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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
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01-06-02 待ちぼうけの亡霊



「あなた……誰?」

日野出流は、目の前の少年に問いかける。

ただの少年では無い、亡霊だ。もう、生きているものではない。

そんな彼は、突然芝居がかかった動きを始め――。

『ふっふっふ、よくぞ聞いた。ボクは――』

「幽霊なのは解ってる。そうじゃなくて、貴方の名前と、どうしてここに居るのか、なんでアルトの事を知ってるのか、アルトの話は本当なのか、それを聞いてるのっ」

そう、言いたい事を言いきって、出流は亡霊を睨みつける。

もしも先ほど、アルトに彼が何かをしようとしていたら、すぐに出て行こうと準備をしていた。

しかし、何事も無く終わってホッとしていたところだった。まあ、アルトはそう言う者専門の術者であるから、あまり心配はしていなかったが。

だが、まだ気を休めるのは早い。かの幽霊が何者なのか、まったく分かっていないのだ。

『質問が多いなー』

困ったように、おどけたように応える彼は、どう見ても普通の幽霊じゃない。そう、出流は判断していた。

ここは、星原なのだ。世界から少しずれた場所にある、皇の館なのだ。そこに、なぜ見たこともない幽霊がいるのか。

出流はこの墓場で洗礼を受けた事がある。が、それは女性。なんでも、星原の元エースだった人だった。こんな少年、知らない。

『ボクは、ただの幽霊だよ』

「しらを切るつもり?」

『だって、それしか言えないんだもん。ボクがここに入れるのは、てか、この皇の館の敷地に入れるのは、ここに埋葬されちゃってるから。名前は恥ずかしいから言えないよ。日野出流さん』

