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S0-00-03 紫の悪魔と灰かぶり


光が、部屋全体を照らした。

目くらましの光。

されど光。

思わず目をつぶってしまった少年に、緋色の髪の女性は容赦なく剣戟を加える。

それを、ただ守る一方で少年は対応する。

一瞬の隙。それをついて反撃しようとする。

が、

女性からつきだされた手から光の弾が連射され、それを少年はぎりぎりで避けた。

少年の青みかかった髪と服の端が焦げて、焼けた異臭がした。

「[縫留めろ]」

体勢を崩した少年が、叫ぶ。

不自然に女性は動けなくなるが、それは一瞬だけのこと。

その間に体勢を立て直し、少年は剣を構える。

それに女性は不満げな顔をするが、なにも言わずにさらに光の弾を連射する。

さらに避けるが、今度は言霊を使う暇さえも与えず女性は斬りかかった。

体勢を崩したまま受け止めると、不快な音が響く。

意外と強い女性の力に、体勢が崩れているために力を十分発揮できていない少年は圧されていく。

女性は左手を突きだして、また光の弾を撃つ。

それに少年は避ける事も出来ず、直撃すると壁に吹き飛ばされた。

さらに打ち出される光の弾を持っていた剣で受け止めるが、爆発音とともに剣は折れる。

折れた剣の欠片が少年の腕を裂く。

血が噴き出すが、少年も女性もそんな事に興味を示さない。

少年の手に残ったのは、持ち手と少し残った刃の部分だけ。

それを躊躇わず女性に投げると、彼女は呆気なく剣で弾き飛ばす。

少年は立ちあがってその場から離れるが、女性はためらいもなく得物を持たない彼に向かって斬りかかった。

しかし

小気味のいい金属音。

女性の剣は、先ほど折れた少年の剣の刃部分で受け止められていた。

少年は、両刃の刃を回収し右手に隠していたのだ。

両刃であるために、持っている右手からは血が流れる。

それを見て、女性は剣を引いた。

「終わりよ、ムラサキ」



ほんの数分の戦闘で、血だらけになったムラサキは紅破からタオルを投げられ受け取った。

それで出血を抑え、紅破の元に行く。

そこで、頭を軽くこづつかれた。

「ムラサキは言霊なんて反則な能力があるんだから、もう少し考えて効果的に使いなさい」

「……」

「あと、その手は何」

何時も通り彼は無言で無表情で、両手を見た。

右手からの出血以外、別に何もない。

顔を持ち上げると、紅破はため息をつく。

「あなたははもっと自分を大切にしなさい」

「……」

大切?

