01-05-02 相反した出遭い
テイルとともにアイリは逃げていた。
何に?
解らない。
何に逃げているのか、解らないのだ。
ふざけているようだが、真実。
周りの人々も逃げている。
何に逃げているのかすらわからずに、だ。
「くっ、これは、一体何なんですか?!」
「私に解る筈が無かろう! 無駄口を叩くよりも先に早く逃げるぞ!」
その後ろで、無作為な破壊がおこなわれていた。
切り裂かれる。
砕かれる。
潰される。
目に見えない何かによって、町が壊されていく。
そして、人も。
「くそっ」
それに対して、悪態をつくことしか出来ない。
酷く、不快だ。
自分は何もできない。それに苛立つ。
自分はまた、見殺しにしか出来ないのか。
「ふざけるなっ」
思わず立ち止り、後ろに、見えない何かに向かって呪を放つ。
簡易的な呪術だが、それでも破壊力は底知れない。
それが、弾かれる。
「アイリっ!」
何に弾かれたのか。思わず立ち止ってしまったアイリをテイルは手を引いて走る。
「……っく、アルファ!」
テイルの声に合わせて地面が隆起する。
そこから、現れたのは、召喚されたのはゴーレムだった。
「止めてください!」
そこに留まり、何かを迎え撃つ。
砂が辺りに散らばった。
ゴーレムの身体が削れているのだ。
しかし、完全には壊せない。魔法で創られた魔法生物が簡単に壊れるはずが無い。
が――
「っく。これは、風……ですか?」
見えない攻撃の正体、それは、風。
だが、違う。
何かが違う。
確かに風なのだろう、が、言い知れない違和感を持っていた。
「あぁ、お前らが星原からきた奴らか」
そこに、声が降る。
頭上?
上を向くと、青い空に二点の黒い影があった。
黒髪の青年と、金髪の少女。
どちらも大した表情を見せない。まるで人形のようだ。
そんな彼等が、宙にいた。
「風術師、か」
「……まあ、そうだな」
一瞬アルトの姿が脳裏をよぎる。
彼女たちは此れに気づいて逃げられただろうか?
風術による破壊は止まらない。
言い知れない緊張感が辺りに漂っている。
「あの道化、よけいなことをしやがって……」
舌打ちをしながら青年は地面に降り立つ。その横に、少女の姿もあった。
テイルの事も、アイリの事も、まったく目に入れようとせず、人々が逃げて行った方向へと向かう。
「ま、待て」
「なんだよ、クソガキども」
「お前たちがこんな事をしたのか」
「俺ら以外、誰が居るんだよ」
ようやく振り向いたは、嗤っていた。
「で、それを聞いてどうするんだ?」
「……このまま、行かせるはずがないだろう」
テイルは既に待機している。
自分も、大丈夫だ。
このまま、彼等を行かせる訳にはならない。
被害を広げられない。ここで、彼等を止める。
「へぇ、出来るのか?」
「出来なかったとしても、足止めくらいにはなるだろう?」
青年の足元、地面からテイルのゴーレムが現れる。
先ほどのゴーレムはまだ風を防いでいる。新しいゴーレムだ。
それを青年は風の力を借りて容易く逃げた。
が、少女は残ったまま。
ゴーレムの手が少女の小さな体をとらえた。
「大人しくしていてください」
「……」
少女はそれでも無表情だ。
自分が捕まっている事に気づいていないように。
顔色一つ変えないその姿に、気味の悪さを感じる。
しかし、それよりも逃げた青年の方だ。
「破っ!」
呪を放つ。
先ほどの簡易的なものでは無く、札を用いたものだ。
その札が放たれたと同時に闇に包まれる。
暗い矢に変わったそれは、青年に。
「無駄だ」
「っち」
風が、魔力を纏った風が盾になって呪を相殺する。
舌打ちをして、すぐに他の術を放とうとし、手が止まった。
「なっ……これは……」
あたりに、風が渦を巻いている。
アイリを中心に、捕らえるように。
「はい、動かないように。動いたら問答無用でやつざきにしてやるから。それとも、死にたいのなら今すぐに殺してやるよ?」
何時の間に。そんな思いだけが思考を支配する。
風は目に見えない。何時、術をしかけられたのか、解らなかった。
風の檻に捕まった今の現状に、舌打ちを重ねる。
さらに、横を見れば、捕まって何もできないと思っていた少女が簡単に己を拘束する拳を破壊している。
それどころか、そのままゴーレムを破壊する。
やはり、攻撃が見えない。
彼女も風術の使い手なのかと考えるが、何かが違うと直感している。
なら、なんなのか。違和感は解っても、正解が導き出せない。
「貴様ら、何者だ……」
「聞いてどうするんだ? まぁ良いけど……あぁ、そういや、あいつが星原に行ったんだっけ……」
愉悦の笑いが青年からこぼれた。
手で目を隠して、おかしくて仕方ないとばかりに哂う。
「お前……」
なんなんだ、こいつらは。
「なら、音川の奴に伝えておいてくれ。俺は神楽崎。お前の敵だと」
「……なに?」
どういうことだ。なぜ、音川の名前が出て来る。
この状況に、逃げようとしても逃げられない。
テイルは少女に短剣を突き付けられている。そして、自分も檻に。
どうする?
