7
大急ぎでご馳走の支度をして、旅の人たちも一緒に夏至祭りの夜が始まる。
見たこともない料理があっちこっちのテーブルに所狭しと並んでいて、人も大勢いて。
それはそれは賑やかな、豪勢なお祭りになった。
旅の人たちは、アルテミシアの歌をもう一度聞きたいと言ってくれた。
アルテミシアもルクスも喜んでもう一度歌った。
僕の笛も聞きたいと言ってくれる。
僕も喜んでもう一度披露した。
「それは、平原で多く使われている土笛によく似ているようですが。」
族長は僕の笛を見て言った。
「あ。そうなんです。
実は、僕の両親が作り方を教えてくれて。」
僕はあちこち旅をしている両親の話しをした。
「まあ。では、あなたは、もしかして、ミーロンとフラウラの息子さんだったのですか?」
「え?ミーロンとフラウラの息子?!」
族長の話しを聞きつけて、隣にいた族長の孫が割り込んできた。
あの、最初に僕らの郷に現れた、僕らと年の変わらないくらいの森の民だ。
「これ。オルニス、不躾ですよ?」
やんわりと族長に窘められたものの、オルニスは気にせずに僕のほうへぐいと寄ってきた。
「あの二人のお話しって、すっごく面白いよね?
いいな。君は小さいころから、ずっと聞かせてもらえたんだよね?」
僕はちょっと困って笑った。
「うーん…本当に小さいころは、そうだった、かもしれないけど…
あんまり、覚えてないし…
そこそこ大きくなってからは、二人とも、あまり家にいなかったから…」
あ、そっか、とオルニスはしまったという顔になった。
「両親があっちこっち旅をしていたってことは…
君はずっとお留守番だったんだ?」
「一緒に行くかい?って帰ってくるたびに聞かれたんだけどさ。
僕は、行かないって、いつも言ってた。
森の外にはあまり興味はなかったし。
郷には、大事な友だちもいるから。」
「…息子が家を守っていてくれるから、自分たちは安心して旅を続けられると。
以前、ミーロンは言っていましたよ。」
族長は穏やかにそう言ってくれた。
そっか、父さん、そんなふうに思ってたんだ、ってちょっと嬉しかった。
「それに、たまには帰ってきて、いろんな話しもしてくれたよ。
珍しい異国の料理も、いろいろ作ってくれたり。」
でも、僕は、珍しい異国の料理より、アルテミシアの作る郷の料理のほうが好きだったんだけどさ。
というのは、内緒にしておこう。
「そっか。
それはそれで、いいよな?」
まだちょっと気を遣っているオルニスに、僕は、うん、とにっこり笑ってみせた。
「それに、この土笛は、とても気に入っているんだ。
僕の宝物だよ。」
僕は土笛を出して見せた。
そう。
この笛のせいで、郷のみんなからは置いていかれたんだけど。
それでも、嫌いにはなれない。大事な物なんだ。
「あ、そうだ。
これ、これも、食べたこと、あるか?」
オルニスは気を取り直すように、手近にあった皿をこっちへ差し出した。
「これ、うちの郷の名物料理なんだ。
ミーロンたちも作り方を教えてくれって言ってたし。
これなら、食べただろう?」
「…あ…、ど、どうだった、かなあ…?」
それは僕の苦手な肉料理だった。
鳥以上に苦手な、雑食の四つ足の獣の肉を使った料理だ。
鳥でも、夏至祭り以外には絶対に食べなかったから。
多分、両親が作っても、きっと、口にしなかったと思う。
僕は、曖昧に笑ってごまかそうとしたんだけど、オルニスはぐいぐいとさらに皿を押し付けてきた。
「そっか。でも、食べたら思い出すかもしれない。
一口、食べてみろよ。」
「…ぃ、ゃ……あの……、僕、お肉はもう、いただいたから…」
「今日は夏至祭りなんだ。たくさん肉を食べないと病気になるんだぞ?
いいから、一口だけでも。
だまされたと思って。」
だまされたくは、ないんだけどな?
でも、あまりにも圧しが強くて、僕はとうとう根負けした。
「ぁ……、じゃあ……一口だけ……」
なるべく小さな一切れを狙って、目を瞑って口に放り込む。
意を決して噛みしめたら、鼻に抜ける香がして、意外と美味しかった。
「あ。美味しい?」
「だから、名物だ、って言ったろ?」
オルニスはけらけら笑うと、自分も一切れ取って口に放り込んだ。
「フラウラは息子が肉を食べないと言って困っていましたよ?
でも、これなら食べられるかもしれないと言ってね。」
族長はくすくす笑いを押し殺すようにして言った。
「この味の秘訣は、よい香りの実をすり潰した香辛料なのですよ。
それは、平原の畑で作られているもので。
森ではあまり見かけないものなのです。」
なるほど。平原の香辛料か。
「うちの郷は、平原には割と近かったから。
ときどき、森の物を持って行って、平原の物と交易もしてたんだ。」
へえ。そんな森の民がいたとは知らなかった。
「この香辛料は、お二人もいたく気に入って。
少しお分けしたのを、持って帰られたはずですけれどね。」
いや、でも、きっと、僕は食べなかったんだろうなあ。
でも、それを聞いて、あ、っと思い出したことがあった。
「そういえば、小さな実みたいなのがたくさん入った壺があったような。
ちょっと、待っていてください。」
急いで家に戻ると、部屋に積み上げた怪しい物の山を漁って、小さな壺を見つけた。
この間から、ルクスと一緒にこの辺の物を見ていたおかげで、この壺にも気づいていた。
小さくて黒い実みたいなのがびっしり入っていて、いったいこれはなんだろうって思ったんだけど。
ルクスも僕も、その正体は分からなかったから、そっと、そのまま戻しておいたんだった。
壺を持って戻ると、それを差し出して見せる。
ああ、それそれ、と壺を見ただけで、オルニスは言った。
「その壺。うちにあったやつだし。
って、なんだ、全然減ってないじゃないか。」
中身を見て、ちょっとがっかりしたみたいだった。
「ぅ…
一度は、作ってくれた、と思うんだけど…
実は、うちの両親は、壊滅的に料理が下手で…」
多分、あの味は再現できてなかったんだと思う。
だって、あんなに美味しい肉を食べてたら、きっともう少しは記憶に残ったと思うんだ。
「あ。それ、僕も知ってる。
教えるときも、何回も失敗してたっけ。」
オルニスはそう言ってけらけらと笑った。