01-08-00 とある依頼とその後で
夏から秋へ。
暑さは過ぎ去り、心地の良い風が吹く季節へと移り変わる。
その町は活気にあふれ、毎年行われる祭の準備でにぎわっていた。
そんな中を二人の少年少女が歩く。
このあたりでは珍しい黒髪の少年は少しだけ目立っていたが、このあたりでは大きな祭とだけあって観光客も多く、そこまで注目される様な事はなかった。
「と、言う訳でやってまいりました、フェリス皇国!!」
「……ウワー、スゴイネー」
「ちょっと、カリス? なんだかすっごく棒読みなんだけど?!」
「気のせい気のせい」
やる気をそがれた様な、燃え尽きた様な、疲れた様子のカリスは何時もの様に元気と言うかテンションが上がっているティアラに応えた。
この目的地に来るまでの道程を思い出し、深いため息をついて目をそらす。
フェリス皇国――四年前に収束した戦争の中で、もっとも被害をこうむった国の一つアーリア皇国のすぐ北に巨大な国である。
聖フィンドルベーテアルフォンソ神国と結託し、レンデル帝国と熾烈な戦いを行った。らしい。
もっとも、ティアラやカリスの物心ころにはすでに巨大な争いはそこまで起こっていなかったため、詳細は伝え聞いたものしかしらない。
そして、彼等が歩いている町は、もっとも戦火の少なかった地域にあるため、戦争がつい最近まで起こっていたことすら忘れるような美しい町並みが現存していた。
伝統のある町並み。それが続く。
「それで、今回の任務は分かっているかな? カリス君!」
「いきなりなんだよ。つか、分かってるし。どっかの令嬢の護衛だっけ?」
「そうそう」
二人はその令嬢とやらが住まう屋敷に向かう途中である。
その間にも人々は祭の準備をしている。すでに売り始めている店まであるようで、人々でにぎわっている。
「あした、祭だっけか」
「収穫祭のね! たのしみだよねっ。秋って祭がたくさんあるから楽しみっ!」
「ソダナー」
「棒読みなんですけどー」
呆れた様子でカリスはさっさと足を進める。キラキラと周りを見回しているティアラなんて目もくれない。
「ちょっとぉ、カリスーっ!」
置いて行かれたことに気づいたティアラは慌ててカリスの後を追いかけた。
屋敷に着くと、二人はすぐに奥に通された。
依頼者はこのあたりの大地主であるらしいくだんの令嬢の親――ではなく、その世話役と令嬢本人だった。
裾の長い黒のワンピースに白いエプロン姿の少女が、同じ年頃の少女――屋敷の令嬢とカリスに紅茶を運ぶ。ティアラはなぜか居ない。
微笑みながら令嬢は礼を言うと口に運ぶ。いつもとあまり変わらない。
令嬢の部屋はどこにでもあるような少女が好むような愛らしい部屋だ。薄桃色のカーテンや小さな小物はまさに女の子が住んでいる部屋と見せている。
「それにしても、驚きましたよ」
カリスは何時もの様な乱暴な言葉遣いではなく、なるべく丁寧に――世話役の少女に話しかけた。
「もうしわけありません。どうしてもと、ミアンナお嬢様たってのおねがいでしたので……」
かのミアンナお嬢様は、その言葉を聞いているのか聞いていないのか、微笑みながら紅茶をいただいている。――ように、視えた。
見ただけなら、誰だってそこに令嬢がいるとおもうだろう。おそらく、両親でさえも騙される。
「まさか、影武者を創って、町で遊びたいだなんて。いちおう護衛ということできたのに、拍子抜けしてしまいましたよ」
そう言ったカリスは、持っていた式の札をみて、またミアンナを見る。といっても、目の前の少女は本人では無い。カリスが創った偽物。ミアンナの姿をとり、その行動や性格を真似した式だ。それも、かなり高度な。
「申し訳ありません、カリス様。でも、秘密ですよ」
しー、と口元に人差し指を当てて、世話役のリローナは悪戯が好きそうな瞳で笑っていた。
彼女と令嬢のたくらみ、それに加担したカリスは困ったように頷いていた。
「……何事もないよな、ティアラじゃなくて『ソード』だし」
あいつは自ら危険に飛びこむ様な事も、自分で厄介事を引き起こす事はないだろう。そう、カリスは願った。
人ごみの中を、少女と青年があるく。
祭の前日と言う事で人々は浮かれて居る為、その少女の片割れが実はこのあたりの権力者の娘であるとは分からない。
長い金髪は帽子で隠し、服装も普通に道を歩く少女達と何ら変わりないため、そうそう気づかれることもないだろう。