彼の言葉を聞く限り、自分を殺そうとはしていないらしいが、これがどう転ぶのかまだ解らない。
が、考えは途中で中断させられる。
「……彼女が聞いているのはわたし達の正体。お前の名前じゃない」
不機嫌そうな少女からだった。
金髪のお人形のような、可愛らしいけれどなにも反応の無い少女だ。
「うっせぇな。だからどうした、ガキ」
「私はガキじゃない。お前より年上。それとも、年の数え方も知らない馬鹿なの?」
「黙れ。こっちはさっさと潰して帰りたいんだよ」
「気になるからってここに来たのはお前だろ」
仲間割れか?
少女と青年はどうやらあまり仲がいい訳ではないらしい。
それでも術が揺らぐことが無いのは相当の実力者と言うことだろう。
しかし、今なら油断している。
こちらに注意も向けず、喧嘩をしている。
テイルの方を見れば、こちらの思惑に気づいたのか頷いて来る。
「……闇よ」
小さく呟いた。
自らが一番慣れ親しんだソレの名を。
周囲の風が地面に落す影。魔力を纏い、質量を持っていたためにうっすらと映っていた影が、蠢いた。
「逝け」
一言。呪を籠めた言霊にて、それを飛ばす。
「火炎魔法高位五――!」
それと同時にテイルも魔法を放っていた。
「って、おいおい。なんだよ」
風の檻が、消える。
消滅、四散。術者の意志を無視して、魔術が消えた。
「ただの呪いだ」
魔術を呪って、消滅させたのだ。
その横で、テイルの炎を少女がひらりと軽い足取りでかわしていた。
かわされはしたが、テイルはまたゴーレムを召喚している。
「へぇ」
神楽崎と名乗った彼は、面白そうにこちらを見ていた。
「おい、神楽崎。お前のせいなんだけど」
「……って、俺のせいじゃねーだろ」
「お前がふざけたことを言うからだ」
「一応、俺がお前の上司ってことなんだが」
「黙れ、餓鬼」
「テメェの方が餓鬼だろ、どう見てもっ!」
ふざけた奴らだ。それほど、余裕なのだろう。
私たちなど、片手間で倒せると思っている。
出なければ、こんなどうどうと喧嘩などしない。
「アイリ……どうするします?」
「どうするもこうするもあるまい。なにかしら起こる事は解っていたのだ。とにかく、止める」
「解りました」
「それに、あの好奇心旺盛な奴もそろそろ来る筈だ」
「あ……」
そういえば、彼女たちが来ている。
その事に思い当たったテイルは複雑な顔をする。
どうせ、彼女達を巻き込みたくないとかなんとか思っているのだろう。
が、そんな事言っていられない。
このままではこちらが危ないのだ。
それに、私たちが破れた後、彼女達に害が及ばないとも限らない。
「……止める、か……私達はセレスティン。お前達とは敵対する者。一応、まだお前達を殺すつもりはないけれど、邪魔をするなら殺す」
金髪の少女が尊大な態度で言う。まるで、自分がこちらの生死を握っているかのように。
しかし、それに反論できない。
簡単に勝てるような相手では無いからだ。
「おい、セイレン。勝手に……」
「五月蝿い。私の名前をお前が呼ぶな」
「ったく、プルートの奴、こんな厄介な奴を俺に押しつけやがって……」
彼女の名前はセイレンと言うのか……。
無駄に会話するおかげで、なんとなく彼等の関係が見えて来る。
金髪の少女、セイレンは神楽崎の部下。でも、プルートという奴が神楽崎に押し付けたのがセイレン。
だから、二人は仲が悪いのだろうか。
そして……セレスティン。
知っている。
その名前は、聞いたことがある。
先ほどから無言のテイルもまた、知っている。
因縁浅からぬ相手だからだ。私にとっても、テイルにとっても。
まさか、二人がそのセレスティンだったとは。
「とりあえず、殺すのはまだだって言ってんだろ」
「面倒。邪魔。お前も殺そうか?」
「……」
ため息。
神楽崎は下を向いて深いため息をつく。
そして、顔を上げた時、少女の居た場所が爆ぜた。
「っつ、なんのつもり?」
その前に回避していたセイレンは不機嫌に問いかける。
味方が、味方を攻撃した……彼等は馬鹿なのか?
