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009 帰国

 かつて、この世界には不死の力を持つ種族がいた。その名は『ベルヴェラム』。

 どれだけ肉体が損傷しても、魂がその身から飛び出すことがない危険で邪悪な種族だ。

 あれらはその場に存在するだけで他の種族を不幸にして、存在が滅される時には不死の呪いをその場にまき散らして万病を蔓延させる。

 生きていてもいなくても、害悪で厄種なだけのこの世界に益が何一つない種族なのだ。


 迷宮が作られたその理由が、建築時代から見てベルヴェラムにあるのではないかと思ったのだが、バラクススの首飾りがそれを裏付けるかのように現れた事で、俺の中では確信に変わった。

 俺たち原妖種の核に当たる部分には、不死種(ベルヴェラム)を根絶やしにする事を最優先する殲滅本能が備わっている。

 この本能のままに戦果を上げ続けたかつての獣たち、流血の『カースス』、鉄火の『バラクスス』、豊穣の『ルルカ』、天秤の『ジャッジマン』、契約の『ヴァーミリオン』、が現在、皇帝の一つ下に位置する力を持つ五芒星なる貴族たちだ。


 そんな星の一角であるバラクススの家紋が迷宮から出たのだから無関係なわけはなく、そもそもこの世界の住民ではなかったのではないかという話すら出ているかの不死種の話を聞く必要があると言う訳で。

 俺は現在、ヴェントス騎士団所属の死霊魔術師として、この事実を確認する義務が課せられているのである。 


 ってなわけでアンバーの元へと訪問しようとしているのだが、ここ最近、俺は仕事ばかりで一切仮面を外さずにいたと思う。

 正直に言おう、限界であると。

 いい加減、こんな真面目に仕事をする俺をどこかに放り投げて、自宅でのんびり盤上遊戯(ボードゲーム)をして何気ない日々を過ごしたい。

 アンバーから紹介されたあの盤上遊戯はとても面白い。

 自分で駒を作ると言われた時は驚いたが、互いに五回の手番の間に点数を稼ぎ合うこの遊戯を楽しむためと考えれば、作ること自体はそんなに苦ではなかった。

 死者と戦うのも良かったが、アンバーやユピタのような生者と遊ぶのも中々に楽しかった。


 ……現実逃避をすることは悪い事じゃない。悪いのは、現実から目を逸らし続ける事だ。そして、思考を放棄する事だ。

 どれだけ疲れていようと、考えるのをやめた瞬間、その生物は寿命に限らず死ぬ。

 では、今の俺はどうなのかと問われればこう答える。何ら問題はない。何故ならば、数秒後には強制的に現実に引き戻されるのだから。


 風を体の前で受けていた俺の狭まった視界に、暗雲が頭上を覆ったバラクスス領が入って来た。

 もう時期雨が降る。

 ブランディラークの首都コークの近辺で巣を作っていた討伐対象だった蹄翼の混獣を操り、高度を下げた。

 雨が降れば、安全に空を飛ぶこともできなくなる。

  翼の角を生やしたトナカイの背に跨り移動する事、一年と数か月。

 ようやくここまで返ってくることができた。




「それで、迷宮内でこれを見つけた」

「…………そうか」


 バラクスス邸に付いた俺は、アンバーにブランディラーク共和国の全てを話した。


「これは、確かに俺たちバラクスス家の家紋だ」

「あんなに遠くの迷宮内に置かれてた理由は?」

「分かっているだろ。あそこには、ベルヴェラムが封じ込められているんだ。これはその証のようなものだ」

「証?」


 客間へと通された俺は、使用人の原妖種のメイドから紅茶を頂きながら、体を縮こまらせていた。

 囲まれた四方から感じる高価な調度品の雰囲気が、ひしひしと静かな圧となって俺の体を小さくさせる。


「ああ。元々は、三代前のひい爺さんが、奴を魂だけの状態にまで追い込んで封印したんだ。だがそれでは足りず、アイツは復活の兆しを見せた。だから爺さんの代で、ジャッジマンと協力して迷宮を建築。この首飾りは、アイツが肉体を得た知らせとして設定していたん」


