01-07-02 隣にいる嘘吐き
夜が明けるとアイリ達はすぐに行動を始めた。
アイリとカリスは村に、アルトはマコトが起きるのを待って、家で待機。
もみじは呪いはお手上げらしく、とりあえず壊された祠の調査を行うと言って先に出て行ってしまった。
「ではアルト、マコトが起きたら動かぬよう厳重に見張っておいてくれ。あやつ、すぐにうろちょろするからな」
「あいつ、なんだかんだいって負けずぎらだからな……」
「そうなの? わかった。しっかりみはっとくね!」
初めての留守番でもあるまいに、いろいろと言い含められるアルトは苦笑しながらアイリ達に頷く。
兄にも玻璃にもいつもこんな感じに言われて来たからだ。もっとも、彼等のほうがさらに重症だったが。
そんなアルトに見送られ、アイリとカリスは始めに村長の元へと行く。カリスとアルトの事をいうと一言二言話してすぐに別れた。
そこからは呪いに侵された村人の元を巡る。
呪いと言っても、様々な種類がある。
病気に伏せるようなものやただ頭痛がするもの、生気を徐々に奪われたり少しずつ狂っていってしまうものもある。身体の一部の機能を奪うもの、霊的存在に害されるもの……一言に呪いと言っても様々なのだ。さらに、陰陽師なら陰陽術、法師なら法術とその術師によって形態もことなる。
陰陽師のカリスがよく知っている物と言えば、蟲毒や犬神、神社などで見る呪いの藁人形だが、今回の呪いはそのようなものではないと始めからアイリが否定していた。
だからといって、呪いを知る者がいるのと居ないのでは対処をするのに大きな違いがあるのだが。
「なんつーか、嫌らしい呪いだな……」
数人を見終わったカリスはぽつりと感想を漏らす。
「ふむ。呪いと言うモノはそう言うモノだろう」
「だけどさ、働き盛りの若い人や子どもばっかりじゃねーか。絶対、呪いをかけた奴は達が悪いぜ」
「ご老人達も呪いにかかっているぞ?」
「でも、比較的元気なひとばっかだったじゃんかよ」
「確かにな」
今回、呪いの症状が出ているのはカリスの言った通り若者ばかりだった。
身体が弱く、動けない老人にはほとんどいない。大体は動ける人が呪いで倒れている。
昨日、誰も外に出て居なかったのはその理由もあった。
「だいたい、呪いの内容も人ごとばらばらなのはなんなんだ?」
「わからない。マコトは呪いのせいで衰弱が激しいが……他の人では深い眠りにつく者や盲目になった者も居る。一応、共通として少しずつ衰弱していくようだが」
「ったく、なんなんだよ。神の祟りでもなさそうだしよ……」
「後で祠に行ってみるか」
「そうだな」
頷きながらアイリは祠の方角へ目を向ける。
今向かっている家からそこまで離れて居ない場所にあるのだ。
「一番の問題、あの祠について村人が何も知らないということだな」
「ありゃ、知らないってよりも知ってて言わないって奴もいたぜ?」
「ご老体が多かった」
「そりゃ、祠が出来た由来なんて昔の事、知ってるとしたらそう言う世代だろ」
「……まったく、困ったことだ」
話し合いをしながら、二人は最後の家に行く。
村の中でも少し外れた場所にある家だ。
そこには老婆とその孫が住んでいる。
倒れたのは老婆のほうで、アイリが一番心配していた家だった。
「失礼する」
敷居をくぐると誰も出てこない。
昨日までは声が聞こえるとすぐに少女が迎えに出てきたというのに。
それを知っているアイリのその後の行動は、早かった。
「優香殿? いらっしゃらないのか?」
「す、すみません、今行きます」
小走りで奥から出てきたのはアイリと同じくらいの少女だった。
「ふむ、なにかあったのか?」
「い、いえ。ところで、そちらの方は?」
カリスに気づくと、首をかしげる優香に対して、カリスは会釈をする。
「ふむ。星原からの応援だ」
「最上カリスです」
「そうでしたか。あっ、どうぞ、おあがり下さい」
少女はいつもと同じようにアイリを案内する。案内と言ってもそこまで広くない小さな家のだが。
「失礼する」
そうして、村人たちを廻った結果、わかった事はほとんどない。
目新しい事もなく、結局巡っただけで終わってしまった。
その事に嘆息しながら、アイリは最後の家から帰ろうとしていた。
「ありがとうございました」
優香が律義に例をする。
「いや。今のところ、何もできて居ない現状で申し訳ない」
「そんなことありませんっ。毎回アイリさんのおかげで身体が楽になったと祖母が言っています」
「……そうか」
小さな声になって呟くアイリはふと思い出したように問いかける。
「ところで、祠について思い出した事は?」
「すみません。アイリさんに聞かれてから思い出そうとしているのですが……祖母なら何か知ってると思うんですけど、あの状態ですし……」
「……ふむ」
あの祠はかなり昔からあったものらしい。ゆえに、由来を知る者は少ない。
が、それにどこかアイリは疑問を感じていた。
それにしてはあまりにも情報が合ないのだ。
なんの神を、せめて土地神なのかさえ分からない始末。それにしては熱心に祠に通う老人が多かったらしい。
どこか、漠然としたズレ。
なにかが間違っているような気がするのだが、それが分からない。
もしも彼等が何かを隠しているとして、それがなぜなのかが分からない。
このような状況になってまで、隠さなくてはならないほどの問題なのだろうか。
「あ……ただ、いつも、お花を持って行ってましたよ」
「花……?」
神に、花を捧げる?