いや、こちらからすれば好機。
そう思っていた。
「お前さぁ、何様のつもりか知らないけれど、人間が嫌いだとかどうだとか今関係ないから……俺の邪魔をしないでくれるか? 俺は、俺の為にここに居るんだよ。お前の我がままに付き合ってられるほど暇じゃねぇんだよ!」
さらに、少女の周りで風が渦を巻く。神楽崎の術だとはすぐにわかった。
が、そこまで。
その風が次々に離散する。
セイレンに傷一つつけることも無く消えて行く。
「なら、さっさと壊せばいい。この町、いらないんでしょ?」
少女が、ニヤリと嗤った。
先ほどまでの不機嫌さも、無表情も、ない。
ようやくこの時が来たとばかりに、嬉しそうに……嗤った。
人が『神』と呼ぶものは、三つあると友人《マコト》は言っていた。
一つは、本物の神。
この大陸に遥か昔から存在する存在。
世界樹フィリアリア、そして時の三柱神……さらにそこに従う数多の神々。
本当に存在する、何もできない神。
一つは、人々の空想の神。
何もかも出来る、万能の神。
そのような存在は現実にはいない。
生きとし生ける者の生死、終わってしまった過去など、曲げられない理、変えられない物を変えることのできる、人々の理想の存在。
一つは……人にとって、わけのわからないモノ。
理解できない、超人的な存在。
それが神ではないとしても、神の様なあまりにも圧倒的な力を持った存在。
目の前にあるのは、きっと三つ目の神。
理解できない、神のような存在なのだろう。
「……そ、そんな」
目の前に広がる光景は、到底理解できないものだった。
少女の後ろに、暗い穴が開いていた。
そこから蠢く影。強大な魔力を感じるそれが、少しずつ姿を現す。
それからこぼれた水が、地面をぬらしていく。
「水……ですか?」
確かにそれは水で造られていた。が、水では無い。
「違うぞ、テイル。あれは……龍だ」
――そう、水龍。
圧倒的な存在。
それが、呼びだされる。
その戦いは、あまりにも一方的だった。
三番目のジョーカー。それに挑む正体不明の仮面。
実力が違った。
「すごい……」
仮面の人物は、三番目のジョーカーを圧倒していたのだ。
持った剣を自分の手足のように操り、追い詰めて行く。
しかし、この戦いはどう見ても二人とも本気を出していない。
それにアルトが気づいたのは数分のちのことだった。
まだ、彼等は使っていない。自分の魔法を。
もしも二人の同じ実力の剣士がいたとしよう。
どちらも何もせずに戦えば決着はつかない。
しかし、その二人が魔法を使ったら?
