01-09-01 戻れぬ日々への決断を
真っ白だ
一面、何も見えない白
なにもかも、隠していく雪
でも……
降り続く雪の下から、滲んでいく紅
嗚呼、白の都が穢れていく
怨みの詩を歌いながら
恨みの声を上げながら
憾みの涙を流しながら
助けを求める彼等を踏みにじって、私は進む
やがて訪れる終わりを目指して
人形のような少女が見つめていたのは深い森の中だった。
あたりに人気は無い。
なぜこのような愛らしい少女がこんな場所にいるのか。場違いで、少女だけが自然の中で浮いていた。
人を待っているのだ。
が、その彼が戻って来る気配はない。
虚ろな瞳で森を見る。
なつかしい
そんな思いで心がいっぱいになる。
生える植物も気候も、何もかも違うのに、このような場所にいるとつい思い出してしまう。
彼女が四年前まで住んでいた村もまた、自然に囲まれた場所にあった。
だが、それはもう遠い話。
その村はもう存在しないし、あの頃とは少女も変わってしまった。
なにもないのだ。
――なにもかも、失ってしまった。
すると、突然あたりを警戒する。
あたりを見渡し、懐剣を構える。
音が聞こえた。微かな音だが、誰かが近づいて来ている。
それに、彼女は警戒しているのだ。
「お待たせしました、セイレン。どうやら、目的の『彼女』はこちらにはいなかったようです」
いつもの笑みを浮かべて、プルートが現れた。
その首筋には刃が押し付けられている。いつのまにか、少女に後ろを取られていた。
それを怒る訳でもなく、プルートは笑う。
「ダメですよ。敵と味方ぐらい、しっかりと見分けられるようにならないと」
「……」
「さぁ、行きましょう。『彼女』を見つけるまで、帰れませんからね」
ニコリ。
そう言って、害意のない様な笑みを浮かべ、少女を置いてプルートは歩きだした。
その後ろを少女はついていく。
「セイレンは精霊というものを視た事はありますか?」
森を歩く二人。プルートは沈黙をわざと破るように声をかける。
その声はどこか楽しそうだ。
「あるわ」
「そう。では、大精霊は?」
「……」
沈黙したセイレンにプルートは目を細める。
大精霊。その存在は希少。
この世界には九人の大精霊がいると言われているが、彼等を全て見た者はいないだろう。
大精霊の役割は良く解っていない。ただ、同じ属性の精霊達をまとめ上げて居ると言われている。
精霊達を束ねる者なのだ。そして、精霊達の頂点に立つ者、精霊王に仕え、その手足となって行動する者たちだとも言われている。
「視た事が無いようですね。まあ、彼等はめったに姿を現さない神に近しい存在……一生のうちに大精霊を一人でも視れる者なんてなかなかいないですから」
「それを、探しに来たのでしょう?」
「えぇ。今日はその中でも異端の大精霊を。現在、唯一大っぴらに世界樹を咎め、離反している闇の大精霊です」
この世界を支える世界樹、フィーア。大精霊は彼女とともに神域にいるため人間界に来ることはまれだ。一部、例外も居るが。
だが、闇の大精霊は何千年も前から世界樹を非難し、他の大精霊と仲たがいをして人間達のいるこの世界に留まっている。
その非難した理由も、仲たがいした理由も人の身では知らぬ事。知っても、どうにもならないことだ。
「そろそろ、『彼女』には挨拶をしておかないと」
「……味方?」
「いえ。敵。貴方も気をつけてくださいね。『彼女』は怒らせると恐いですよ」
くすくすと笑いながら、プルートは獣道を歩いていく。
飛び出た枝や邪魔な葉を伐り、時に手折りながら進んでいた。
それをセイレンは不機嫌そうに見る。
「『彼女』は決してこちら側にはこない」
「なら、どうして」
「でも、世界樹の元へは戻らない」
「敵、でも手を出さなければ何もしないということ?」
「そう」
少しだけ開けた場所にでる。
どうやら、近くに村があるらしい。人の声が聞こえてきた。
それに対して、セイレンはさらに顔をしかめた。
「少し寄ってみましょうか」
「……」
一応、上司であり恩人でもある彼に嫌だとも言えず、セイレンは顔をこわばらせてその後をついていった。
見つけたそこは、小さな村だった。
