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結局、その後、僕らはずるずるとそのまま郷で暮らしていた。
崩壊は少しずつ近づいているとは知っていたけど。
食料も水も、まだ森を探せば見つかったし、すぐにどうこうしなければならないとまでは思えなかった。
というより、僕らには、他に生きて行く方法なんて、見つからなかったんだ。
僕らは三人で同じ家に一緒に暮らしていた。
食べ物も、着る物も、三人で分け合った。
そうして、いつの間にか、夏至祭りが近づいていた。
夏至祭りの夜は、毎年、獣の肉を食べることになっていた。
ルクスなんかは、元々、肉が好物だったから、夏至祭りじゃなくても食べていたけど。
アルテミシアと僕は、わざわざ好んでは食べなかった。
だけど、夏至祭りだけは、別だ。
この日だけは、嫌でも、肉を食べなくちゃならない。
そうしないと恐ろしい病にかかる、って、大人たちから言われていた。
この日のために、ルクスは森で狩りをして、鳥を一羽捕まえてきた。
捌いた鳥の中に香草をいっぱい詰め込んで、蒸し焼きを作るらしい。
アルテミシアは肉の苦手な僕のために、木の実を粉にして焼いたパイを作ってくれた。
アルテミシアのパイはさくさくして本当絶品なんだ。
普段はあんまり作ってくれなくて、特別な日だけのご馳走なんだけど。
僕は、かなうなら、毎日でも食べたいって思う。
僕はベリーをたくさん摘んできて、何日も煮込んでジャムを作った。
アルテミシアのパイに塗ったら、きっとすごく合うに違いない。
お祭りの日は、夕方から、外にテーブルを出して、ご馳走を並べた。
去年の夏至祭りは、郷のみんなもまだここにいて、賑やかだったのを思い出すと、ちょっと寂しくなったけど。
ルクスが竪琴を弾いて、アルテミシアが歌い始める。
夏至祭りのお祝いの歌だ。
それは僕らの郷に伝わる古い古い歌だった。
アルテミシアのきれいな声はどこまでも森のなかに響いていって。
森の生き物たちも、息を潜めてその歌に効き惚れている。
とてもとても、素敵なお祭りだと思った。
二人が疲れると、僕が交代して土笛を吹いた。
土笛用にアレンジした夏至祭りの歌だった。
二人の奏でる音楽には到底及ばないのは分かってるけど。
二人とも、いつものように、すっごく褒めてくれた。
ゆっくりと日が落ちて、夜が始まったころだった。
かさり、と音がして、突然、見知らぬ森の民が僕らの前に現れていた。
僕らとそう年の変わらないくらいに見えた。
「こんばんは。
素敵な夏至祭りの夜ですね。」
森の民は、僕らの間じゃお決まりの挨拶をした。
だけど、僕はびっくりして、とっさに、まともな返事ができなかった。
もうずっと、僕ら三人以外とは誰とも会わなかったから。
まだ誰か、森の民に出会うなんてこと、あるとは思わなかったんだ。
「あ、っと、その…」
「…誰?」
ルクスは僕やアルテミシアを庇うように前に出て、相手を睨むようにして尋ねた。
するとその人は、慌てたように両手を振った。
「ああ、怪しい者じゃないです。
僕ら、旅をしている途中で。
歌声が聞こえて。
この辺は、まだ、誰か残っているのかと思って。」
その森の民の後ろから、ぞろぞろとその仲間たちが顔を出した。
ひとつの郷の住民全員、くらいいそうな大人数だった。
「僕ら、きっと、僕たちが最後に残った森の民だと思っていたけど。
まだ、残ってる森の民がいたなんて。」
「けど、君たち、三人だけなのかな?
ここは、郷のように見えるけど。
他の人たちはどうしたの?」
彼らは僕らを取り囲んで口々に尋ねた。
「あたしたちの郷のみんなは、この間の春に出立しました。
けど、あたしたちは、仲間とはぐれてしまって…」
アルテミシアが説明するように言ったら、まあ、とか、あら、とか一斉に声が上がった。
「仕方ないから、元々棲んでいたここに戻ってきたんです。」
僕はアルテミシアに続けて説明した。
その僕らに一斉に同情するような目が集まった。
「それはおかわいそうに。
子ども三人だけで仲間とはぐれてしまうなんて。
さぞ、心細かったでしょう。」
「わたしたちと一緒に行きませんか?
むこうに行けば、お仲間にもまた会えるかもしれない。」
それは、有難い申し出、なのだろうか。
僕らはちょっと黙ってしまった。
すると、旅人の一団の中から、族長らしき人がゆっくりとこっちに歩み寄ってきた。
「いきなり見ず知らずの他人に一緒に旅をしようと言われても、ついて行く気にはならんでしょう。
しかし、今宵は大切な夏至祭り。
祭りの儀式を執り行うために、この郷を一晩、お借りしてはいけませんか?」
たくさんの経験をしてきた人の持つ叡智を湛えた瞳は、和らかな光を宿す。
穏やかな口ぶりも。包み込むような微笑も。
郷の長に相応しい、立派な人物のようだった。
「あ。
それはもちろん、かまいません。
郷の建物は、旅の人に自由に使ってもらうために、鍵もかけてありませんから。」
ルクスもちょっと警戒を解いたみたいにして言った。
「それは有難い。
みな、野営続きで疲れております。
火を使って調理した物を食べ、一晩屋根の下でぐっすりと眠れば、明日からの旅もさぞ楽になるに違いありません。」
族長はにこやかにゆったりと頷くと、仲間を振り返って言った。
「みなさんのご親切に甘えて、今宵は一晩、ここに逗留させていただくとしましょう。」
わーい、とか、やったー、という声が聞こえる。
助かった、やれやれ、有難い、という声も混じっていた。
「みなさんのテーブルには既に素敵なご馳走が並んでいるようですが。
わたしたちも、すぐに支度をいたします。
今宵は是非、ご一緒に、夏至祭りの夜を楽しむことにいたしましょう。」
族長は優雅にお辞儀をしてみせた。
物腰はものすごく穏やかなのに。
なんだかすごい。貫禄のある人だ。
「あ。
厨房は、どこのでも好きに使ってもらっていいです。
水汲み場はこっちです。」
すっかり気を許したのか、ルクスは先に立って旅人たちを案内していく。
アルテミシアと僕も、ルクスにならって、みんなを案内した。
こうして今年の夏至祭りは、旅の人たちと一緒に、いつもとはちょっと違うけど、また賑やかなものになったのだった。