勝敗は彼等の魔法の実力によって変わるだろう。
それだけでは無い。
彼等の得意な属性やどのような魔法系統化によって、さらに勝敗は解らなくなっていく。
三番目のジョーカーと仮面。二人がどのような魔法を使う者なのか、アルトは知らない。
が、三番目のジョーカーは笑っている。
追い詰められているというのに笑っている。と言う事は、なにかしらの自信があるという事。
切札の様な魔法を持っているという事だ。
「えーっと、貴方は誰なんですか?」
「……お前だよ」
「はて? 自分、二人も三人も居た記憶が……一応あるにはありますが、貴方では無いと思うんですが?」
「言葉が足りなかったな。私は――」
三番目のジョーカーが逃げ、下がった先に逃げ場はなかった。
いつの間にか壁に追い詰められていた彼は、仮面を不遜な笑みで見る。
「三番目のジョーカーと名乗る者だ」
彼の首筋に、刃が押し当てられた。
動けば切る。殺してやる。
そんな無言の意志を感じるソレに、彼は愉しそうに喉を鳴らす。
「おやぁ、本当に、今回は大物が沢山釣れましたねぇ。居るのか居ないのかすら解らない三番目……貴方が本物の三番目のジョーカーだと?」
「信じないのなら、信じないでくれ。その方が……好都合だ」
剣が引かれる。
首筋から放されたそれに、彼は安堵して……。
「とりあえず、消えろ」
頭から切り裂かれた。
「え……?」
なにが起こったのか。ただ、傍で見ていたアルトには解らなかった。
ただ、酷く赤いと。
噴水の様に飛び散るそれに、ただただ、心がついていかない。
「な……なん、で……」
その光景に、酷く怯える。
目をそらし、現実から目をそむけることで、必死になって冷静になろうとする。
なぜ、こんな平和な町中で、こんな事が起こるのか。
アルトは幸せで、争いの無い場所に居たから、解らない。
流留歌という優しい世界に居たから、守られて来たから。……いや、彼女でなかったとしても混乱していただろう。
躊躇いも無く、人の命を奪った彼に。
「なんで? これを切ったことに対しての質問なら、答えは簡単だ。敵だから」
「……」
こともなげに、彼はそう言った。
それがかの者の日常で在ったから。
「それに、死んでいないぞ」
「え……?」
そんなの嘘だ。と、アルトは言葉にならないまでも心の中で否定する。
頭から、斬られたのだ。人が人である以上、あの傷では助かるまい。
今も止まらない出血。動かない四肢。
「なんで……なんで、そんな、冷静に……」
人が死んだのに。
「いやぁ、嬉しいですねぇ。初対面なのに、私が死んだことを心配してくれるなんてー」
「きゃああっ?!」
後ろから、聞き覚えのある声がしていた。
耳許に息がかかるほど、近くに居る。
なんで?
ただ、それだけだった。
なぜ、死んだはずの彼が居る?
仮面の近くには、まだアレがある。
それなのに、後ろにいる。
「いやぁ、騙し合い、化かし合いは得意で。ははは」
「だから言っただろう、死んでいないと」
仮面の彼はため息をついて剣をアルトに、性格にはアルトの後ろに居る三番目のジョーカーに向けた。
その足元にあったそれは、跡形も無く塵になって崩れて行く。
あまりにも本物に近かったそれが、消えて行く。肉も、血も、跡形も無く、だ。
「それで、どうする。そいつを人質にでもするのか?」
そいつ――アルトはようやく自分の置かれていた現実を思い出す。
彼は、三番目のジョーカーは、自分をどうするのか。
すぐ後ろに居るのだ。
手を伸ばさなくても届く位置に。
身体が硬くなる。これから起こることを予測して、顔がこわばる。
緊張――張りつめた空気のなか、三番目のジョーカーは苦笑した。
「いやぁだなぁ。そんな事をしたら後が怖いですよ、あの魔女の事を考えたらね。ここは『逃げ』を選択させていただきますよ」
「きゃあっ」
突然地面との距離が近くなる。
押されたと気づいたのはその少し後で、顔を上げると、世界が変わっていた。
「え……?」
いつの間にか、夜になっている。
場所も違う。
人の居ない、森。
――その森を、アルトは知っていた。
「なんで……」
先ほどまで前に居たはずの仮面の人物も居ない。
その代わりに、いたのは五つか六つの女の子だった。
黄色と不自然な赤の着物を着た女の子。
その赤の色が少女の血であることを、アルトは前々から知っている。
「なんで……」
同じことしか言えないアルトに、彼女は笑って言った。
「どうして、わたしを、ころしたの?」
違う。こんなの違う。現実じゃない。
彼女はこんな事を言わない。だって、もう死んでいるから。
それに、彼女はそんな人じゃなかった。
ホントウニ?