花を好む神がいない事は無い。花に関連する神もいる。花を奉納する事が無いわけではない。
「いつも、お参りにいくと、花を持って。って、それだけなんですけどね」
「そうか。いや、ありがとう」
礼を言うアイリの傍ら、カリスが何かを思いついたのか、不機嫌な顔をしていた。
ふと、アルトが気づくと、すでにその部屋に彼の姿は無かった。
「……ああっ、逃げられたあっ!!」
誰もいない布団。
誰もいない部屋。
なぜ目を話したのかと言うと、ちょっとうとうととして居たりしなかったりしたせいで、自業自得なのだが。
「……さ、さがさなきゃっ」
何も言わずに勝手に床を抜け出したマコトも悪いと言えば、悪い。
霧原誠は異端である。
異端者だらけの星原で働いているせいでそうは見えないが、かなりの常識はずれである。
いわく、魔力を持っていない。この世界で魔力を持たないモノは、ほとんどいない。魔法が使えること、それが当たり前の世界だ。
それのせいで、魔法に関連する物の抵抗力がない。呪いにかかりやすいのもそれにはいる。
だから今回、まっさきに倒れて寝込んでいたのは仕方が無いことだ。
が、そのおかげで様々な事を考えることが出来たとマコトはそう判断して道を進んでいた。
目的地は村外れの祠だ。
ふらふらと頼りない足取りでそこに至ると、すでにいた先客に眉をひそめた。
「……あら、久しぶりね」
紅色の髪。忘れない鮮烈なそれと同色の瞳。
振り返ったもみじは笑みを見せる。
だが、それはアルト達の前では見せなかった、そこか挑戦的な笑みだった。
「まさか、星原にいるなんて思ってもみなかったわ。それとも、当然だったのかしら? やっぱり、あの子が最期に言ってた事を忠実に守っているの? それとも、彼女のお願いを聞いているの?」
息継ぎする間もなく問われるソレを、マコトは一切無視をする。
彼女を見て居ないかのように、燃え尽きた祠の前へと歩み寄った。
自然と、彼女の隣に立つことになる。
「まあいいわ。……貴方はコレ、どう思う?」
「十中八九、セレスティンによるモノ」
ようやく、もみじの問いかけにマコトは答えた。
「やっぱり。見に来て正解だったわ。貴方にも会えたし」
「……視えるか?」
「視えるわよ。でも、人としてはもう存在していない。ああ、貴方には視えないのだっけ」
そういって、もみじは祠のさらにさき、木々の生え茂るあたりを見つめた。
そこにはなにも居ない。
いや、居るが、見えない。
見鬼の才能が無ければ、それは視えないのだ。
星原にいるほとんどの者は視ることができるために普段は忘れてしまうが、そのような才能を持つ者はまれである。
むしろ、この場合はマコトのほうが正常なのだろう。
「それで、これは一体どういうことなのか。貴方ならもう分かっているのよね?」
「……この地域の名は?」
「臣建……よね?」
それが一体何だと言うように、彼女は答えた。
「名とは、なぜそのような名前となったのか、理由がある」
音川アルトがなぜアルトと名乗っているのかも、ラピス・カリオンがなぜラピスという名前なのかも、もみじがなぜもみじと言うのかも全ては理由がある。
子どもが出来たから名前をつけるという行為は、その子どもを区別するなんてそっけない理由だけではない。名前の由来のような可愛らしい子どもに生って欲しい、優しい子どもに生って欲しい。そんな理由や、遥か昔の同じ名前の偉人のように、素晴らしい人間になって欲しいなんていう理由まで。
地域などの名前も同じだ。
たとえば、アルトの住んでいた町、流留歌は遥か昔からその名だ。旅人達が流れ着き、留まってできた村だったとされている。隣国、美津玻国や聖フィンドルベーテアルフォンソ神国は元々神の名前を頂き、国名にしたとされている。
なら、この地域、臣建は?
