02-13-02 神と嘯き騙る者
世界がひび割れる。
空間が、悲鳴を上げる。
降臨したスフィラは、容赦なく自らの力を辺りにまき散らしていた。
スフィラがただそこにいるだけでまき散らされる神気に、みな圧倒されている。
「スフィラ……」
愛しかった愛娘の名を、シェランは呼んだ。
「一つ、お願いがあるノです。……ワタシの為に、死んでくれル?」
スフィラが一気にシェランの元へ跳ぶ。それを止めたのは、カーリーだった。
元々、神と接触しその力に触れて来ていた事もあり、すぐに衝撃から立ち直ったのだ。
スフィラの神気とカーリーの剣がぶつかり合う。
止めようとするが、あまりにも力が強い。カーリーはじりじりと後ろに下がり、ひびが入っていく剣に不安を感じた。
剣が折れる寸前、その場から逃げる。すでに、シェランは三番目が保護をしていた。
三番目は片手に持った一冊の本から結界を呼び起こすと、シェランを守るために張りめぐらそうとする。
「私は大丈夫。だから、あの子を止めて。これ以上暴れさせたら、この世界が壊れてしまう」
「……ですが」
「私には、メトセトラが居るから」
その言葉の通り、シェランの周りに三番目が創ろうとしていた結界よりも強固なソレが創られていった。
軽く瞠目した後、三番目は頷いた。
シェランが無事戦闘から離脱したことを確認したカーリーは、シェランの元へ行かせぬようスフィラの前に立ちふさがる。
前回の戦闘からようやく回復したばかりのフィーユも戦闘態勢に入っているが、あまり戦力は期待できない。
なんだかんだと紫の悪魔について知っていたファントムは、未だに遅刻して来ない。
三番目はジョーカーの中でも最弱だとシェランに太鼓判を押されるような人物だ。元々潜入などに向いているらしく、あまり戦闘は期待できない。
ならば、カーリーがやるしかない。
考える。今までのスフィラの戦いを思い出す。
フィーユやセツナの話を。星原の皇の館襲撃時の報告を。
人の体を依り代にしているせいか、暗い闇を召喚して襲ってくる事は無い。闇に触れたセツナとフィーユは昏倒して何日も目を覚まさなかった事を考えると絶対に触れてはならないモノなため、無いのは良い事だ。だが、本当に使えないのだろうか。
敢えて、いつでも逃げられるように距離をとりながらの戦闘となる。
さらに、フィーユと三番目による遠距離魔術攻撃がおこなわれる。
氷の矢が、風の鞭が、いくつもスフィラの元へ向かうが、それをこともなげに彼女は片手を振る無力化してしまう。
「メトセトラ! ファントムは、まだ来ないのっ?!」
フィーユが叫ぶ。メトセトラは首を振って応えた。
「用事を済ませて来ると言ったきり、連絡がつきません」
こんな時に……、と焦りを見せるフィーユの前に、スフィラは接近した。
「あなた達の魔術如き、別にどウでも無いのだけれど、鬱陶しいワ」
彼女を中心に、黒い風が巻き起こった。
一瞬弱まったかと思うと、フィーユに向かって襲いかかる。
今だ完全に回復していないフィーユでは回避できない、とっさに障壁を創りだそうとするが間にあわない。
黒い風が瘴気を撒き散らしながらフィーユに向かう。
その瞬間、フィーユとスフィラの間に入る影があった。
衝撃音。
黒の風と――三番目の結界がぶつかり合い、そして三番目が敗れた。
黒の風の直撃を受け、吹き飛ばされる。三番目はフィーユを巻き込んで後方にあった木々に叩きつけられて倒れた。
「フィーユ!!」
さらに追撃しようとするスフィラに向かいながら、カーリーは倒れた友の名を呼ぶ。
僅かにフィーユの体が動き、呻き声が聞こえてきた。三番目はすでにどうにか起き上ろうとしている。
二人の無事にほっとしつつも、スフィラに一太刀入れるが、服を斬るだけにとどまった。
彼女はさっと身を引くと、カーリーの剣を簡単に避ける。
スフィラが両手を前に突きだすと、黒い炎が噴き出した。消えることなく、カーリーの周囲に燃え広がる。
その炎に触れた剣が、なんと溶けた。
危険だと後ろに下がろうとしたカーリーに、黒の炎に触れても平然と笑うスフィラは拳を叩きつける。