揺らぐ。
心が揺らぐ。記憶が揺らぐ。
あの時から変わろうとしていたのに、過去の自分を思い出す。
「……ち、ちがうの……わたしは……」
一歩、少女は近づいて来る。
あの三番目のジョーカーと対した時よりも、あの仮面の二人が戦っていた時よりも、アルトは心から怯えていた。畏れていた。
「ちがうって、アルトがいうの?」
首をかしげるその姿は、記憶にある彼女にあまりにも酷似して、いや、同じで。
さらに近づいて来る彼女から、アルトはまた一歩下がる。
が、そこまでだ。
とんと何かにぶつかって、後ろを向くと壁だった。
森だったはずなのに、いつの間にか『あの場所』に変わっている。その事が、さらに追い詰める。
「ちが……わたしが……」
後ろにはもう下がれない。
すぐそば、もう手を伸ばせば触れられるそこに、少女は居る。
「アルトが……わるいんだよ」
真っ赤に染まった手を、伸ばして来る。
その手は、あの時に離してしまった手だ。
もしもあの時、しっかりと手を繋いでいたら。
「ねぇ、こんどはちぐさをころさないでよ、アルト」
その手を取ろうと手を伸ばして、違う者の手に止められた。
「やめておけ。それは偽物だ」
仮面をつけた人だった。
声を近くで聞いたことで、なんとなく男だと気づく。が、それ以上、正体は解らない。
「人の悪夢を見せる幻影……悪趣味だな」
そう呟くと、世界が崩れて行く。
硝子の板が壊れた後のように、ばらばらに。
今までの事は、全て幻だったのだ。
魔法で紡がれた、嘘。
「え? え……?」
気がつくと、先ほどの場所にアルトは立っていた。
まったく変わっていない。
あの少女も居ない。
違うのは、三番目のジョーカーと名乗っていた男がいないだけ。
もう一人の仮面の男はおそらくアルトを見て、そしてティアラ達の居るはずの方角を見て、何事もなかったように元来た道を戻る。
「ま、まって」
「……なんだ」
振り返ることも足を止めることもせず、彼は答える。
「あなたは、誰?」
「本物の三番目のジョーカー」
「本物?」
「疑う事を覚えろ。見たことの無いモノならなおさらのこと。良く知らないモノを信じるな。……だから、もしかしたらわたしも本物の三番目のジョーカーではないのではないかと、疑え、音川アルト」
どうして自分の名前を知っているのか。そう疑問を覚えることはもうなかった。
なぜか、皆知っている。
自分の名前を。そして、母を。
それがどういう事なのか解らないが、おそらく、アレが関係している事は気づいているから。
「じゃあ、今の言葉もうそなの?」
「さぁ?」
「なんで、助けてくれたの?」
「……」
なぜか、彼は黙りこむ。
足も止めて、アルトに向き直る。
「別に、お前を助けた訳じゃない。ただ、あの男を追っていただけだ」
「偽物の三番目のじょーかーさんを?」
「……」
頷く。
それ以上は聞くなとばかりに彼はまた歩きはじめた。
もう、止まる気配はない。
が、
「もうすぐフィーユが来る。……それと、忠告だ」
「え?」
フィーユと言う名前に聞き覚えがあるが、思い出せず、それよりも彼の話の続きが気になり、意識を向けた。
「……お前のすぐ近くに、裏切り者がいる」
冷たく言い放たれたその言葉は、日常を壊す一つのきっかけにすぎない。
おまけ
注意!
若干キャラ崩壊しています。
本当にあった話なのかは解りません。
アルトの前から、今度こそ彼は去っていく。
が、どうしてもアルトには聞きたい事があった。
先ほどから、どうしても気になることがあったのだ。
「ま、まって!」
「誰が、なんて教える訳が無いからな」
「そうじゃないくって、その……」
え、誰が裏切っているのか、気にならないの? と、おそらく疑問に思ったらしい彼は少女をふりかえる。
それよりも、そんなことよりも、アルトは気になることがあったのだ。
「あの……その……仮面って、最近流行ってるの?!」
「……」
ずるり。
と、足を滑らせるの仮面の男。
そんな事が気になるのか。もっと、その……裏切り者が誰なのかとか、見張られてるってどうしとか、そんな疑問じゃないのか。と、彼は若干混乱していた。
彼からすると、彼女がいろいろ外れている事は知っていたし、彼女の母親からしていろいろな意味ですごい事は知っていた、が、まさかといった感じである。
「だって、さっきの偽物さんも仮面付けてたし……はやってないのなら、どうしてつけてるの?」
ちょっと、ダサいな……なんて思っていたのはアルトの心の中だけの秘密である。
それに対して、彼はゆっくりとアルトに振り返り、震える声で言った。
「い、いや、別にはやってはいないと思う」
この仮面、一応前三番目の女性から餞別として貰った魔法具だったりするのだが……。
そんな事を考えながらも、彼はさっさと帰ることにした。
一応、これから忙しくなる予定なのだ。
ただ、その前に一つだけ。
「……仮面の事を聞かれるとは思っていなかった」
心からの一言である。