 テーブルの上に置かれた琥珀の首飾りに指を引っかけて持ち上げたアンバーは、はちみつ色の瞳でそれを眺め、雑にテーブルへと落とした。


「そんな事せずとも、魂を崩壊させれば済んだ話じゃないのか? そもそも、ベルヴェラムが存在していたのは一万年以上も前の話だろ。六千年くらい前の時代にもだまだ存在していたってのか?」


 不死と不老不死とでは大きくは異なる。

 不老不死とは、老いず死なない。肉体と魂に不変を押しつける(まじな)いであり、不死は変化を受け入れつつ、いつか訪れる崩壊までその身を動かし続けるという(のろ)いの事を指す。


「当然だろ。なんせあそこに封じられていたのは、不死種(ベルヴェラム)の王、マルヴェラなんだからな」

不死の王(マルヴェラ)? 万死の主があんな場所に……」


 俺の疑問を次々に答えて肯定するアンバーの瞳には、一切の偽りは浮かんでいなかった。そして、その魂の波長にも何ら変化はなく、全てが真実だと語っている。


「なるほど。それであんな東の離れた場所に地下迷宮があったわけね。だけど、バラクスス家の魔術武具が眠っている理由は何かな?」


 突然、聞き覚えのあるくぐもった声が俺の背後で聞こえた。

 俺がいるのは、バラクスス邸の客間だ。

 四方を高価な調度品で囲んだこの部屋には応接セットが一組置かれ、そこには紅茶の入ったティーカップが二人分用意されているだけ。

 三人目を呼んだ覚えはない。

 もしかしたら、ユピタが途中で来るかもしれないと思っていたが当然、彼ではない。

 俺の頬を、冷や汗が流れる。見れば、アンバーも驚きに紅赤色の瞳を大きく開いていた。

 このくぐもった声を、俺は騎士団長室で聞いている。

 いや、なんでここでその声がするんだよ。


「お帰りダリル。言ってなかったけど、僕が君に渡したそのローブには、追跡魔術と見聞きしたことを別の器具で再生する事ができる記録魔術が織り込まれているんだよ」


 こちらの考えを見透かしたかのようにそう説明する高襟フードの白仮面は、悠々と客間を歩いて動き、俺とアンバーが挟んだテーブルの横に立った。


「キルバス様…………」

「今の俺はキールだ。しかし、中々有用な情報を持ち帰ってくれたみたいだけれど、それは最初に私に伝えるべきだったんじゃないのかな?」


 テーブルの上に落ちていた琥珀の首飾りを丁寧な手つきで拾い上げた皇弟は、白一色の仮面の下からそれをじっと見つめる。

 そんな皇弟の動きを見ていたアンバーが、俺の言葉に声を震わせた。


「キルバス……まさか、皇弟…………」


 この状況は、アンバーにとっても予想外だったらしい。未だに混乱から抜けられずにいた。


「初めまして、アンバー・バラクスス。突然ですまないが君には……君たちには、国家反逆の嫌疑が掛けられている。分かっているね?」

「…………はい」


 おとなしく頷くアンバーを見つめるフードの男は、それまでそこにはいなかったはずが突然現れ、この場の空気を支配した。

 面倒になりそうだから、先に一人で確認に来たのに。この人は、それを全て無駄にしに来たのか?


「それじゃあ、ユピタル・ジャッジマンも連れて、一度帝都の円卓に向かおう。二人の今後について話し合う」

「了解しました」


 まだ話は聞き終えていないし、それ以上に、個々の使用人の淹れる美味しい紅茶を楽しんでいないんだけど……。

 まだしばらくは、仕事の仮面を付けて真面目に振る舞う必要があるらしい。

 冷めた紅茶が揺れるティーカップを名残惜しそうに見つめる俺の背中はきっと、この客間には似合わないほどにみすぼらしかった事だろう。




「この二人が、裏切者だった。と?」


 ファータ帝国の帝都トントドールに置かれた騎士団本部、通称『円卓』の大会議室にて。

 円卓に座した四人の騎士団長と、皇弟キルバス。その外側を囲うように待機する四人の補佐騎士が席に着き、二人の容疑者が立っていた。その外側には階段席が広がっているが、今回はすべて空席になっている。