意味がわからず、彼は目を細めた。

なぜ大切にしなければならないのか、わからないのだ。

紅破はさらにため息をつく。

「暗殺者として、手は大切なものよ。もしも一生使えない手になったらどうするの。……もちろん、考えはよかったけど」

あの時、紅破はまさかムラサキが剣を受け止めるとは思っていなかった。

「灰かぶりとは最近会ってないんですって?」

それを言っても、ムラサキは相変わらず無表情だ。

「まあいいわ。早く、きちんと手当てしなさい」

そう言って、今度は優しく頭を撫ぜた。

ムラサキは無視して外に出て行った。




「自分を大切に、か……私が言う事じゃなかったわね……」

きっと、彼には紅破が言いたかった事は伝わらなかっただろう。

もう一度ため息をつくと、紅破は訓練室から出た。汗まみれだし血も付いている。着替えをしようと更衣室へ。

すると、タオルを差し出される。

「はい、お疲れさま」

「……竜胆、見てたの」

受け取った紅破は、組織内では険悪の仲だと噂されている弟に微笑んだ。

いろいろな事情で二人は仲たがいしているだとか仲が悪いと皆に思われているが、なんだかんだ仲は良い方だったりする。

「姉さんが直接師事してるって聞いてさ」

「大方、灰かぶりの相方を見たかっただけでしょ」

「それもある」

くすくすと笑う竜胆は、灰かぶりのことを気に入っている。元々、彼が灰かぶりを黒騎士に招いた事もあるだろう。

おせっかいな彼の部下は幸運だろうなと思いつつ、紅破は汗を拭く。

「それにしても、惜しいね、あの子」

「……そうでしょう」

「あれだけ姉さんと戦えるのに……魔力が無いなんて」

この魔法に満ち溢れた世界で、彼はさぞ生きづらいだろう。

魔力が少ない、だけならまだやりようはある。だが、彼にはまったくもって魔力が無い。

言霊は魔法に近いが正確には魔法ではないし、結局彼には力ある言霊を放つ事は難しい。

本人がどれだけ強くなろうと努力しても、結局は魔法を少しでも使えなければ呆気なくその努力を他の者達は越えて行ってしまう。

「一応、対策は考えているのよ」

「へぇ」

「彼自身も魔法を使えなくても戦えるようにっていろいろ調べているみたいだし……」

「そうだろうね」

図書室の司書からの報告で彼が魔法に関連する書籍を散々読み漁っていると言う話は聞いている。それでどれだけ魔法使いに対抗できるのか分からないが。

「それで、姉さんは彼になにを求めているの?」

「……強くなって欲しいと思っている、けれど?」

「そう」

はぐらかされた。そう思いつつ、竜胆は更衣室から出て行った。

父が行方をくらましてから、姉は少し秘密を持つようになった。竜胆は気付かないふりをしながらも、その秘密を暴こうとしている。

黒騎士を束ねていた父の突然の行方不明、そしてそれと同時期に現れた記憶喪失の少年、それが何かしらの秘密を隠しているという予感があったから。







「聞いたか?」

「あぁ、あの紫の悪魔の事だろ?」




灰かぶりがムラサキの下に来なくなって数日が経とうとしていた。

同時に、ムラサキの事で黒騎士の中でうわさが広がっていた。

いわく、村を一つ滅ぼしたらしい、とか。依頼を拡大解釈して無差別に殺した、とか。

特に噂を訂正するつもりのないムラサキは、聞き流してその噂が流れるままにしていた。何度か革命派の若手がムラサキに近づいてきたが、興味が無かったのでさっさと離れた。


噂が全て真実がゆえに。


訓練場のほど近くに、保健室と名目の部屋があった。

正しくはとある女医が、常に使っている部屋なのだが。

訓練や修行、仕事で怪我をした者がここで治療を受けている。

今日は開店休業中のようで、白衣を着こなした女医が足を組んで座り目を瞑っていた。

短いタイトスカートで足を組んでいるために、見えそうで見えない。白衣を着ていると言っても、その下の服は露出が激しく、豊満な胸の谷間が見えている。

翡翠の魔女と呼ばれる元暗殺者だった。

現在は、キルティア・バードウェイと名乗っていた。

「あら、ムラサキ君じゃない」

入って来たムラサキを見ると、目を細めて手招きする。

それに、ムラサキは無表情で応じる。

「あらあら。今回も容赦なくやられたわね」

腕と手の傷を見て、そう評する。

紅破と訓練するたびに毎回毎回怪我をして来るのでさすがに子ども相手になにしてるのかと何度か苦言を申し立てたのだが、紅破は困った顔で謝っただけであまり変わった様子はない。

腕の傷に手を翳すと、そこから淡い光が放たれる。

すると、腕の傷は血が止まっていく。

「まあ、筋には傷がないみたいだし、大丈夫ね。えっと、しょうどく消毒……」

手当てされている間も、ムラサキは無言で通す。

「そう言えば、貴方噂聞いたわよ。あの灰かぶり君と相棒になったんですって? それで、今度は喧嘩してるとか……」

「……」

喧嘩? 一体いつ?

突然来なくなっただけで、一体どうしてそんな噂が流れたのかまったく理由がわからないムラサキは無言だ。

「だめよ、友達は大切にしなくちゃ」

友達?

