【第27話】旅の食卓と、森の番人
街を出てから、どれくらい経っただろう。
石畳は途切れ、今は見渡す限りの深い森の中だ。
先頭を歩いていたシオンが立ち止まり、テキパキと野営の準備を始めた。
あっという間に焚き火が組まれ、いい匂いが漂ってくる。
今日のおかずは、道中でシオンが狩った、巨大なトカゲのような魔物の炙り焼き。
それに、焚き火の灰で焼いた黄色い瓜と、赤い木の実を潰したペースト。
目の前の肉を眺める。
羽も毛もない、つるりとした見た目。
(……問題なさそうだ)
肉をかじる。
……美味い。
淡白で弾力のある白身肉に、赤い木の実の酸味がよく合う。
ほどよい酸味が脂をさっぱりと流してくれる。
黄色い瓜もホクホクして、かぼちゃみたいだ。
食後は日課のブラッシングだ。
シオンの足元の影が揺れ、そこから黒い手のようなものが伸びる。
その影がブラシを持ち、僕の背中を梳いていく。
彼は舌打ちしながら、何かぶつぶつ言っている。
でも、力加減は完璧だ。
(そこそこ。肩甲骨のあたり、強めで)
少し離れた場所では、セレンが焚き火の明かりで羽ペンを走らせている。
時折こちらを見ては、恍惚とした表情で息を漏らし、また勢いよく何かを書きつけている。
(……なんかずっと書いてるな)
視線が少し気になる。
でも実害はないので放っておく。
◇
ブラッシングを堪能していると、カサリと茂みが揺れた。
角の生えたウサギ。
尻尾の太いリス。丸っこいタヌキみたいな小動物。
僕から漏れる魔力に引き寄せられたのか、わらわらと集まってきた。
彼らは僕の巨大な前足にすり寄り、お腹のふかふかな毛に埋もれていく。
(……天国だ)
ここは小動物カフェか。
僕は目を閉じ、小さなもふもふたちを堪能した。
これだよ、これ。僕が求めていた旅だ。
◇
――その時。
空気が変わった。
ピリ、と肌に触れる感覚。
小動物たちが一斉に顔を上げる。
ビクッ、と体を震わせ――
次の瞬間、蜘蛛の子を散らすように森の奥へ逃げていった。
(えっ、待って。もっともふもふさせてよ)
さっきまでの柔らかい空気が、消えている。
シオンが影を引っ込め、双剣を抜く。
セレンも本を閉じ、杖を構えた。
二人とも、やけに険しい顔だ。
森の奥から、重い気配が近づいてくる。
――踏みしめる音。
――枝が折れる音。
ゆっくりと、確実に。
そして。
木々を押し分けるようにして、その影が現れた。
身の丈は、シオンより頭二つ分ほど高い。
無駄な肉を削ぎ落とした、しなやかな体躯。
はだけた革鎧の隙間から、綺麗に割れた腹筋が覗く。
だが。
首筋から腕、背中、脚にかけては、艶やかな獣毛に覆われている。
頭にはピンと尖った耳。
腰には揺れる、豊かな尾。
(……狼耳だ)
毛と肌の境目が、やけに綺麗だ。
狼の獣人。
大剣を構え、こちらを睨みつける。
低く、唸るような声が森を震わせた。
シオンが一歩前に出る。
セレンも杖を構え、構えを崩さない。
互いに声を荒げ、何かを言い合っている。
空気が張り詰める。
一触即発。
――だが。
大剣を構えている。
空気も張り詰めている。
……でも。
僕の視線は、それを素通りして。
耳へ。
(揺れた)
次に、尻尾へ。
(……ふさふさだ)
そして腕の毛並み。
(月光で光ってる……)
僕は一歩、踏み出した。
ただ。
もふもふに触れるためだけに。




