01-04-04 陰陽師、占者と帰還してサイカイをさせる事
――彼は人で、私とは違う。
サイさんは結局、数日だけ皇の館に滞在する事になった。
ここに留まってても別にかまわないのにとラピスさんは言っていたけれど、彼女は他にも探しているヒトがいるらしい。
マコトを探していたのはもちろんだが、もう一人。
生き別れになってしまった妹を探しているのだとか。
無論、妹なのだから人では無い。サイさんと同じ、精霊だという。
「今日もマコトはこないんですか?」
「あー……その……来ない、らしい」
朝。陸夜さんがいつも皇の館に来る時間になると、待機をするようになって二日目。
サイさんが来たあの日から、マコトは来ていない。
陸夜さんの話では、なんだかんだ言って来ないんだとか。
ため息をついて隣に居る少女に目を向ける。
無論、サイさんだ。
その顔は、やっぱりと言う諦めの顔だった。
最初の頃は会ったらマコトに怒られているとここまで来るのを拒んでいたが、今では普通について来ている。
その横にはなぜかティアラ。
ぶすっとした顔で何やら考え込んでいる。
最初、サイさんのことをティアラやアイリ達に紹介して、事情を話すと、なぜかついて来るようになっていた。
どうやら思う所があるらしい。
と、ティアラを見ていて気づく。彼女の組んだ腕が震えている。
どうしたのか聞こうとした。
が、その前に事態は動く。
「だあああーっ!」
「えぇっ?!」
「なにがっ?」
「ははは、はいっ?!」
突如、吼えた。
「……ティ、ティアラ?」
その顔は、怒っていた。本当に、苛立っていた。
初めてじゃないけれど、めったにあることじゃない。
「あぁっ、あのガキっ。いらつくわ!」
「……」
マコトに、怒っている?
まるでサイさんの代わりに、とでも言うように怒っていた。
「出流っ!」
「な、なに……?」
思わず背筋を伸ばしてしまう。
鋭いティアラの声に、近くに居た陸夜までびくりとしている。
「行くわよ」
「ど、どど、どこに?」
なんとなく、予想はつく。けれど、一応。
「無論、マコトんちにっ!」
「……やっぱりか」
いいよね、陸夜! なんて元気な声で陸夜さんに迫っている。
その目は剣のんで、傍から見たら脅しているようにしか見えない。
この流れ、うちも行く事になるのだろう。
皇の館に来て、マコト君と出逢って、もう二年になるだろうか。
マコト君が陸夜さんと一緒に住んでいる事は知っていたけれど、そこに行ったことは無い。
「……マコト君のうち、か」
ちょっとだけ、興味がある。
いや、本音を言えばかなり。
なにしろ、マコト君はいつもわけわからないことばっかりだ。
ちょっとぐらい彼の事を知りたいと思うのはいけないことじゃないはずだ。
「さぁ、行くわよ!」
「え? い、今からっ?!」
普通ならラピスに聞いてから出かけるようなものだが、ティアラは今すぐ、なんの準備もないまますぐに行くらしい。
腕を引っ張られる。
うちとサイさんはいつの間にかティアラのペースに巻き込まれていた。
木々が生い茂る暗い世界。
少し歩けば開けた場所に出る。
そこに見えるのは小さな家だった。
「あれが、マコト君の家?」
先を行くティアラに声をかけると、なんとも返答とも言えない返事が返ってきた。
その顔は険しい。
「ま、まさか……知らないの?」
「てへ」
「てへっ。って、ダメでしょそれじゃあ!」
「え、でも、でも、この道を真っすぐ行った所にある家だって言ってたから……うん。たぶん。めいびー」
「……」
呆れたよ。
「そ、そんな、そんな瞳で見ないでっ!」
なんだか知らないけど、身体を守るように両手で抱いている。
サイさんはそんなティアラを見ている、わけではなく、近くにあった立て札を見ている。
そこには、かすれた文字で何かが書かれている。しかし、それは二重線で消され、その下に霧原と書かれていた。
「霧原……ですか」
そう言えば、マコトの本当の名字ってなんなのだろう。
霧原は陸夜さんの名字だから、マコトは霧原じゃないはず。
本当の名字、サイさんは知っているのだろうか。
すごく気になる。
そう考えていると、隣のティアラは胸をはって言った。
「ほら、マコトの家じゃん!」
「あんたね……」
これで間違っていたらどうしたのだろうか。
さらに進もうとすると、ふと隣にいたサイさんがいない事に気づく。
振り返ると、サイさんは立ち止まっていた。
「どうしたんですか?」
「……私は……あの方は二度と目の前に現れるなとおっしゃりました。だから……その……」
また、マコトと会っていいのか。
それに、悩んでいたようだ。
なんと言うか、ぜいたくな悩みだ。
会いたくても会えない人がいるのに、彼女は目の前にいる『会いたい人』と会う事を悩んでいるなんて。
ここまで来たんだから、行っちゃえばいいのに。
そう、言おうとした時だった。
「ばっかじゃない? そもそも、ならどうしてマコトを探してたのよ。会いたかったからでしょ? 一度会えたから、もう会うなって言われたから、そこで終わりでいいの?」
ティアラが、小さな声で言っていた。
いつもよりも、元気の無い声で。
「此れから先、ずっと後悔するよ。だって、私達とあんたじゃ、生きる時が違うんだもん。……ぜったい、後悔するよ」
