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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
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01-09-02 戻れぬ日々への決断を



村は、焼けていた。焼け焦げて、既に鎮火した後……すでに、燃え尽きてしまった後、だった。

黒い鳥がマコトたちに気づいて飛んでいく。羽ばたいて行く音だけが、静かな村の中に響いていた。

本当に、静かだ。

まるで、誰もいないかのように。

「……酷い」

サイが小さく呟いて燃え尽きて崩壊した家に駆け寄った。

中に誰かがいるかもしれない。そんな考えだったが、すでに村が焼けて数日は立っている。

もし、見つけられたとしても……。

守は無言で村の中心に進んだ。

そこは、地獄。

焼かれていない遺体が、幾つも転がった道。

刀傷や矢が突き刺さったソレを見て、目をそむけながらも進む。

あるいて行くに、少しずつ村の被害が分かってくる。何があったのか、考えが形作られてくる。

「村人同士で、争ったのか……」

どこにでもあるような農具や調理具を手に持った村人が、同じ同朋だったはずの仲間を殺し、殺されている。

何があったのか、なぜこんなことになってしまったのか、誰も知らない。

村は全焼。いくつかの家が焼けずに残っていたが、ほとんどが半壊している。中央の広場近くはもっとも酷く、家の形すら残っていない。

煤けた臭いが鼻を突く。

すでに数日の時間がたっても、消えていなかった。

「……マコトを連れて来たのはまずかったですかね」

こんな場所、まだ年若い子たちには見せたくはない。しかし、何が起こったのかは調べなければいけない。

それに、確率は低いがもしかしたら生き残りもいるかもしれない。

どちらにしても、さっさと終わらせて陸夜と合流しようと考えて、守は行動を開始した。


サイが周囲の燃え尽きた家を見周っている。草薙守は村の中心部へと行ってしまった。

一人残されたマコトは、あたりを見回して歩き出す。

どこに行こうという考えもなく、ただ気が向くままに。

森と村の間を歩いて行くと、何かに気づいて足を止める。

「……誰?」

少女の声だった。

燃えた家の壁の間から、ひょこりと少女が顔を出す。

まだ幼さを残すその顔は煤だらけで、きている服も所々焼け焦げている。

だが、何よりも目を引くのはその耳だった。

犬の様な狼の様な、そんな耳を持った――

「獣人……」

ぽつりと呟いたマコトのその言葉に、少女は顔を隠した。

泣きだしそうな声が聞こえる。

「てき、だ……」

顔を隠しても、尻尾がちらりと壁から見え隠れする。

「敵じゃない」

「だ、だって、人間じゃん!? 人間は敵だってみんな言ってたもん」

「あ、そう……なら、そう思っていればいい」

マコトは興味が無さそうに来た道を戻り始める。

あまりにも無防備で、あまりにもぞんざいな態度に呆気に取られた少女は、ぽかんとその姿を見ていた。

が、突然マコトは足を止めて何かを思い出したように振り返る。

「この村の、生き残り?」

そのマコトの頭を躊躇いもなく叩く精霊がいた。

「あーるーじー……主は一体何の為にこの村に来たと思っているんですかっ?! 音信不通になってしまった理由を探り、解決するためですよっ?! それなのに、生き残りだと思われる少女に対してなんでそんなに無関心なんですかっ?!」

