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平原の村へ来てから、いつの間にか月日は過ぎて、賑やかな収穫祭の季節がやってきた。
森には、収穫祭、というものはなかったから、どういうものなのか、とても楽しみだった。
夏の厳しい陽射しもずいぶんと和らいで、僕らもマントのフードを深く被らなくてもよくなってきた。
平原の民のことを恐ろしいと思っていたけれど、少なくとも、ここの人たちは僕らに対して敵意は持ってない。
だから僕らもマントなしで外を歩くようにもなっていた。
最初のころ、村の人たちは、僕らを見かけると、みんなちょっと遠慮したように遠巻きにして、近づこうもんなら、ひざまずかれたりもしたもんだけど、最近じゃ、そういうのもすっかりましになった。
道で会っても、軽く会釈するか、にこにこと手を振ってくれる。
特にルクスは、ここの人たちとも、もうすっかり仲良くなっていて、同じ郷の仲間みたいになっていた。
いつもピサンリに助けてもらってる僕は、やっぱりまだなかなか平原の民の言葉は話せないんだけど、ルクスはもう、完全にここの人たちと普通に話していた。
アルテミシアも、僕ほどじゃないけど、少しは話せるみたいだ。
僕は…こんなんじゃダメなんだけどなあ、とは思うんだけども。
普通に、村の人たちに、話しかけてみればいい、んだとは思う。
なんでもないことでも。ちょっとした挨拶程度でも。
でも、実際に目の前に人がいると、なかなか、言葉が口から出てこない。
で、ちょっと自己嫌悪に陥って、よし、明日こそ!と毎晩、寝る前に思うんだけど…
その、明日、明日、は、ずっと、明日に延期になって、なかなか、今日にはならなかった。
収穫祭はそれはそれは賑やかな楽しいお祭りだった。
畑の作物をたくさん積み上げて、ご馳走もいっぱい用意して。
みんな晴れ着を着て、一日中、歌って踊って、笑って食べる。
僕らの晴れ着は村の人たちが、内緒で作ってプレゼントしてくれた。
柔らかくて細い糸を織って作ったとても着心地のいい服だった。
色鮮やかに染めた糸でいろんな模様が刺繍してあって、とても美しい。
村の人たちがこつこつとひとつひとつ作ってくれた特別な晴れ着だ。
平原の民風の衣裳を着ると、なんだか、本当にここの人たちと同じ仲間になれた気がした。
僕らの支度は、朝早くから村の人たちが来て手伝ってくれた。
ルクスは、いっつもぼさぼさに絡みっぱなしの髪を綺麗にくしけずると、別人みたいに立派に見えた。
アルテミシアは銀の髪を高く結い上げて、花の飾りをいっぱいつけてもらっていた。
アルテミシアはみんなの前で僕らの森の誉歌を高らかに歌いあげた。
みんな感動して、アルテミシアの歌の間だけは、お祭りの賑わいも完全に静まり返っていた。
ルクスの伴奏の竪琴も、久しぶりに聞いたけど、清んだ音が涼しくなった風の中に響き渡るようで。
うんうん、やっぱり、これだよなあ、と思った。
僕は、ここの村の花たちの歌を、土笛で吹いた。
すると、たくさんの鳥たちがやってきて、歌に合わせて飛び交った。
小さな獣たちも、いっぱい、集まってきた。
村の人たちもみんな踊りだして、なんだか、ものすごく盛り上がった。
収穫祭が終わったら、村の人たちは冬の間の保存食作りに大急ぎだ。
寒くならないうちに。
雪が降らないうちに。
だけど、お日様の力は日に日に弱くなっていって、長い夜がやってくる。
木も草も、少しずつ、元気を失くして、眠りの季節に備えていった。
平原の民は、夜はあまり外には出ないで、家にいることが多い。
僕らも館にいることが多くなっていった。
ルクスは、もうずっと、例の書物を読み解こうと格闘している。
アルテミシアは、村人たちに習ったここの料理と、僕らの森の料理とを組み合わせて、美味しいものを次々と発明していた。
僕は、ピサンリに頼んで、平原の書物をいくつか貸してもらった。
子どもの読むような、簡単なものだったけど。
村人と話しをするのは、結局、延期が続いていたけど。
文字を読むのなら、もう少し、マシかなと思ったんだ。
これは、案外、うまくいった。
話すほうは、さっぱりダメな僕だったけど。
文字を読むのは、そこまでダメじゃなかったみたい。
僕の読むものは、子ども用のから、少しずつ大人用へと移っていった。
本は貴重品だから、たくさんはなかったけど。
ピサンリは村中から借りて、持ってきてくれた。
本を読んでいると、文字や言葉だけじゃなくて、平原の民の暮らしや考え方なんかも分かって来る。