「……」
生きる、時間。か。
見た目、少女に見えるサイさんだけど、本当の年はどうなんだろう。
きっと、もっと長い時間を生きて来たに決まっている。
その間、どれだけの人の一生を見て来たのかなんて私には判らない。
ティアラが言った事。その事は、サイさんが一番よく知っているはずだ。
「でも、妹を探さなければ」
「……それ、いい訳じゃないの?」
「っ……」
ざくりとティアラは冷静に、そして冷淡につっこみを入れる。
「だって、『妹』ってあんたと同じ精霊なんでしょ? だったら、時間なんて沢山あるんじゃないの?」
「……」
サイさんは動揺しているようだった。
ティアラの一言一言に、揺れている。
「精霊と、人は違うんだよ」
「……解っています。違うことぐらいっ。……いい訳だと。後悔すると。だから、かもしれません……恐いのです。このまま別れて、無かった事にしてしまった方が、良いのではないのかと、思うのです」
ふと、思う。サイさんにとって、一年はどれくらいの時間なのだろうか。
長い時間を生きるモノにとって、人間の一生はどれくらいなのだろうか。
精霊にとって一瞬の出来事でも、人間にとって数十年だってこともありえる。
それはどれだけ恐ろしいことだろう。
ただ、ちょっと目を離したすきに、その子どもが大人になり、子どもを産み、老人となって逝ってしまった。そんなことだってありうる。
「会わないなら会わないで後悔しなよ。でも、会って後悔したほうが私は良いと思うけどね」
顔を上げたサイさんは、泣きそうな顔でティアラを見る。
「本当に、そう思いますか?」
「やらないで後悔したくないんだ、私。やれることはやりたいの。もう、何もかも終わって、やればよかったなんて後悔したくないから」
それはつまり、後悔したことがあるという事。
思わずティアラを見ても、彼女はそれ以上何も言わなかった。
「……ごめんなさい。ありがとうございます……行きます。でも、私一人でもいいですか?」
否定する事なんて、何一つなかった。
それから、なにがあったのかうちは知らない。
ティアラも知らないのだろう。
霧原宅に入ったサイさんは数分後に出てきた。
隣にはなんだかぶすっとして、すごく不機嫌そうなマコト。
それと対照的な笑顔で現れた。
兎にも角にも、その後、サイさんは霧原家の居候になった。
つまりは、そういうことだ。
「……彩」
少年は、自らと契約を望んでいた精霊に声をかける。
自分が呼ぶことを許された、彼女の本当の名を、呼ぶ。
一人でやらなければならない事――陸夜達には知られたくないことをしていたマコトは、やって来たサイに当初は驚いていた。
そして、いつのまにかむりやり、というか口車に乗せられてというか説得されて、結局サイはこの家に来ることになってしまっていた。陸夜には事後承諾となるが、弟に甘い彼なら大丈夫だろうとマコトはため息をつきながら考えている。
それはともかく、マコトは外に行こうとしていたサイに声をかけた。
「はい、なんですか?」
マコトの知る、以前と変わらない笑顔で彼女は返す。
違うのはただ一つ。今ここには二人しかいないという事だけだ。
外には出流とティアラがいるが、隣に居る訳ではない。
「最初に言っておく」
「はい、なんでしょう」
その笑顔に、マコトは顔をそむける。
眩しくて、見ていられないとばかりに。
「……すまない」
最初に言っておくという事は、今までの事に対する謝罪ではない。
此れからに対する謝罪だ。
それはどうしてなのか。
普通なら聞くのだろう。
が、
「はい」
サイは優しくほほ笑んでいた。
此れから先、なにがあるのかなんて知らないし、解らない。それでもサイは笑う。
謝られるような事柄がこの先あったとして、それがどうしたといわんばかりに。
本当はとても心配で、なにがあるのかと内心は震えている。
でも、彼といられるのなら、そう、笑う。
「あるじ」
「……」
「私は、待ってますから」
全てを教えてくれる、その日を。
そう、言う。
外に出ると、心配そうな様子の出流と口をへの字に曲げたティアラがいた。
そして、マコトは此れからの事にため息をついていた。
私は、ここで死ぬ?
少女は独り、戦場で泣く。
ただ、死にたくないと泣き叫ぶ。
嫌だ
こんな所で死にたくない
とてもみっともなく、ただただ生にしがみつく。
それでも、消える炎を留める術を、彼女は持っていない。
周りの屍達と同様の途を辿るだけだ。
私には時間があったはず
もっと、もっと時間があったはずだ
まだ何もしていないのにどうしてこんな所で死なないといけない?
そこにあったのは後悔。
死と言う絶望が眼の前に迫る中、少女は抑えきれない後悔に身を焦がす。
友達と他愛無い話をして
いつか誰かに恋をして
これから、嬉しい事も楽しい事も辛い事もいっぱいいっぱいあったはずなのに
私は何もやっていない
何もしていないのに、これで終わりなんて……理不尽だ
理不尽も何も無い。
人が死ぬことは当然で。変えようのない必然で。
ちっぽけな少女が変えられるようなことではない運命。
神ですら変えようのない摂理なのだから。
だから、彼女がそれまでに何もしていなかったから生きたいと願っても、意味は無く――。