だが、住んでいるのはただの人間では無い。
「なるほど、獣人の村でしたか」
「……今の状況でのんきね」
「それはお互いさまでしょう」
そういう二人には、四方から槍の矛先が向けられている。
獣――おそらく狼か犬あたりだろう――耳と尾を持つ屈強な男の獣人が、二人を警戒して取り囲んでいた。
村は獣人の隠れ里のような物だったらしい。
セイレンはそっと溜息をつく。
彼等は人間に迫害された種族の一つだ。
獣人、亜人、半人……多くの種族は人間から異端として嫌われて来た。
こうして、セイレン達が警戒されるのはしょうがあるまい。
「どうしよう。一応、彼等も勧誘してみようか」
「セレスティンに? いがいね。セレスティンと言えば、つわものしかいない秘密組織だと思ったのだけど」
「そんな事はありませんよ。私達は、世界を怨む者たちの集まり。世界を憎む者だったら、神だって歓迎します。まあ、彼等を勧誘した所で何も無さそうですけど」
クスクス笑うプルートに、獣人が気味悪がっている。
刃を向けられているというのに、こんなのほほんとしているからだろう。
だが、そんな反応をしている時点で、こちらとの差をわかっていないことが良く解る。
このままでは、プルートがいつ彼等を殺すかわからない。そんな少し違った方向に心配を始めたセイレンは、ここに人間がいないことを確認して心を決めた。
「この槍をどけてもらえない? 私も、貴方達と同じ。追われて来たの」
そう言いながら、魔法を使う。
一番得意な水術――別に攻撃するつもりはない。ただ、ほんの少しだけ。その手に一杯くらいの水を生み出し、それを素肌を出した腕に浴びせる。
――と、変化が起こった。
それまで、陶器の様な白い肌だったそれに、青い筋が浮かんでいく。
周りの獣人が驚く声が聞こえた。
それは、少しずつはっきりとしたものになり、肌に浮かび上がる。
鱗
まるで、魚の持つ鱗のような紋様。
いつの間にか、頬にまでそれは現れていく。
「人魚のハーフ。この辺では見られないでしょう」
そう言って、人魚と人間の間に生まれた稀有な少女は微笑んだ。
――人魚と人間の恋の話。
童話でもよくある話だ。
種族の違う二人の恋路は大抵悲劇に終わる。そんな物語が美しいと言う者も居るだろう。
とても哀しく美しい物語と。
だが、当の本人達には悲劇に違いない。
セイレンの両親は、その悲劇に巻き込まれかけながらも必死に逃げ延びた者たちだった。
話は変わる。人と人魚との間に生まれた子どもは、異形になると言われている。
人では無く、人魚でもない。そんな中途半端な存在。
セイレンもまた、そんな生まれだった。
水のない場所では生きられない。水を浴びると全身にあざの様な鱗に似た紋様が浮き出て来る。
そんな異端を背負って生きてきた。
それゆえに、人として生きることを否定された。
だから、復讐するのだ。
この世界に、あの者達に。
全てを奪い去った、人間に……。
それが、ほんの数日前に起こったことだった。
霧原陸夜には行方不明の兄の他に、弟がいる。
血は繋がっていない。が、それでも大切な弟には違いない。
そして、その弟と久しぶりに一緒に出かけるというのだから、テンションが上がらないはずが無い。
「いやぁ、マコトと一緒にこんな場所に来るなんてなぁ」
あたりは一面、森。
観光地でもなんでもない。が、仕事であったとしても嬉しいらしい。
最近は本部に呼び出されることやいろいろ会議が重なって家に戻れなかったり、マコトが体調を崩して帰ってきたりと続いた。その為だろう。
「僕も居るんですけどね」
ぼそりとその後ろでテイルが呟く。
なんだか、居心地が悪そうに見えるのは見間違いではない。
さらに、その後ろにはサイが控えていた。その顔は溢れんばかりの笑顔だ。
「前回は神様や呪詛関係と言う事で行く事が出来ませんでしたが……今回はっ。今回こそはっ、主を必ずや助けてみますっ!!」
「……いや、僕も、いるんですけどね」
きっと、テンションが上がっている二人には聞こえまい。
無言でその肩をぽんと叩く青年がいた。
その顔は無表情だが、どこか同情しているようにも見える。
