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その日も、ルクスはどこかの力仕事を手伝うと言って出かけていった。

アルテミシアは、村長さんから何か頼まれごとをしたらしくて、やっぱり出かけていた。

残された僕は、ピサンリと二人で薬草畑の世話をしていた。


僕らの薬草畑はなかなか順調に育っていた。

森の薬草がここで育つか心配だったけど、なんとかなってよかった。

もう少し大きくなったら、町に持って行って売ってもらおう。


「ねえ、ピサンリ、この薬草って、町で売れるかなあ?」


「そうじゃのう。

 草を見ても、使い途の分からん者がほとんじゃろうし。

 いっそのこと、薬か何かにこしらえて、売ってはどうじゃろうか。」


なるほど。流石ピサンリ。

やっぱり相談してみてよかった。


「そっか。

 この辺のは、干してからからになったのを石臼で挽いて粉にするんだけど。

 石臼って、あるかなあ?」


「館にはないかのう。

 しかし、村長の家にはあったと思うから、今度借りてこよう。」


「それは何から何まで助かるよ。」


本当、ピサンリがいてくれてよかったって、つくづく思う。


「さてと。

 そろそろ休憩するかのう。」


ピサンリは腰のあたりをとんとんと叩いて立ち上がると、置いてあった布袋から焼き菓子を取り出した。

ピサンリのお手製ので、僕の大好物だ。


「あ、僕、朝、お茶淹れてきたんだ。」


僕は水壺に入れて持ってきていたお茶をカップに分けた。

ピサンリは微妙な顔をしてカップを受け取ったけど、お茶を一口すすって、うっ、と顔をしかめた。


「何度飲んでも、この匂いには慣れんのう。」


「体にはいいんだよ?

 まあ、薬だと思って。」


いや、本当に薬なんだけど。

間引いた薬草の芽を干して煎じた物だから。


ピサンリは嫌そうに顔をしかめて僕を見た。


「薬というのは、どこか具合の悪いときに飲むものじゃろう?」


「具合が悪くならないように飲んでも効くんだよ?」


このやりとり、もう何回したかな。

もっとも、そんなこと言いながらも、ピサンリはいつもお茶は全部飲んでくれていた。


「やれやれ。森の民は用心深いのう。

 いや、そうか。用心深いからこそ、なのかのう。」


ピサンリはため息を吐いて、ちょっと遠くを見つめた。


「…前に言うておったろう。

 お仲間たちは、どこか、遠い…彼の地、じゃったか?

 そこへ行ってしもうたと。」


うん、と僕は頷く。


「…それは、言い伝えの通り、なのかのう…」


ピサンリはため息を吐いた。


「この世界に滅びが近づくと、まず真っ先に、森の民がいなくなる。

 それから、鳥や獣が姿を隠し、愚かな平原の民は、そうなってようやく、異変に気づく。」


「あ。それ、僕も聞いたこと、あるよ。

 平原の民が気づいたころには、森の民はもういなくなっていた、って。」


「わしはのう、あれは、おとぎ話か、何かのたとえに過ぎんと思うておったのよ。」


ピサンリはもう一度ため息を吐いてお茶を啜った。


「現実に、この世界に森の民はおるじゃろう?

 もし言い伝えの通りに、森の民が皆旅立ったのだとしたら、今ここにおる森の民はなんじゃ、ということになる。

 しかしのう、シード、と言ったか?

 そんなふうに残された者の子孫だとすると、筋は、通っておるのよのう。」


旅の族長から、僕らは種だと言われたことは、ピサンリにも前に話していた。


ピサンリは僕の顔をじっと見て尋ねた。


「やっぱり、この世界は、本当に、滅びるのじゃろうか?」


「僕らの間じゃ、みんなそう言ってた。

 それはもう、止められない、って。

 だから、みんな彼の地へと出立したんだ。」


だけど、それを止めたい、止めよう、って人たちもいないわけじゃない。

ルクスや、僕の両親のように。


ピサンリは腕組みをしてしきりに首を傾げた。


「あんまり滅ぶという実感はないんじゃが。

 しかし、そういえば、古い井戸が枯れたのも、その崩壊の影響か?

 いや、しかし、単に古くなったから枯れたとも思うしのう。

 これだから、平原の民は、鈍いのかのう。」


「それは、分からない、けど。

 でも、大昔に一度、世界が崩壊しかかったとき、結局、それを止めたのは、平原の民の英雄だった、って聞いたよ?」


あ、これって、言ってはいけない話しだったかな、と言ってしまってから思い出したけど。

ピサンリは、特段、変に思った様子もなくて、そのまま話しを続けた。


「そういう言い伝えもあるのう。

 しかし、その、英雄、の名は、誰も知らん。

 それも、おかしいとは思わんか?

 それほどの英雄ならば、名前くらいは知られておろうに。」


「…平原の民も、知らないの?」


「少なくとも、わしは知らん。知っとるやつに会うたこともない。

 それに、平原にはもう一つ、別の言い伝えもあっての。

 大昔、世界の崩壊を人々は成す術もなく、ただ、見ているしかなかった。

 しかし、ぼろぼろになった世界を、平原の民は生き抜いた。

 そして、井戸を掘り、畑を作り、家を建てた。

 その生き抜いた一人一人を、英雄と呼ぶ。

 なるほど、それなら、その名は分からんでも納得できるかのう。」


そっか。そういう英雄だったんだ。


「確かに、平原の民はしぶといからのう。

 世界の崩壊も、平原の民までは崩壊させきれんかったということじゃな。」


「それを言うなら、僕らだって、しぶといよ。

 結局は、滅んだわけじゃないんだから。」


「なるほど。つまり、人というものは、しぶとい、ということじゃな。」


ピサンリは、僕の肩をたたいて、けらけらと笑った。


「だけど、世界はぼろぼろになっちゃったんだ…」


僕はピサンリの言ったことを考えていた。

それは想像するのも恐ろしいことだった。


「それ、そうなる前に、なんとかできたらいいのに。」


「大昔も、そう思うた者がおったそうじゃ。

 その者らは、その方法を考えて、書物に記したのじゃと。

 いつかまた、世界に崩壊が近づいたとき、今度は崩壊させる前にそれを止めようと。

 まあ、それが本当なら、その者たちは、英雄かもしれんのう。」


「確かに。それは、英雄だ。」


僕はちょっと身を乗りだした。

すると、ピサンリは苦笑した。


「けど、そんな書物はどこにも残っとらんし。

 その英雄の名も分からん。

 それも、伝説の類じゃろうな。」


違う。

その書物は、本当にあって、僕らがその一つを持っている。

僕はそう言いそうになって、それでも、ぎりぎりでそれを飲み込んだ。


ピサンリは友だちだ。

信じられるって思ってる。

それでも、言えなかった。


「…もし、もしも、だよ?

 そんな書物が本当にあったとしたら、その方法を試そう、って思う?」


ようやくそう尋ねた僕の声は震えていた。

ピサンリは、きょとんと僕を振り返ると、にかっと笑って答えた。


「当たり前じゃろう。

 折角、大昔の英雄が教えてくれたのなら。

 試してみんで、どうする。」


ですよね?

僕は、そのときのピサンリの答えを、ずっとずっと、考えていた。











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