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王都が森に覆われたとき、僕は、研究院の建物からはうかつに外に出ないように、と言われていた。
だけど、うっかりしっかりコンビは、この辺りのことはよく知っているみたいだし、彼らと一緒なら大丈夫かな。
一応、念のため、確かめておく。
「この辺には、疑似アマン、とか、ないのかな?」
「ぎじあまん?
何っすか、それ。」
あ、疑似アマン、知らないっか。
「空間がちょっとおかしくなってて、知ってる場所なのに、道に迷う、みたいな…」
「ああ!神隠し。」
「かみかくし?」
「そうそう、よく知ってるはずのところで道に迷って、しばらく帰ってこられなくなるあれっすよね?」
「う、ん…それ、かな?」
よく分からないけど。
なんとなく、合ってる気はする。
「村の人も、何人か神隠しに遭った人がいますよ。」
こともなげにうっかりさんは言った。
「えっ?その、かみかくし、に遭った人たちは、無事に戻ってきたの?」
「戻ってきましたよ。」
そりゃそうか。
戻ってこなかったら、そのことを知ってるはずない。
ふたりは代わる代わる話し始めた。
「最初はね、この村の連中は、森を歩くのに慣れてないから、迷ったんだろう、ってみんな思ったんっすよ。」
確かに、この村の周囲は見通しのいい荒れ地だった。
森とは勝手が違うだろう。
「だけど、迷わないように、ずっとゲストハウスの煙を目印に歩いていても、ふいっと、それが見えなくなって、そこから、数日間、迷う、って言うんっすよね。」
それは、多分、疑似アマンだ。
やっぱり、ここにもあるのか。
だけど、ふたりとも、それほど深刻そうには見えなかった。
「心配は、しなかったの?」
「そりゃあ、心配しましたよ。
最初は、大騒ぎになって、村中で探し回りました。
けど、神隠しに遭った本人は、けろっとしてね。
戻ってきても、え~、そんなに経ってたのお?って呑気なもんで。
大抵は、両手にいっぱい果物や木の実を持って帰ってくるんです。
しかも、ちょっとぽっちゃりになってたりなんかして。」
ぽっちゃり?
「なんかねえ、神隠しに遭ったやつの話しだと、楽園みたいな森で、ずぅっと、食っちゃ寝、食っちゃ寝、してた、って言うんっすよ。」
楽園みたいな森。
ずっと、食っちゃ寝、食っちゃ寝?
「それって、食糧とかには困らなかった、ってことかな?」
「困らなかったそうです。
腹が減ったら、手の届くところにいくらでも食べ物があった、って。」
「神隠しの森は、水も食べ物もいっぱいあって、お天気もずっとよくて、ほんわかあったかくて、本当に楽園みたいなところなんだそうっす。」
「ただね、そこはずぅっと昼間が続いていて、だから、そんなに何日も経ってたって気付かなかったみたいなんっすけど。」
「眠くなってうとうとしても、昼寝みたいなもんだから、熟睡できなかった、って。
それでちょっと寝不足だ、なんてね。」
確かにそれは疑似アマンに似てる、かもしれない。
割と穏やかな疑似アマン、かな。
「そこから、どうやって帰ってきたの?」
「はて。
それが、本人にも分からないらしくてね?」
「ただ、ずぅっとそこにいると、淋しくなってきたんだそうっす。
誰もいなくて、ひとりきりっすから。」
「最初はね、これだけの食い物を独り占めできるなんて幸せだ、とか思ったそうなんっすけど。
ほら、ここだとどうしても、食べ物はみんなで分け合わないといけないっすから。
日によっては、足りないこともあってね。」
「これ全部、持って帰ってみんなに食わせてやりたい、ってね。
そう思って歩いていたら、いつの間にか、村に戻ってるそうなんっすよ。」
へえ~。
「そんな楽園なら、自分も行ってみたい、なんてやつも続出しましてね。」
「けど、いざ、探すと、見つからないんっす。」
「なかなか、遭おうとして遭えるもんじゃないんっすよ、神隠し。」
うんうん、とふたりはそっくりな表情をしてうなずいてみせた。
「まあ、でも、そのおかげで、村の境界の内側にも、たくさん、食糧のなる木を見つけましてね。」
「不思議なことに、取っても取っても、翌日にはまたたくさんの実がなってるんっす。」
「湧き水も何か所かあって、水も確保できますしね。」
「境界の内側には、神隠しの森もないし。」
「迷うこともなく食糧も水も確保できるんだから、こりゃ、ここもじゅうぶん楽園だ、って話しになって。」
「そこからは、わざわざ神隠しの森を探すやつは、いなくなりましたね。」
ふたりは同時に、あはは、と笑った。
確かに。
このゲストハウスに来てから、僕もからだの調子はすこぶるいい。
ここもじゅうぶんに楽園だと思う。
「その境界、っていうのは、前に村を囲ってあった、あの、柵、のことかな?」
「そうっすよ。
大昔から、この村は、あの境界に護られているんっす。
悪いモノは、境界の内側には入ってこられないんっすよ。」
それって、アルテミシアの言っていた、結界、のことかな。
「とすると、神隠しも、悪いモノ、なのか?」
「まあ、迷って帰れなくなる、んだからなあ?」
ふたりは顔を見合わせて、同時に首を傾げた。
「俺は、迷い込みたい、とは思わないな。」
「俺も、迷い込みたい、とは思わないな。」
うん、とふたりは同時に頷く。
「けど、探さないと、また迷い込むやつもいてね?」
「つくづく不思議なんっすけどね?」
「だから、まあ、俺たち、境界の外には行かないようにしてるんっす。」
ふたりはふわふわと笑ってから、それにね、とちょっと眉をひそめて付け足した。
「境界の外には、例の、闇の壁、もありますからね。」
「だいぶ、村からは離れたところらしいんっすけど。」
「そこへ辿り着く前に、大抵は、神隠しの森に迷い込むって話しっすけどね。」
「何人か、わざわざそれを見に行く物好きもいて。」
「けど、実際に見ると、腰を抜かすほど恐ろしかった、って。」
「なんだって、そんなもの、わざわざ見ようと思うんかね?」
ふたりはまた顔を見合わせて同時に首を傾げた。
「けど、花摘みは大丈夫っすよ。」
「俺たち、境界の外へは行きませんからね。」
そっか。なら、安心かな。
その日の午後、彼らに連れられて、僕はゲストハウスのまわりでお花摘みを楽しんだ。
いいお天気で、風も穏やか。ぽかぽかと温かい。
本当に、楽園だなと思った。