「……人の名前は知ってるのに、名乗らないの?」

それは、いつもマコトが言っていることだ。

名乗らせるなら、先に名前を名乗れ。名前を知っているのに、なぜ名乗らない。

そんな事をよく言っている。

出流もまた、初めて逢った時に言われてしまったからよく覚えている。

『実は、名前を知られると暗殺者がいっぱいくるような超有名な子爵で』

「もう死んでるでしょ」

呆れた様子で出流は額に手を当てる。

どうみても、嘘だ。

『じ、実は、名前は生前の行いのせいで奪われて』

「嘘つかない」

『じ、じ……その……えっと……どうしても、言わないと、ダメ?』

「うん。ていうか、どうしてそんなに言えないの?」

動揺を始めた少年に、出流はため息をつく。

なんでこうバレるような嘘をついてまで名前を言わないのか。

どうせなんていったら失礼だが、彼はもう死者。

生きていた頃のしがらみもないはずだ。

『……ボクはいいんだけどさ』

ぽつりと少年は言う。

『ボクの友達に迷惑かかっちゃうから……』

「……そう。もう、そう言う事にしとくよ」

ため息をついて出流は頷いた。

まるで、しょうがないなぁなんて言うように。

『ひ、酷いっ。それは本当なのにっ』

「今まで嘘ついてたんだね」

『うぐ……や、やりにくぜ、こんちくしょー』

やり込められた少年は、ぎりぎりと手を握って、何かを耐えている。

それを見る出流は無表情だ。疲れたようにも見える。

「で、さっきの、どういうこと?」

『……どうもこうもないよ。この皇の館には裏切り者がいる。もうすぐ、何かが起きる。そこに、アルトがいるとボクは困る。それだけさ』

「……」

観念したように、少年はべらべらとよくしゃべる。

出流にこれいじょうつっこまれたら敵わないとでも思ったのだろう。

対して、その本人は、唇を噛み悔しそうな顔をしていた。

『……君、そういえば、預言者だっけ』

「なんで知ってんのさ」

『知ってるから。ボク、うしろ暗い仕事をしてたから』

「変な奴」

そういいながら、出流は彼からの視線に逃れるように、顔をそむけた。

預言者……神の神託を告げる者だ。

予言とは違う。

本当に定められてしまった未来を、言う者。

出流には、生まれた時から良くしてくれる女神がいる。彼女が、出流に時折預言をしてくるのだ。

それは、出流が危険に陥る様な事件ばかりで、そのおかげで現在まで生きてこられたとも言える。

そのせいでここまで来てしまったともいえるが。

『どうしたの。もしかして、ここが火の海になるような預言でもしちゃったの?』

「……っ」

その顔に、動揺が走る。

『……えっ、マジ? ちょっと、それは少し困る……かも』

「ち、ちがっ」

『どちらにしろ、何かあったんでしょ?』

「……」

沈黙は肯定だ。

それが解っていても、どうすればいいのかわからず時間だけが過ぎて行く。

『なるほどね。だからボクらの会話に興味を持ったわけか……まぁ、何も無くても問い詰めて来た気はするけど。……で、どうしたいの?』

「どうしたい、って?」

『君はその預言をどうかしたいから、ボクの呼びかけに応えたんじゃないの?』

「……うちは……」

ちらりと彼を見る。

その様子は……ふざけている。

『あ、大丈夫だよ。ボク、こう見えても口は固い方だから。それに、殺されても元々殺されてるから。あはは』

「わ、笑い事じゃないでしょ……」

うっかりしていると、彼が幽霊であると忘れてしまう。いけないいけないと気を引き締めるが、なんだか明るすぎて、本当に死んでしまった少年なのか、解らなくなる。

もしかしたら、実は生き霊で、本当は生きてどこかに居るんじゃないかと。

それほど、彼はあまりにも明るすぎた。

『で、ほら、行ってごらん? この超絶美少年幽霊のボクが聞いてあげますから!』

「自分で言ってて、恥ずかしくないの?」

『え? なにが? 自称超絶美少年幽霊の称号?』

「全部」

『えぇっ?! ボクの存在、全否定っ?! うぅ、哀しいなぁ……で、ほら、よければ聞いてあげるよ? 後ろ暗い仕事してたから、情報だけはあるし。……あ、情報が古いのは勘弁してね?』

ため息をついて、出流は墓地を見る。

なにを好き好んでこんな場所でずっと話しているのだろう。と。

そして、なんでこんな話をしてしまうのかと。

「黒い女神が、もうすぐ……桜が咲く頃にやって来る。アルトも、うちも、みんな、彼女達に殺される。それで、みんな殺されてお終い。これまで、ずっと未来を変えようとして来た。でも、ダメだった……アルトは来たし、あんたが言っていた話……たぶん、もうそう遠くない未来に、あいつらは来る」

