【第29話】首を差し出す戦士と、勘違いの忠誠
静寂。
地面に額を擦り付けたまま、戦士は動かない。
(……?)
僕が前足を離すと、彼はゆっくりと顔を上げた。
さっきまでの鋭い目ではなかった。
代わりに、妙に熱っぽい光が宿っていた。
彼は立ち上がり、その場で片膝をつく。
胸に拳を当て、深く頭を垂れた。
低く、重い声が響く。
「……我が名は、ルガル」
言葉は分からない。
でも、もう張り詰めてない。
ルガルは目を閉じ、首を差し出した。
無防備に。
(……?)
じっとしたまま、動かない。
(……あ)
僕はそっと前足を伸ばし、差し出された首筋に肉球を乗せた。
ぽふっ。
ビクッ!!
ルガルの体が、大きく震えた。
(……あったかい)
首の毛は、耳とはまた違う。
少し長くて、ふわっとしている。
(いい)
僕はそのまま、顎の下をわしゃわしゃと掻いた。
「――ッ……!」
喉の奥から、押し殺したような声が漏れる。
そして。
ルガルはさらに深く頭を垂れた。
地面へ沈み込むみたいに。
(……?)
(……静かになった)
後ろで、セレンが歓喜の声を上げる。
「ああ……! 神獣様の御手による祝福が……!」
猛スピードで羽ペンが走る音が響く。
シオンが、盛大にため息をついた。
「……なんでそんな態度になってんだよ」
ルガルは顔を上げ、姿勢を正した。
そのまま、シオンに向かっても深く一礼する。
「心得ている。影の使い手よ」
「何も心得てねぇだろ……」
「末席で構わん。御身の指揮の下、この身を尽くそう」
「誰が指揮すんだよ」
シオンが頭を抱えた。
「話通じねぇなこいつ……!」
ルガルは動じない。
そのまま、再びこちらへ向き直る。
「……この身、貴方に捧げる」
深く、頭を垂れた。
ざわ……。
周囲の獣人たちが、互いに顔を見合わせる。
「ルガルが……頭を下げた……」
「しかも、自分から……?」
誰も信じられないという顔をしていた。
狼族の戦士長ルガル。
獣人族でも屈指の武人。
その彼が、膝をついた。
「……あり得ねぇ」
「何をされたんだ……?」
だが。
ルガルはゆっくりと顔を上げ、周囲を睨みつけた。
「無礼を慎め」
低い声が響く。
「この御方を、我らの尺度で測るな」
空気が凍った。
そして次の瞬間。
獣人たちは一斉に視線を逸らした。
誰も、反論できなかった。
(……ついてくるのかな)
まあいい。
あの首の毛、よかった。
(……また触れる)
僕は軽く尻尾を振った。
ルガルの肩が、びくりと震えた。




