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大急ぎでご馳走の支度をして、旅の人たちも一緒に夏至祭りの夜が始まる。

見たこともない料理があっちこっちのテーブルに所狭しと並んでいて、人も大勢いて。

それはそれは賑やかな、豪勢なお祭りになった。


旅の人たちは、アルテミシアの歌をもう一度聞きたいと言ってくれた。

アルテミシアもルクスも喜んでもう一度歌った。

僕の笛も聞きたいと言ってくれる。

僕も喜んでもう一度披露した。


「それは、平原で多く使われている土笛によく似ているようですが。」


族長は僕の笛を見て言った。


「あ。そうなんです。

 実は、僕の両親が作り方を教えてくれて。」


僕はあちこち旅をしている両親の話しをした。


「まあ。では、あなたは、もしかして、ミーロンとフラウラの息子さんだったのですか?」


「え?ミーロンとフラウラの息子?!」


族長の話しを聞きつけて、隣にいた族長の孫が割り込んできた。

あの、最初に僕らの郷に現れた、僕らと年の変わらないくらいの森の民だ。


「これ。オルニス、不躾ですよ?」


やんわりと族長に窘められたものの、オルニスは気にせずに僕のほうへぐいと寄ってきた。


「あの二人のお話しって、すっごく面白いよね?

 いいな。君は小さいころから、ずっと聞かせてもらえたんだよね?」


僕はちょっと困って笑った。


「うーん…本当に小さいころは、そうだった、かもしれないけど…

 あんまり、覚えてないし…

 そこそこ大きくなってからは、二人とも、あまり家にいなかったから…」


あ、そっか、とオルニスはしまったという顔になった。


「両親があっちこっち旅をしていたってことは…

 君はずっとお留守番だったんだ?」


「一緒に行くかい?って帰ってくるたびに聞かれたんだけどさ。

 僕は、行かないって、いつも言ってた。

 森の外にはあまり興味はなかったし。

 郷には、大事な友だちもいるから。」


「…息子が家を守っていてくれるから、自分たちは安心して旅を続けられると。

 以前、ミーロンは言っていましたよ。」


族長は穏やかにそう言ってくれた。

そっか、父さん、そんなふうに思ってたんだ、ってちょっと嬉しかった。


「それに、たまには帰ってきて、いろんな話しもしてくれたよ。

 珍しい異国の料理も、いろいろ作ってくれたり。」


でも、僕は、珍しい異国の料理より、アルテミシアの作る郷の料理のほうが好きだったんだけどさ。

というのは、内緒にしておこう。


「そっか。

 それはそれで、いいよな?」


まだちょっと気を遣っているオルニスに、僕は、うん、とにっこり笑ってみせた。


「それに、この土笛は、とても気に入っているんだ。

 僕の宝物だよ。」


僕は土笛を出して見せた。

そう。

この笛のせいで、郷のみんなからは置いていかれたんだけど。

それでも、嫌いにはなれない。大事な物なんだ。


「あ、そうだ。

 これ、これも、食べたこと、あるか?」


オルニスは気を取り直すように、手近にあった皿をこっちへ差し出した。


「これ、うちの郷の名物料理なんだ。

 ミーロンたちも作り方を教えてくれって言ってたし。

 これなら、食べただろう?」


「…あ…、ど、どうだった、かなあ…?」


それは僕の苦手な肉料理だった。

鳥以上に苦手な、雑食の四つ足の獣の肉を使った料理だ。

鳥でも、夏至祭り以外には絶対に食べなかったから。

多分、両親が作っても、きっと、口にしなかったと思う。


僕は、曖昧に笑ってごまかそうとしたんだけど、オルニスはぐいぐいとさらに皿を押し付けてきた。


「そっか。でも、食べたら思い出すかもしれない。

 一口、食べてみろよ。」


「…ぃ、ゃ……あの……、僕、お肉はもう、いただいたから…」


「今日は夏至祭りなんだ。たくさん肉を食べないと病気になるんだぞ?

 いいから、一口だけでも。

 だまされたと思って。」


だまされたくは、ないんだけどな?

でも、あまりにも圧しが強くて、僕はとうとう根負けした。


「ぁ……、じゃあ……一口だけ……」


なるべく小さな一切れを狙って、目を瞑って口に放り込む。

意を決して噛みしめたら、鼻に抜ける香がして、意外と美味しかった。


「あ。美味しい?」


「だから、名物だ、って言ったろ?」


オルニスはけらけら笑うと、自分も一切れ取って口に放り込んだ。


「フラウラは息子が肉を食べないと言って困っていましたよ?

 でも、これなら食べられるかもしれないと言ってね。」


族長はくすくす笑いを押し殺すようにして言った。


「この味の秘訣は、よい香りの実をすり潰した香辛料なのですよ。

 それは、平原の畑で作られているもので。

 森ではあまり見かけないものなのです。」


なるほど。平原の香辛料か。


「うちの郷は、平原には割と近かったから。

 ときどき、森の物を持って行って、平原の物と交易もしてたんだ。」


へえ。そんな森の民がいたとは知らなかった。


「この香辛料は、お二人もいたく気に入って。

 少しお分けしたのを、持って帰られたはずですけれどね。」


いや、でも、きっと、僕は食べなかったんだろうなあ。

でも、それを聞いて、あ、っと思い出したことがあった。


「そういえば、小さな実みたいなのがたくさん入った壺があったような。

 ちょっと、待っていてください。」


急いで家に戻ると、部屋に積み上げた怪しい物の山を漁って、小さな壺を見つけた。

この間から、ルクスと一緒にこの辺の物を見ていたおかげで、この壺にも気づいていた。


小さくて黒い実みたいなのがびっしり入っていて、いったいこれはなんだろうって思ったんだけど。

ルクスも僕も、その正体は分からなかったから、そっと、そのまま戻しておいたんだった。


壺を持って戻ると、それを差し出して見せる。

ああ、それそれ、と壺を見ただけで、オルニスは言った。


「その壺。うちにあったやつだし。

 って、なんだ、全然減ってないじゃないか。」


中身を見て、ちょっとがっかりしたみたいだった。


「ぅ…

 一度は、作ってくれた、と思うんだけど…

 実は、うちの両親は、壊滅的に料理が下手で…」


多分、あの味は再現できてなかったんだと思う。

だって、あんなに美味しい肉を食べてたら、きっともう少しは記憶に残ったと思うんだ。


「あ。それ、僕も知ってる。

 教えるときも、何回も失敗してたっけ。」


 オルニスはそう言ってけらけらと笑った。





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