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〜お化粧のベールに守られた少年二人の無敵な放課後〜

第41話


ギルドの総力を挙げた『能力無効化の結界石』すらも、お互いを想う「恋心おめかし」の力で粉砕した紫苑と菜央ちゃん。

激戦から一夜明けた水曜日の朝、外村家のリビングには、信じられないほど平和な光景が広がっていた。

「う〜……お肉、美味しかったなぁ……」

菜央ちゃんがソファーの上で、クッションを抱きしめながらふにゃりと頬を緩めている。

昨夜のお姉さん特製・高級焼肉パーティーの余韻は、14歳の少年の心と身体をすっかり満たしてくれたようだ。

「もう、菜央ちゃん。学校に遅刻しちゃうよ? ほら、最後の仕上げ」

紫苑は苦笑しながら、手慣れた手つきで菜央ちゃんの前にしゃがみ込んだ。

二人はすでにそれぞれの制服に身を包んでいる。紫苑の指先が、菜央ちゃんの白い肌にそっとコンシーラーを馴染ませていく。ギルドの追跡網を欺くための『ステルス・メイク』。今や二人の朝のルーティンであり、お互いの肌に触れ合う大切なスキンシップの時間でもあった。

「ん……いつもありがとう、紫苑くん。……あ、そうだ。ねえ紫苑くん、今日の放課後なんだけど……」

菜央ちゃんが少し顔を赤くして、上目遣いに紫苑を見つめた。

「もし、ギルドの襲撃がなかったら……その、二人で、お買い物に行かない? 駅前に新しいクレープ屋さんができたんだって」

「クレープ? うん、行こう! 最近ずっと戦ってばかりだったし、たまには普通のデート……じゃなくて、男友達としてのお出かけもしたいよね」

「デ、デート……っ」

『デート』という単語に、菜央ちゃんのリフレッシュされたばかりの肌がみるみるうちに赤く染まっていく。

お化粧の魔法で繋がった二人だったが、日常の男の子の姿のまま過ごす時間も、確実にその距離を縮めていた。

「はいはい、そこまで! 朝からごちそうさま!」

リビングのキッチンから、コーヒーカップを持ったお姉さんが呆れたように、でもどこか嬉しそうに声をかけてきた。

「ギルドの動きだけど、昨日の今日で完全にマヒしてるわ。結界石を木っ端微塵にされたショックで、上層部は『聖女は神の領域の異能を持っている』なんてオカルトな報告書を大真面目に回してるみたいよ。だから、今日の放課後は安全圏セーフティ。思いっきりクレープを楽しんでおいで」

