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目を覚ましたら、もうお昼過ぎだった。
ルクスたちは狩に行ってしまったみたいだ。
ブブも、ルクスたちについて行ったのか、姿が見当たらなかった。
僕はごそごそと起きて一階へ下りて行った。
廊下ですれ違う人たちは、みんな丁寧に挨拶をしてくれる。
見知った顔もあるけど、知らない顔も多い。
知ってる人たちも、少しずつ年を取ったなあって思う。
僕らとここの人たちとは、流れる時間の速さが違う。
そんなの気にしたことなかったのに。
それが妙に淋しかった。
食堂に行くと、あっちこっちで人々が思い思いにお茶を楽しんでいた。
窓際のふたり組が、僕にむかってしきりにおいでおいでをしている。
折角のお誘いだし、僕は受けることにした。
「実はこれ、花の根っこを乾燥させたので淹れたお茶なんですけど。
なかなかいけるんですよ。
からだにもいいから、毎日飲んでる僕ら、こんなに元気です。
美味しくてからだにいいなんて、すごいっすよね?
どこにでもある雑草なのに、つくづく、感心しますよ。」
僕が近くに行くと、片方の青年が得意そうに言って、いい匂いのするカップを差し出してくれた。
そのお茶のことは知ってたけど、僕は知らん顔で、ただにこにことお茶を受け取った。
一口すすって、幸せになる。
うん。美味しい。
「バカだなあ、お前。
そんなこと、賢者様が知らないわけないだろ?
だいたいこれ、オルニス様に教えてもらったんじゃないか?」
隣の友だちらしき人から、そう言って小突かれているのを、のんびり眺める。
あ。オルニスかあ。
そういえば、前はここ、オルニスと一緒に来たんだっけ。
目の前のじゃれてるふたり。
よくよく見れば、見覚えがある。
前に来た時には、まだもっと幼い子どもだったけど。
どっちも両親は王都に働きに行っていて、祖父母と暮らしてたっけ。
そっか。ずっと仲良しのまま、大きくなったんだね。
今の見た目じゃ、ふたりとも僕と同じくらいか、少し年上に見えるけど。
なんだか、僕は、近所の子どもが成長したのを見ている気分だった。
お茶をもう一口。
そうだ。このお茶、そもそもの最初は、ピサンリに教わったんだ。
遠く離れたこんな場所でも、ピサンリのお茶は、みんなを幸せにしてるんだなあ。
ピサンリのことを思い出したら、またちょっと淋しくなった。
そしたら、心配そうな声が聞こえてきた。
「どうかなさいましたか?」
仲良しのふたり、そっくり同じ顔をして、心配そうに僕を見ている。
「あ。ううん。」
僕は急いで首を振った。
だけど、説明をしないと余計な心配をかけるかなとも思ったから、軽く話すことにした。
「ただ、僕によくお茶を淹れてくれた人が、アマンへ渡ってしまったのを、思い出して。」
するとふたりは黙って顔を見合わせた。
僕はあわてて場を取り繕おうとした。
「あの、ごめん。暗くしてしまって。
でも、彼は、病気を治すために、アマンへ渡ったんだ。
だから、今頃はきっと、元気になって、あちこち跳ねまわってるに違いないよ。」
すると、ふたりは、両手のひらを合わせて、小さく、彼の行く道によい風が吹きますように、とつぶやいた。
それは、何かな?
首を傾げる僕に、片方の青年が教えてくれた。
「これは、この村の人たちが、大事な仲間が遠くへ離れるときにするお呪いなんです。」
そっか。なら。と僕もふたりの真似をして手を合わせた。
ピサンリの行く道に、よい風が吹きますように。
こんなふうにピサンリのために祈ると、少しだけ気持ちが軽くなる。
それはまるで、祝福を送るときにも、少し似ていると思った。
誰かの幸せを祈るとき、それは僕自身の幸せになる。
ピサンリの幸せを祈っているはずなのに、不思議だな。
「そうだ。
これから僕ら、このお茶にする花を摘みに行くんですけど、一緒に行きませんか?」
お茶に誘ってくれた青年が言った。
「え?…でも…」
ご迷惑なんじゃ?と言いかけたところに、もうひとりの青年が言った。
「本当、バカだな、お前。
賢者様はお忙しいんだ。
花摘みになんか誘ったら迷惑だろ。」
「いや、あの、迷惑、なんてことは…」
僕は慌てて打ち消した。
「いや、あの、むしろ、僕のほうこそ、おふたりのお邪魔では?」
「お邪魔?」
ふたりはまったく異口同音に言った。
「そんなことは、ありません。」
それがあんまりぴったりに揃っていたから、僕は思わず笑ってしまった。
「あ。よかった。」
最初に誘ってくれた青年が言った。
「賢者様が笑った。」
もうひとりも言った。
それで、僕はふたりと一緒にお花摘みに行くことになった。
「でも、賢者様、闇の壁の調査に行くとか、おっしゃってませんでした?
あれ?でも、調査隊はもう、出かけたんだっけか?
おいて行かれたんですか?」
最初の青年は僕に尋ねた。
「っ!こら、バカ。
賢者様は、今朝の魔法でお疲れになって…」
慌ててもうひとりが小声で言った。
「あ。あの魔法、すごいっすよね?
おかげで俺たちもお相伴に預りました。
昔もあったなあ。
瓶詰を大きくしてもらったら、その蓋があかなくて、みんなであけたの。
なんか、お祭りみたいで楽しかったっけ。」
「あのころは、楽しいことなんか、ほとんどなかったからなあ。
あれは本当に楽しかった。」
あ。そんなこともあったっけ。
先に瓶の蓋をあけとかなかったもんだから、計らずしも、大騒ぎになっちゃったんだ。
僕はあれは失敗だったと思ってたんだけど。
楽しい、っても思ってもらえたんなら、よかった。
「そういや、賢者様って、あのころから、見た目、全然、変わらないんっすね?」
「バカ。森の民ってのは、そういう方々なんだ。」
「へえ~。
なんか、ずーっと子どもみたいに見えるなあ。」
「こら!失礼だろ。
こう見えて、賢者様は、俺らより長く生きていらっしゃるんだぞ。」
「へえ~、そうなんっすか?」
なんだか、このふたりを見ていると面白い。
思ったことをすぐに言っちゃう、うっかりさんと、彼をたしなめるちょっと毒舌な、しっかりさん。
ふたりの会話を聞いていると、とても楽しい気持ちになれる。
その日の午後、僕はこのうっかりしっかりコンビと花を摘みに行くことになった。




