表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう一つの楽園  作者: 村野夜市


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/237

59

目を覚ましたのは、薄暗い部屋のなかだった。

窓から差し込む日は、もう夕方近いようだった。


「気が付いたかい?」


静かな声がして、アルテミシアと目が合った。

アルテミシアは枕元の椅子に腰掛けて、ずっと僕のことを看ていてくれたみたいだった。


「お水、飲む?」


「ちょっと待った!」


ばんっ、という音がして、部屋の扉が開き、ルクスが入ってくるのが見えた。


「それはダメだ。

 飲むならこっちにしろ。」


ルクスはそう言って水差しを差し出した。


「水源の滝から汲んできた。

 こっちのほうがマシなはずだ。」


アルテミシアは、そうだね、と言うと、僕に渡そうとしていたカップの水を窓から捨てて、ルクスの持ってきた水差しの水を注いだ。


「浄化塩は入れてみたけど、とても飲めたものじゃなかった。

 からだの弱っている子にはあの水は毒になるだろう。」


「水が、毒になる?」


手渡されたカップの水をしげしげと見ながら僕は尋ねた。


「それは大丈夫だ。」


ルクスはちょっと怒ったみたいに言った。


「だけど、あの湖の水は、毒だ。」


「湖の水が毒?」


あんなにたくさんあるのに?

湖全体の水が毒になる、なんてこと、あるんだろうか。

たとえ毒を流したとしても、あの水全部毒にするなんて、よっぽどの量を流し込まないといけないだろうし。

そんなの現実には無理だ。


だけど、ルクスは眉をひそめて頷いた。


「臭いを嗅いだだけで、毒だって分かる。

 この俺が分かるんだから、よっぽどだ。」


アルテミシアも、悲しそうに頷いた。


「あんなことが現実にあるなんて、びっくりしたけど。」


じゃあ、本当に湖の水全部が毒なんだ。


「なんで、そんなことに?」


思わずそう尋ねていた。


「毒になった原因は分からん。

 しかし、調べるのも、簡単ではなさそうだ。」


ルクスはますます怒ったみたいに言ってため息を吐いた。


毒になったから、水を堰き止めたのかな。

僕はちょっと考えた。

それならそうと、町の人たちにも知らせなくちゃ。


「それより、具合はどうだい?」


アルテミシアは僕の額に手を当てて尋ねた。

それから、熱はないね、とちょっとにっこりした。


「どこが苦しかったの?

 突然、気を失って、びっくりしたんだよ。」


「アルテミシアが診ても、お前の倒れた原因は分からなかったんだ。」


ルクスも心配そうに僕の顔を覗き込んだ。


「ごめん。心配かけて。」


僕はふたりに謝った。


「ものすごい音が、したんだ。

 キェーッ、みたいな。

 ふたりには、聞こえなかった?」


「キェーッ?」


ふたりは顔を見合わせてから、同時にこっちを見て首を振った。

だろうなあ。そうじゃないかと思ったんだ。

なんか最近、僕にだけ聞こえる、僕にだけ見える、ってことがよくある気がする。


だけど、あんなひどい音なら、聞こえたのが僕だけでよかったって思う。

聞こえていたら、三人揃って倒れていたかもしれない。


「…とても耐えられなくて。

 耳を塞いでも、頭のなかに響いてきて。

 と思ったら、ふっ、って何も分からなくなってた。」


「からだが耐えきれなくなったんだろうな。」


アルテミシアはふむと頷いてから、なにかこしらえに行った。

ルクスはさっきまでアルテミシアの腰掛けていた椅子に座って、僕のほうへ顔を近づけた。


「…それは、何の音だったんだ?」


「…分からない。

 ……なにか、獣の声?みたいだな、とも思ったけど。

 いや、でも、獣は、あんなふうには、鳴かない、かな…」


「今は?その声は?」


「今は聞こえない。」


「あの近くに棲んでいる獣かなにか、なんだろうか?

 とりあえず、ここにいれば安全か?」


「もしかしたら、それは、現実の獣の声、ではないかもしれないな。」


アルテミシアはなにか薬湯をこしらえてきて、僕に手渡してくれた。

アルテミシアの腰袋には、いつも、なにがしかの薬草が入っている。


薬湯はちょっと苦かったけれど、匂いがとてもよくて、飲むと気分もすっきりした。


「幻の獣の声?か?」


ルクスはうーんと首を傾げた。


アルテミシアは部屋の隅からもうひとつ椅子を持ってくると、ルクスの隣に並んで座った。


「探してみる?

 だけど、君はその声には耐えられないよね?」


僕は、むうと考え込んだ。

つくづく僕って、いっつも役立たずだ。


「…ところで、ここって、どこ?」


なんとなく想像はついてたんだけど、念のため尋ねてみた。


「リョウシュの屋敷。」


返ってきた答えは予想通りだった。


「君が突然気を失って慌てていたら、湖を見張っていた兵士に見つかったんだ。」


「それで例の、迷い込んだ旅の森の民?の話しをしたら、ここへ連れてこられた。」


いたずらっぽく笑って、ルクスは肩を竦めてみせた。


「なんかさ、それなりに、歓迎?されてるみたいだったけど。」


「森の民は幸運をもたらす使いだ、とか言われたっけ。」


ふたりは顔を見合わせて、やれやれ、と苦笑した。


「そんなふうに思われるのって、ご先祖たちのお蔭なんだろうけどね?」


「なーんか、期待されてるみたいなのが、なんとも。」


僕も一緒になって苦笑した。僕ら、そんな特別な存在じゃないよね?


「俺たちには、食事とか用意してくれたんだけど。」


「とても、食べられたものじゃなくてね?」


「あの水は毒だ。」


そっか。

それで、僕が目を覚ます前に、滝まで水を汲みに行ってくれたんだ。


「だけど、そんな毒の水を飲んでいるのに、ここの人たちは、平気なの?」


それが心配になった。

ルクスとアルテミシアはまた顔を見合わせてから、同時にこっちを見た。


「まったくだな。」


「見た感じ、平気そうだよ。

 あたしたちの食べられなかった食事も、がつがつ食べていた。」


えー…と僕は眉をひそめた。


「毒だって、気づいてないのかな?

 それとも、森の民には毒だけど、平原の民だと問題ないのかな?」


「毒は誰にとっても毒だと思うな。」


アルテミシアは、むぅと唸った。


「少なくとも薬草は、森の民、平原の民、関りなく同じ効果があるからね。」


そっか。ということは、毒だって、どっちにも同じように毒になるんだ。


「いったい、どういうことだろうな?」


ルクスは腕組みをして考え込んだ。


「やっぱり、湖を、もう一度、見に行ってみないか?

 堰き止められている原因も、まだ分からないし。」


「湖か…

 けど、また、幻の獣?の声がするかもしれないよね?」


アルテミシアは僕のほうを心配そうに見た。

僕はしょんぼりうつむいた。


「ごめんね、僕、足手まといだよね?」


そんなことはない、とルクスは僕の背中に手を置いた。


「それじゃあ、今夜、俺とアルテミシアと二人で、ちょっと調べてみよう。

 そうだな。ロマンチックな夜の湖でこっそり逢引きをする恋人同士、という設定でどうだ?

 お前はアルテミシアの弟で、旅の疲れで休んでいることにしよう。」


なにその設定?

いろいろ言いたいことはあったけど、その前に、仕方ないなあ、とアルテミシアの言うのが聞こえた。


「付き合ってやるか。」


いいの?アルテミシア?


だけどルクスは妙に楽しそうに、よし、今夜決行だ、と頷いた。















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