お姉さんの頼もしい太鼓判に、二人は顔を見合わせてパッと表情を輝かせた。

ーーそして、待ちに待った放課後。

ギルドの黒いセダンも、不気味な測定器を持った職員もいない、ごく普通の駅前通り。

紫苑と菜央ちゃんは、制服のローファーを軽快に鳴らしながら、目的のクレープ屋さんの列に並んでいた。

「わあ……いちごチョコブラウニー、美味しそう……」

「ボクはこっちの、抹茶カスタードにしようかな」

メニュー表を覗き込む二人の距離は、クラスメイトが見れば「ずいぶん仲が良いな」と思う程度に自然で、けれどどこか特別だった。

「お待たせしました!」

手渡された甘い香りのクレープを、ベンチに並んで座って頬張る。

一口食べた瞬間、菜央ちゃんは「ん〜っ!」と両手を頬に当てて身悶えした。お化粧の魔法が解けた、14歳の普通の男の子としての、心からの笑顔。

「美味しいね、菜央ちゃん」

「うん、すっごく美味しい……。紫苑くんと一緒に食べられて、ボク、本当に幸せ……」

菜央ちゃんはクレープを口元につけたまま、愛おしそうに紫苑を見つめた。

紫苑はクスッと笑うと、ポケットからティッシュを取り出し、菜央ちゃんの口元を優しく拭ってあげる。

「あ……ありがと……」

恥ずかしそうに俯く菜央ちゃんの手が、ベンチの上でそっと、紫苑の制服の袖を掴んだ。

世界を救う聖女としての非日常。

けれど、その過酷な戦いの果てにあるのは、こうして大好きな人と甘いクレープを分け合う、何気ない、けれど絶対に譲れない「日常」の輝きだった。

二人の少年は、夕暮れの街の喧騒の中で、今はただ、この愛おしい時間を深く噛み締めていた。




第42話


「やっぱり、紫苑くんといる時間が一番落ち着くなぁ……」

駅前のベンチでクレープを完食した菜央ちゃんは、満足そうにふにゃりと息を吐いた。夕暮れの涼しい風が、男の子に戻った彼の短い髪を優しく揺らしている。

「ボクもだよ、菜央ちゃん。こうして普通の中学生として過ごす時間が、本当に愛おしいって思えるようになったのは、菜央ちゃんのおかげだよ」

紫苑が微笑むと、菜央ちゃんは照れくさそうに、でも嬉しそうにローファーのつま先をトントンと地面に打ち付けた。

ギルドとの激闘が嘘のように、駅前は学校帰りの高校生や買い物客で賑わっている。二人が手に入れた、絶対に譲れない『日常』が、そこには確かに広がっていた。

しかし、平和な時間というのは、いつだって非情なほどに唐突に終わりを告げる。

ドンッ!!!

お腹の底に響くような重い爆発音が、突如として駅前通りに鳴り響いた。

悲鳴を上げて逃げ惑う群衆。紫苑と菜央ちゃんが反射的に立ち上がって音のした方へ視線を向けると、数百メートル先の交差点の空間が、ガラスが割れるようにバリバリと裂け始めているのが見えた。

「ゲート……!? でも、アラートが鳴ってない……!」

菜央ちゃんがスマートフォンを確認するが、ギルドの緊急速報アプリは沈黙したままだ。

「――『未登録イレギュラーゲート』よ。ギルドの予測網を完全にすり抜けて発生したわ!」

突如として二人のインカムから、お姉さんの緊迫した声が飛び込んできた。自宅の防衛モニターで異常を察知したのだろう。

『紫苑、菜央ちゃん、冗談抜きでマズいわ! ギルドの初動が完全に遅れてる。今その現場にいるのは、あなたたち二人だけよ!』

「お姉さん、魔物の規模は!?」

紫苑が周囲の物陰に隠れながら素早く問いかける。

『測定不能、おそらくBランク最上位か、最悪の場合はAランクの変異種よ。ゲートから溢れ出る前に叩かないと、駅前一帯が壊滅するわ!』

お姉さんの言葉が終わるより早く、歪んだ空間から、青黒い炎を纏った巨大な大蛇の頭がヌッと姿を現した。災厄の化身『冥府の大蛇レギオン・ヒュドラ』。一噛みでビルを崩壊させるほどの猛毒と怪力を持つ魔獣だ。

「……いくよ、菜央ちゃん」

紫苑は短く息を吐き、強い決意を宿した目で菜央ちゃんを見つめた。

せっかくのクレープデートは台無しになってしまったけれど、この街の笑顔を、そして隣にいる大切な人を守るためなら、何度だってあの『戦場』へ行く。

「うん! ボクたちの日常は、ボクたちが守るんだもん!」

菜央ちゃんも力強く頷き返した。

二人は周囲の視線を遮るように、近くの雑居ビルの狭い隙間へと滑り込んだ。制服のポケットから、いつも持ち歩いているコンパクトとパレットを取り出す。

「菜央ちゃん、目を閉じて」

「うん、紫苑くん……っ!」

すれ違う瞬間に、お互いの肌に触れる。

指先から流れ込むのは、恐怖を打ち消すほどの熱い恋心と、互いへの絶対的な信頼。光のチップと風のパフが瞬く間に二人の素顔を塗り替え、日常の少年たちは、世界で最も気高き『双星の聖女』へと変貌を遂げていく。

【ドレス・ブラウスの魔力定着を確認】

【隠蔽スキル:『光学的幻影ミラージュ・ヴェール』起動】

【魔力同調率:75%(過去最高値を更新)】

日常の制服を脱ぎ捨て、純白のフリルドレスと淡いピンクのブラウスを纏った二人の少女(♂)が、夕闇の路地裏から飛び出した。

姿は光学迷彩によって完全にカモフラージュされ、一般人の目にも、ギルドのレーダーにも映らない。ただの『一陣の突風』と『一条の閃光』として、二人は牙を剥く大蛇の元へと肉薄する。

「はぁぁぁぁっ!!」

菜央ちゃんが空中で両手を広げると、駅前通りのビル風をすべて巻き込んだ、巨大なエメラルドグリーンの竜巻が吹き荒れた。大蛇の巨体を強引に拘束し、その動きを完全に封じ込める。