「……」

精霊が見えるのか、無言ながらもサイの姿に見入って戸惑う少女に、彼女は優しくほほ笑んだ。

白銀の髪が揺れて頬にかかる。

「私達は星原からまいりました。あなたの味方ですよ」






森の奥深く、木々の間に隠された様に存在する洞窟があった。

そこに、陸夜とテイルは入っていく。

暗い……暗い洞窟だ。日が差さないその洞窟の中は、濡れてじめじめとしている。

足元が悪く、一寸先も見渡す事が出来ない。

陸夜は用意をしておいたランプを出して灯りを灯した。

すると――壁一面に彼らの姿が映る。

光が揺れるたびに、その姿も揺れる。

「っ……これ、は……水晶?」

鏡、ではない。黒い水晶が一面を覆っているのだ。いや、この洞窟自体が水晶なのかもしれない。

思わず触ったテイルはその冷たさにすぐに手を離した。

ほんのりと、触った場所が光る。まるで、生き物の様だ。

「あたり、みたいだな」

黒水晶に見いっていたテイルの後ろで陸夜が呟く。

あたりの黒水晶はただの石では無い。近づいただけでも何者かの気配を感じることが出来る。なにかの、力を感じるのだ。

数分、洞窟の中を歩く靴音だけが響いた。

進むにつれて少しずつあたりは広くなっていく。そのすべてが水晶で創られていた。

美しい水晶は鏡の様にあたりを写している。それが、道を迷わす。

何度かわかれ道を間違いながらも、最奥に着いた時――ソレは姿を現した。


ソレは、まるで創られたような美を持っていた。

その姿も指先も、髪の一本に至る細部まで幻想かと見まかう美しさ。いっそのこと、幻であったのならば良かったと思うかもしれない。

ソレは、烏色の長髪に同色の瞳の艶やかな女の姿をしていた。

「なんだ、また(・・)来たのか。まったく、凝りない輩め……」

その言葉尻に嫌悪が混じっていることに陸夜達は身体を固くする。

星原の者が闇の大精霊とここ数十年の間に会ったという話を聞いていない。それ以前の話をしているのか、それとも違う人々と間違えているのか。

どちらにしても、機嫌の悪い時に来てしまったらしい。闇の大精霊は、横目でにらみつけるように陸夜達を見て居た。

ただ見られている。それだけだというのに息苦しさを感じるようで、テイルは少し目をそらした。

「アーヴェより繋ぎとして星原からまいりました、霧原陸夜とテイル・クージスと申します。闇の大精霊、闇主様に」

「なに、シェランからの使いか。それで、彼女はなんと?」

誤解は解けたようだが、あまりいい顔をせずに闇の大精霊、闇主は応えた。

「こちらを」

慎重に、陸夜は預かって来た書を出す。

アーヴェ・ルゥ・シェラン、その人から預かって来た物だ。無論、姿は見て居ないが、フィーユから手渡された物である。

そこまで分厚い訳でも薄い訳でもない。何が書かれているのは知らないが、とても重要な物らしい。

最近、国々の中で緊張が高まっている。

村や町が襲われて消えた国もある。戦争をまた始めようと準備しているのではないかと囁かれている国もある。そして、なにより……裏社会で様々な組織が動きを見せている。

それを調べる為に、アーヴェのほとんどの組織が動いている。一番暇だったのが星原で、たまたま陸夜に白羽の矢が立ったためにこのようなことになった。自分にはこういう仕事は合わないと思いながらも、受け取った書を読む闇主の姿をつぶさに観察する。

大精霊と会うなんて一生のうちに一度あるかないかだ。あまりにも珍しいので、思わず。

「……なるほどな。……それで、そなた等は星原から来たと言ったな」

「は、はい」

「シャラは息災か?」

「シャ、ラ……? 申し訳ありませんが、名前を聞いたことがありません」

「? ああ、そうか。……すまない。忘れてくれ。ラピスだ。ラピスは息災か?」

聞いたことのない名前に戸惑いながら、ラピスについての問いに頷く。

ラピスは陸夜や守がまったく知らないほど昔から星原に居ると聞く。闇主はそれでラピスの事を知っていたのだろう。

「……そうか」

どこか遠い目で闇主は洞窟の外を見る様に視線を移す。

「早くここから帰ったほうがいい。先日も、無粋な輩が訪ねて来た」

「……」

息を飲んで、二人は聞きいる。

闇の大精霊の元に、他の組織も接触していた。それは、あまりにも重大なことだ。

彼女は誰の元にもつかないとは言っているが、アーヴェには友好的である。しかし、他の組織とは?

接触した組織はなんのためにここまで来たのか、そして闇主はどう思ったのか。

最初の反応を見る限り、友好的な関係では無かったのだろう。が、それでも気になるものは気になる。

「私は誰の元にもつかない。それだけ聞いて帰っていったが……きな臭い。また、争い事が起きる予兆に思える……早く戻って、ラピスに忠告をしておけ」

陸夜が頷き返した時、入口から誰かの足音が聞こえて来た。

空気が張り詰める。

思わず振り返った陸夜とテイルの元に、侵入者の声が聞こえて来る。

「陸夜さんっ、よかった……」

明かりが見えると、見知った顔が照らされていた。

「守? いったい、どうしたんだ? 村のほうは?」

「わかりません……どうやら、村の中で殺し合いがあったようです。生き残りを保護しましたが、まだ詳しい話は出来ていません」

「……なんだと」

陸夜とテイルは顔を見合わせる。

いったい、何が起こっているのかがまったく分からない。

「……闇主様、申し訳ありません。失礼します」

一例をすると、陸夜はすぐに走って守達の元へと行く。テイルもまた、少し遅れてその後を追った。


「……また、始まるのか」


闇の大精霊は、ため息をつく。

ため息を、つく。

「シエルの願いも、ルゥイの犠牲も、結局は……意味が無かったというのか?」

遥かな過去に思いを馳せて、彼女はまた、大きなため息をついた。

「おいで」

声をかけると、どこからともなく闇の精霊達が集まり始める。

彼女は世界樹から離反しようとも、闇の大精霊であることは変わりないのだ。

「教えておくれ、『彼ら』の事を。そして、今のアーヴェの事を」

言葉を切り、何事かを考えた。

その横を闇の精霊達は消えていく。彼女のお願いを叶えるために。

独り、残った闇主はそっと微笑んだ。

「久しぶりに、会いに行こうか……ルゥイ」

ぽつりとつぶやいた大精霊の姿は、どこか心細かった。


昔、むかしのこと。

精霊王はいなくなり、この世界は混乱の時代を迎えた。

そして、双子の少女が神々の代わりに傷つきながら争った。

未だに、その物語は世界を狂わしている。

酷く醜い傷跡を隠したつもりでも、いまだに癒されることなく残っている。

アーヴェという組織が出来上がったのも、このせいだ。


「ヴィランの願いは……叶わないままでいいと私は思うのだがな」


闇主はその時、知ってしまった。

この世界が、世界の中心の世界樹が……とても狂っていることを。

知ってしまったがゆえに、彼女は逃げ出した。

そう、逃げたのだ。

だから、今、この世界で起こっている物語に介入しない。そう、思っていた。





幻想的でいても、暗くじめっとしていた洞窟から陸夜とテイルが出て来た時、入口には守、そして少し離れた場所にマコトがいた。さらに距離をとって、下を向いたまま黙りこんでいる少女がいる。そっと、彩がその少女を後ろで見守っているのが見て取れた。

