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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
31/154

01-07-01 隣にいる嘘吐き



「音川を呼べ」


そう言ったのは、顔色の悪い少年。

まったくもって馬鹿だ。酷い顔をして、そんな病状で家から出て来るとは。

「アルトを……なぜだ?」

飛ばしかけた式を呼びもどすと、紙に戻してひと言書き添える。

「……音川が、必要になる」

書きながらも、少年――マコトの様子を見る。

息は荒く、立っているのも辛いのだろう。

壁にもたれかかり、崩れ落ちるマコトに慌てて駆け寄る。

案の定、状態は悪化している。本当に、こいつは馬鹿ものだ。

彼が言うのなら、きっとそうなのだろう。

この最悪な状況で、私はともかく応援を呼ぶしかない。

そして、それはマコトも同じ。

ただ、飛んでいく(シキ)をみあげながら、唇をかんだ。






音川アルトがラピスに呼ばれたのは、秋も深まる長月の末の事だった。

別に珍しいことではない。アルトが星原に来て一ヶ月。何度となくラピスに呼ばれている。

主に、ティアラや何やらとの後始末でだが。

だが、今日は少しだけ状況が違った。

入ってきた途端、どこかピリピリとした空気が部屋に漂っていた。

そこで待っていたのは無表情のカリスと不機嫌そうな玻璃だ。

一枚の紙を片手に、ラピスは座り込んで何事か考えている。

「えっと、どうしました?」

「問題発生よ」

「もんだい……? えっと……」

どうやら、誰かから手紙が来て、問題が発生したことがわかったらしい。

それに気づいたアルトは考える。

今、星原には数人しか居ない。

陸夜や守、ティアラに出流、アイリ、そしてマコトも居ない。他の人達も出払っている。

「アイリとマコトが向かった村で、どうやら呪いが広がっているらしい。アイリから連絡が来たわ。カリスとアルトに至急来てほしいとのことよ」

「待って下さい。カリスは陰陽師でわかります。けどっ、なんでアルトまで」

呼ばれても居ない玻璃が来ているのはそのせいだ。

最近、と言うよりも、ついこの前の騒動以来、少し過敏になっているらしい。アルトが心配でしょうがないのだ。

だが、さすがに心配し過ぎだ。

「マコトから、名指しで呼ばれたの」

「まことが? なんでわたしを……?」

アルトは巫女の家系。陰陽師のカリスと呪い関係に特化しているというアイリとは違う。

呪いに対する抵抗などまったくないに等しく、そして呪いに対する知識も、術も持ち合わせて居ない。

なのに、なぜアルトなのか。

「おい、アルト。なんか知ってんのか?」

「いや、ぜんぜん」

カリスが聞いて来るが当の本人であるアルトも、首を傾げるしかない。

そして、マコトという名前を聞いた玻璃はと言うと、黙りこんでしまっていた。

不機嫌だった顔をさらに不機嫌そうにしている。

「なおさら、嫌って顔してるわね」

「……それは、その……」

「二人の仲が悪いって事は聞いてたけど……まったく、仲間なんだから少しは信じなさいよ」

「……」

ラピスの言葉に、玻璃はばつが悪そうに顔をそむけた。

そんな様子をカリスはため息をつきながら見て、アルトは不思議そうな顔をする。

訳がわからないのは本人だけ。鈍感もここまで来るといやがらせかと玻璃はちょっと気おちしている。

「とにかく、アルト、カリス……行ってくれるわね」

「りょうかい」

「うん!」

カリスとアルトの返事の傍ら、唸り声と言うかよく解らない声で玻璃が応えていた。





今回の依頼は大和国からほど近い安寿国、そこでも臣建と呼ばれる地域にある村からだった。

林業が盛んで、林に囲まれた小さな村だ。

そこで、社が燃やされて、それの調査、というのが元々の依頼だった。


社が燃やされる。

それはただ事ではない。

社と言うのは神を祀る場所。神のおわす場所。

現在、神々は少しずつ姿を消している。

しかし、確かにここに居るのだ。流留歌の町には土地神である白峰が常に居る。他の国でも守護神が国を守っているという話はよく見られる。

有名な場所では聖フィンドルベーテアルフォンソ神国。他、シエラル王国や日本国。探せば、様々な場所で神の姿を見ることが出来るだろう。

その神の社が燃やされたなど、考えたくもない。

神は人とは違う。敬うべき存在であり、崇めるべき存在であり、畏れるべき存在。それを止めてしまえば、祟られるかもしれない。末代まで呪われたなどという話は腐るほどある。

