01. チュートリアル失敗
登山道から外れて鬱蒼とした草をかき分けて緩やかな斜面を登る。もうすぐ春なのに、草の間を吹き抜ける風はまだ冷たい。
髪を短くしてきて良かった。ロングでこんな湿気たとこ歩き通してたら、絶対うっとおしくなるし。
もっと手入れすれば良いのにってよく言われるけど、髪型なんてどうせすぐ崩れる。
まわりを見渡すと三十人ほどの女子達。下は小学三年から上は中学二年まで。それを三人の先輩が引率してる。
こんな山の中なのにみんなカラフルなフリフリ衣装で少し可笑しく思えてきた。私だってフリフリだ。灰色で派手でないのが正直少し助かるね。
そしてさらに、私達を取り囲むように防護服を着て銃を持った十人くらいの自衛隊員と、後ろの少し高いところに映像記録用のドローン、遠くの空にはヘリコプターまで飛んでる。
物々しい防護服の胸元や右腕に付いた何かをしきりに調整する自衛隊の人達を見ると、こんなフリフリ衣装でただ歩いてるだけで良いのか逆に不安になる。
「どしたの? 唯、疲れた?」
立ち止まった私に、陽子がオレンジ色のポニーテールとフリフリミニスカートを揺らして近付いてきた。
会ってそんなに経ってないのに、相変わらずやたらフレンドリーだよね。私がチビだからってやたら可愛がろうとしてくる。私だってもうすぐ中学生なのにさ。
「ん、全然。まだ始まってもないし……」
そう答えて私はまた歩き出す。
そう、まだ始まってもない。これから始まるんだ、対魔生体戦の実地訓練が。まわりの子達はみんな、これが済めば反強制的に魔生体駆除に駆り出される。
「そっかー、眠そうな目してるから疲れたのかと思ったよ!」
大きなお世話だ。私の目がジト目気味なのは生まれつきなの。
「いよいよだね。これで私もホントの魔法少女、伝説の始まりだよ! ホワイトシューターにだって負けないんだから」
「……特務魔力戦闘部隊員ね」
魔力適正があって変身して戦える女子限定の戦闘員だ。正式名称は長いからマギ隊と呼ぶ人が多い。
変身すると魔生体に有効な魔法を使えるようになる。でも、服がファンシーなフリフリ衣装に変わったり髪色が赤とか青とかカラフルになっちゃうのが嫌なんだよなぁ。どうしてこうなるんだろ。
「そんな堅苦しい呼び方誰もしてないって。魔法少女だよ」
陽子はカラカラと笑う。それでも特に注意を受けたりしない。
思ったよりも緩い。それが私が新人研修に参加してからの印象だ。これが終われば研修完了だっていうのにまだこの緩さが許されてる。
それに伝説的な活躍ができる人なんてほんの一握りだって。まずは上からの指示を堅実にこなせるようにならないと。
◆
しばらく進んだ後、引率の先輩三人が立ち止まったことで全体が止まった。
「目標ポイント到達! 新人は下がって! ……魔素濃度確認、……低いままね。よし。――状況をおさらいするよ!」
引率三人のうち一人、緑色のフリフリ衣装を着たウィンドブロッサム先輩が私達に説明を始めた。
陽子が言うにはこの引率の三人は結構凄い魔法少女なんだって。ネットでも有名だって言ってた。衣装もなんだか普通と違ってブーツに透明な羽とか付いてるし、見た目からして強いんだろうな。
「この先に居る魔生体を私とグノームが倒す。本物の魔生体がどんなのかしっかり観察しておけよ」
そう言ってウィンドブロッサム先輩は私達を見渡した。
「なに、心配するな。事前に言っておいたとおり回復要員もいる」
後ろに控えていた水色衣装の先輩がニコニコ顔で頭を下げた。ノルデナウ先輩だ。現役最高の治癒魔法使いらしい。
「ここは魔素濃度警告区域だ。一般人だって活動できる範囲、強い魔生体は出ない」
魔素濃度が高過ぎると一般人は病気になるらしい。
魔素濃度警告区域は一般人が入れるギリギリの場所。レッドエリアからは一般人は防護服無しじゃ入れない。
マギ隊員は何故か大丈夫らしいんだけど。