「臣――人を、建てる――人を立てる……人柱を立てる……ここは、人を犠牲にして繫栄した地域だろう」
「……」
「無論、今そのようなことをすれば非難の嵐だ。だが、おそらく数十年前までは行われていたのだろうな」
ここは祠であると同時に、墓場。
人柱となった者たちを慰め、祀る場所。
それを、どれだけの人が知っているだろうか?
おそらく、この村にいる若い者たちは知らないのだろう。
マコトがそれを知っているのは、この場所に来る前にこの地域について少々調べてきたからだ。
公に人柱を立てたなどとは調べても出てこなかったが、神隠しが起きて子どもが居なくなったなどと数十年に一度ほどの割合で誰かしらがどこかの村で居なくなっていたことだけは分かった。それ以外にも、それとなくそのような話を裏付ける話も歴史書や地域の昔話に書かれていた。そして、この地域の名前。さらに、この村の老人たちの態度。
それをひっくるめて考え、最終的にそのような結論に至った。
霊と言うものは、祟る。
それを崇め、奉り、神とすることで恩威を受けることがある。その神を、御霊と呼ぶ。
「会話は」
「出来ないわね。さすがに。どうするの?」
森の奥にいるソレを視て、もみじはそう判断する。
言葉の少ないマコトとの会話を普通にしているのは、彼女がそれに慣れているためだ。
「べつに」
「それで音川の巫女を呼んだわけ?」
「違う」
「あら? なら、どうして――」
「関係ない」
一刀両断。
そう言うと、マコトはくるりと向きを変える。
元来た道を戻ろうとしていた。
「……一応、仮にも、師匠に対してその態度は無いんじゃないかしら?」
「関係ない。そちらとの縁は切れたはずだが」
「……」
もみじは、なんとも云えない顔をする。
寂しい様な、哀しい様な。そこに諦めと自虐な色が見られる理由は、彼女にしか分からない。
「……ねえ。戻ってこない?」
「なぜ」
「だって、星原に居るなんて、危険極まりないわ。だって、あそこは……セレスティンたちと敵対するシェランの傘下よ?」
「それが? だとして、戻ることは無い」
「そう」
マコトは意外と頑固である。
そこを知っているもみじは、ため息をついてまた祠を眺めはじめた。
去って行く彼の姿をみることもなかった。
「まったく、面白い事をしてくれるじゃない。……スフィラ」
憎々しげに、濃厚な殺気を纏わせながら、紅の女は呟く。
「本当に、殺してあげたいわ」
ここには居ない誰かに向けてのメッセージ。
それは、決して届かない。
届かないとしても、言う事が彼女には必要だった。
己の意志を確認するために。
「ちょっと、まことっ?! どこ行ってたのっ?!」
帰り路、五月蝿い奴に見つかったとばかりにマコトはため息をついた。
正直、このまま戻れるのかという体力的な問題があっていろいろ助かったと言えば助かったのだが、それでも見つかったのが彼女と言う点でマコトはため息をつく。
そろそろ、本当に立っているのも辛いのだ。はっきり言って、もみじとの会話はやせ我慢していたにすぎない。
基本、他人に自分の弱い姿を見せたくないのだ、この少年は。
「……べつに」
「うぅ、心配したんだからねっ!」
ぽこぽこと殴ってくるアルトをあしらいながら、マコトはまた、ため息をついた。
そして、ぽつりと呟く。
「そういうところが、だいっきらいだ」
「はうっ、まことに嫌われたっ?」
「もともとだ」
「なん、ですとっ?!」
お昼頃になったことで一旦アルト達は話し合うこととなっていた。
「それで、なにか分かったのか?」
別段何事もない様にマコトはアイリとカリスに聞いて来る。
強がりなことを知っているため、アイリは見て見ぬふりをしながらなんと答えようかとしばし考えた。
「いや、まったく。それよか、お前はどうなんだ?」