『そんなに解ってるなら、誰かに言えばよかったんじゃないの? そんな大切な事、なんで言わなかったのさ』

「……」

確かにそうだ。けれど……。

出流は、これまで何度かそういう未来を見て来た。だから、躊躇してしまう。

『あぁ、もうっ。そんな顔しないでよ……友達が言ってたけど、女の子の涙って最強なんだからね』

「な、泣いてないっ!!」

慌てて袖で拭う。が、しっかりそれを見られてしまったらしい。

それにしても、あまりにもなれなれしすぎて、なんだか昔からの友達のようだった。

妙に話しやすくて、その話術に乗って話してしまう。

『ねぇ、出流? それ、変えられるかもしれないよ』

「え?」

不謹慎な事に、近くにあった石の上に座りこむと、ぼんやりと空を見上げていた。

『ム……あぁ、いや……三番、目だっけ? うん……三番目のジョーカーに、それを言って。一番目でも二番目でもないよ。三番目に、それをしっかりと教えてあげて』

「でも……」

『大丈夫だよ』

出流に笑いかける彼は、どこか哀しそうに言いきった。

『一人で頑張らないでもいい。それに、彼はかの高名なアーヴェ・ルウ・シェランのジョーカーなんだしさ』

出流はその言葉にひっかかりを覚えた。

アルトは三番目のジョーカーと会ったらしい。が、仮面のせいで素顔も、性別すら解らないと言っていた。

それなのに、少年は三番目のジョーカーを『彼』と躊躇いも無く言った。

まるで

「知り合い、なの?」

『え? 別に』

「……」

その言葉は本当なのか。確かめるためにも出流は少年をじいっと見つめる。

それに、『彼』と人によっては女性にも使うし、どちらか分からない相手にも使う事がある。言葉とは難しいものだと思う。

それにしても、この幽霊は一体誰なのだろう。

「ねぇ、君の事なんて呼べばいいの?」

『うおっ。まだそれ聞く? いいけどさ……そうだなぁ。うーん……シンデレラ?』

「男だよね……」

その声は疲れがにじみでていた。

そして、その視線もどこか痛々しい物を見る目だった。

シンデレラといえば有名な童話の主人公(ヒロイン)が呼ばれていた名。それをどうどうと名乗るとは……という呆れと、それ女の子の名前だろ……という残念さからだろう。

『な、なんか哀しい生き物を見る目で見られたっ?! べ、別にボクは変な趣味を持ってるわけなんかじゃないからね?! 友達から呼ばれてたあだ名をもじったらこうなっちゃっただけだからねっ?!』

「あー、うん。そういうことにしとく」

『あばばばっ!! 絶対勘違いされた……』

勘違いするような名前を言ってしまったのだから仕方ない。が、それでも哀しいものである。




そして、シンデレラと名乗った少年は謎を作り、疑問を解き、道を示して姿をくらました。

この夜の邂逅が、彼等にどれだけの影響を与えたのか、それはまだ誰も知らない。




その四……クイーンオブクイーン。




図書室で独り、マコトは本を読んでいた。

積み上げられた本は、読む予定の本より読み終わった物の方が多くなっている。

そろそろ陸夜が来るかと待っているのだが、来る気配はない。

ふと、顔を上げるとサイが本の間から顔を出した。

一人では無かったようだ。

「主、そういえば、皇の館には四つの不思議があるそうですね」

どこにいたのか、暇だったのでどこかでふらふらしていたのだろう。

「ああ」

「えっと、先ほど音川様達の言っていた図書室の幽霊。あとはなんですか?」

「女子部屋で響く声。墓場の幽霊……そして、星原の女王だ」

「女王?」

不思議そうに繰り返すサイに、マコトは立ちあがって読み終わった本をとると、本棚の元へと向かう。

場所を覚えているのか、どんどん返却していくと、最後に一番奥へと向かった。

それに静かにサイはついていく。

すこしカビ臭い、なんというか、本の匂いがするそこで、マコトは一冊の本をとった。

古い本だ。

表紙もボロボロで、ページもすり切れている。

「うわっ、ぼろぼろですね」

サイが口元に手を当てて、それをみる。

マコトはそれをおもむろに開いた。

と、数人の若い人達の写真がちょうど写っている。

白黒写真だ。いや、色が落ちてしまったのかもしれない。

それでも、顔を確かめるのには十分だ。

そこに映っているのは、なんとなく見覚えのあるようなない様な人達。

そして、一人だけ子どもがいる。

「あれ?」

「気づいたか」

「この、ここに居る人って……」

その、一番隅っこ。影に隠れるように、彼女は写っていた。

その顔は、まったく変わっていない。変わっているのは表情だけ。

暗い顔で、それでもむりして笑う少女。

「ラピス様、ですか?」

「星原が出来てから今に至るまで、短くは無い長い年月を影で支え続けた功労者……ただ、彼女は人間であり、なぜこの年月を変わらぬ姿で生き続けているのか、誰も知らない」


それが、星原にある不思議の最後の一つ――星原の女王。








いつも、考えていた。


『ありがとうございました』

シンデレラなんて出流に名乗った少年は、誰も居ない墓場に謝る。

『……いえ。貴方がいて良かったわ』

誰も居ない。が、それは生者に限っての話。

少年の後ろで、女性が笑っていた。

星原にいた女性であり、アイリの恩人であり、肝試しの発案人。

そんな彼女は、少年の頭を無造作になでながら、あやすように言う。

『そんな顔、しないの』

『そんな顔って?』

『無理やり笑って、明るいふりをするのはやめなさい』

『それがボクだからね』

『なら、今だけは泣いていいのよ』

『どうして?』

『誰も見ていないから』

生きた者は誰も居ない。

そんな場所であった小さな物語は、夜明けと共に消えていく。









墓場の幽霊さんの名前はリースさんです。

そんでもって謎の亡霊君の次の登場は二章のラストあたり……。

次の登場まで、彼はいろいろな人に覚えていてもらえるのか……。


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