一体いつ彼とそんな関係になったのかまったく覚えが無い。

「それに、あの噂……聞いたわよ。さすがに、やりすぎだって」

特に言う事もないのでムラサキはその話にも無言を貫く。

そのうちに、手の方も手当てが終わる。

それを見ると、すぐに帰ろうとした。

「つれないわね~。もうちょっといればいいのに」

「……」

「そうそう、灰かぶりくんって言えば……って、もう、早いわね」

話を聞かずに彼は歩いて行ってしまう。

誰も居なくなった自室で、彼女はため息をついた。

「少しは変わるかと思ったけど、ぜんぜん変わってないのね」

何処までも無表情で、なにもしゃべらない変人。

独りよがりで勝手にふるまい、人間が嫌いなのじゃないかと言われるほど人との接触を避け、鉄よりも変わらない顔の持ち主。

天上天下、唯我独尊、傍若無人、人間不信の鉄面皮。

あの灰かぶりなら彼も変わるかもしれないと思ったが、考えすぎだったのか。

彼が黒の騎士団に来たばかりのころを知る数少ないうちの一人だった彼女は、あの頃からあまり変わらない少年にもう一度ため息をついた。



灰かぶりは、おせっかいでうるさくてさわがしい少年だ。だから、彼が部屋に来ないことは静かに過ごせるため、ムラサキは気にしないようにしていた。

だいたい、喧嘩だとか何だとか、まったく覚えが無い。

きっと、ついに愛想を尽かしたんだと誰かが言っていたが、それはこっちの台詞だ毎回うるさく騒いで部屋を荒らしていくのだから。

心なしか、いつもより早足になりながらムラサキは自室に戻る道を辿る。

手は痛みが和らいだがしばらく上手く使えないだろう。なら、空いた時間で読みかけの魔道書を読み終わりたい。

ひそひそとこちらに聞こえるか聞こえないかほどの声で話す者達を無視して歩く。

自室のある廊下に出たところだった。

「あ、ムラサキ、どこ行ってたの?」

それは、こっちの台詞だ。と、思わず目を見開いて、その声の主を見た。

なぜか両手に仮面やら置物やらいろいろな物を詰めた袋を持った灰かぶりが、いつもと変わりない様子で部屋の前で立っていたのだ。

「あ、もしかして寂しかった? 突然だったから直接連絡出来なかったしごめんねー! でも、代わりにお土産いっぱい買ってきたから!」

「……は?」

ふざけた顔をした木彫りの面を無理やりムラサキの頭に載せて、灰かぶりはあれ?と首を傾げた。

「聞いてない? もしかして、聞いてなかった? おっかしいなぁ……トムラに頼んだのに……」

ムラサキがなにかを言う前に、どんどん彼は話を続ける。

「やっぱり燈矢に頼めば良かった。トムラのやつ……って、ごめんって! そんな睨まないで!!」

「……睨んでない」

これ以上話を聞いていても無駄だとムラサキはさっさと自室に戻ろうとするが、いつものように灰かぶりは付いて来る。

「いや、確実に睨んでるって言うか怒ってる?!」

「……怒ってない」

「でも、眉間にしわが……」

「できてない」

「いま、しわを確認しようとしたでしょ」

「してない」

「ねえ、ムラサキ」

「……」

「ただいま」

「……」

にこりと笑う灰かぶりに、ムラサキは不機嫌そうにそっぽを向いた。


騒がしかった灰かぶりは、まだお土産を配り終えていないとかで嵐のように去って行った。

静寂は好ましい。嵐の後は好きだ。

ベッドに横になり、テーブルに置かれた物を見る。

謎のお面にどう食べればいいのか解らない奇抜な形の果実、なにかの結晶、がらくたばかりの中に、鉢植えがあった。

なにかわからない植物が一つ、植わっている。なんでも冬に咲く花で、咲き終わってしまった花らしい。なんでそんな物を……と思っていたが冬になったらまた花が咲くからとむりやり渡されてしまった。きっと、気にいるだろうからと。