溶けて半分ほどとなった剣で防ごうとするが、振るわれた拳による衝撃波でカーリーもまた吹き飛ばされた。布で保護されていない所を擦り傷だらけにしながら地面を転がり、ようやく止まった時には砂に塗れ酷いありさまだった。服も転がった時に破れ、血がにじんでいる。
そんなカーリーを見ることなく、スフィラはさっさと目的の人物の元へと向かう。
「……スフィラ」
「お母様、どうか、死んデ?」
唯一シェランの前でスフィラに立ち向かうメトセトラには実態が無い。止める事ができない。
スフィラがシェランのすぐそばに行こうとして――弾かれた。
バチンと音がしてスフィラの足が止まる。
右手を前に付きだすと、雷でも受けたように電撃を受け、やけどをしてしまう。気にせず前に出そうとしても、障壁があった。
「アナタが、これを?」
「……侵入は許してしまいましたが、シェランには指一本触れさせません」
メトセトラは事務的に、淡々と言う。
「ふふ……そう。アナタが噂のメトセトラ。なら、目の前で酷い事をしテあげる」
メトセトラはこの隔絶世界を管理し、さらにアーヴェ本部の地下に在る監獄の管理、本部の監視をしている。特に、隔絶世界と監獄の管理にほとんどの力を裂いている彼女は、先ほどから隔絶世界にひびが入っている事に気付いていた。
世界がこれ以上揺らげば、世界から外れた場所に在り、世界に在りながら世界に存在しないこの空間が、世界に認識され簡単に自由に出入りできるようになってしまうと危機感を覚えていた。
その危機感が、現実のものとなる。
「この体だと、あまり大きな力は振るえないノだけれど……今のこの世界には、これくらいで十分でショ?」
スフィラの周囲に瘴気が集まりだすと、四方に飛び散り、空間を歪めるほどの力を放った。
「っ―――――!!!」
世界が震えるほどの衝撃がメトセトラを貫いた。
隔絶世界と彼女はほとんどどうかしているため、世界に傷がつけば彼女も傷を受けるのだ。
「な、世界が……っ!!」
スフィラを止めなければ、隔絶世界を守らなければと必死に世界を支えようとするが、スフィラの世界への攻撃は止まらない。
スフィラの降臨でひびが入っていた個所から、少しずつ壊れていく。
この場所を隔絶している障壁がひび割れていくに従い、メトセトラは言葉を発する事も出来ず、苦痛に身をよじらせる。
「やめろ!!」
カーリーがぼろぼろになりながらもスフィラに斬りかかろうとするが、彼女の下に辿り着く前に、なにかに地面に押し倒されるかのように倒れた。
視えないなにかがカーリーを地面に叩きつける。なにかしらの魔術だとは分かったが、抵抗しようとしても力が足りない。
「メトセトラっ!」
手を伸ばしても、届かない。
メトセトラは姿を映し出すことすら難しくなり、その映像が乱れていく。
「壊セ」
空間に、硝子が割れるような音が響き渡る。
そして、隔絶世界は壊れた。
旧ダスク共和国、百年戦争より人のよりつかなくなった古城で、人々が集まっていた。
中心には黒い青年――プルートだった。
人種も服装も信仰も、なにもかもバラバラな者達をまとめ上げ、今か今かと彼は待ち望んでいた。
すでに、アーヴェ本部の近くで別部隊も待機している。あとは……アーヴェが隠している隔絶世界と永久監獄への道が開かれるのを待つだけだった。
アーヴェのセレスティン本部の襲撃時、あそこにいたのは構成員の半数にも満たない。すでに、このアーヴェ襲撃の為に別の場所に待機していたのだ。
アーヴェがあの時セレスティンに襲撃をかけるのはすでに分かっていたことだった。そう、予定調和。紫の悪魔がアーヴェに捕まるのも。
彼が監獄かもしくはシェランの住む隔絶世界から黒の女神を召喚して道を開く。シェランの殺害、そして監獄の奥にある物の奪還、その混乱に乗じてアーヴェ本部を襲撃する。それが以前から用意されてきた計画だった。
黒の女神が封印されてから五千年。封印を解くために必死に駆け廻り、黒の女神は不完全ながら復活した。だが、かつての力を取り戻すために何年も、待った。
何年も、何十年も、何百年も。