「それに自衛隊の皆さんもおられるからな。ホントは戦闘区域まで自衛隊は付いてきてくれないんだぞ。感謝しとけよ」
自衛隊の人が防護服を着てるのは念のためなのかな。
今後の予定は、グノーム先輩が土魔法でみんなを守りながらウィンドブロッサム先輩が風魔法で魔生体を仕留める。私達新人はそれを見てるだけ。しかも出てくるのは新人が襲われても問題ないように弱い奴。
後始末も自衛隊員の人達がやってくれるそうだし、対魔生体戦の実地訓練と言う割には楽ちんだ。最初予想してたのと全然違う。
「話題のホワイトシューターみたいに、いきなり大活躍なんて狙わないこと。油断したらホントに死ぬんだから」
◆
そうして、注意事項とかを説明された後、いよいよ魔生体まで接近した。
遠目から見ると黒いでかい狼だ。大人の胸くらいの高さに顔がある。魔生体は普通の生き物とかが変異した奴。アイツはたぶん野犬か何かだったんだろうな。
向こうもこちらに気付いている。そりゃそうか。だってこんな大人数なんだもん。
心臓がバクバクしてきた。落ち着け、何も問題ないハズ。
――バシュ
ウィンドブロッサム先輩が右手を突き出した瞬間、風が吹いて魔生体が吹き飛んだ。目を凝らすと血が出てるっぽい。カマイタチみたいな真空刃の魔法だったのかな?
そのまま魔生体は動かない。
え、これで終わり?
なんだ、思ったより全然あっけないじゃん。動画サイトで観た戦闘はもっとこう、なんか凄かったけど。さすが新人教育用に選ばれた雑魚ってこと?
「今回は動物型だったみたいだね。今回みたいに動物型だった場……」
――ズバァッン!
「え?」
ウィンドブロッサム先輩の説明を遮って、突然魔生体が動き出す。そして吹き飛ばされる先輩。
曲がっちゃいけない向きに、首曲がっちゃってんだけど。
「は?」
理解が追いつかない。全員そんな感じで一瞬止まってしまった。
ほんの一瞬、でもその一瞬で魔生体は凄い速さで移動してしまう。
「ブロッサム!? くそっ、全員下がれ! ノルデナウ、ブロッサムを回復!」
「い、いやーッ!?」
「きゃーっ!」
グノーム先輩が土壁を出しながら指示を出す。
だけど新人がパニックになって後ろにいたノルデナウ先輩は前に出れないっぽい。悲鳴をあげてその場でうずくまったりしてる子もいる。
そんなパニック集団の中に上空から黒い塊が降ってきた。魔生体だ。そのまま大暴れ。なんだこれ、地獄絵図じゃん。
「わ、わ、私が、私がなんとかしないと!」
「馬鹿、陽子! 一旦下がれて指示だ。土壁を利用して態勢整えんのが先だって!」
下がらない陽子を下がらせようと手を引くが、その目の前に魔生体が歩み出てきた。口にはノルデナウ先輩の頭を咥えている。体は……、ない。
噛み千切られたんだ。唯一の回復要員だったのに。
周りの新人達が散り散りに逃げ回っているから自衛隊も手出しできないみたい。
「あ、あ、あ……、ギャァアアアアッ!」
魔生体の動きは凄く速い。陽子がやられてしまった。なんて馬鹿なんだ。これじゃ犬死だ。これ以上被害が出ればコイツを倒す戦力がなくなってしまう。
「新人! 下がれ!」
グノーム先輩の声が聞こえる。
一旦下がらなきゃと分かってはいるけど、魔生体がそれを許してくれないんだよ。次に狙われたのは一番近くにいた私だった。
目の前に魔生体の大口が迫る。
私の魔法は剣の生成。それしかない。だから咄嗟に出した剣を魔生体の口の中に突き刺してやった。
やった! ザマァみろ!
「熱っつ!?」
直後猛烈な熱さを感じ、思わず手を引いた。
……腕がない。
アイツ、剣ごと私の腕を噛み千切りやがった。
「ぐ、うぅ!」
さっきまでの熱さが猛烈な痛みに変わる。思わずうずくまってしまった。
このままじゃ死ぬ。
次の瞬間、空から白い光が広がって……、最後に見たのは空に浮かぶ羽のある白い人影、噂に聞くホワイトシューターだった。