「頼んだよ、紫苑くん!!」

「うん! ボクたちの邪魔をするなーーっ!!」

中空へ跳ね上がった紫苑が、両手から溢れんばかりの純白の神聖光を解き放つ。

最高値を更新した同調率によって、その光はまるで夜明けの太陽のように神々しく、大蛇の青黒い炎を瞬く間に掻き消していった。

平和な放課後に突如として訪れた、予測不能の未曾有の危機。

しかし、深く結ばれた二人の聖女の絆の魔法は、ギルドの助けなどなくとも、目の前の絶望を正面から粉砕するだけの力を、すでに手に入れていた。





第43話


「シャァァァァァッ!!!」

巨躯をエメラルドグリーンの竜巻に拘束された『冥府の大蛇レギオン・ヒュドラ』が、苦悶に満ちた咆哮を上げた。青黒い猛毒の炎を周囲に撒き散らし、強引に菜央ちゃんの風の結界を喰い破ろうと暴れ狂う。

「くっ……すごい力……! でも、絶対に逃がさないんだから!」

菜央ちゃんはピンクのブラウスの袖をはためかせ、細い両腕をきつく交差させた。ドレスの繊維から紡ぎ出される風の魔力がさらに密度を増し、大蛇の動きを完全に金縛りにする。

「菜央ちゃん、そのままキープしてっ!」

中空に跳躍した紫苑の身体が、夕闇の中でまばゆい純白の光を放った。

手元にあるコンパクトの鏡が、二人の限界突破した魔力同調率を静かに告げている。

【魔力同調率:78%】

(ボクたちの、せっかくの放課後を……菜央ちゃんとの大切な時間を、邪魔するな――!!)

紫苑の胸の奥から湧き上がるのは、激しい怒りと、それ以上に強い「日常を守りたい」という願い。その純粋な感情が、光聖魔法の威力をかつてない領域へと押し上げていく。

両手のひらの間に形成されたのは、直視することすら不可能なほどに圧縮された、天上の光球。

「これで……消えちゃえぇぇぇっ!!!」

紫苑の可憐な叫びとともに、極大の光のレーザーが真っ直ぐに放たれた。

菜央ちゃんの風の檻を通り抜け、大蛇の脳門へと直撃する。

ズガァァァァァンッ!!!!

駅前ビル一帯の窓ガラスがびりびりと震えるほどの衝撃。しかし、衣装の隠蔽スキル『光学的幻影』のおかげで、周囲から見ればそれは「原因不明の凄まじい落雷と突風」にしか見えない。

青黒い炎と大蛇の肉体は、光の濁流に呑み込まれ、細胞の一つに至るまで完全に浄化されていく。歪んでいた未登録ゲートの空間も、光の修復力によってピキピキと音を立てて塞がっていった。

「ふぅ……っ!」

ふわりとアスファルトに着地した紫苑は、小さく肩で息をした。

周囲を見渡すと、大蛇の気配は完全に消滅している。遅れてやってきたギルドのサイレンの音が遠くから聞こえ始めた。

「やったね、紫苑くん……!」

菜央ちゃんが駆け寄ってきて、紫苑の手をギュッと握りしめた。

そのミントグリーンの瞳には、勝利の喜びと、紫苑の強さへの憧れが満ちている。

「うん。あぶなかったけど、誰も怪我しなくてよかった……」

紫苑は優しく微笑み、すぐさま路地裏の影へと菜央ちゃんを引っ張っていった。ギルドの先遣隊が到着する前に、急いで「普通の男の子」に戻らなければならない。

衣服の魔力を切り、手早くクレンジングシートで美少女のメイクを落としていく。

数分後、そこから出てきたのは、少し息を切らせたどこにでもいる制服姿の中学生二人組だった。

駅前交差点には、ようやく到着したギルドのAランクパーティーと装甲車が慌ただしく展開し始めている。彼らは、すでに跡形もなく消え去った魔物の残影を追って、混乱した様子で測定器を振り回していた。

「……ふふ、またボクたちの勝ちだね」

菜央ちゃんが紫苑の隣で、いたずらっぽくクスッと笑った。

「そうだね。さあ、ギルドに見つかる前に帰ろう。お姉さんが心配して待ってる」

「うん! あ、でも紫苑くん、クレープもう一回並び直さない?」

「えっ? まだ食べるの?」

「だって、半分は魔物退治で消費しちゃったもん!」

14歳の男の子らしい素直な笑顔に戻った菜央ちゃんに、紫苑は降参するように苦笑した。

繋いだ手のひらから伝わる温もりは、どんな強力な魔法よりも温かく、二人の胸を満たしていく。ギルドがどれだけ網を広げようとも、この愛おしい放課後は、誰にも邪魔させない。二人は夕暮れの雑踏の中を、再び仲良く歩き出すのだった。