「……うわぁ、すごいです」
金髪の少女は町を見渡す。町の中は祭の準備で普段とは違う装飾が準備されている。
すでに、終わっている場所も多い。暗くなり始めた町では、前夜祭だとばかりに人々が浮かれ騒いでいた。
そんな町の様相に少女は驚くが、その隣の青年は頬をひきつらせている。
「ソードさんはこの町には来た事がないのですよね? 私もあまり外に出た事がないのですが、大丈夫でしょうか」
「それなら大丈夫ですよ。ティアラが事前に予習しておいてくれましたから」
「……」
答えるソードに、ミアンナは不思議そうにその顔をじっと見つめる。
金髪に黒色の瞳と言う珍しい組み合わせの青年もまた、そんな彼女に首を傾げた。
「あの、本当にティアラさんなんですよね?」
「一応、ティアラではないんですけどね。ティアラの身体を借りて顕現してるだけで」
『そうそう。うちの身体貸してるだけで、こいつはティアラじゃないよー』
聞こえて来た二つの声に目を白黒させながら、ミアンナは星原来たという少女だったはずの青年を見て居た。
ティアラ・サリッサは魔槍の使い手である。
その魔槍に宿っている人格、ソードと呼ばれる青年――それが今、ティアラの身体を元にして姿を見せていた。
その容姿はティアラではなく、青年の姿となっている。
ティアラの姿のまま身体を貸す事もあるが、今回は特別。らしい。
『ほら、女の子二人だけで町をぶらぶらってあぶないじゃない? ってことで、ソードの登場ですよ!』
「お前……自分が楽したいからだけじゃなかったか!」
『酷いっ。ティアラをそんな目で見て居たのね?!』
「見ていたもなにも、普段からそんなんだし」
『失礼なっ! そんなことあるわけ無いでしょ!』
周囲に聞こえない様に、小声で言い争う二人に、思わずミアンナは噴き出す。
どれだけ小声で話していても、すぐそばを通り過ぎていく人達からは不審げな視線を投げかけられていた。
『あぁっ、もうっ! とにかく、今日は楽しむわよ、ソード!』
「はいはい。御令嬢のエスコートはお任せ下さい、ティアラサマ」
『様付けとか、ちょっと気持ち悪いです』
「言うなよ」
姿の見えないティアラと言い争いながらも、ソードはミアンナのその手を差し出した。
なんだかんだと言いながらも、楽しそうに笑いながら。
「てことで、今日だけは私が貴方を護衛させていただきます。ミアンナ様」
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
その手に、ミアンナはゆっくりと自分のそれを重ねた。
魔槍や魔剣と言ったものは、なぜ創られたのか、そもそも創ろうとして創れるものなのか。
現在ではあまり知られていないことだ。
その地域や年代によってもその製造方法は変わり、また何を基準として魔なる武器と呼ばれるのかも変わっていく。
なら、ティアラの持つ槍はなんなのか。
それはもともと人の手によって創られてモノでは無く、神の手によって創られたモノだ。なら、聖なる槍と呼べばいいのだろうか。
しかし、それはその槍に宿る青年が否定するのだろう。
聖なるモノで在る筈が無いと。
深夜。
既に十二時の鐘は鳴り、人々のにぎわいも一段落を見せている。
そんな中で、帰り路を辿る少年少女がいた。
相方の少年――カリスはやってしまったとばかりに頭を抱えている。それに対して、ティアラはといえば、意気揚々とそれはもう楽しかったとばかりに満面の笑みを見せていた。
「いやぁ、愉しかった!」
「……お前……最後の最後でチンピラに喧嘩吹っ掛けるとかふざけんなよ」
「え、だって全員倒したし、ミアンナちゃんには何も無かったし」
「ひやひやさせんなっつってんの!」
町から出ると、すぐに人の行ききはなくなる。
町の灯りが少しずつ遠ざかっていく中、二人は来た道を戻っていく。
人が居なくなったことで遠慮はいらないとばかりにカリスはティアラを説教していた。
聞いた話によると、ソードが表に出ていたはずなのに、最終的にティアラがチンピラ相手に喧嘩吹っ掛けて全員、のしたらしい。
ミアンナは楽しかったなどと言っていたが、もしもまかりまちがって怪我でもさせて居たらと思うとぞっとする。
「だいたいさ、カリスは心配し過ぎ! 人生は一度っきりなんだから、面白い方が楽しいでしょ? あの子だって、このあと鳥かごの中で閉じ込められ続けるのなら、こう言う時にはっちゃけてみるのもいい経験!」