それもとても面白かった。
僕らとはいろいろと違うところの多い人たちだけど。
不思議と、僕らとも、同じように感じるところも多いんだなと思った。
ことに、物語の本は、いつもどきどきわくわくして、勉強のためというより、完全に僕の楽しみになっていた。
そんな物語のなかには、森の民のことを書いた物もあった。
もっとも、森の民が書いたのではなくて、平原の民が森の民のことを想像して書いたもののようだったけど。
だから、僕らからしてみれば、夢見すぎだと感じるところも多かったけど。
それでも、こんなふうに思われているのかと考えると、面白くもあった。
ピサンリにそれを言うと、嬉々としてその本の話しを始めた。
どうやら、森の民の物語の書物は、ほとんどがピサンリの所有物だったらしい。
隅から隅まで何度も読み返して、もう全部、暗記してしまっているそうで。
何頁の何行目の、誰それが、っ!、と言ったのは、っ?、だとか、ものすごく細かいところまで滔々と語られて、ちょっと困った。
けど、本の話をしていると、知らなかった言葉について知ることもできた。
平原の民の言葉には、そもそも、僕らの言葉にはない言葉もたくさんあったから。
すっかり寒くなってきたから、夜は暖炉に火を入れるようになっていたけど。
暖炉の前は僕らふたりの定位置で、僕らは明々と燃える暖炉に照らされながら、ひとつの本を一緒に読んだ。
ときには、ある言葉について、夜が更けるまで話していることもあった。
僕らは収穫祭はしないけれど、夏至や冬至のお祭りは盛大にやっている。
夏至祭りや冬至祭りは平原の民もやるらしい。
なんだか彼らの方がお祭り好きなんじゃないかとちょっと思う。
冬至のお祭りには、森から大きな木を運んできて村の広場に据え付け、村中の人々で飾り付けるらしい。
この辺りには大きな木がないから、特別な日のために、わざわざ取りに行くんだそうだ。
その木を取りに行く日が近づいてきていた。
だけど、森なんて、そんな遠くに行くのかと、僕はとっても驚いた。
森からここへやってきたとき、僕らは何日も何日も歩き続けたから。
そう言ったら、ピサンリは、ちょっと首を傾げた。
「はて、そこまで遠かったじゃろうか。
わしが前に行ったときには…
往復の道の途中でそれぞれ一泊。
森で木を伐るのに、二泊。
馬車なら往復五日ほどの道のりじゃったか。」
「そんなに近いの?」
確かに馬車は歩くよりは速いけど。
それは本当に、意外に近かった。
ピサンリは、けらけらと笑って言った。
「みなさんは、よほど遠回りをしたのではないか?」
「だって、木も生えてないし…
岩は、僕らには、どれも同じに見えて、見分けがつかないし…」
森の中なら、僕らは、木の歌を聞いたり、その姿を見たりして、まず迷うことはない。
けど、平原じゃ、その方法はほとんど使えなかった。
「そうか。なら、今年はわしと一緒に行かんか?」
「ええっ?」
突然また何を言い出すんだと、僕はまじまじとピサンリを見た。
「僕?
でも、僕、馬車も使えないし、道も分からないし、力仕事にもむいてないし…」
言ってて、自分で情けなくなるけど。
けれども、ピサンリは、どーんと胸を叩いてみせた。
「大丈夫、じゃ。
馬車ならわしが使えるし、道もわしが分かる。
力仕事も、任せておけ。」
「え?
でも、じゃあ、僕はなにしに…」
「わしのう、森の民に憧れて、この村に来たんじゃが…」
それは前にもちらっと聞いた。
「去年、森に木を取りに行くと聞いたとき、もしかしたら本物の森の民に会えるかもしれんと思うて、それはそれはわくわくして、志願したんじゃが、結局、会えなくてのう。
それなのに、今年はなんと、森の民と一緒に行ける!
森にいる本物の森の民の姿を、この目で直接、見ることができる!
これはもう、是非にも、一緒に行きたいというものじゃろう?」
「あ、あはははははは…」
つまり僕は、木を取ってくる、という仕事自体には、何も期待されてないわけね?
だけど。
そっか。森か。
森、という言葉を聞いただけで、僕の胸は、びっくりするくらいわくわくし始めていた。
「…僕、行っても、いいのかな?」
「もちろん。
森の民の目利きで、よい木を選んでくだされ。」
それなら、少しは役に立てる、かな?
「村長にはわしから話しておこう。
雪の降る前に行って戻ってこなければいかんから。
明後日には出発じゃ。」
明後日?そんなにすぐなんだ。
けど、もう僕は、久しぶりに森に帰れるのが嬉しくて、その夜はあまりよく眠れなかった。




