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もう一つの楽園  作者: 村野夜市


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二度あることは三度ある。

うちのうっかりさんがまた水袋を忘れて行ったので、僕は三度目に届けに来た。


確か、一度目に届けたとき、ブブと出会った。

二度目で、おっちゃんに会った。

だったら、今回も何かあるかもしれない。


ちょっと怖いような、けどなんだかその中にちょっぴりだけ、不思議な期待もあるような。

そんな気持ちに胸をどきどきさせながら、僕は畑のなかを歩いていた。


広い広い畑に、人影は見えない。

たくさんの人が働いているはずなんだけど。

いつ来ても、働いている人の姿を見ないなって思う。


もっとも、今は夏真っ盛りで、人の背丈より高い作物はいっぱいある。

その中に紛れてしまったら、もしかしたら、すぐ近くにいても分からないかもしれない。


その辺の草陰から、突然、誰か出てきたら、びっくりするな。

そんなことを思いながら、ふらふらと僕は歩いていた。


ピサンリは、どの辺りにいるのかな。

聞いておけばよかった。

誰かに聞こうにも、誰もいないし。


そのうち会えるだろう、って呑気に考えて、ピサンリの名前を呼びながら歩いていたんだけど。

行けども行けども、さっぱり誰とも出会わなくて、そのうち不安になってきた。

ここの畑って、どのくらい広さがあるのかな。

とにかく、見渡す限り、視界の端から端まで、畑はあるんだけど。


もしかしたら、一日歩き回っても、会えない、なんてことも、あるのかも?


ピサンリはもちろん、水がなくて困っているだろうし。

この暑さだから。なるべく早く届けてあげたいんだけど。


少しずつ、気持ちはあせりはじめた。

って言っても、なにかいい解決法を思い付くわけじゃないんだけど。


僕はピサンリの名前を呼ぶのはやめて、ヌシ様の笛を吹くことにした。

笛の音なら、僕の声より遠くに届くし。

ピサンリなら、この音を聞けば、きっと僕だって気づいてくれるだろう。


土笛じゃなくてヌシ様の笛にしたのは、こっちの方がブブのお気に入りだからだ。

案の定、ブブは喜んで、僕のマントから飛び出ると、辺りをぐるぐると飛び回り始めた。


ブブってば、ご飯のとき以外は、ずぅっと僕のブローチになってるけど。

本当は、こんなふうに自由に飛び回るほうが、幸せなんじゃないかな。

だって今のブブは本当に楽しそうで。

ぐるん、ぐるん、って、自由自在に辺りを飛んでいたから。


そのときは僕、忘れていたんだ。

ブブは、畑を荒らす悪い虫で、町の人たちに見つかったら、退治されてしまうってこと。


仲間たちはブブのこと受け容れてくれて、家では自由にさせていたし。

辺りには誰の姿も見えなかったし。

すっかり油断してしまっていたんだと思う。


なにより、緑の畑で楽しそうに飛び回るブブの姿を見ていたら。

きっとこれが一番いい姿なんだ、って思ってた。


ブブは、楽しそうに飛び回りながら、僕の歩くのに合わせてついてくる。

僕はずっとブブの喜びそうな、明るい歌を吹き続けた。


すると、どうだろう。

辺りの畑から、たくさんの虫たちが、一斉に飛び上がったんだ。

いろんな虫がいる。

本当に、ありとあらゆる種類の羽のある虫たちがいた。

こんなにたくさん、いったいどこに隠れていたんだろう。

虫たちは辺りを覆い尽くし、お日様の光さえ遮ってしまう。

それに圧倒されて、僕は、ただ、ぽっかりと口を開けたまま、様子を見守っているだけだった。


そこへ突然、耳をつんざくような叫び声が響き渡った。

それは、案外、僕のすぐ近くだった。

叫び声に驚いた虫たちは、一斉にどこかへ逃げてしまった。

あっという間に、明るい夏の日差しは戻ってきた。


振り返ると町の人がひとり、口をあわあわと開いたり閉じたりしながら、こっちを指差していた。

何を言っているのか、はっきりとは分からないけれど、虫、虫、と繰り返しているように思った。

腰が抜けてしまったのか、地面にへたり込んだまま、それでも地面に手をついて、必死にずるずると後退ろうとしていた。


「あ。驚かせてしまって…」


すいません、と言おうとした僕は、その先は何も言えなかった。

最初、恐怖の表情を浮かべていたその人は、僕を見て、はっきりとその目に怒りを滾らせたからだった。


「………!

 …!…!

 ……!

 ……!」


彼は何事か叫び続けていた。

僕を激しく非難し、それから、誰か人を呼ぶように、辺りをきょろきょろと見回しながら叫んでいた。


え?

いや、僕は…なにも…


説明をしようとして、いやでも、この状況は、言い訳をしたところで通じないかもしれない、って思った。

そのときになって、僕は自分のやらかしたことの重大さに思い至った。


このままじゃ、僕は悪い虫使いってことになってしまう。

どうしよう、どうしよう…

おろおろと辺りを見回した。

だけど、僕の目に映ったのは、助けではなくて、ますます状況を悪くしそうなことばかりだった。


あんなに、人影は見えなかったのに、作物の波をかき分けるようにして、あっちからも、こっちからも、人がこっちにやってきていた。

なんだ、なんだ?とやって来た人々は、叫びながら僕を指差す人を見ると、みんな怒りの視線を僕に集中させた。


怒りの視線って、痛みを感じるんだ、って僕は初めて知った。

ずきずきと傷むからだを庇うように両腕を回して、僕はゆっくりと後ろに下がった。

だけど、下がった先にも、僕を睨む人たちはいた。

僕にはもう、どこにも逃げ場はなかった。


そのときだった。


どこからともなく、どこどこどこ、という太鼓の音が響きだした。

おっちゃん?

僕はあちこちきょろきょろしてその姿を探そうとした。

けれど、その姿はどこにも見当たらなかった。


太鼓の音は、ずっと同じ場所からじゃなくて、まるで畑をぐるぐると巡るように、さっき右から聞こえたかと思えば、今度は前から聞こえてきた。

太鼓を抱えて移動しているにしても、あまりにも素早く、方角も定まらない。

それに、さっきはすぐ近くに聞こえた音も、次の瞬間には、うんと遠くになっている。

それはまるで、おっちゃんが同時に百人くらいいて、あっちこっちで太鼓を叩いているようだった。


「!!!!!」


その叫びは、うんとうんと遠くの畑で上った。

誰かが叫び声のしたほうを指差した。

そこには、紛れもない祓い虫の大群が、黒雲のように広がり始めていた。


僕の周りにいた人たちは、一斉にそっちのほうへ駆けだした。

ほんの一瞬で、僕の周りには誰もいなくなっていた。


ほんの少し間、僕は躊躇った。

あの人たちと同じ場所へ行くのは、怖かった。

だけど、その躊躇いはすぐに消えさった。

ブブの姿が、辺りにも、僕の胸にもなかったからだった。


ブブが、退治されてしまう。

もしかしたら、ブブも、あの大群のなかにいるのかもしれない。


僕は急いで町の人たちあとを追いかけた。


その間もずっと、不気味な太鼓の音は続いていた。

近づくにつれて、祓い虫の大群は、真っ黒い雲のように、辺り一面を覆い尽くしていた。

まだ畑には襲い掛かってはいなくて、けれど、狙いを見定めるように、高いところから、じっと畑の作物を眺めていた。


僕は周りにいる人たちの顔を、きょろきょろと見回した。

けれども、ピサンリもルクスも、ここにはいなかった。






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