「お前なぁ……」
「だって、カリスだってそうでしょ? 心配されてるのに家出してさー、星原でのんびりすごしちゃってさー」
「……ぐ。そう言う時だけ言うなよっ!」
カリスの家は先ほどの令嬢の家のように名家だ。だというのに、家出をして逃げ出した。
こっそり抜け出して町で遊ぶ令嬢よりも危険な事に首をつっこんでいる。
さすがに、それを言われるとなんの返しようもない。
「……カリス。きちんと手紙でもなんでもいいから元気だってぐらいは伝えなよ?」
「分かってるよ」
そういいながらも、既に二三年過ぎて居るというのに連絡すら取っていない。
空を見上げてティアラの声を聞き流そうとするカリスに、ふくれたティアラはその頬をつねった。
「居なくなってからじゃ、遅いんだからね」
「いたっ! ちょっ、ひっぱるな!」
「話し聞かないからでしょ!!」
「だからって、やめ、やめろっ! そもそも、あいつらどうせオレの事なんて心配してないし!」
「心配されてたのを後から知って後悔したって知らないからね!」
「……」
「……」
いつの間にか止まっていた歩み。
二人で睨み合う。
さきに折れたのはカリスだった。
すぐに目をそらして、ごめんと小さく言った。
「分かればよろしい。自分を心配してくれるのは、家族くらいなんだから、もっといたわりなさい」
「はいはい」
こう言う事だけは頑固だ。
そう思っても、口には出さない。
カリスだって少しだけ、反省はしている。
ティアラは、家族を目の前で殺されている。町が無くなったあと、一人生き残って各地を転々として、最終的に星原に落ち着いたのだ。
彼女にとって、カリスは非常にいらいらする存在なのだろう。
家族がいるのに、帰る家があるのに、帰らない。連絡も取ろうとしない。
最終的に、二人は無言で歩く。
行きは短かったように感じた道が、長く思えた。
「なあ、ティアラ」
とはいっても、沈黙はそこまで長く続かない。
「なにさ」
「心配するのは家族だけじゃないぞ」
「?」
「お前が無茶すれば、オレ達だって心配するから……無茶だけはすんなよ。この前みたいに……」
驚いたように顔をあげてカリスを見るティアラに、苦笑する。
ここまで、驚かれるとは思っていなかったのだ。
「特に、守さんとか、すっげぇ心配してたんだからな。まるで死んでもいいみたいに戦うな」
「……今だけ、カリスの事惚れてあげようか?」
「断る! 断固拒否する! ぜったいに近づくな!」
明け方。二人は星原皇の館に戻ってきた。
扉を使い、戻った時――丁度、その時……。
切羽詰まった様な空気が皇の館に満ちていた。
いつもいるはずの守も、陸夜も、姿を見せない。
何があったのかとティアラ達が聞いても、要領の得ない返事だけが帰ってくる。
ラピスの部屋へと向かった時、酷く取り乱した少女が出て来るところだった。
「イヅル? ちょっと、一体どうしたのこれ? 何があったの?!」
二人の姿に駆け寄ってきた出流は、口を動かすが声にならない。
ただ、ティアラの袖をぎゅっと握りしめて何かを訴えていた。
「おい、どうしたんだ」
「……が、まこ……が……襲われてっ!!」
「マコトが?」
ようやく声に出たそれは、あまり考えたくない様な言葉だった。
目じりに涙を溜めながら、出流はさらに言い募る。
「どう、どうしよう、りくやさんもっ、まもるさんもっ!! みんな、し、しん……」
どうして? なんで?
出流の握っていた袖を無理やり離させると、ティアラはなにも聞かずにラピスの部屋へと走った。
その後を、カリスは追おうとして、残された出流に思わず足を止める。
崩れ落ちた出流をどうにか立たせながら、ティアラの消えた部屋を見て居た。
「いったい、どうしたってんだよ」
物語なんてものは、突然壊れていくものである
そう、例えば……今まさに……こわ……れ
雨が降っていた。
森のなかで、雨に消えて逝く真紅の血がひどく目立っている。
金髪の少女をひきつれた男――プルートは、そこに落ちていた眼鏡を手にとって眺めると、愉しそうに嗤いながら懐にしまった。
「さて、行きましょうか。これで、星原を潰す理由は出来た」
笑い声は、いつまでも……いつまでも響いていた。
「さあ、神殺しを迎えに行こう」