かつての彼女を取り戻すためならば、なんだってしよう。そう、プルートは誓っていた。
「……?」
待機していたうちの数人がなにかに気付き窓の外……空を見上げた。
そして、プルートおもまた天を仰ぐ。
力の機微に敏感な者たちは、気付いたであろう。
なにかが、空が、世界が、震えていると。
「遂に……」
愛しい黒の女神を封印したうちの一柱、憎々しいあのシェランとようやく遭う事ができる。
そう、笑みを深めた時だった。
「……これはまた、無駄に人を集めて。本当に御苦労な事ね、プルート」
今、聞きたくもない声が響く。
「……また、お前かっ」
殺気すら込めてプルートは辺りを見回し、彼女を睨みつけた。
古城の前のなにもない庭園に、その人物は立っていた。
栗色の髪に黄玉の瞳の女性――すでに三児の母であることを疑ってしまうほど彼女は見た目だけは若い。
「シルフィーヌ・フォン・メイザースっ!」
名前を呼ぶと共にプルートは彼女に襲いかかる。
「今は音川シルフよ、黒犬さん」
片手剣でいなしながら、シルフは微笑んだ。
「貴様、また、またもや、邪魔しに来たのかっ!!」
殺す勢いでひたすら剣を振るうが、シルフは時に風で剣筋を逸らせ、時に弾きとばして防ぐ。
「当り前じゃない。だって私、この美しい世界が好きなんですもの」
プルートから距離をとると、一呼吸。
「そんなこと、聞いていないっ」
プルートはそんなシルフを一刀両断する。
が、その剣はシルフを切り裂く前に風に囚われ止まった。
視認できるほど魔力の込められた風が、プルートの剣を包み込もうとする。
が、シルフの周囲にそれ以上の闇が湧きあがるとその身を拘束しようと蠢いた。
「シルフっ、一人で突っ走るなっ」
その闇を、風が引き裂いた。
さらにその風破シルフの身を攫うと、空中でプルートを見降ろすように現れた精霊の元へ運ぶ。
「あら、嵐朧」
「あら、ではないっ。まったく」
そう言う精霊は、女性の様な見た目だがどこか近寄りがたい雰囲気を放っている。
「それで、こやつらを殺せばいいのか?」
眼下の古城に集う者達を見る目は冷たい。
「殺さない程度にここでぶちのめしておけばいいのよ」
「簡単に言う。殺すより生かすほうが難しいのだと知らぬのか」
「嵐朧だったら余裕でしょう?」
「おだててもなにも出ないぞ」
楽しげなシルフに、嵐朧は舌打ちをしつつも、両手に風を集め始める。
「……貴女は、貴方達は、たった二人で私達を止められると思っているのかっ」
先ほどからなめられたことを言われ、額に青筋を立てながらプルートが怒鳴った。
「はっ、何を言っている。我等がいつ二人だけだと思った? お前を殺したいほど憎んでるやつは山ほど居るんだぞ?」
そう言うか言わないかのうちに、古城の周囲に炎の柱が幾つも立ち上った。木々や建物には不自然なほどまったく燃え広がらないが、熱さだけは感じる。
「これは……」
「お久しぶりですね、プルート。いや、小雨降る暗い夜に佇む黒犬」
言葉づかいは穏やかに、しかし隠しきれない殺意を滲ませながら炎を纏った女性が古城に寄り掛かりプルートを睨みつけていた。その後ろには竜王である潤と彼とよく似た女性。さらに、古城の中から若い少女が跳びだして来る。そして、空一面を覆いつくすように巨大な蛇神が現れた。
「これはまた、豪勢な……」
炎を纏うのはシエラルの守護神リア。そして、潤とその姉である萌壟。どこぞの国に隠れ住んで居ると風のうわさでは聞いていたソーラリウルに以前殺した神の後任の蛇神……どの者達もプルートやセレスティンと関わった事のある者達ばかりだ。
特に、黒の女神に弟を奪われたリアと前任の神を殺されたクラオはプルートの事が憎くて仕方が無いだろう。
「ソーラリウルさんはそちらですか。どちらかと言うとこちらだと思っていたんですけど」
「あっ。そうなんです。やっぱり……その、えっと、悪い事はしちゃいけないと思うんですよ」
「あなたがそれを言うんですか……」
話しかけられた少女ソラは、慌てつつおどおどと話す。本当はセレスティンに勧誘したかったのだが、どうやらシルフに先を越されてしまったらしいとプルートは舌打ちをする。
