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騙る世界のフィリアリア  作者: 絢無晴蘿
第一章 -日常-
13/154

01-02-03 都のシシャ、弔うは――





その犯行はいつも夕暮れ時だった。

帰宅する人々の多い時にも関わらず、人の少ない暗がりや細道、裏道で。

始めは襲った女性の髪をバッサリと切っただけ。しかし、数を重ねるごとに少しずつ大胆に、そして悪質に――。




通り魔を警戒してか、普段よりも若干人通りの少ない夕暮れの大通り。

そこを、少女は歩く。

角を曲れば、閑散とした小道。

そこを、少女は進む。

長い黒髪が風に揺れた。


道は一本道。

前に進むか、後ろに進むかしかない。

何を思ったのか、おもむろに立ち止まると後ろを振り返った。

偶然。それとも、わざとだったのか。

そこには――大ぶりのナイフを持った男がいた。

先ほどまで、いなかった。その男がいるという気配は無かったというのに、少女は驚かない。いや、驚いているのか分からない。

ただ、無表情(・・・)に彼の後ろ(・・)を見た。





「よーしっ、はり、捕まえて!!」

「オレかよっ」

アルトの軽快な声と、玻璃の慌てた叫びが響いた。

それに合わせて、男の周りに不自然な風が起こる。

さらに、本人不本意ながら少女と思われていた少年――マコトの視線の先には剣を抜いた玻璃が男の逃げ道をふさぐように立っていた。




アルトの起こした風。それが男を拘束するように渦巻いていた。

いつもながら、風術師が一人いるといろいろ便利だ。

「アルト、そのままで!」

「りょーかいっ!」

しかし、この細道にアルトの姿は無い。

声だけが辺りに響いていた。

なんでって、あいつが危険な事に巻き込まれでもしたら、いろいろヤバイから。

あの妹馬鹿な兄とか母親とか。少しでも怪我とかさせたら本気でオレの生死に係わる気がする。

へたすりゃ、白峰まで出てきそうだし……。


そいつが動けないこと確認しながら近づく。

落ちくぼみ、それでも光を失わない目に、痩せた長身の男。

驚いている様子はないが、風の拘束に抵抗しようとしている。

「逃げようなんて考えない方がいいぞ、通り魔さん」

アルトの風術はめったなことじゃ破れない。

アルトだから、という事じゃない。術師がアルトにかかわらず、術を破るという行為は並大抵の術師では出来ないからだ。

そういうのが得意な奴とかもいるが、この通り魔がそうだとは見えない。

「おとなしく、捕ま――っ?」

風が、男の行動を縛っていた術が揺らいだ。

「アルトっ?」

なにがあった?!

アルトがいるはずの場所。立ち並ぶ住宅の屋上を思わず見上げようとした。

「はりっ、どいてぇ!」

「ちょっ」

アルトっ?!

上から、アルトが文字どおり降って来たのが見え――押しつぶされた。

「うわうわ、ごめん! はり?!」

「……」

「は、はり?! ねぇ、だいじょぶっ?!」

「へ、平気だ」

若干意識が飛びかかった気もするが、大丈夫だっ。

も、問題ない。

「どうしたんだ」

「だ、誰かに、突き飛ばされた?」

「……」

どこのどいつだ。

アルトのいたはずの場所を睨むと、誰かの影がある。

だれだかしらねぇけど、ふざけんなよ。

「おい、アルトっ。それより通り魔を」

「あっ」

案の定、通り魔はマコトを押しのけて逃げていく。

って、あいつ普通に突き飛ばされやがった。

捕まえようとか努力しろよ。

一応、マコトは通り魔の後を追って走って行った。

「ごめん、追うね!」

それに、アルトもよろめきながらも追いかけた。

正直言って、あいつと二人だけにさせたくなかったがしょうがない。

「ったく。なんなんだよ」

なにかしらあるかもしれないとは思っていた。

でも、あろうことかアルトに手を出しやがった。

「出て来いよ」

「血気盛んなぼうずだ」

声がする。

背に、なにか異物を押し付けられていた。

「お前か、アルトを突き飛ばしたのは」

「だとしてなんで餓鬼に言わなきゃいかん?」

「……」

後ろにいるのは分かってる。

でも、背に突きつけられたやつのせいで、動けない。

しくった。いや、よかったか。

やばそうな奴とアルトが会わなかっただけ良いか。

「なぁ、おまえ、どこの誰だ?」

姿の見えない敵は、突然そんな事を聞いて来る。

いや、オレが聞きたいんだけど、それ。

「……星原から来た、千引玻璃だ」

「なるほど、星原か!」

なぜか、上機嫌な声を上げる。

なんなんだ、こいつ。

なにが目的だ?

