になって間もないせいなのかあまり魔力は無い。だから、アルトは風音に魔力を渡したのだ。

「かざ、ね……?」

神楽崎が、驚きに目を見開いた。

目の前で、少しずつ失われたと思っていた家族が姿を見せて行く。

「お兄ちゃん……」

かすれた声で、風音が呟いた。ぼろぼろと涙をこぼす。

「ようやく、声が届いた……」

真っ赤に泣きはらした目、そのかすれた声に神楽崎はようやく気付く。

風音が、今までの事を視ていた、と言う事に。

「なん、で……なんでお前が泣くんだ。オレは……お前の為に……」

いつの間にか、風の拘束は解けていた。神楽崎は震える足で風音の前に進み寄る。

だが、風音の泣きはらしながらも鋭い視線に足を止めた。

「もう、やめて。わたしのためなら、もうやめて!! わたしは、こんなこと望んで居ない!」

「でも、あいつらはっ。メイザースの奴等はお前をっ!!」

「違う! 私を殺したのはレンデルの人だ!!」

「は……?」

思わぬ答えに、神楽崎だけでなく、アルト達までも時間が止まったかのように動きを止めた。

レンデル――おそらく、レンデル帝国の事だ。つい最近までフェリス皇国と聖フィンドルベーテアルフォンソ神国が戦争を行っていた敵国。シェルランドはフェリスとフィンドル側だった。

風音は、修行で死んだはずなのだ。なのに、どうしてそんな事を言うのか。

まさか、彼女はアルトの創った幻影なのではないかと疑った。だが、風音の姿をここまで再現できるほど風音をアルトは知らない。

なら、なぜ風音がそんな事を言うのか――そもそも、四年前になにがあったのか。神楽崎は震えながら聞いた。

「風音は、なんで……メイザースがお前を殺したんじゃないのか?」

風音はきっぱりと首を振った。


「違うよ。……むしろメイザースは……あの時あの場所にいたみんなは……私を守ろうとしてくれた」


風音は、かすれた声でつづけた。

四年前の真実を。



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