「近くに眷族達を待機させている。あまり手荒なまねはしたくない。降伏する事を勧めるよ」
そう言うのは、竜を束ねる者である潤だ。彼自身がプルートと一人で対峙できるほどの戦闘力を持っているうえに彼の眷族である竜達は普通の人間では相手にならないだろう。竜とやりあえるだけの実力を持つ者達を集めたつもりだが、量が多くては対処のしきれないだろうし敵は彼らだけではない。
だが。
「ようやく掴んだ機会をふいにしてなるものかっ」
世界は揺らいでいる。もうすぐ、隔絶世界が現実世界と繋がる。その時こそ、シェランを殺すときだ。
出し惜しみはしない。本来、この先の戦いに取っておきたかった切り札とも言うべき者達を呼ぶ。
「ヒノ、アハト君、フィアさんっ」
地面の影から這いつくばりながら首のない体が現れる。切断されたすぐあとの様な傷を晒しながら瘴気を撒き散らし彼は現れた。布の少ない服で、血の気のない白い体がよく目立っている。なにも言わないが、プルートの考えている事は分かっているとばかりに彼は腕を一振りすると炎の柱が黒く染まり黒煙となって消えていってしまう。
「なに……?」
炎を司るリアが、不気味な顔なしの青年を睨みつけた。
視線を感じたのか、顔なしの青年はリアの方向に体を向けた。
さらに、城の奥から青年の女性が現れた。
そのうちの女性にシルフは見覚えがある。少し考えるとすぐに思いだした。
「あなた……黄泉還りの」
黄泉還りの禁術使いである魔術師に支配された下僕だ。
フィアと呼ばれていた彼女は、狂った戦闘狂の黄泉還りで、シルフは何度か戦った事があった。
さらに、去年には星原の称号付き、霧原陸夜と戦い、彼に重傷を負わせた相手だ。
「最悪の魔女……まさか、また逢う事になるとは、ね?」
歪んだ笑みを浮かべるフィアの視線はシルフだけに向いていた。それを気色悪げにアハトは見る。
「……ぜってぇ暴走するなよな」
彼は一応そう声をかけるが、フィアにはおそらく聞こえていないだろう。
アハトはため息をついて周囲を見渡した。
神に、竜に、最悪の魔女に、よくわからない少女。最後の一人はともかくとして、誰もが敵だ。対するこちらはプルートと黄泉還りであるアハトとフィア、そして首のないヒノと呼ばれている青年、プルートが集めて待機させていた構成員が数百人。勝ち目があるとは思えない。
が、アハトは負けるとも思わない。
蛇神がフィアに覆いかぶさり、喰らおうと口を開いた。
嫌な音が響き、血痕が飛び散る。
フィアは避けようともしなかった。
水が落ちる音、肉が潰される音。そして、クラオの歯が叩き折られる音が響いた。
それと同時にクラオは頭から吹き飛ばされる。
先ほどまでフィアがいた場所には、血まみれの彼女が立っていた。
傷は、すでに塞がりかけている。
「あら、これで終わり? もっと、もっと楽しませてよ」
黄泉還りは死者をこの世に呼びもどしたもの。とはいえ、黄泉還りになったとしても痛みはあるし心もある。しかし、フィアは痛みを感じていないかのように嬉しそうに嗤っていた。
「たしか、黄泉還りは徹底的に切り刻めば壊れるのですよね」
アハトの後ろ、いつの間にかそこに竜王潤とよく似た女性が立っていた。
「……貴方達に恨みは在りませんし、無理やり黄泉還らされた存在に対して思う所もありますが」
腕が音を立てて肥大化して行く。爪がのび、さらに鱗におおわれた地面に付くほど長い尾が、黒髪をかき分けて左右の耳の後ろから角が生えていく。頬にも鱗がうっすらと浮かび上がり、茶色の瞳が知能ある獣を思い起こさせた。
人と竜を合わせた様な彼女の姿に、アハトは息を飲んだ。
「今は、敵として貴方達を滅します」
その言葉と共に彼女は獣が爪を立て牙を剥くようにアハトに襲いかかった。
フィアとクラオが、アハトと萌壟が、リアとヒノと呼ばれた首なしが、ぶつかる。
潤が竜達を指揮し、セレスティンの者達が迎え撃つ。
戦いが起こる中、シルフとソラはプルートと睨みあっていた。
「なんで、なんで今、なんだ。どうして、こうもお前は邪魔をするんだ」
ぶつぶつと怨みの言葉を紡ぐプルートの目は半眼で、据わっている。
