兄弟子
「師匠がお気づきの様に、ソフィアは昔の私やアキトと同じように自分の力を持て余しております。今まで誰にも負けたことがありません。つい最近、私とアキトにコテンパンにされたのが初めてです。今までは持って生まれた能力だけでやって来たので、技を持っておりません。折角このトウイの国へ参ったのですから、先生のお弟子にしてやって下さい。正しい修練の仕方を身につけさせてやって下さい。お願いします」
と言ってシバは畳に頭をこすりつけた。
シバはソフィアがモルタリア帝国の女帝となるか、それとも他の国の王族に嫁ぐことになるかは知る由も無かったし興味も無かった。しかしこの能力を持つ皇女がただで終わる事は無いだろうと思っていた。万が一の事も考えてちゃんとした剣技を身につけさせておきたかった。友人の娘に対して出来る事はしてやりたいというのはアキトも同意見だった。
アキトもソフィアもシバに倣って、頭を畳にこすりつけた。
「お主らのたっての頼みを断る訳にもいくまい……」
と真刀斎は笑顔でシバの願いを聞き届けた。
そして
「誰かある?」
と声を発した。
「はっ! 上泉隼人ここにおります」
と隣の部屋とつながる襖の向こうから声がした。
「入れ!」
と真刀斎が声を掛けると音もなく襖が開き、隼人が正座して顔を出した。
「おお、隼人兄さん。お久しぶりです」
とシバとアキトは破顔した。
その顔を見て隼人も懐かしそうに笑った。
「隼人も今ではここの師範の一人である。彼に稽古をつけさせよう。隼人よ。そこの姫はモルタリア帝国の皇女殿下である。お主に殿下の剣術指南を申し付ける」
と勘兵衛は隼人に命じた。
「へ? 皇女殿下の剣術指南ですか? 何故、シバとアキトがやらん?」
と驚いたように隼人はシバとアキトを見て聞き返した。
「いえ、ここに来るまでは私も教えていましたけどね。でも折角この国へやって来たんですよ。やはり本家本元に教えて頂きたいじゃないですかぁ?」
と屈託のない笑顔を見せてシバは愛嬌を振りまいた。
「ふん! 相変わらず面倒事は他人に押し付ける奴だな」
と隼人は諦め顔で言った。
「兄弟子を頼るのは弟弟子の権利ですからね」
とシバは意に介さないように笑った。
既に技量的にもシバとアキトには全く歯が立たない隼人であったが、シバとアキトはこの隼人に懐いていた。隼人が彼らよりも年上という事もあったが、何よりも人生の先輩としてその人柄も含めて二人は隼人を尊敬していた。
「で、お前たちがわざわざお連れしたという事は、皇女殿下もお前たちの様に別次元の身体能力を持っているという事だな?」
と隼人も薄々ソフィアの能力に気が付いていた。流石に隼人も漏れ出る魔力を感じられるほど自分の能力を高めていた。
「分かりますか。その通りです。他には内密で……」
「それは分かった。で、お前たちと同じように教えればいいわけだな?」
「はい。兄さんの技と経験で培った、この世間の垢で穢れまくった剣技を教えてやってください。まだまだソフィアは世間知らずなので」
とシバはぬけぬけと隼人の剣技をヨゴレと言い捨てた。
「誰が汚れまくっただ。お前らに比べれば綺麗なもんだ」
と隼人は笑った。隼人もシバの口の悪さはもう慣れてしまって動じる事は無かった。
「で、お前たちも勿論ここで稽古をするんだろうな?」
と隼人は真顔で聞いた。
「へ?」
とシバとアキトは同時に声を出した。
「そりゃそうだろう? わざわざ道場までやって来て、何もせずに手ぶらで帰るなんてあり得るとでも思ったか?」
「いや、それは……」
シバとアキトは顔を見合わせて困惑した表情を浮かべていた。
「そんなヌルイ道場だと思ったのか? 暫く見ぬうちにうぬぼれたか? この道場のしきたりを忘れたか?」
と隼人は畳みかけた。
「いえ。そんな事はありません」
とシバとアキトは首を激しく振って否定した。
「という事は?」
「喜んで稽古をつけさせてもらいます」
とシバとアキトは観念したように頭を下げた。
「それでこそ、我が一門。真刀斎の弟子。我が道場の師範である。この広い世界で培った、その汚れまくった剣を皆に伝授するが良い」
と隼人は笑った。
どうやらシバもアキトも隼人には剣技以外では勝てないようである。結局、最後は隼人に言い負かされてしまった。
因みにシバもアキトもこの道場で免許皆伝を果たし師範として壁に名札が掛けてあった。