 今この場にいるのは十一人。

 何故か俺が、ヴェントス騎士団の補佐官騎士立ち位置になっている事には未だ納得していないが、時と場合がそれな流れなために、静かにしている他なかった。


「キルバス様がおっしゃるのならそうなのでしょう」


 ファータ帝国の皇帝、アルティマ・(ウルト)・ファータの弟である、キルバス・(エボルト)・ファータ。

 そう。あの高襟フードの白仮面の中にあったのは、あの円卓に座している端正な顔の皇族青年様なのだった。

 マッタク、オドロキダナー。

 いや、普通に分かってましたけどね。アレス団長にあんなに気楽に声をかけられて、その返答が敬語だった時点で、その立場は推して知るべし。考える事を止めなかった結果なのである。


「私の力及ばず国を危険に脅かした事、ここに謝罪いたします」

「まあまあ。それも君の部下が調べてくれて分かった事なんだから、何も全てが君の責任ってわけでもないだろう」


 言ってくれる。これではまるで、俺が友を売ったようではないか。

 勿論、こうならないよう確認を取るまでは上の連中には黙っているつもりだった。

 しかし、俺がそんな行動に出る事も、皇弟キルバスには全て見抜かれていたらしい。

 それもそうだろう。五芒星の二角が不死種の王を迷宮の最下層に封印したなど、帝国側が知らないはずはない。

 となれば、二人の家は、滅した事にして隠して来たという事だ。それそのものだって許されざる大罪だが、それがばれてしまったこの現状、俺の友人二人の命は、恐らくはもうないものと考えるしかなさそうだ。

 現状、俺には何もできる事はない。あとはその場の流れ次第。


「随分と堕ちたものだなアミュー。お前の慧眼でも、あの二家の反逆を見破れなかったとはな」


 ヴォルド団長の、怒りで沸騰した声が会議室を震わせた。


「反逆者、即逮捕。即処刑」


 短く処断を言いつけるルー団長だが、興味はそれほどないのか、ぼんやり中空に目を向けていた。

 いや、ユピタって確か貴女の婚約者だよね。なんでそんな淡白なんだ。もっという事があるだろ。


 ユピタが使用する土壌魔法は、本来ならば彼女、ルー・ルルカが使わなければならない豊穣の家系独自の魔法だった。

 しかし、彼女は単色(モノアイ)。元から保有魔力量が少なく、土壌魔法が使えなかったのだろう。

 だから、同じ五芒星のジャッジマンの現当主に婚約者として差し出す事で、ルルカ家は地位の維持と魔法の継承のそのどちらもを取った。

 もしかしなくとも、ルー団長はユピタが婚約者なのを認めていないのかもしれない。

 ユピタもこの状況では何も言えないようで、その表情はいつもの人好きの微笑ではなかった。


 ってか、皇弟がアレス団長に責任はないと言っていても、他の騎士団長からすればそんな事はお構いなしらしい。

 問答無用で喧嘩を吹っかけているヴォルド団長が、怒りの頂点に達しそうな真っ赤な顔でアレス団長を睨んでいた。


「二人とも落ち着いて。少し話をまとめましょう」


 柔和な笑みを見せるロゼリア団長は、何故かこちらを見ながらそんな事を言って来た。

 何故に俺?


「この件については、ダリル上級魔術師にも詳しく聞きたいのだけれど、いいかしら」


 言いかしらと言いつつ、その五色の光を宿した瞳に有無を言わせぬ圧が秘めれているのでは、俺に対して拒否権はないと言ってるのと同義ではなかろうか。


「はい」


 答えなど決まっていただろう。

 それから俺は、アンバーにしたように、ここからブランディラークへと行き、そこにあった地下迷宮を

攻略、もとい調査している過程でバラクスス家の首飾りを見つけて帰国したことを告げた。

 必然的に、キルバス……ではなく、キールからの極秘依頼の件も話したが、こうなったのならば既に極秘ではなくなっていると考えて問題ないだろう。


 俺の話を聞き終えた各騎士団の団長はそれぞれに思案に入ったらしく、しばらく会議室には議事録を取っているのだろう、名前を忘れた同期騎士の彼が走らせるペンの音だけが響いた。