第44話


「もう、菜央ちゃんは食いしん坊だなあ」

紫苑は苦笑しつつも、どこか嬉しそうな表情で菜央ちゃんの顔を覗き込んだ。

駅前交差点では、遅れて到着したギルドの探索者たちが「魔力の残滓すら残っていないぞ!?」「またあの突風と落雷か!?」と血眼になって無線に叫んでいる。そんな大人たちの喧騒を完全に他人事として聞き流しながら、制服姿の二人の少年は、再び駅前のクレープ屋の列へと並び直していた。

「だって、せっかくの紫苑くんとの『デート』だったんだもん。ちゃんと最後まで美味しく食べたかったんだよ」

菜央ちゃんは、今度は隠すことなく「デート」という言葉を口にして、いたずらっぽく微笑んだ。メイクが落とされたすっぴんの頬が、夕暮れの赤実を帯びてほんのりとピンク色に染まっている。

「はいはい、お待たせしました!」

店員から手渡された二つ目のクレープは、今度は邪魔されることなく、二人の胃袋へと収まっていった。イチゴとクリームの甘さが、戦いの緊張で強張っていた身体を優しく解きほぐしていく。

「ふぅ……生き返ったぁ……」

ベンチに深く腰掛け、今度こそ完全に満足した菜央ちゃんを見て、紫苑もホッと胸を撫で下ろした。

日常を守るために非日常を戦い、戦いが終わればこうしてまた日常に溶け込む。

その境界線を綱渡りのように行き来する生活は、決して楽なものではない。けれど、隣に菜央ちゃんがいて、家に帰れば頼れるお姉さんがいる。それだけで、紫苑の胸の奥には、どんな困難にも負けない確固たる強さが満ちていた。

「よし、それじゃあ今度こそ帰ろうか」

「うん!」

二人はゴミを分別してゴミ箱に捨てると、並んで住宅街の方へと歩き出した。

すっかり日は落ち、街灯がぽつぽつと点り始めた夜道を、二人の影が並んで伸びていく。

その時、紫苑のスマートフォンが静かに振動した。お姉さんからのメッセージだった。

【お姉ちゃん:二人とも、未登録ゲートの処理完璧だったわよ! でも、ちょっと緊急事態。ギルドが今回の『自然現象による魔物消滅』の多発をいよいよ不審に思って、明日から渋谷・新宿エリアのすべての防犯カメラの過去ログを、国家レベルの超高性能AIで再解析するって噂を掴んだわ】

紫苑の表情が、わずかに引き締まる。

「どうしたの、紫苑くん?」

菜央ちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。

「お姉さんから。ギルドが、ボクたちの足取りを追うためにAIを使って防犯カメラの解析を本格化させるみたい」

「AIで……? でも、ボクたちの衣装の『光学迷彩』なら映ってないんじゃ……」

「戦闘中の姿は隠せていても、お化粧をする前の『普通の男の子の姿』で路地裏に入っていく瞬間とか、そういう前後の動きの矛盾をAIに見つけられる可能性があるんだと思う」

お姉さんからのメッセージには、さらに続きがあった。

【お姉ちゃん:だから、明日は学校が終わったら、すぐに家に戻ってきなさい。次の特訓は『メイクのデジタル偽装(アンチ・AIモザイク)』よ。カメラのピクセルそのものを狂わせる、最新のリップとアイライナーの引き方を叩き込んであげるから!】

画面を見た菜央ちゃんが、今度は頼もしそうにクスッと笑った。

「あはは、お姉さん、相変わらず先回りして準備してくれてるね。ギルドのAIなんて、ボクたちの魔法の敵じゃないよ」

「そうだね。ギルドがどれだけ新しい技術を投入してきても、ボクたちのお化粧の輝きは超えられない」

紫苑はスマートフォンをポケットに仕舞い、隣を歩く菜央ちゃんの手を、そっと握りしめた。

菜央ちゃんも、その温もりを愛おしそうに受け入れ、ぎゅっと握り返してくる。

ギルドが仕掛けるデジタル包囲網。

けれど、深まっていく二人の少年の絆と、限界を知らないお化粧の魔法は、常に時代の先端を走り続ける。二人は夜の闇を恐れることなく、光と風の魔力をその手の中に静かに息づかせながら、温かい我が家へと向かって歩みを進めるのだった。