「諦めろ」
「守さんに言われるなんて……本当にどうしてこんなことに……」
草薙守。彼は一応陸夜の部下である。
四年前にようやくおさまった戦争……現在、百年戦争と呼ばれるようになってきたソレの中でも、もっとも被害が大きかった国――アーリア皇国、フェリス皇国、そしてダスク共和国などがある。
どの国も多大な被害をだし、国土は荒れ、今も復興は滞っている場所ばかりだと言われている。
中には、植民地として占領され、国名すら無くなった国もある。アーリア皇国がそのうちの一つだ。
今回、テイル達が来ていたのはダスク共和国だった。
大陸の中でも珍しく、獣人の多い国である。
獣人や亜人は昔から迫害の対象になりやすい。今現在でさえ、ダスク共和国とシエラル王国でしか堂々と生活する事が出来ないでいた。
その国の中でも、森や人里離れた場所に住んでいる者も多い。
彼らに、安息の地は無いのだ。
戦いが起こっている次代ならば、人よりも優れた力を持った彼等は重宝されるが、なければただ畏れられ迫害される。忌むべきモノとされる。
この大陸の抱える問題の一つだった。
「さてと、そろそろ私達は目的の村に行きますよ、マコト、サイ」
「はい!」
「……」
サイと無言で頷くマコトに守は小さく頷いて陸夜を見た。
「では、陸夜さん、テイル……しっかりやってくださいね」
「ああ、大丈夫だよ。てか、マコトのこと頼んだぞ」
「分かってますよ。仕事なんですからあまり私情を挟まないでください」
呆れる守はさっさと道のない道を見つけて目的地に向かっていった。
彼等は、別々の依頼を受けて居るのだ。ただ、目的地が一緒だったことで共に来ただけで。
「あーあ、マコトと久しぶりにゆっくり話せるかと思ったんだけどなー……」
「いいじゃないですか、帰れば少しは暇ができるんですよね?」
「まあ、そうなんだけど」
「さっさと言って終わらせましょう?」
「そうだよなっ! とにかく、闇の大精霊に会わないと――」
この森に居ると言う闇の大精霊。それに会う為に陸夜とテイルは来たのだ。
しゃきっとした顔になると、陸夜は歩みを速めた。
陸夜、テイル達と別れたマコト達は、小さな村へと向かっていた。
森の中の獣道のような小さな小道を進んでいく。
「さて、今回の依頼、分かっていると思いますが、かなりデリケートな問題ですから復唱させていただきますよ」
「は、はいっ!」
マコトの代わりにとでもいうかのようにサイが元気に返事をする。その主は無言で小さく頷いた。
「今回の依頼主は、四葉……同じアーヴェの傘下にある組織の一つです。彼等はアーヴェ内や連絡を取り合っている獣人や亜人、そのほか人あらざる者たちの問題を一手に引き受けています」
「確か、月剣が宗教関係、語部が国家間についてを引き受けているのですよね?」
「そうです。この度の依頼は、四葉と連絡を取り合っていた獣人の村と音信不通になって数日。何か事件が起こったかもしれない、ということで私達に音信不通になった理由を調べて欲しいと言うものです」
「……なんで、僕が?」
「貴方がシエラル人だからです」
自分はシエラル人であるか分からない。そう言おうとするが、マコトは口をつぐんだ。
マコトはシエラル人の外見の特徴を持っているが、それだけで本当にシエラル人であるかは誰も知らない。
だが、今回は別に彼が本物のシエラル人であるかないかはあまり関係ないのだ。
守は言っていないが、シエラル人の外見的特徴をもっているなら誰でもよかった。無論、獣人相手でも差別などをしない人であることは重要であったが。
「つまり、シエラル人であることで信用をさせると」
「一応、私は何度かその村に行ったことがありますが、その時は四葉の方と一緒に行きました。今回は誰もいませんから……パートナーはなるべく信用される人がよかったから、です」
シエラル人の故郷、シエラル王国は、数少ない獣人達を受け入れる国。だから、シエラル人は獣人達には信頼されやすい。
それを、守は考えてマコトを連れて来た。
「そろそろ村に着くはず……」
そう言って、守は顔をあげてゆく道の先を見た。