だからこそ、アイリとマコトがその社のあるという村へと向かったのだ。



アルトとカリスがその村についたのは、夕焼けの美しい夕方だった。

落ちた日が畑を照らす。

夜を迎える黄昏時のせいか、人はいない。

寂しい村だった。

「あっ、あいりー!」

アルト達が来た事を知らせる式を受け取ったらしい、アイリがある屋敷から出て来る。

マコトの姿は無い。

さらに、その後ろから見覚えのない女性が現れた。

紅色の髪に、緋の瞳。燃え上がる様な色彩を持ちながらも、その顔は優しい。

「ふむ。ようやく来たか」

「よう。で、どうしたんだよ。呪いって聞いたが」

「あぁ、とりあえず中に入れ。あまり外には出ない方がいい」

そう、口数少なくアイリは言うと、さっさと中へ入って行った。

それを女性は見守り、アルト達に一つ頭を下げると中へと消える。

「ったく、なんなんだよ」

「とりあえず、いこっ」

「……あぁ」


屋敷に入ると、アイリは一人、暖をとっていた。

先ほどの女性はいない。

「さっさと扉を閉めろ」

「はいはい。って、お前の家じゃねーだろ」

「そんな事言ってる訳にも行かないのだ。ほら、さっさと座れ。今の状況について説明する」

「あれ……あいりっ、マコトは?」

姿の見えないもう一人の仲間を探して、アルトは首をかしげる。

「隣の部屋だ。事情は追々話す」

「う、ん?」

なんで隣の部屋に? そもそも、どうして一緒に居ない?

そんな疑問に気づきながら、アイリは答えなかった。

「燃やされた社について調べたのだが……どうやら人為的なものだった。それで、呼んだ理由だが……この村で倒れる者が出てな、調べたところ、呪いによるものだとわかった」

「神の祟りか」

カリスが忌々しそうに言う。

あまり、神が好きではない。と言うより、厄介者として認識しているカリスからすると、いい迷惑らしい。

「いや、それは無い。ただ、倒れた者はみな働き盛りの若者や子ども。まだそこまで進行はしていないが、このままでは命の危険にさらされる者もいるだろう。早急な解決を望まれる」