「オレは、紫の悪魔だ」

「――っ!!」


嘘だ。

絶対、ありえない。

ありえるはずが無い。


「どうした?」

「……な」

「?」

「ふざけんなっ!」

どうにでもなってしまえっ。

何も考えず、振り向きざまに剣を振るう。

背中が少し切られた。それでも構わない。

見れば、少し驚いたような顔で、見た事のない男が立っていた。

「へぇ」

「お前みたいのが、紫の悪魔なはずが無い」

紫の悪魔――黒騎士と呼ばれる組織にいた奴だ。

数年前に散々騒がれた……殺人鬼。


剣は空振り。紫の悪魔と名乗った男は、軽く避けて一歩下がる。

「なるほどね。本当の紫の悪魔を知ってんのか」

「……っ」

こいつ。

あっさりと偽物であることを認めやがった。

なんなんだ。何がしたいんだ。


「そこまで!」


凛とした声が、オレと紫の悪魔(にせもの)の間に響く。

「玻璃君、大丈夫?」

「天音さんっ」

一応、アルトのさらに後ろの方で待機していたはずの天音が走って来た。

身の丈に合わない大きな古い杖を抱えている。

なんでそんなもん持って走ってんだか気になるが、今はそれどころじゃない。

「オレは紫の悪魔だ。……せいぜい、その名を広めてくれよ、星原」

最後の言葉はオレにだけ聞こえるように言うと、身を翻して逃げていく。

「む、むら、さきの、悪魔っ?!」

色を失った天音の、驚愕のこもった声が聞こえる。

当たり前だ。

相手があの紫の悪魔なのだ。

それに、紫の悪魔は二年前に消えた。そのはずだった。

それなのにっ……。













通り魔さんを追って、わたし達は細い路地を走る。

マコト君は少し前を走っていた。


それにしても、突き飛ばしたの誰だったんだろう。

あと、たぶん大丈夫だと思うけど、玻璃をおいてきちゃった……。


気づくと、通り魔さんとの距離がどんどん離れていく。

「止まって!」

その声に、マコト君はすぐに走るのを止める。

わたしが追いつくと、息切れしているこっちを見てきた。

わたしと違って息切れしてないし、汗一つかいてない。意外と体力あるみたいだ。

「……で」

「だいじょぶだよ」

通り魔さんがどこに行っても大丈夫。

さっきまで会っていて、認識した人なら風術で追う事が出来る。

捕まえられなかったら、もともとこうするつもりだった。

「じゃぁ、いこっか」

そう言えば、マコト君と二人っきりって図書室以来だ。

「そういえば、ごめんね。女の子だと思ってた」

「……別に」

短い返事。

別に気にしてないってこと。なのかなぁ?

「そういえば……ねね、なんで髪の毛切らないの?」

「……別に」

別に気にしてないから切ってない、ってこと?

お、奥が深い……。

「っと、行こっか!」

返事は無いけど、マコト君は頷いた気配がした。

やっぱり、おもしろいなぁ。と思いながら、通り魔さんの後を風術で追いかけた。



「こっちこっち……ほら、あそこ!」

数時間かけて都の中をうろついていた通り魔さんは、あたりが真っ暗になった深夜、ようやく帰路についたようだった。

たぶん、わたし達につけられていないかを警戒してだったんだと思う。

でも、それはわたし達には関係ない。

風は、どこでも吹いている。存在している。だから、どこにいても風は見つけることができる。追う事が出来るから。

「ここっ」

白い石畳と同じ色の家が立ち並ぶ中、こぢんまりとした家の前で止まる。

他の家とほとんど変わらない。

ただ、全ての窓が布で見えないようにされていた。

家の横には細い道がある。そこに裏口があった。

「ねね、どうする? はりとか待つ?」

少し離れた場所で、家の様子を観察しながら、風で玻璃達に知らせを送る。

「……お前がしたいようにしろ」

「むむっ」

し、したいようにって言うのが、一番大変な気がする。

そう言えば、マコト君は戦わないらしい。

術とかが使えない体質で、武術とかも護身術くらいしか習ってないから戦ったりするのは専門外だとか。

魔法とか魔術とか、そういうモノが使えない人はすごく珍しい。

力が強いとか弱いとか人それぞれだけど、まったく使えないって人は、めったに見たことない。

でも、マコト君はそうらしい。

「うーん」

このまま行くか、行くまいか。

考え込んでいると、マコト君は何を思ったのか通り魔さんの家の方へ歩いて行ってしまう。

「え、ちょっとっ」

制止を聞かないで、裏口まで行くとおもむろに扉に手をかける。


カチャリ


「……」

「……」

扉が、開いちゃった。

「ななななな、なにしてんのっ」

どど、どうするんですかっ?!

思わず大きくなりそうな声を小さくして叫ぶ。

「……どうする」

「ど、どうするって?」

家の中は暗かった。

ど、どうしよう。そろそろ玻璃が来るはずだ。

でも……。


少し迷った末に、一言。

「おじゃまします」

いつものように履物をぬごうとしたら、マコト君に無言で止められたことは秘密だ。



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