「話は分かったわ。ところで、全く変わる質問になるのだけれど、貴方は確かそこの二人に対して何か思う所はないかしら?」


 思案を最初に終わらせたのは、ロゼリア団長だった。

 そんな彼女からの質問だが、どういう意図があってそんな事を言っているのかわからない。が、変に沈黙を長引かせれば、無用な勘繰りをされかねないのも事実。

 今のヴェントス騎士団は、一切の信用を失っている。つまりこの状況では、アレス団長の助けは期待できない。


「思う所、ですか」

「ええ。お友達だったのでしょう?」

「はい。アンバーもユピタルも、産まれて初めての友人です」


 二人の視線を感じつつも、そちらは意識的に無視して、五色の光を抱いたその瞳を真っ向から見返した。

 ここで視線を切るのは、何故だか負けな気がする。


「前代とはいえ国に黙って他国の領土に迷宮を作り、更にはそこに大量の魔術武具を隠していたのをそこの二人は知っていたようだけれど、これは立派な反逆罪に当たるわ。その事についてはどう思っているのかしら?」


 先の内乱時に妖獣種が使用していた魔術武具。それはやはり、あの地下迷宮から出土した物を、ブランディラークが他国へと売り渡した物だったらしい。

 つまりは、バラクスス製。

 バラクススは、他国へ武力を提供したという見方ができるという事だ。



 事の始まりは、ベラヴェラムの王、マルヴェラの魂をかの地に縛り付け、不死の呪いを周囲へ広げさせない為にバラクススの三代前の当主が結界を張った事だったと言う。

 結界は確かに作動して、その代が当主として活動していた間は、マルヴェラの呪いを封じ込めることに成功した。

 しかし、二代前の当主、つまりアンバーのお爺さんの代になるのと同時に、マルヴェラの呪いは結界を破り周囲に不死の呪いを広げ始めた。

 それを防ぐ為、結界の形を変える必要があった。

 それを手伝ったのが、ユピタの家系、ジャッジマン一家だった。

 ユピタのお婆さんが封印の地に縦穴を掘り、その穴に合わせてアンバーのお爺さんが地下迷宮を建築、結界は正常に機能を取り戻し、呪いの蔓延は防がれた。

 ペルトぺス迷宮と呼ばれるあの地下迷宮は、こうして建てられた。

 中に残された魔術武具の数々は、元々はマルヴェラ討伐隊の所持品だったらしい。


 ベルヴェラムの討伐方法は、確立されているとは言い難い。が、ある程度の方法は見つかっている。

 先ず、不死という性質から、魂が肉体から離れてどこか遠くの地を浮遊するという事はない。しかし、だからと言って不用意に肉体を破壊すれば、即座に不死の呪いを周囲にばら撒き始める。

 最後に確認された不死の殺し方は、最初に呪いの拡散を防ぐ結界を構築し、それから肉体を破壊して魂だけとなった所に、結界内の空間全てを吹き飛ばすだけの一撃を見舞うと言ったものだった。

 確かにこれならば、死霊魔法を使わずとも魂の崩壊は達成できる。


 今なら分かる。あれらの魔術武具たちは、不死を殺すため、片道の戦地へと向かって行ったかつての英雄たちの遺品だったのだ。

 それらが今、同族を殺すために戦争に使われているとあれば、迷宮内に溜まった英傑たちの魂も浮かばれない。

 まあ、正確には浮いているわけだけれども。


「全くもって残念だと言わざるを得ません」

「はい?」


 俺の答えに対して、ロゼリア団長は不思議そうに目を見開き、ヴォルド団長は驚いているようで組んでいた腕を解いてこちらを見ていた。

 そして、皇弟キルバスも同じように面白い顔を見せて来た。

 あの見た目に地位、更には右と左で異なるオッドアイの遊色瞳(アイズエフェクト)などと言う希少なものを持っているのは、いささか属性の盛りすぎではなかろうか。きっと、というか確実にモテるんだろう。まったくもって不愉快極まりない。