犬の様な耳と尾を持っていることから、少女が獣人であることはすぐにわかる。

「この子が?」

「はい……村のほうには、生き残りはいませんでした」

守の言葉に、少女の方が少しだけ動く。

警戒させない様に、分からない程度でテイルは少女の様子を見た。

下を向いた顔には、疲労の色が濃い。守が陸夜に少女に聞こえないようにと小さな声で村の惨状を説明し始める。

どうやら、村が滅んで数日たっていたようだ。ならば、少女の憔悴ぶりにも納得がいく。

「とにかく、星原にもどろう」

「……はい」

「その子は……」

ちらりとテイルが視線を向ける。少女は反応する様子はない。

彼女は唯一の生き残り。なぜあんなことが起こってしまったのか、彼女に聞かなければならない。

が、今の彼女にそれを聞くのは酷だろう。

守の問いにもほとんど答えて居ない。名前すら分からない状態だ。

そんな彼女の元に陸夜は歩きだした。

「俺は陸夜。君は?」

「……」

逃げこそはしないが、少女はなにも応えずに陸夜から目をそらした。

困ったように笑う陸夜は、触れるか触れないかという境目で足を止める。

「君たちからすれば、俺たちは信用できないんだろうな……でも、これだけは信じて欲しい。俺たちは、君たちを助けに来たんだ」

その顔には、人を安心させるような笑顔があった。


「霧原陸夜、か……」

その様子を見て思わず呟いたのは守だった。

霧原陸夜はもともとこの様な少女に慣れている。

今は義弟として引き取られたマコトだが星原に保護された時、彼女よりも酷い状態だったらしい。それを最初に心を開かせたのは陸夜だ。未だに人見知りの激しいマコトだが、陸夜にだけはよくなついている。

そこに居るだけで人を安心させるような人物。それが霧原陸夜と言う人間だった。

星原の中でも慕われている彼は、星原の中でも重要な地位に居る。エースが姿を見せない今、事実上のトップであるラピス。その右腕とも言える存在である陸夜に、守が警戒を抱くのは仕方が無い。

なにしろ、守は――そもそも星原の人間ではないのだから。元より、星原という組織を見張る為の間者として送り込まれた存在であるのだから。

「おい、守っ。この子の名前、ナナネちゃんだってさ。知ってるか?」

そんなこと、微塵も知らぬ様子で陸夜は守に声をかける。

「いえ、記憶にはありませんけど」

「そう。まあ、あとで調べるとして……とりあえず、星原に帰ろうか」

そこに、若干の罪悪感があることに守は気づかないようにしながら、歩きはじめた。

今はまだ、この星原での生活を楽しむとしよう。そんなことを考えながら。

草薙守はなんだかんだと言いながらも、五年に及ぶここでの生活に慣れてしまっていた。




森の中を歩いているいくつかの影は、滅んだ村に辿り着く。

未だに晒されている死体。

それを目当てに、黒い烏が幾羽も村の上空を旋回していた。

鼻を突く匂いに先頭を行く女は不愉快な顔をする。

まるで、臭いモノを見てしまったように。

「回収しろ」

女がそう言うと、周囲の顔をフードで隠した者たちが村に散っていく。

まったくの無駄のない統率のとれた動きだ。

女は感情を見せずに悲惨な村の現状を見る。その顔には冷たさしかない。

そんな女の横に一人だけ残った者がいた。

顔を隠すフードは無く、汚いモノを見る様に村を見下している。

「まったく、ふざけてるよな……セレスティンめ……俺たちを死体回収屋と勘違いしてんじゃないのか?」

「黙れ、アハト。そう言う契約だ」

「契約契約って、どうせこっちを利用するだけしてまとめてぽいっと捨てんじゃないのか? あの、悪名高きセレスティンだぜ?」

「……それは、こちらにも言えると思うが」

呆れた様子でアハトと呼ばれた青年に応えて居た女は、足元を見て何を思ったのか村を隠す森を見渡す。

その足元には、いくつかの足跡があった。森から誰かが来た、証。

見る限り、足跡ははっきりと残っている。まるで、先ほど誰かが来たかのように。

「ところで。死体を回収するだけではつまらないだろう……」

「フィア?」

おそるおそる、アハトは女に声をかける。

仲間であるはずの彼でも、その時のフィアには声をかけることは躊躇われた。

「新しい死体でも作ろう」

愉悦の笑みに、面白いモノを見つけたとでもいうかのように丸く見開かれた眼。先ほどまでの冷徹さは喪われて、狂っているようだった。





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