「だってね、プルート。この世界は美しいから。そしたら、続いていく子たちにその美しい世界を見せてあげたいじゃない。だから、貴方をとめるの」
「意味のわからない事を、毎回毎回……」
「そうだね。貴方には、まだ、分からないだろうね」
どこか憐れみの滲むシルフの言葉。
それを聞いたプルートは、さらに顔を歪めた。
「知った様な口を利いて。お前は、いつもそうだ。機械仕掛けの破壊神にでもなったつもりか」
「別に、私はただの音川シルフのつもりだけれど、貴方にはそう見えたのかしら」
「黙れっ」
プルートが、先に動いた。シルフに向かって行く。
それに対して、シルフは不敵な笑みを浮かべていた。
アーヴェの本部。なんだかんだとバタバタとしていたが、年始よりも落ち着いてきていたそこに、ラピスと陸夜は来ていた。
各組織称号付きが一人ずつ集まって集会を開く予定だった。だが、少しばかり集合時間に早い。
アルト達がどうしているか、そろそろ星原に戻ってこれるかなど上層部に相談しようときていた。
「じゃあ、あいつらの所行ってきますね」
「えぇ、お願い。私も時間を作れたら行くわ」
アルト達に会いにいく陸夜と別れると、シルフは早く仕事を終わらようと目的地に急ごうとした。
「……あ、ラピス、さん」
「クリー? 久しぶりね」
そこまで久しぶりではないはずだが、最近あまりにも忙しくて彼と会ったのが何時だったのか覚えていない。ラピスは、いつもより元気のないクリーに笑いかけた。
「どうしたの? シヴァに振られたの?」
「えっ、あ、いや、そういうわけではないんです! そうじゃないんです……いや、今日、霧原誠がシェラン様と会うって話じゃないですか。それで、いまどうしているのかと……」
「気になっているの」
「はい」
「面談が終わってどうにかなることを祈るしかないわね」
「そうですけど……?」
話の途中で、クリーは怪訝そうに窓の外を見た。
そして、さっと離れる。
「なんで……これは、隠蔽……?」
「どうしたの」
蒼くなったクリーの唯ならない様子に、ラピスはそっと聞いた。
「囲まれています。本部の周囲に千を超える者達が……隠蔽魔術でも、ここまで接近していたらメトセトラが気付くはずなのにっ」
取り乱すクリーに変わって、ラピスは外をうかがう。千を超える人々が周囲にいる様子はなく感じる……だが、本当に注意深く、魔術を使ってみると、近くの林から人の気配がした。
かなり分かりにくいそれをクリーは看破したのかと驚くが、それを言う暇はない。
彼らの目的が分からない。そして、早く本部にいる者達に伝えなければならない。
「……クリー、他の称号付き達に至急知らせに行って」
「は、はいっ」
「私はちょっと寄り道してからメトセトラの所に行くわ」
クリーは、本部の中心、会議室や多くの事務員のいる区画に向かって走りだす。
そして、ラピスは先ほど陸夜が行った道を走りだした。
すぐにラピスの目指していた部屋へ付く。
早く知らせなければと、扉を乱暴に開けた。
「陸夜っ?! え、なんで、え?」
「ラピス、さん……」
呆然とした様子の陸夜が取り乱すラピスを見ていた。
部屋には、書きかけの書類やいろいろな物が散らばっている。
「みんなは? どうして、テイルもアイリも……みんないないの?!」
そう、部屋の中は陸夜だけだった。そして、陸夜も立った今来て、呆然としていた所のなのだろう。
「早くあの子たちを探して! 敵襲よっ!!」
なにが起こっているのか、まったく訳のわからないまま、アーヴェ本部は戦いに巻き込まれていく。
ぐらりと地面が揺れた。
なにかが壊れる音が、全体に響く。
まだ、外の者達は動いていない。だから、これは彼らではない。
「な、なんだ、なんなんだ……?」
陸夜が、呆然と声を震わせて指を指していた。
本部の壁や天井、床の至る所に、黒い亀裂が走っていく。それは、瞬く間に広がって行った。
本部の外にも、それはいくつも現れている。
そして、ひときわ大きな硝子の割れるような音と共に、林から魔術師や剣士たちがなだれ込むように本部に襲いかかってきた。