「おそらく呪いに関しては今回の事に祠に関してはまったく関係ない。それよりも……おそらく、これは呪いをかけている、というよりも呪いに関するものの影響を受けて居ると思われる」
「呪物? ……そんなの、この村にあったか?」
「わたしが見た限り、ないと思うけど?」
アルトが答えると、アイリも共に頷く。
「たしかに、呪詛の気配はあたりに漂っている。が、その元となる物はなかったぞ。祠にも行ったが、同じことだ」
「目に見えるモノ、ではないとしたら?」
マコトは言葉を切ってアルトを見た。
その視線にアルトは意味が分からずぽやんとした様子で首をかしげる。
「それは?」
「空気」
「呪われた奴等がみんな外で働いている若ものやまだ働ける老人、そして遊び盛りの子どもだったから、か?」
カリスの問いに応えはしないが無言で頷く。
アイリは納得した様子でアルトを見て居た。
「ちょっとまて、で、なんでアルトが関係してくる」
「こいつは風の愛し児だ」
「は?」
アイリ、カリスは呪詛の専門家である。それが故に今回の無差別な呪詛にかかることはなかった。しかし、マコトはもともと抵抗力が無い。そして、アルトももちろん生まれてこのかた呪われたことなどなく、知識もなく、簡単に呪われる。と、思われていた。
しかし、今はまだべつに呪われた様子も何も無く、ぴんぴんしている。
たまたまかもしれない。ただ、まだ呪われていないからかもしれない。しかし、それがマコトの仮説通りだとしたら?
「まさか、宙に舞った呪いを勝手に風が排除している、と?」
「ちょっと待て。それ、便利すぎるだろ。しかもこいつまったく自覚してないしっ」
当の本人は不思議そうに首を傾げている。
むしろ、自覚どころか話自体ついて行けていないように見える。
「それで、こいつを呼んだのか……」
「まだ想像の範囲内だ」
「まあ、そりゃそうなんだけど。で、それをどうにかできるわけ?」
突如、カリスの問いに大きな間が開いた。
ゆっくりとマコトは口を開く。
「……知らん」
「だよなーっ! くそっ、ここまできて知らんかよっ」
「そっちの専売特許だろ」
「そうだけどさ、ここまで来て知らんってないだろ……」
「ねね、それじゃあさ、その呪いが風に混じってるなら集めればいいんじゃないの?」
「え?」
「なに?」
「……」
一斉に三人がアルトの顔を見た。
その突然のことにおもわずじりっと後ろに下がる。
「なんか、変なこと言った?」
星原、皇の館。
戻ってきていたアイリはふっと力を抜いてベッドに倒れこむ。
毛布に顔をうずめながら、大きく息を吐いた。
そして――小さな紙を出す。
手から落ちたその紙は、一人でに動きだして折りたたまれていく。小さな鳥に――。
「申し訳ない、私の落ち度だ」
顔をあげずにアイリは誰かに向かって言った。
「今回の事でおそらく……」
その声が弱々しく、小さくなってくる。
「やはり、私は――誰かを殺すことしか出来ない」
没ネタ
アイリ、カリスが帰還すると、どうも家の中の雰囲気がおかしかった。
なにやら、アルトがくらーい顔で部屋の隅っこに座りこんでいる。
「……なにか、あったのか?」
なんとなく、絶対マコト関係だろうな、なんて検討をつけながら、そっと聞く。カリスに至っては、呆れた様子でマコトに近寄るとデコピンを二三発喰らわしていた。
無表情で避けようとするが、まあ絶賛呪詛で体力低下中の病人が避けられる訳もなく。
じと目でカリスに向かって無言でなぜと問いかけていた。
「……あいり……わたし、じしんがなくなった」
「な、なににだ?」
「……まことが、料理がうますぎる件について」
「ああ。そうか。うん、心配して損した」
机の上に料理が盛られていた。
「えっと、すまん」
「痛かった」
とりあえず、マコトはカリスに三倍返しをしていた。