今は春。冬まで遠い。




「あー、ゆううつだな……解ってるけど、やっぱり会いたくないなぁ……」

ぶつぶつと、人気のない道を歩く少年がいた。

それは、ずいぶん持っていた物が減った灰かぶりだった。

お土産を配り終えた灰かぶりが最後に来たのは――紅破の部屋。

扉の前で、もう一度ため息をつく。そして。

「紅破さん、居ますかー」

先ほどまでため息をついていたとは思えない笑顔で彼は扉を開けた。

「入る前に確認ぐらいしなさい。それで、どうしたのかしら?」


「いやちょっと、お土産を持ってきたので」

「あぁ、そういえば休暇をもらっていたわね」

小さな可愛らしい袋を渡すと、灰かぶりは微笑みながら言った。

「やっぱり、知っていてムラサキには何も言わなかったんですね」

「なんのことかしら?」

なにをしらじらしい、と微笑む紅破を灰かぶりは睨む。

「ボクが休暇をもらっている事を知っていて、ムラサキにはなにも言わなかったですよね? しかも、なんかいろいろ吹きこんだでしょう」

「そうだとしたら?」

「特に何も。ただ……貴女の考えが解らない、だけです。僕がいない間に流れていたあの噂の件にしても」

お土産を配る傍ら、灰かぶりはムラサキに関するうわさを把握していた。

その日の任務についての詳細も伝手を辿って把握済みだ。

――紫の悪魔は確かに依頼で村を一つ壊滅させていた。対象者と関わった者を殺して欲しいと言う依頼に、対象者の潜伏していた村を滅ぼすと言う暴挙を一緒に任務を受けた者とともにおこなった。命令を受けたから、それを実行した。

その命令を出したのは紅破だ。

紅破は何も言わない。

「貴女は、何をしたいんですか」

しばらく、二人は無言だった。

そして、紅破が静かに口を開いた。

「君には、一生分からないわ。願いを自力で叶えた君には」

「……それは」

「もうすぐ、客が来るの。お土産、後で見せてもらうわ」

もう話す事はないと、問答無用で紅破は灰かぶりを部屋から追い出しにかかる。

そもそも、紅破と灰かぶりの立場はあまりにも違う。上司からの言葉にしぶしぶ灰かぶりはその部屋を後にした。

そして、笑う。

「……自力で、願いをかなえた? ボクは、そんな事、できなかったよ……」

思いだすのは幼い妹。そして、あの子を物としか見れない両親。

自力で願いを叶えることなんてできなかった。

実験台として妹を切り刻もうとした親を、彼は一人では止められなかった。

だから、この黒の騎士団にいるというのにーー。



灰かぶりが退室した部屋で、紅破は静かに袋を開けた。

ころりと出てきたのは、綺麗な石のついた首飾りだ。

シエラル王国で採れる宝石の一つ……それを見て、顔をこわばらせる。

「まさか……シエラルに……」

其処に、扉が叩かれて、紅破慌ててそのくびかざりを引き出しにしまいこんだ。

「待って、いたわ」

新たな訪問者だ。

紅破は氷のように冷たい視線を訪問者に向ける。

「それで、弁明を聞きましょうか?」

先ほどの灰かぶりと話していた時とはまったく違う。恐ろしく冷たい声だ。

「私は、一度も村を全滅させろとは言っていないし、関係者すべてを殺せなんて命令、出した覚えはないのだけれど」

歪んだ笑みを浮かべる、翡翠の瞳の女を、紅破睨みつけた。

「ねぇ、川蝉。どうして、私の命令を勝手にねつ造したのかしら」

数日前に問題視された紫の悪魔による暴挙は紅破の命令だと書類には記されている。それを見て紅破がどれ程驚いたか……誰も知らないだろう。

あんな命令を出した覚えはまったくないのだから。

そんな暴挙、絶対に許すわけが無いのだから。

「さあ、知らないわ」

たとえ、何を言われようと、証拠はない。そう、川蝉は嗤う。

大体、なんでそんなことをさせるのか理由がわからない。そう、否定する。

「だけど、あなたしか、ありえない」

「どうして?」

「……だってあなたは、セレスティンの回し者だ」

くすくすと川蝉は声を出して笑う。

「ねぇ、紅破。あなたには言われたくないわ」

あまりにも歪で、歪んだ笑みを浮かべながら、川蝉はそれは楽しそうに嗤うだけだった。




ようやく忙しいのが終ったと思ったら、また忙しくなってしまい書く時間がほとんど取れていません……とりあえず、今月中に投稿できてよかったです。

もう少し外伝が続きます……。

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