 そんな皇弟は、右を金銀、左を白黒に変化させる俺と同じ四色の瞳で俺の顔を見ていた。


「国家反逆は斬首刑。ですよね?」

「え、ええ。そうね……」


 何に驚いているのかわからないが、もしかして国外に仕事しに行っている間に法律が変更されたのかと思えば、どうも違うらしい。

 だったら問題はないだろう。

 国に徒成す者は等しく罰する。それがここ、ファータ帝国の在り方だ。


「であれば、即刑を執行するべきかと」


 視線を横に向ければ、濃い黄色から紅赤に変わる瞳と、赤褐色と茶色の瞳が俺の視線とぶつかった。

 それらの目を見ればわかる。

 俺の考えている事を、二人は理解し受け入れてくれた。

 尤も、俺の提案を受け入れなければ、このまま斬首刑に処されて死ぬのだから、受けるしかないと言うのが実際の所だが。


「随分と淡白なのだな。先の内乱では、仲間への援軍を行うぐらい仲間想いだと聞いていたのだが、俺の勘違いだったか」


 怒りを霧散させつつあるヴォルド団長の質問だが、それは誤解だ。

 あの時の援軍は、向こうから欲せられたからそれに応えただけだ。

 何も言ってこなければ、俺は平然と見捨てるくらいに、騎士団員の事などなんとも思っていない。

 しかし、それを正直に打ち明ければ、きっとあの巨漢はまた怒り狂う事だろう。


「仕事に私情を持ち込む事はしません」


 つまり、正解はシンプル、かつ端的に答えねば。


「優秀な騎士」

「お褒めいただき、感謝します」


 ルーから謎の高評価を賜った。

 もしかしなくとも、ユピタを殺したがってる?

 対してヴォルドは、認めがたいと口端を曲げていた。


「二人は、何か言いたい事はあるかな?」


 皇弟からの質問に、アンバーもユピタも沈黙で返す。今この場で何と言おうと、首を切り落とされることに変わりはない。であれば、ここでの会議もこれ以上は時間の無駄だ。

 時々思う事がある。

 何故俺は、長命種の原妖種でありながらこうも時間を気にするのか、と。

 誰にも言っていない仮説にすぎないが、これは原妖種となる祖先よりもさらに前の、名も知らない種族だったころの名残なのではないだろうか。

 魂が離れた肉体にも、それまで魂に蓄えられた経験は宿る。

 死霊魔法使いとして、死体を操って行く中で知った事だ。だとすれば、魂が浄化され、新たな形となっても、その中にはかつての経験が残り続けているのではないだろうか。

 そう考えれば、俺が時間を気にする長命種だと言う説明が付く。


「では、二人は本部の倉庫で待機していろ。明日、刑を執行する」


 現実逃避をしていた俺の耳に、アレス団長の冷たい声が突き刺さった。

 無理矢理に現実に戻して来るこの仕事は、俺には向いていない気がする。


 アンバーとユピタが退出した後も、残りの面々はまだそこにいた。


「ダリル、本当にいいのかい? 君が望むなら、ある程度の譲歩は見込めると思うけど?」


 振り返ってこちらを見るキルバス皇弟の魂の波はとても穏やかで、何を考えているのかは分からない。しかし、瞳を覗き込めば少しは分かる。

 この場で、俺に何かさせようとしている。


「キルバス様。そのような事をすれば、他国に付け入る隙を与えることになります」


 それには乗らない。面倒そうだし。


「そうだね」

「ファータ帝国は弱者を守り強者を挫く国です。そして、身内での争いは決して外へは持ち出さない。これを破れば、新聞によって広まってしまうのではないでしょうか?」


 あの新聞とか言う情報媒体は脅威だ。

 帰国の道中で読んでみたが、かなりの精度で国の内情を他国へ知らせていた。

 皇弟ならば偽る方法を知っているのかもしれないが、警戒するに越したことはないだろう。


「二人の首で守れる弱者が数千万人いるのならば、切るべきだと愚考します」


 これにて、俺が参加した三度目の騎士団長会議は終了した。

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