「なんで神様の祟りじゃないってわかるの?」

「……神の、呪いではない。見たところ、そうだ」

「そうなの?」

なぜ断言できるのだろうとアルトは首を傾げるが、アイリが言ったのならそうなのだろう。

アイリは呪い専門の術師だ。彼女のみたてが間違えるという事はない。

だが、アイリのその様子はどこかいつもと違った。

痛々しい物を見る目、というか、何かを言いたいのに言えない。言うことはできないという思いが見え隠れしている。

それに気づいているカリスは、何も言わない。

誰にだって知られたくない事があるのだ。言わないのなら、聞くこともない。

「それで、まことは?」

「……倒れた。あやつ、耐性はあるが呪いにかかりやすい体質でな……」

「え、じゃあ呪いで倒れたの?」

「まあ、そういうことで、寝てる」

ちらりと、アルトは隣の部屋を繋ぐふすまを見る。なんとなしに、またもう一度。

ちらちらと見ている。ふすまで仕切られた向こうに居るはずのマコトを気にしているらしい。

それにアイリはため息をつくと、気になるなら後で見て来いと言って女性達のほうへと歩いて行く。

その様子をカリスはじっと見ていた。


「アイリさん。その方たちが呼んだ方?」

アイリに連れられてきたのは、先ほどの女性の元だった。

若い赤髪の女性はアイリ達に気づくと微笑みかける。

「ああ。音川アルトと最上カリスという」

「そう。初めまして、音川さん、最上君。私は紅葉(もみじ)。よろしく」

どこか凛々しく女性は名乗った。

なにか体術でも学んでいるのかその立ち振る舞いは有段者のそれだ。

「彼女は社が燃えたことを聞いて、独自に調べに来たらしい」

アイリの言葉に、紅葉は曖昧に微笑む。

「最近、そういう事件が増えているらしいわ。それで、少し気になることがあって」

「えっ、そうなの? ……しろちゃんとか大丈夫かな」

そう、呟くアルトが思い描いていたのは流留歌にいる土地神白峰のことだ。

彼を祀る社は山中にある。人が訪れることは少ない。

アルトが流留歌に居た時は、毎日訪ねて行っていた。が、今はどうしているのだろうか。

和泉が尋ねるという事はあまりないだろうし、兄の昴も行かないだろう。

燃やされるとかよりも、白峰が寂しくないか心配になって来る。

「とにかく、今日はもう遅い。社はこの村の奥にあるからな、明日明るくなってから行くということで」

「おい、ちょっとまて。この家は誰んちだ?」

「あぁ……いろいろあって、住む人が居なくなった家を借りて居る。今ここに居るのは紅葉殿と私達だけだ」

紅葉が微笑んで会釈をした。それに、カリスはさっと赤くなって顔をそむける。

「そ、そうかよ」

その顔を、突如アイリは覗き込む。何やら、探るように。とたんに、カリスははっとした様子で一歩、また一歩と後ずさりを始めた。

「カリス、お前、まさか……」

アイリがごくりと息を飲む。

「来て早々に呪いにかかったりしていないだろうな?」

一瞬、カリスの目が丸くなる。

まるで予想していなかった内容らしい。

声を詰まらせながら否定し始める。

「おっ、陰陽師を馬鹿にすんじゃねーよ!」

「それにしては熱がある様な……」

「ばっ、別にねーし!」

「え、かりす、風邪引いた?」

「だから、違げえよっ!」

「その割には顔が赤いが。どうだろう、アルト」

「ほんとだー」

「だあああっ! うっせぇ!」

その様子をもみじはほほえましいものを見るように見守っている。

「仲がいいのね」

「べ、別に」

なぜか目をそらしながらカリスは答える。

「もう一人の子とも、仲がいいのかしら」

「まこと?」

「仲がいいっていうか……仲間だしな」

「ふむ、そうだな」

そう言いながら顔を見合わせるアルトとアイリ、カリスに、もみじは嬉しそうに笑っていた。

そして、ぽつりと呟く。

「そう、よかった」

その言葉にひっかかりを覚えたのは、アイリ一人だった。




「まことー?」

アルトがその部屋に入ると、一式の敷布団とそこで丸まっているマコトがいた。

そっとその顔を覗き込む。寝息を立てながら少年は寝ている。

寝ているのなら返事などしないのだから、問いかけても無駄なのだが、なんとなく声をかける。

「……寝てるー?」

そういえば、マコトが寝ている所なんて初めて見た。なんて、ちょっとだけうきうきとしながら、その寝顔を見る。

「いがいと、可愛い……?」

何時も無表情なのに、寝ている時はなかなか年相応の男の子の表情をしている。

それが、新鮮でくすくすとアルトは笑っていた。

笑われている本人に起きる気配はない。が、起きたら起きたで、アルトにネタにされてふてくされるのがおちだろう。

「そうだな。こいつって寝てる時は普通なんだよなー……」

「おぉっ?! カリスも見に来たの?」

後ろに立っていたカリスに、アルトは驚きの声を上げる。

マコト見物人がなぜか増えている。

「いや、どんな呪いなのかと思って」

そういいながら、カリスはマコトを別に何かする訳でもなく、ただ眺めていた。

一応、持ってきていた呪具を手にはしているが、アイリが既になにかしらしている所に手を出したら大変なことになるかもしれないと何もしないのだ。

アイリとカリスはまったく違う系統の術を修めている。下手に呪術を使えない。

そんなカリスの様子を見て居ると、後ろからアイリが呼ぶ声が聞こえてくる。

マコトの様子を振り返り見ながら、アルトはアイリの元へと小走りで向かっていく。

それでも、カリスは動かない。

何かを考え込むように腕を組み、ため息をついた。

「秘密主義者め」

お互いさまのせいで面と向かっては言えないが、一人の時は愚痴を言いたくなるものだ。

「ったく、何を隠してんだよ……アイリ……」




この物語は、嘘で彩られていた……。






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