第45話


「メイクのデジタル偽装(アンチ・AIモザイク)……?」

外村家のリビングに戻った紫苑と菜央ちゃんは、お姉さんがテーブルに並べた新しいコスメの数々を見つめていた。

それは一見、どこにでもある普通のリップグロスやアイライナーに見えた。しかし、お姉さんが手元のタブレットを操作して特製のライトを当てると、それらのコスメは目に見えない微細な「偏光粒子」を含んで、不思議な輝きを放ち始めた。

「そうよ。ギルドが導入する国家レベルのAI解析はね、人間の目には見えないレベルの『顔の陰影ディープ・フィーチャー』を読み取って、骨格から個人を特定するの。だから、戦闘前後の『普通の男の子の姿』の時でも、AIのレンズを完全にバグらせる特殊なお化粧が必要不可欠なのよ」

お姉さんは不敵に微笑みながら、真珠色に明滅するアイライナーを指先で弄んだ。

「このリップとアイライナーは、防犯カメラのデジタルセンサーが発する赤外線や光の波長を乱反射させる効果があるわ。これをつけて歩くだけで、AIの画面上ではあなたたちの顔のデジタルデータが完全にモザイク状にブレて、認識エラーを起こすの。名付けて『サイバー・ステルス・メイク』よ!」

「凄い……! お化粧でAIの目まで騙せちゃうんだね」

菜央ちゃんが目を輝かせ、リップのボトルを手に取った。

「感心してる暇はないわよ。明日の朝、登校する時からこのメイクを試してもらうわ。というわけで……さっそく今夜の特訓、互いの顔への『デジタル調律』を始めなさい!」

「うん、わかった。菜央ちゃん、こっちにきて」

紫苑が鏡台の前で椅子を引くと、菜央ちゃんは「うんっ」と嬉しそうに頷いてその前に座った。

すっぴんに戻った菜央ちゃんの顔は、14歳の少年らしい初々しさと、どこか儚げな美しさを併せ持っている。紫苑は細身のアイライナーを手に取ると、菜央ちゃんのすぐ目の前へと顔を寄せた。

「ちょっと冷たいかもしれないから、動かないでね」

「……ん。紫苑くんの手、いつもあったかいから大丈夫だよ」

菜央ちゃんがそっと長い睫毛を伏せる。

紫苑は息を整え、菜央ちゃんの目尻のラインに沿って、流れるような手つきでアイライナーを引き始めた。

【パートナー:永井菜央の『電脳調律』を検知】

【魔力同調率が緩やかに上昇:現在80%】

(あ、また同調率が上がってる……!)

脳内に響くシステム音声。二人の指先と肌が触れ合うたび、恋心(魔力)はより深く、より強固に結びついていく。お姉さんのコスメは、二人の魂を繋ぐ最高の中継器だった。

「次は、ボクが紫苑くんにリップを塗るね」

交代した菜央ちゃんは、クリアピンクのグロスをチップに取り、紫苑の唇をじっと見つめた。

少し緊張した面持ちで、菜央ちゃんの細い指先が紫苑の唇に触れる。

「紫苑くんの唇、いつもぷるぷるで、女の子より綺麗だから……ボク、緊張しちゃうな」

「もう、変なこと言わないでよ、菜央ちゃん」

紫苑が照れくさそうに目を逸らすと、菜央ちゃんはクスクスと笑いながら、丁寧にその唇を彩っていった。グロスが密着した瞬間、紫苑の唇が一瞬だけデジタルノイズのような不思議な輝きを放ち、すぐに自然なツヤへと馴染んでいく。

「よし、お姉ちゃんのタブレットのカメラでテストしてみるわよ!」

お姉さんがワクワクした様子でタブレットのAI解析カメラを二人に向けた。

画面に映し出された二人の姿は、背景や服装はくっきりと見えているのに、その顔の部分だけが、まるで美しいプリズムの光が弾けたようにキラキラとモザイク状にブレて、年齢も性別も『解析不能(ERROR)』と表示されていた。

「大成功! これなら世界中のどんなスーパーコンピュータを使っても、あなたたちの足取りを掴むことは不可能よ!」

お姉さんの歓声に、紫苑と菜央ちゃんは顔を見合わせ、手を取り合って喜んだ。

ギルドがどれだけ科学の粋を集めて包囲網を狭めようとも、二人の少年の愛のメイクアップは、常にその遥か先を進んでいく。世界を欺く新たな盾を手に入れた二人は、明日からの日常を守り抜く自信に満ち溢れながら、夜の静寂の中で誇らしげに微笑み合うのだった。






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